Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

Living Zero ;“われもまた にんげんの いちいん なりしや”;ジョバンニはどこでも降りない(再録)

2014-03-13 02:05:37 | 日記

★ ヒキガエルが多い。玄関の前の植えこみの間によく坐りこんでいる。敷地の中だけでなく、前の道にも這い出ている。
ひと気ない下り坂を降りきって家まで20メートルほどの道の真中に、ヒキガエルが一匹坐りこんでいたことがある。道は狭いが車が時折通る。
「何してんだ、そんなところで」
と私はヒキガエルの傍らに立ちどまって声をかけた。声も出さなければ動きもしないが、生きていることは気配でわかる。傷ついても衰えてもいない。
「車にひかれるぞ」
私は靴の先で軽く触れてみた。だが動き出す様子はなかった。道路のそのあたりがもしかすると古池の岸のお気に入りの場所だったのかもしれない。悠然と落ち着き払ってアスファルトの上に坐りこんでいる。
「悪いけど池はもうなくなったんだ」
私はかがみこんで片方の足の先をつまんで、道端の斜面になった芝生の上にそっと下ろした。つまみ上げても体をもがきもしなかったし、芝生の上に置いても驚いた様子はなかった。ゆっくりと斜面を這い登ってゆく。

★ 決して美しい容姿ではないけれども、それは複雑で精巧な自ら動く物質であり、確率的には本来ありうべからざる奇蹟の組み合わせ、良き混沌からの美しい偶然の産物だ、と私は心の中で言う。
暗い芝生の斜面を這い登ってゆくヒキガエルを眺めながら、まわりの、背後の、頭上の暗く静まり返った空間が、かすかに、だが決して乱脈ではないリズムをもって震えるのが、感じられるように思った。この空間は良き空間だ。原子を、生物を、意識を、私と呼ばれるものを滲み出したのだから。

<日野啓三『Living Zero』(集英社1987)>



生死のあわいにあればなつかしく候
みなみなまぼろしのえにしなり
おん身の勤行に殉ずるにあらず ひとえにわたくしのかなしみに殉ずるにあれば 道行のえにしはまぼろしふかくして一期の闇のなかなりし
ひともわれもいのちの臨終(いまわ) かくばかりかなしきゆえに けむり立つ雪炎の海をゆくごとくなれど われよりふかく死なんとする鳥の眸(め)に遭えり
はたまたその海の割るるときあらわれて 地(つち)の低きところを這う虫に逢えるなり
この虫の死にざまに添わんとするときようやくにして われもまたにんげんのいちいんなりしや かかるいのちのごとくなればこの世とはわが世のみにて われもおん身も ひとりのきわみの世をあいはてるべく なつかしきかな
いまひとたびにんげんに生まるるべしや 生類のみやこはいずくなりや
わが祖(おや)は草の親 四季の風を司り 魚(うお)の祭りを祀りたまえども 生類の邑(むら)はすでになし かりそめならず今生の刻をゆくに わが眸(まみ)ふかき雪なりしかな
(石牟礼道子『天の魚』)

<真木悠介『時間の比較社会学』(岩波現代文庫2003)より引用>


★ 死はわたしたちを、「宗教」と名のつくものであってもなくても、その死の時に信じていたもののところで永劫に立ち停まらせる。プリオシン海岸を発掘する背の高い学者は、生きている者の世界の「科学」のパラダイムやエピステーメーがどう変わろうと、彼の信ずる科学の証明を永劫に発掘しつづける。鳥捕りの人の、主義といわず思想といわずただ行われる生活の信仰もそうだ。

★ それでもジョバンニはどこでも降りない。銀河鉄道のそれぞれの乗客たちが、それぞれの「ほんとうの天上」の存在するところで降りてしまうのに、いちばんおしまいまで旅をつづけるジョバンニは、地上におりてくる。

★ ひとつの宗教を信じることは、いつか旅のどこかに、自分を迎え入れてくれる降車駅をあらかじめ予約しておくことだ。ジョバンニの切符には行く先がない。ただ「どこまでも行ける切符」だ。

<真木悠介『自我の起源 愛とエゴイズムの動物社会学』“補論2”(岩波現代文庫2008)>

現在の歴史(時)を読む

2014-03-11 16:30:39 | 日記

とても単純にいって、ネットでいろいろなニュースを見たり発言を読むことと、本を読むことは、どうちがうのだろうか?

基本的にネットは、“今”であるが、本は“今だけではない”。

もちろん、本だって、毎日新刊される大部分の本は、“今”である。
それだけを追い、“現在に関する情報“を得ることのみが、最近では、読書ということになっている(もちろんそれも無意味ではない)

今でない時に発せられた言葉を読むというのは、(よくある、うんざりする)“古典を読め”というあまりに正統的な読書のすすめを、(ぼくにとっては)意味しない。

たとえば、1986年12月に朝日新聞「論壇時評」に掲載された見田宗介の文章を、ぼくは今日(すなわち2014年3月11日)に読んだわけだ。
今日が、“あの”3月11日であることは、偶然である。

そこには、“世紀末”と“荘厳”について書かれている。
以下にその文章から(例によってぼくの不確かな選択によって)“引用”するが、ぼくも知らなかった《荘厳》という言葉の説明部分をまず引用;

★ 日本の仏教界で日常的には、このことばは「仏」=死者を花飾ることに使われるという。

そして《世紀末》については;

★ 前世紀末の思想の極北が見ていたものが<神の死>ということだったように、今世紀末の思想の極北が見ているものは、<人間の死>ということだ。
(注、この文章が書かれたのが1986年だから(当然)“前世紀末”=19世紀末、今世紀末=20世紀末である;蛇足!)

さらに何箇所かを引用;

★ ある兵士が市場で死神と会ったので、できるだけ遠く、サマルカンドまで逃げてゆくために王様の一番早い馬をほしいという。兵士が首尾よくサマルカンドに向かって出立したあとで、王様が王宮に死神を呼びつけて、自分の大切な部下をおどかしたことをなじると、死神は「あんなところで兵士と会うなんて、わたしもびっくりしたのです。あの兵士とは明日サマルカンドで会う予定ですから」という。

★ 私たちはどの方向に走っても、サマルカンドに向かっているのだ。わたしたちにできることは、サマルカンドに向かう旅路の、ひとつひとつの峯や谷、集落や市場のうちに永遠を生きることだけだ。

(石牟礼道子の句集『天』について)
★ 荘厳、ということばはここで、「仏教的」な意味をくぐらせて幾重にも転回している。正確にいえば、宗教の制度としてのことばの意味をつきぬけて、宗教の生命の核を再生している。

★ ひとりの死者をほんとうに荘厳するとは、どういうことだろう。その死身の外面に花を飾ることでなく、その生きた人の咲かせた花に、花々の命の色に、内側から光をあてる、認識である。それは石牟礼が、その作品で、具体的に水俣の死者のひとりひとりを荘厳してきたやり方である。

★ このようにしてそれはそのまま、生者を荘厳する方法でもある。その生者たち自身の身体にすでに咲いている花を目覚めさせること。リアリティを点火すること。<荘厳である>というひとつの知覚は、死者を生きさせるただひとつの方法であることによって、また生者を生きさせるただひとつの方法である。

★ 《 天日のふるえや空蝉のなかの洞 》
ひとつひとつの空蝉の洞にふるえる天日のあかるさのように、それはこの個物ひしめく世界のぜんたいに、内側からいっせいに灯をともす思想だ。
<夢よりも深い覚醒>に至る、それはひとつの明晰である。

<以上引用は、見田宗介『現代日本の感覚と思想』(講談社学術文庫1995)>




人間であるがゆえの恥辱

2014-03-04 16:42:58 | 日記

★ 副看護士というのかな、学校出たてくらいの若い女性に体を洗ってもらいました。「お湯熱くないですかあ」「頭痒くないですかあ」と優しく声をかけながら丁寧に洗ってくれました。半身は死んだみたいに、お湯の熱さもぬるさも感じられないのに、かつて味わったことのない至福というのか法悦のようなものが体の奥からわいてきて、正直、その女性を手を合わせて拝みたくなりました。

★ ややあって女性は言いました。「セーキは自分で洗いますか?」自分のグラスは自分で洗いたいですか、といった調子の、媚びるでも強いるでもふざけるでもない、ただ生真面目な問いなのでした。(……)恥辱をぼくは豪も感じませんでした。むしろ好感したのです。なぜでしょうか?たぶん、ぼくが想定するエクリチュールとしての言語表出の次元をさらりと超えていて、なおほっこりと人間的だったからでしょう。でも、同じ言葉を違う人物が異なる場面で語ってもだめなのかもしれません。ついでに言えば、彼女は日に何人もの障害者らを洗っています。恐らく、信じられないほどの安い給料で。

★ 95年に自裁したフランスの哲学者がこんなことを言いました。いや、誰が言ったっていいのですが、面白いので覚えていました。資本主義には普遍的なものが一つしかない。それは市場だ、と言うのです。すべての国家は市場が集中する場であり、その証券取引所であるにすぎず、富と貧困を産みだす途方もない工房である、と語るのですね。で、以下の説にぼくは注目します。「人類の貧困を産む作業に加担して骨の髄まで腐っていないような民主主義国家は存在しないのだ」「私たちはどうしても資本主義のお楽しみを祝福する気にはなれない」。

★ ライブドアの騒ぎのとき、「お金でジャーナリズムの魂は買えない」みたいな反発もありましたが、失笑ものでした。魂が買えないとしたら、とっくの昔に売り渡されているからであって(笑い)、市場は戦争も愛もセックスも臓器もジャーナリズムの魂とやらも、その気になりさえすれば市民運動だって合法的、民主的に売り買いするからです。

★ ただ、自殺した哲学者の理屈はここで終わるのでなく、ナチスの強制収容所についてプリーモ・レーヴィが語った言葉「人間であるがゆえの恥辱」を引いて、今日的に援用しています。強制収容所はわれわれの内面に「人間であるがゆえの恥辱」を植えつけたが、この恥辱には様々な形があって、収容所を生き延びた人々も生きるために大小の妥協をせざるをえなかったという恥辱もあった。いまは昔のようなナチスは存在しないかもしれないが、テレビのバラエティー番組を見たり、大臣の演説や楽天家のおしゃべりを聞いたりするとき、この恥辱が頭をもたげてくる、と彼は言います。ぼくもまったく同感です。

★ 資本は何でもするし、それにはうち勝ちがたいけれども、しかし「人間であるがゆえの恥辱」というものがあるじゃないか、それにもっと気づいてもいいのじゃないか、と彼、ジル・ドゥルーズですが、言っているようです。それが哲学の動機づけであるべきだと。ぼくもそう思うのです。かつてアジアの人々に到底癒しがたい恥辱を植えつけ、そうすることにより自らも深い恥辱の底に沈んだこの国はもはや、恥辱とは何かについて考える力さえ失いつつあるようです。手近の恥辱は日常生活の中間色や保護色のなかにいくらでも埋まっているようです。それを人として恥とするかどうかが、より深く考え、何かを拒むことへの出発点にはあるのかもしれません。

<辺見庸『自分自身への審問』(角川文庫2009)>




反哲学

2014-03-02 14:08:50 | 日記

★ 哲学的な生とは今日われわれにとっていったい何を意味するだろう。それはほとんど危うい場所から手をひくことではないだろうか。一種の逃避ではないだろうか。そのようにして世間を離れて簡素に生きる者は、自分自身の認識に対して自分が最良の道を指し示したと思っているのだろうか。彼が生の価値について語ることをみずからに許すには、無数の違った生き方をあらかじめ体験していなければならないのではないだろうか。要するに、生の体験から出発して諸々の大問題を判断するためには――現在受け入れられている観点からすれば完全に「反哲学的な」、とりわけ厳格な高潔の士とはまったく違った生き方をしていなければならないのではないだろうか。もっとも広い体験を持ち、その体験を普遍的な結論に濃縮できる人。それこそがもっとも力のある人間と呼ばれるべきではないだろうか。――<賢人>はあまりにも長いあいだ学問的な人間と混同されてきた。そしてそれよりもはるかに長いあいだ宗教的な偉人と混同されてきたのである。(ニーチェ;最後の十年の遺稿の断章群から)

<ピエール・クロソウスキー『ニーチェと悪循環』(ちくま学芸文庫2004)より引用>






高原にて

2014-02-25 18:27:06 | 日記

★ 東京へ帰る知人を駅まで送ってゆくと、数日前まで賑やかだった庭球場はさびれて、人影もなく、短くなった日の西陽に、駅の囲いの木の柵が長い影をひいている。夕焼けの空のなかに舞う赤とんぼに、私たちがはじめて気がつくのは、そういうときであった。「もう秋ね」と妹はいった。「さようなら、あまりに短かかりしわれらが夏のきらめきよ」という句を私は想い出し、妹はもう東京へかえりたいと思っているのかもしれないと考えた。

★ しかしすすきの穂が私たちの背よりも高く伸び、夕方の風が俄かに肌寒くなり、夏のまさに終わろうとするときに、高原はもっとも微妙なものにみちていた。私と妹は、恋人たちのように、寄添いながら、人気のない野原に秋草の咲き乱れるのをみ、澄み切った空気のなかで、浅間の肌が微妙な色調のあらゆる変化を示すのを見た。

★ 私たちは東京の家へ帰ると、その翌日から、毎日、活動写真を見たり、演奏会へ行ったり、また格別の目的がなくても、街のなかへ出かけた。(……)私たちは追分の夏の結論をひきださねばならなかったのであり、それは東京を何度でもあらためて発見するということであった。雨の舗道に映る銀座の灯、喫茶店の曇った硝子窓、南風がはこんで来るかすかな海の香り、公会堂から日比谷交差点までの煉瓦の道、耳のなかに残っている聞いたばかりの音楽の後味、そして実に多くの人々の実に多くの顔……その多くの顔は、決して毎年の秋に同じではなかった。あるときは懐しく、あるときには救い難く愚劣にみえた。しかし彼らが陰惨にみえたことは一度もない。追分から帰って東京を再発見するこの私の習慣は、十年以上もつづいて戦後に及んだ。遂にその習慣の途絶えたとき、私は東京を再発見するために、もっと遠い所から帰ってくるようになっていた。

<加藤周一『羊の歌』(岩波新書1968)>



★ からまつの変わらない実直と
しらかばの若い思想と
浅間の美しいわがままと
そしてそれらすべての歌の中を
僕の感傷が跳ねてゆく
(その時突然の驟雨だ)
なつかしい道は遠く牧場から雲へ続き
積乱雲は世界を内蔵している
(変わらないものはなかつた
そして
変わつてしまつたものもなかつた)

去つてしまつたシルエツトにも
駆けてくる幼い友だちにも
遠い山の背景がある

堆積と褶曲の圧力のためだろうか
いつか時間は静かに空間と重なってしまい
僕は今新しい次元を海のように俯瞰している
(また輝き出した太陽に
僕はしたしい挨拶をした)

<谷川俊太郎“山荘だより3”―『谷川俊太郎詩集』(思潮社1965)>




ソチオリンピックの敗者のために;ニーチェの言葉

2014-02-19 14:47:19 | 日記

舞踏者にとって
足元さすらう氷原(アイス)も
それとても楽園(パラダイス)
舞踏をよく知る者にとっては。

狭い心
狭い心は厭わしい。
狭すぎて、善も悪も居場所がない。

傲慢の戒め
空威張りで膨れ上がることなかれ。さもなくば、
ほんの一刺しで破裂する。

天体のエゴイズム
回転樽さながらに、休むことなく
自分を軸に自転することがなかったら、
私はいかにして、灼き尽くされることもなく
燃え盛る太陽を追うことに耐えられようか?


いかにも、私は時おり氷を作る。
氷は消化を助けるものだ!
諸君が消化不良に悩むなら、
私の氷がお気に召すことだろう!

嫉みをもたない
なるほど、彼の眼差しには嫉みがない。それだから諸君は彼を敬うのか?
彼は諸君の敬意になど、目もくれない。
彼がもつのは、はるか彼方を遠望する鷹の眼だ。
諸君など目に入らない!――彼はただ星を、星のみを見つめるのだ。

<フリードリヒ・ニーチェ『喜ばしき知恵』(河出文庫2012)>





嘘つき

2014-02-18 16:36:46 | 日記

★ 私が嘘と呼ぶのは、見えるものを見まいとすること、あるいは見えるとおりには見まいとすることである。(中略)ところで、この見えるものを見まいとすること、あるいは見えるとおりには見まいとすることは、何らかの意味で党派的であるすべての人にとって、ほとんど第一条件ですらある。党派人は必然的に嘘つきである。(中略)党派的な人は誰でも、本能的に、道徳的な大きな言葉を口にするものである。そうであってみれば、道徳が存続するのはあらゆる種類の党派人がそれをたえまなく必要とするからだ、という事実に、もはや驚くこともあるまい。(ニーチェ『反キリスト』)

<永井均『これがニーチェだ』(講談社現代新書1998)より引用>






“憲法”を理解していない首相をもつ国!

2014-02-13 15:29:11 | 日記

◆ Yamashita_y ‏@crusing21
安倍首相が、昨日の国会答弁で、憲法の立憲主義を否定。自分が最高責任者というのは、憲法を超える存在だと認めたことになる。絶対独裁者を自認したことになるが、これこそ、現憲法が否定していること。憲法否定そのものであり、憲法尊重義務違反だ。

◆ 想田和弘 ‏@KazuhiroSoda
「選挙で審判を受ける」という言い訳で憲法を超越して何でもやっていいなら、憲法が存在する意味がない。→東京新聞:首相、立憲主義を否定 解釈改憲「最高責任者は私」:政治(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014021302000135.html …


<首相、立憲主義を否定 解釈改憲「最高責任者は私」> 東京新聞 2014年2月13日 朝刊

 安倍晋三首相は十二日の衆院予算委員会で、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更をめぐり「(政府の)最高責任者は私だ。政府の答弁に私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける」と述べた。憲法解釈に関する政府見解は整合性が求められ、歴代内閣は内閣法制局の議論の積み重ねを尊重してきた。首相の発言は、それを覆して自ら解釈改憲を進める考えを示したものだ。首相主導で解釈改憲に踏み切れば、国民の自由や権利を守るため、政府を縛る憲法の立憲主義の否定になる。
 
 首相は集団的自衛権の行使容認に向けて検討を進めている政府の有識者会議について、「(内閣法制局の議論の)積み上げのままで行くなら、そもそも会議を作る必要はない」と指摘した。
 政府はこれまで、集団的自衛権の行使について、戦争放棄と戦力の不保持を定めた憲法九条から「許容された必要最小限の範囲を超える」と解釈し、一貫して禁じてきた。

 解釈改憲による行使容認に前向きとされる小松一郎内閣法制局長官も、昨年の臨時国会では「当否は個別的、具体的に検討されるべきもので、一概に答えるのは困難」と明言を避けていた。
 今年から検査入院している小松氏の事務代理を務める横畠裕介内閣法制次長も六日の参院予算委員会では「憲法で許されるとする根拠が見いだしがたく、政府は行使は憲法上許されないと解してきた」と従来の政府見解を説明した。

 ただ、この日は憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を認めることは可能との考えを示した。横畠氏は一般論として「従前の解釈を変更することが至当だとの結論が得られた場合には、変更することがおよそ許されないというものではない」と説明。「一般論というのは事項を限定していない。集団的自衛権の問題も一般論の射程内だ」と踏み込んだ。

 元内閣法制局長官の阪田雅裕弁護士は、首相の発言に「選挙で審判を受ければいいというのは、憲法を普通の政策と同じようにとらえている。憲法は国家権力を縛るものだという『立憲主義』の考え方が分かっていない」と批判した。
 横畠氏の答弁にも「憲法九条から集団的自衛権を行使できると論理的には導けず、憲法解釈は変えられないというのが政府のスタンスだ。(従来の見解と)整合性がない」と指摘した。

<立憲主義> 国家の役割は個人の権利や自由の保障にあると定義した上で、憲法によって国家権力の行動を厳格に制約するという考え。日本国憲法の基本原理と位置付けられている。

(引用)






顕著な問題のある国

2014-02-12 12:08:14 | 日記

<報道の自由、日本後退59位 福島事故と秘密法響く> 2014/02/12  共同通信

 【パリ共同】国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)が12日発表した、世界各国の報道の自由度を順位付けした報告書で日本は昨年の53位から59位に後退した。東京電力福島第1原発事故の影響を取材しようとするとさまざまな圧力を受けるとされたほか、特定秘密保護法の成立が響いた。
 日本は、各国を5段階に分けた分類で上から2番目の「満足できる状況」から、主要先進国で唯一、3番目の「顕著な問題」のある国に転落。東アジアでは台湾や韓国を下回る自由度とされた。
 日本は昨年も福島の事故について情報の透明性が欠けるとして大きく順位を落としていた。





“保守”って、だ~れ???

2014-02-11 17:30:00 | 日記

◆ 想田和弘 ‏@KazuhiroSoda
「ネット保守」「愛国的」という言葉はいただけない。排外主義や歴史修正主義は保守でも愛国でもない。きっちり「極右」と位置づける必要がある。記者の視点が足りない。→田母神氏、60万票の意味 「ネット保守」の支持 - 朝日新聞デジタルhttp://t.asahi.com/dxpq

◆ 想田和弘 ‏@KazuhiroSoda
こういう報道に今の日本の危うさを感じるんだよなあ。取材対象者が使う言葉をそのまま使っていい場合と、そうでない場合がある。いくら当事者が「保守」や「愛国」を自称しても、そのまま使っちゃダメでしょう。これだから極右的言説が「普通」になって安倍政権みたいなのが誕生しちゃうんだよ。

◆ 想田和弘 ‏@KazuhiroSoda
記者は疑問を抱かないのだろうか?「先の大戦は侵略戦争じゃなかった」「南京大虐殺は大嘘だ」「中国人や韓国人は出て行け」という言説のどこが「保守」なんだ?どこが「愛国」なんだ?言葉を使うプロなら、自分が使う言葉の正当性と根拠を問うべきではないのか。

◆ 想田和弘 ‏@KazuhiroSoda
ちなみに田母神氏が英語の報道で紹介されるときは、「far right」と形容されている。なんで海外のメディアの方が正確なのかよく分からない。

(以上引用)





“負け続けても戦いは続く”

2014-02-08 13:10:42 | 日記

2024/02/03に行われた岩上安身による京都大学原子炉実験所・小出裕章へのインタビューがIWJ Independent Web Journalに掲載された。
とても長いインタビューなので、ぼくが感銘を受けた部分を引用したい;

岩上安身「今回、『最後のチャンス論』ともう一つ同時に言われたのは、負けたら一切無意味、無駄っていう言い方もずいぶんされました。勝たなきゃダメだというのは正論なんですけれども、負けたら全部が無意味で無駄だという論が出ている時に、小出さんが発表された文章のなかに、私はずっと敗北し続けたって書かれてあったんですね。
 これは僕にとって、非常に心を動かされた一節でした。どういう意味で、私は負け続けてきたとおっしゃったか。勝てない戦いをやってきたが、そのことは無意味でも無駄でもないという意味の文章をお書きになられたんでしょうか?」

小出裕章「私は、1970年に原子力をやめさせたいと思いました。そのときには、日本国内には、三つの原子力発電所しか動いてなかった。東海原発、敦賀、美浜という。それ以降、一つも作らせたくないと私は思ったわけですけれども、何をやっても勝てない。
 向こうは、国家権力があって、巨大な産業がみんなそれに乗ってるわけですし、マスコミもみんなそれにグルになってるわけだし、学者なんていうのは、もうどうしようもない連中ばっかりなわけですから、それもグルになってやるということで、私の力など、ほとんど何の意味もないような形で、負け続けてきたんですね。
 それでも、負けても負けてもやっぱり戦わなければいけないということはある、と私は思ってきましたし、負け続けながらも自分のできることをやろうと思って今日まできたんです。
 選挙だって、私が選挙、政治嫌いだったので、あまり投票ということにも積極的には行きませんでした。でも、私が投票した時には、必ず、私の投票した人は負けるのです。でもまあ、それでも仕方がないと思うときには、それもやりましたし」

岩上「死に票だと思っても投じると」

小出「はい。そういうこともありました。だからまあ、それは何度も言いますけど、歴史は流れているわけですから、負けることはもちろんあるし、負けたからといって、終わりでもないし。そうですね。力は。
 大阪で昨日集会をやっていたんですけど、その集会の主催者が最後に挨拶して『自分たちは微力だけれども、無力ではない』と言って締めくくられたけれども、確かに私の力なんて、本当に微々たるものだけれども、でも無力ではないはずだし、それは昨日も今日も、また明日も無力ではないはずなので、できることを担おうと思います」

岩上「人間というのは一人ひとりの人生に限りがあって、有限なわけですね。力も限界がありますが、それだけではなく、時間の限界もある。
 人間みんな自分の晩年が近づいてくれば、自分にとって最後のチャンスだと思うのは、これは当然の思いだと思うし、必死、切実になるんだろうと思うんですけど、大事なことは自分の代で終わりではなくて、次の世界、次の代というのがあるはずだっていうことではないかなと。
 沖縄で、名護市長選がありました。それの取材をずっとやっていました。名護では、奇跡的な勝ち方をしてるわけですね。あんな絶望的なところまで、崖っぷちまで追い込まれながら、だけどだれも最後のチャンスだとか、だれもこれでおしまいだとか言わないんですよ。
 おじいおばあがみんな、次の代に引き継がれていくのが当たり前のように思ってる。これは、僕はすごく胸を打たれたといいますか、心動かされたんですけど、この次の代に引き継いでいくということの重要性について、どのようにお考えでしょう」

小出「まあいま、岩上さんがおっしゃった沖縄の名護の選挙のことに関していえば、沖縄の人たちずっとこれまで戦ってきたし、1回選挙に負けたからといって、戦いをやめるわけじゃないんですよね。彼ら。
 絶対自分たちでもやると思ってるわけですから、最後の戦いなんて言葉はきっと彼らからは出てこないと思います。で、いま岩上さんがさらに、1人の人間が終わったとしても、そうではないはずだと。もちろん、そうですよ。
 だから歴史は流れているわけだし、運動だって流れているわけだし、ここにあるのは田中正造さんの像ですけれども、正造さんはもう亡くなって100年経ってしまったけれども、でも、正造さんがいたという事実はあるわけだし、歴史のなかに正造さんの足跡が残ってるわけですから、ありがたいと思うし、1人の人間なんかどうでもいいことだと、私は思います。大切なのは、歴史ですね」

岩上「自分が去るけれども、世界は残る」

小出「はい」

岩上「世界は続く」

小出「はい」

岩上「歴史が続く。そこにどれだけ影響を残せるか。そのあと託すことができるかという考えをどこかに持ってないと」

小出「要するに、微力なんですよね。ですから、個人の力なんて本当に微力だと私は思いますけれども、でも、生きているわけだし、私という命はいまここに生きて、今ここですね。時間の流れの中の一点。そして世界の広がりのなかのここに生きている。
 私以外だれでもない私なわけですから、それが微力だろうとなんだろうと、私らしく生きるのが一番いいのであって、そうしなければ、損だと思いますので、私の足跡がどれだけ残るかって、そんなことどうでもいい。私からみるとどうでもよくて、できることだけやりたいと」

岩上「それは、無意味ではないということですよね」

小出「無意味かもしれませんけれども、まあ、無意味ではないですよ。誰だってそうですよ。すべての人の命は無意味ではないです。でも、仮に無意味だとしたって、行きたいように生きればいい」

岩上「51%49%。もしこのわずかな差によって、勝者と敗者に分かれる。そして敗者のほうになったら一切無意味だと、こういう議論もあるんですね。だけれども、そうだろうかってやっぱり思う」

小出「もちろんそうではないんですけれども、ただ選挙ということに関する限りは、51と49の間に、猛烈な違いが生じてしまうという、そういう選択なんですよね。選挙というのは。
 だから、私は選挙は嫌いなんですけれども。でも、仕方がないですよね。こういう間接民主主義なんていうものを選んでる国なわけですから、選挙をするしかないでしょうし、できることなら勝ちたいと、みなさん思うだろうし、私もそうしたいとは思うけれども、でも、これで終わりではないので、負けてもいいという選択はやはりあると思います」

岩上「ということで、東京都知事選も見据えながら、原発、脱原発ということは、実はここの核戦略ということと不可分なんだというお話、今日、本当に深く掘り下げたお話を聞かせていただきました。
 多くの人が、原子力はイコール発電だと思っていますから、その根本から今日、お話いただいたんで、すっきりしました。
 核燃サイクルって実は、プルトニウムを保持するためのいいわけなんだと。全く無駄なものなんだ、核兵器保有という目的以外は。無駄で、不効率で、非常にお金を乱費するようなものなんだということも、ご理解いただけたんじゃないかなと思います。死に物狂いの平和主義ができる覚悟があるか」

小出「そうです。そういうことです」

岩上「さもなくば、核兵器保有して、世界から孤立するか。そういう中庸がだんだんなくなってくる可能性が日本にはあるなという気がします。このあとの政治情勢次第では、この問題がどんどん大きくなる可能性があると思います。中庸がなくなったとき我々はどちらに行くかって問題、我々、日頃からずっと考える必要があると思います。またその節は、きっとおじゃまして、ご意見をうかがうことになると思いますけど、よろしくお願いします」

小出「はい。こちらこそ」

岩上「本日はどうもありがとうございました」

小出「ありがとうございました」





“なにかが起きている”

2014-02-04 15:42:32 | 日記

◆ 辺見庸“私事片々”

・とくにございません。エベレストに2度のぼった。NHKの経営委員会って、どのような手続きで、いったいだれが決めたのか。きわめて悪質、病的。かれらはわれわれをなんら代表しない。開いた口がふさがらない。ひとびとの力で今後これを解体できないようでは、憲法9条を保持するなどとうてい困難だ。9条はひとりびとり、からだをはってまもり、実践しなければならない。(2014/02/03)

・4月26日の講演ポスターをブログでアップした。こっぱずかしくても、やらざるをえない。やらざるをえないのだ。歯と口が痛ひ。犬だけがつとめて明るく暮らしている。ときどき呆れたように、まるで赤の他人でも見るように、わたすぃを黙って冷たく眺めていたりする。素直なふりをしていて、一瞬、狡そうな目になるときもある。いまは疲れた老女の顔をして、コビトがくるのをじっと待っている。雨、みぞれ。エベレストにはのぼらないだろう。(2014/02/04)


◎4.26辺見庸茅ヶ崎講演

辺見庸は2014年4月26日午後1時から神奈川県茅ヶ崎市のカトリック茅ヶ崎教会で講演をする予定です。講演タイトルは「なにかが起きている――足下の流砂について」。講演時間は約2時間です。
・主催:ピースカフェちがさき、文教大学team one
・協力:チームみつばち 鈴木光子
・アクセス:カトリック茅ヶ崎教会は茅ヶ崎駅から徒歩7分

・ メッセージ…表題「なにかが起きている」は、イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティの短篇「なにかが起こった」からヒントをえたものです。疾駆する特急列車。ふと窓から外を見ると、たくさんの人びとが、列車の進行方向とまったく逆の方角に、走って逃げてゆきます。みな恐怖のあまり逃げまどっているのです。列車の行く先で、なにか大変なことが起きているのにちがいありません。しかし、乗客たちは、内心、とても不安におもいながらも、窓外でなにが起きているのかを問うたり調べたりして知ろうとはしません。乗客には「なにかおかしいのではないか?」と感じていても、そう叫ぶ勇気がありません。ですから、列車を停めようともしません。列車は災いのみなもとに向かってひたすら爆走してゆきます…。この暗喩からなにを考えるか。そこからお話しさせてください。わたしたちは災いにむかって暴走する列車の乗客ではないのか。つまり、私たちの乗った列車は、ほんとうに行きたい場所とはまったく逆の方向に走っているのではないか。いま、なにが起きているのか。それを、なぜひとり手をあげて訊こうとはしないのか。暴走列車をなぜ停めようとしないのか。集団をたのみとするのではない、ささやかな「個」の勇気、ひとりのたちいふるまい、ひとりの言葉、ひとりの表現――の可能性についてかんがえます。
(辺見庸)

・申し込み方法:生越(おごせ)0467-53-4448/浦田(うらた)0467-86-7319/熊谷(くまがい)kumasmi1113@gmail.comまで、電話もしくはメールで予約。当日、参加費と引き換えにチケットをお渡しします。
・お願い:会場の収容能力は約250席です。混雑が予想されますので、ご協力をお願い申し上げます。





勝たなければ、意味がないのか?

2014-01-31 12:17:08 | 日記

想田和弘(映画作家):<意味の薄い「勝ち」もあれば、意味のある「負け」もある>(ポリタス2014/1/31)

◆ 「知名度頼りの人気投票ではなく、政策本位の選挙を」
脱原発派やリベラル派は、選挙がある度に、そう、繰り返し主張してきた。しかし、今回の都知事選ほど、そうした主張が本気であったのか、それとも単なるお題目に過ぎなかったのか、が問われている選挙はない。
僕が憂慮しているのはもちろん、細川護煕・小泉純一郎連合の出馬と、彼らの政策が出揃う前にいち早く支持を表明した一部の脱原発派・リベラル派の方々の動きについて、である。
彼らの動きは、どう考えても「政策本位」ではなかった。なにしろ、細川氏の立候補会見を待たずに、氏の詳しい政策が明らかになる前に、「支持」は表明されたからである。
支持の理由も、「勝てる候補を支援すべき」というものであり、細川・小泉連合の知名度と世間的人気を重視したものであった。その発想が、選挙で勝つためにタレント候補を擁立する政党のそれと相似形であることは否めない。それは私たちが「民主主義を形骸化させる元凶」として批判してきた態度ではなかったか(しかも「勝てる候補」であるという見立てが間違っている可能性も小さくない)。
僕がこんなことを書くと、おそらく細川氏を支持する人からは批判の声が上がるだろう。

◆ 「細川氏をディスってどうする。敵を間違えるな」
だが、僕は別に細川氏を否定しているわけではない。彼の政策を詳しく知った上で支持するのなら、僕には何の異論も無い。それぞれの判断を尊重する。
僕が疑問を感じているのは、政策がよくわからないのに支持を表明する、そういう主権者としての態度や行為に対してである。
この点を不問に付して「スルー」してしまうと、私たちは人気投票的な選挙の在り方を批判する資格を失ってしまう。今回の選挙でいえば、「政策」とは呼べぬような、スローガン的な「公約」しか並べていないのにリードが伝えられている舛添要一候補を巡る現象についても、批判できなくなってしまう。むしろそういう現象を加速させてしまう。それは、脱原発派やリベラル派の運動の将来に禍根を残すことになる。

◆ 「しかし、選挙は勝たなければ意味がないのだよ」
そう、僕に反論する人もいるだろう。
でも、本当にそうだろうか?
「負けてもよい」とはもちろん思わない。だが、僕は選挙とはそんなに単純なものではないと思っている。意味の薄い「勝ち」もあれば、意味のある「負け」もある。そんな風に思っている。
例えば、先の参議院選挙で三宅洋平氏が17万票を獲得して負けたのは、本当に意味がなかったのだろうか?
「意味がなかった」と断じる脱原発派やリベラル派は少数であろう。なぜなら、彼の型破りな運動が17万票もの支持を得たことは、勝負に負けたにもかかわらず、私たちを勇気づけ、「次」につないでくれたからである。
逆に、民主党による政権交代を成し遂げた2009年の衆議院選挙はどうだったか?
腐敗臭のする自民党政権に辟易していたリベラル派の多くは、あの結果を「勝ち」だと認識したのではないか。僕も(恥ずかしながら)その一人だ。しかし、僕はその「勝利」を思い出すときに、苦い思いも同時に想起せざるをえない。選挙に「勝った」はいいものの、政権交代の成果は貧しく惨憺たるものであり、結果的にはリベラル勢力の壊滅的な後退を招いたと思うからである。
いずれにせよ、原発は一朝一夕でなくなるようなものではない。原発は日本の中枢——政・官・学・産・マスコミ——を蝕むドラッグのようなものであり、やめれば禁断症状が出る人があまりに多い。「脱原発派」の都知事が誕生すれば、それはもちろん脱原発を進める大きな力になり得るが、それだけでどうにかなるというものでもない。私たちの前に立ちはだかる壁は、果てしなく高くて分厚いのである。

◆ 「知名度頼りの人気投票ではなく、政策本位の選挙を」
僕は、脱原発派とリベラル派の方々に、この原点を忘れずに都知事選に臨んで欲しいと強く願う。
脱原発運動も、民主主義を守り育てていく運動も、これからの道のりは長く険しい。その道を共に歩むには、私たちには常に立ち返るべき原点が必要だと信じている。

想田和弘 (そうだ・かずひろ)
映画作家。1970年栃木県生まれ。日米を行き来しつつ、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリー映画を制作。自民党公認候補の選挙戦を描いた『選挙』(07)、精神科外来をみつめた『精神』(08)、福祉の現場を描いた『Peace』(10)、平田オリザと青年団を追った『演劇1』『演劇2』(12)、近作は311直後の統一地方選を描いた『選挙2』(13)など、時代の相貌を切りとる作品を発表し続けている。受賞暦多数。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)など。【photo:2013 司徒知夏】
ホームページ: http://www.laboratoryx.us/sodaofficial/
Twitter: @KazuhiroSoda

(以上引用)




ゲームの価値;自叙伝;思考の歴史

2014-01-29 12:25:52 | 日記

1982年、アメリカ・ヴァーモント大学でセミナーを行った際、ミシェル・フーコーはインタビューに答えた、その発言から;

★ わたしは著作家、哲学者、名代の知識人、ではありません。教師であります。

★ わたしは、予言者になって「どうか腰をおろしたまえ、わたしの発言の中身はきわめて重要なのだ」なんて言いたいとは思わない。わたしは、われわれの共通の仕事を論じるためにやってきたのです。

★ わたしが何であるかを正確に認識する必要があるとは思いません。人生や仕事での主要な関心は、当初のわれわれとは異なる人間になることです。ある本を書き始めたとき結論で何を言いたいかが分かっているとしたら、その本を書きたい勇気がわく、なんて考えられますか。ものを書くことや恋愛関係にあてはまる事柄は人生についてもあてはまる。ゲームは、最終的にどうなるか分からぬ限りやってみる価値があるのです。

★ わたしの役割は――そしてこれはひどく思いあがった言葉なのですが――、人々は彼らが自由であると感じているよりはるかに自由であるとか、人々は歴史のとある時期に築きあげられてきた若干の主題を真理として、明証として受けいれているとか、そして、このいわゆる明証なるものは批判と破壊の対象となりうるものであるとか、を人々に明らかにすることです。人々の精神のなかで何かを変えること――これが知識人の役割なのです。

★ わたしの著作は、それぞれわたしの自叙伝の一部です。あれやこれやの理由でわたしには、そうした事態を感じたり生きたりする機会がありました。簡単な例をあげると、わたしは1950年代に精神病院で働いた。哲学の研究をすませたのち、狂気が何であるかを見たいと思ったのです。わたしは理性を研究できるくらいには気違いじみていたし、狂気を研究できるくらいには理性的だった。

★ この『狂気の歴史』は精神医学殺しというふうに受けとめられたが、しかしその本は歴史をもとにした記述だった。真の学問と偽りの学問との相違を、あなたはご存知でしょうか?真の学問は自らの歴史を認めて受け入れるが、その場合、気分をそこなうなんてことはない。ある精神科医に、きみの精神病院の起源は癲病施療院だと言うと、その医者はひどく腹を立ててしまう。

★ ニーチェはわたしにとってひとつの啓示でした。わたしがそれまでに教えられてきたのとはまったく異なる人がいるとわたしは感じたのでした。激しい情熱をもやしてニーチェを読み、それまでのわたしの生活と縁を切って、収容施設での職をやめ、フランスを離れました。これまでのわたしは術策(わな)にかけられたようなもの、というのがそのときのわたしの気持ちです。ニーチェをとおしてわたしは、そうしたことすべてにたいして異邦人になってしまった。わたしは依然としてフランスの社会的、知的な生活のなかに完全には融けこめない。

★ われわれ誰もが生活し思考する主体です。わたしが反発している当の事態とは、社会史と思想史とのあいだに裂け目があるという事態です。社会史とは、人々が思考することなしにどのように行動するかを記述するものだと考えられているし、思想史とは、人々が行動することなしにどのように思考するかを記述するものだと考えられている。すべての人は行動もするし思考もしているのです。

★ わたしのさまざまな本のなかでわたしは変化を分析しようと実際努力してきましたが、それは具体的な原因を見つけ出すためではなく、相互に作用していたすべての諸要素を、そして人々の対処を明らかにするためでした。わたしは人々に自由があることを信じています。状況は同じであっても、それに対処する人々の仕方はまったく異なるのです。

★ われわれがヒューマニズムと名づけているものは、マルクス主義者も自由主義者もナチスもカトリック教徒も使ってきた。このことの意味は、われわれはいわゆる人権や自由なるものを一掃しなければならないということではなくて、自由や人権はある領域では制限されるべきだとはわれわれは言いえないということなのです。たとえば、もし80年前にあなたが、女性の貞操は普遍的なヒューマニズムに属するかどうかと人に質問したら誰しもそのとおりだと答えただろう。

★ ヒューマニズムということでわたしが気がかりなのは、ヒューマニズムがわれわれの倫理の特定の形式を、どんな種類の自由にもあてはまる普遍的なモデルとして提示するという点です。わたしの考えるところでは、ヒューマニズムのなかに、つまり左翼とか中道派とか右翼とか虹のような色合いの政治のあらゆる側でこれがヒューマニズムだと独断的に主張されている、そうした意味でのヒューマニズムのなかにわれわれが想像しうる以上に、われわれの未来には、より多くの秘密、より多くの自由の可能性、より多くの発明があるのです。

<ミシェル・フーコー『自己のテクノロジー フーコー・セミナーの記録』(岩波現代文庫2004)>





羊たちの沈黙;英語と日本語

2014-01-29 10:11:43 | 日記

◆ 町山智浩 ‏@TomoMachi
思春期までに洋画に慣れなかった人はその後、あまり洋画は観ないだろう。洋楽や文学もそう。思春期までにテレビから流れるJPOPとアニメの外側に出なかった人はその後もあまり出ないだろう。英語教育を強化するといっても外国の文化に興味ないのに英語だけ勉強しても身に着くわけがない

◆ 町山智浩 ‏@TomoMachi
日本人が洋楽や洋画、外国文学をだんだん消費しなくなって、外国人が言っていることに興味なくなっているのに、英語だけ勉強しろと言っても無理な話だよ

◆ 町山智浩 ‏@TomoMachi
映画会社は「それでも夜は明ける」とか「あなたを抱きしめる日まで」とか日本語のわかりやすい邦題をつけようとするけど言いにくいし覚えにくい。過去の大ヒット作は「エクソシスト」「ジョーズ」「ET」「マトリックス」「ランボー」など意味不明でも語感がよくて覚えやすい題名ばかりだ。

◆ 町山智浩 ‏@TomoMachi
「羊たちの沈黙」という題名は原題直訳で、映画の内容を説明してないけど、別にそれでいい。「羊たちの沈黙」という言葉のインパクトが謎めいて不吉で詞的で、言葉として凡庸じゃないから。平坦な言葉の組み合わせにすると覚えられないよ。

◆ 町山智浩 ‏@TomoMachi
「大人は判ってくれない」の原題は「400発のパンチ」。主人公の気持ちを代弁した邦題で大成功。思春期っぽさは「400発のパンチ」よりも出てるから。上手いけど、こういう邦題つけるには詩人的なセンスがいるよね。

◆ 町山智浩 ‏@TomoMachi
日本人は外国の文化に対する興味を失いましたが「外国人は日本が好き」みたいな本や記事ばかり売れるという「他者や世界に関心はないが自分がどう見られてるかだけは気になる」という思春期みたいな状況になってますね

◆ 町山智浩 ‏@TomoMachi
「愛は霧の彼方に」の原題は「霧の中のゴリラ」で、ゴリラ保護の映画だった RT @tkasuga1977: @TomoMachi 「愛と哀しみの果て」とか「愛は霧のかなたに」とか、「原題通りだと絶対に女性客は来ないから、とりあえず『愛』ってつけとけばいいだろ」的な