夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

幼児が親にたよるが如く神(仏)に頼り切れ。

2018年03月14日 22時34分59秒 | コラム・人文
日だまり


院内の白い柵の上に

野鳥がふらりと舞いおり、

あたたかい森の薫をのこし、

何処ともなく翼をひろげ

ビルを越え飛び去りました。

何事にもにもこだわらず、

天の響きに合わせて

舞い遊ぶ野の鳥たち。




念仏の世界には罪悪も業報もを感ずることはないのである。


念仏者は無礙の一道なり、

そのいわれいかんとなれば、 

信心の行者には天神・地祇も敬伏(きょうふく)し、

魔界・外道も障礙(しょうげ)することなし。

罪悪も業報も感ずることあたわず、

諸善もおよぶことなきゆえに

無礙の一道なりと、云々(うんぬん)。


                   親鸞上人 歎異鈔 第七
『注』

無礙(むげ)・・・障りのないこと。さまたげのないこと。何ものにもとらわれず自由自在であること。

無礙の一道・・・何もにもさまたげられない一すじの道。

障礙(しょうげ)・・・さわり、さまたげ。さとりを得るための障害となるもの。

           四種の障害(法をそしること・自己に執着すること・苦しみを恐れること・

           すべての生きものにたいする利益について無関心であること)がある。



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