夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

新コロナウイルスと日本の民族性

2020年03月22日 00時19分07秒 | コラム・人文
まだこの地には患者が出ておりませんが。

私どもの病院でも、新コロナウイルス患者の受け入れの準備しております。



今まさに、新コロナウイルスが世界を席巻している。


この様な危機的なる時にはそれぞれの民族性が発揮される。

日本の茶事の食事の時には御膳、食器、箸も別々であり、

抹茶を頂くときにも茶碗を各々に回しますが

その際には懐紙で飲み口をふき取り相手にまわします。

人と人の距離間があり、相手を意識し、恥じらいが強い民族性があります。

神道にも穢れを忌み嫌いことがあり、それを浄める『禊の心』があります。

このような民族性が衛生面でもこの様な危機的な時に

発揮されているではないかと思われます。



また子供の姿は親の現身といわれていますが。

未知の新コロナウイルスの症状の特徴が最終的には

肺が冒され息苦しい症状が現れると言われています。

今世界を支配している風潮が人間の頭脳的な知恵で進歩してきた倫理観、道徳観で縛られた

息苦しい空間であるように思われます。


未知の新コロナウイルスの息苦しい症状が現代の風潮の現身のように観じられます。



もっと心を広く、広くして、

日本の精神である『和をもって尊し』のように寛容な心を持ち、

お互いに赦し、尊ぶことが肝要であります。



人間同士だけではなく、宇宙に存在する、

自然、動植物、細菌、ウイルス等に対しても同様であります。


なぜならすべての存在は創世記第一章に示されている

『初めに、神は天地を創造された。』とあるように


すべての存在は神が創造されたのであるが故に

宇宙に存在する、動植物、細菌、ウイルスと

吾々は同根であり一つの生命体であるからです。


一つ一つの外形に就き、それを善である、悪であると

形によって決めることは出来ないのであります。

善を形の上で判断するよりも、善の本質に入って判断しなければならない。

唯一の善は神のみである――善の本質は神なのであります。

人間の生命は『神の生命』が種から伸びて花が咲くように

咲き出でたのであります。

だから善は神からの賜物であります。







人間は霊的存在である。



本に報い始めに反る。

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