夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

無我の愛・・・一切の悪は執着より生じる。(一切を捨てよ)

2019年02月27日 18時01分30秒 | 健康・病気・精神分析・心理学・先祖供養・霊的実在・心霊の諸相
情報に溢れた世の中でその情報の選びかたに由って

大きくは運命を変えることになります。

最終的に選ぶには人間の直観力に依存することになります。

その直観力である閃き、霊感的なインスピレーション(inspiration)を

養うには表面に現れた分析的な化学力よりも

優しい心、感動などの目に見えない世界を大切にあつかい養うことです。

それは瞑想、座禅、先祖供養などの利他行があります。




利他行である無我の愛

人のために泣き、ひとのために憂い、国の平安を祈り、

他をいかし、他を悦ばし、他を楽しませ、他を利益するところの愛である。




『利他行』の一つである先祖供養

先祖の霊を朝夕礼拝するのは、

霊魂は善念である真理の念を向上の食物としてうけとるものであるから、

反対に妄念である呪いの念、憤りの念、恨みの念は

害を与えるものでありますから、

常に人間は神の子であり仏の子であり、

如来であり素晴らしい存在であるという真理の念を

誦経礼拝等にて放送して祖先の霊を向上進歩せしめるのは子孫として、

祖先に対する報恩感謝の行事であり勤めであります。




理趣経について

自分を離れて佛なく、

自分を離れて世界も衆生もなく、

我々が無我の大我に目覚める時に、

そのままで万徳円満の大日如来である。

                      弘法大師空海 伝経大師(最澄)への書簡

『注』
利他行・・・他者を利益する行。他人を導く行。他人を恵む行い。
       自利に対していう。
自利・・・自分を利益すること。自分のための修行。




ヒイラギナンテン(柊南天) トゲのある『ヒイラギ』は魔除けとして鬼門に当たる所や『はばかり』、家の周りの生け垣などに植えられている身近な植物です。