彼女は、一家をナイフで殺した強盗殺人犯の娘であり、彼女自身も、父親から、虐待を受けていた。
彼女の背中の傷を、耕介が、指でなぞり、このうえもなく優しくキスしたところは、非常に意味のある象徴的なシーンだったということが、後からわかる。
耕介は、彼女を痛ましく思い、自分たちから去った理由にも思いをはせただろう。
それでもなお、兄も、自分も、それぞれの思いで、彼女を愛したことは真実だったと思ったに違いない。
だから、耕介が、やっと早紀が働いているラブホテルを探し当て、また後ろから彼女を抱きしめて、「兄さんは、あなたを愛していました」
そこに、吉岡さんの絶妙のナレーションで、「本当は、僕がそう言いたかった」とかぶる。心憎い演出だ。
でも、もうこの時点で、二人には距離がある。
この恋に、成就というものはない。
「さよなら」を言うために、彼女を探してたと、実際ナレーションがあるのだけど、「うーん、なるほど」と脚本のうまさに舌をまいた。
人生は、多くの場合において、自分の力だけでどうすることもできないことがある。愛する人の存在はなおさら。彼女の生き方を、止めることはできない。
耕介は、彼女を探すプロセスで、自分も見つめなおすことになった。
今ある自分の運命を、前向きに受け入れていくことができたら、それは、「それでいい」ということに気づいた。
かす漬けの重石をとって、桶を置き換える作業を、耕介がする場面があった。
「なんのため?」と早紀に聞かれて「バクテリアが、息ができるように」と
耕介が答えるのだった。
耕介は、重石に押さえつけられるような孤独感をもって生きてきた。
登場人物は、みんな悪い人でもないのだけど、愛情を、うまく表現できなない不器用な人たちなのだ。
早紀は、彼にとって、自分に深呼吸をさせてくれた存在だったのかもしれない。
お互い、もうこれで会わないとわかっている別れの時、早紀のほうは、耕介より吹っ切れた表情をしていたのが印象的だった。京香さんも芸達者。
自分なりの生き方を貫こうと、また赤いスーツケースを引いて歩いていく姿が、たくましくかっこよかった。
救いのある終わり方だったと思う。静かななかに、詩情があり、宝石のような作品だ。カッチイのなかでは、永久保存版だ。吉岡さんの当たり年になる幕開けの作品だね。