鉄人28号が据え付けられている若松公園の横に大丸百貨店があるのですが、そこでは『鉄人28号と昭和のくらし展』なるものが開催されていました。
鉄人28号が雑誌『少年』に連載され始めたのが昭和31年、TVアニメになったのが昭和38年です。昭和31年といえば戦後11年、まだまだ日本国は復興なった時期ではありません。昭和38年ならば東京オリンピックの前年、新幹線の開通と相まって、少しずつ庶民の暮らしも安定してきた時代です。オリンピックを見るためにTVを購入した家も増えてきた頃だったのでしょう。
この時期には60年の安保改定闘争などもあり、まだまだ国民に闘う力がみなぎっていた時代だったのに、今では一庶民として、社会悪と立ち向かう国民は皆無になってしまった感があります。
当時は妙なものを作って売っていたのですね。鉄人が乗った自動車(どれだけ大きかったことでしょう)、鉄人の乗る円盤(鉄人は円盤に乗らなくても空を飛べるんですよ)、鉄人の乗る戦車(鉄人の体は鋼鉄で出来ていたのに)、もうアホらしいほどの空想です。このようなものを買う力が未だ国民にあったとは思われない時代ですがね。
よくよく考えれば、鉄人28号は現実離れし過ぎですね。あれだけの巨体が歩けば人が何人踏み潰されることやら・・・その点アトムの体は人間並みでした。
横山さんより手塚さんの考えることの方が緻密ですね。それは描かれるマンガにも現れていたように思います。
昭和三十年終りごろから昭和四十年代初めの庶民の暮らしでしょうか?TVより大きな皮のカバンがありますよ。ラジオも大きいし、炊飯器もデカイですね。黒電話器も置いてありますが、当時はなかなか電話も引けない状態でした。
おっと、何処かで見たことのある看板が、フラフープと共に掛かっています。
水原弘さんてこうして見ると男前やけど、TVで見ていた頃は怖い顔をした人だと思っていました。
オロナミンCってこんな時代からあったのかなぁ?大村昆さんがCMに出てるくらいですから、『番頭はんと丁稚どん』や『とんま天狗』が流行っていた頃なんでしょうね。
その下にはサッポロジャイアンツの空瓶が見えますが、この手の瓶は私がビールを飲むようになってからのような気がします。
鉄人28号が雑誌『少年』に連載され始めたのが昭和31年、TVアニメになったのが昭和38年です。昭和31年といえば戦後11年、まだまだ日本国は復興なった時期ではありません。昭和38年ならば東京オリンピックの前年、新幹線の開通と相まって、少しずつ庶民の暮らしも安定してきた時代です。オリンピックを見るためにTVを購入した家も増えてきた頃だったのでしょう。
この時期には60年の安保改定闘争などもあり、まだまだ国民に闘う力がみなぎっていた時代だったのに、今では一庶民として、社会悪と立ち向かう国民は皆無になってしまった感があります。
当時は妙なものを作って売っていたのですね。鉄人が乗った自動車(どれだけ大きかったことでしょう)、鉄人の乗る円盤(鉄人は円盤に乗らなくても空を飛べるんですよ)、鉄人の乗る戦車(鉄人の体は鋼鉄で出来ていたのに)、もうアホらしいほどの空想です。このようなものを買う力が未だ国民にあったとは思われない時代ですがね。
よくよく考えれば、鉄人28号は現実離れし過ぎですね。あれだけの巨体が歩けば人が何人踏み潰されることやら・・・その点アトムの体は人間並みでした。
横山さんより手塚さんの考えることの方が緻密ですね。それは描かれるマンガにも現れていたように思います。
昭和三十年終りごろから昭和四十年代初めの庶民の暮らしでしょうか?TVより大きな皮のカバンがありますよ。ラジオも大きいし、炊飯器もデカイですね。黒電話器も置いてありますが、当時はなかなか電話も引けない状態でした。
おっと、何処かで見たことのある看板が、フラフープと共に掛かっています。
水原弘さんてこうして見ると男前やけど、TVで見ていた頃は怖い顔をした人だと思っていました。
オロナミンCってこんな時代からあったのかなぁ?大村昆さんがCMに出てるくらいですから、『番頭はんと丁稚どん』や『とんま天狗』が流行っていた頃なんでしょうね。
その下にはサッポロジャイアンツの空瓶が見えますが、この手の瓶は私がビールを飲むようになってからのような気がします。
あの茶の間風景・・スペースが狭い(庶民の茶の間だからこうかもしれないけど)けど、タンスの上に電話、ラジオの上にフランス人形はないでしょう。
この時代なら、インスタントラーメンでしょう
でもブリキの人形、カラフルですね。懐かしいと書いても、遊んだ記憶はないのですから女の子はロボットで遊ばなかったし、ブリキのセミ
は持っていました。ペコペコ鳴るやつ、おもしろかったのかはわからないけど。
ここんとこ、半藤利一さんの『昭和史』という本を読んでいて(もう既に読了)、昭和30~40年代というのは、どういう時代だったのか、思い起こしています。というより、私など子供の頃ですから、あまり覚えてないのですけど、確かに小学校でも「安保反対」などと言って、スクラムを組んで走り回って遊んでいたのを思い出します。東京でオリンピックが開催され、そのために高速道路や新幹線が整備され、そのことによって経済成長は遂げたのでしょうが、そこに群がった利権漁りも凄かったのだろうと想像されます。
石原慎太郎が再びオリンピックをなどと言うのは、またぞろ同じようなことを目論んでのことなのでしょうが、日本国のような狭い国で既開の都市ですることはありませんよね。私はリオで良かったと思っています。
鉄人28号というのは、今考えているのですが、スタートした年代的に言えば、民主主義が定着し始めた頃なのですね。横山氏がどこまで考えていたかは解りませんし、思い過ごしかも知れませんが、どうも人民を超えたドデカイものがあるんだ、権威の復活みたいなものを望んでいたのではなかろうかと思うのです。そこらにボヤボヤしている人間など踏み潰してしまうぞ!みたいなものを感じざるを得ないのです。
少しですが、それで手塚氏と横山氏を比較して並べてみたんですよ。手塚氏は非常に科学的な考え方をする方で、平和と民主主義をこよなく願っていたことは周知のことなのですが、横山氏がどのような方だったのか、ヘビースモーカーでそのための出火で亡くなられたぐらいしか、知りません。