巡礼街道を山本西から山本東へと担当の街が東へと変わっていきます。
この山本東には松尾神社が鎮座していました。
この注連縄、鳥居に渡されたものではありません。
変ってるから、注連縄とは言わないのかも知れません。
天満神社と同じようにあまり広い境内ではありません。
この狛犬の顔は随分個性的です。新しい感覚で彫られたものですね。
これから先、こういう狛犬が流行っていくのか、そこまでは私には判りませんが、新しい思想、感覚で創られていくのは時代の流れだと思います。
ここの祭神は、坂上田村麻呂ですよ。
この人に関する小説は見たことも読んだこともありませんが、聖武天皇の頃に生まれ、桓武天皇の頃に活躍した人ではないかと思うので、興味はあります。
右手に猿田彦宮がありました。
ここにも一位樫が植えられていました。天満神社と同じ考えなのでしょうか。立て札には同じような文言が書かれています。
この神社の外、右側に小さな薬師堂が建っていました。疲れたので縁側にでも座ろうと思ったのですが、汚れてもたいして気にならないようなズボンの私でも、遠慮してしまうほどきれいさを保っていませんでした。
この山本東には松尾神社が鎮座していました。
この注連縄、鳥居に渡されたものではありません。
変ってるから、注連縄とは言わないのかも知れません。
天満神社と同じようにあまり広い境内ではありません。
この狛犬の顔は随分個性的です。新しい感覚で彫られたものですね。
これから先、こういう狛犬が流行っていくのか、そこまでは私には判りませんが、新しい思想、感覚で創られていくのは時代の流れだと思います。
ここの祭神は、坂上田村麻呂ですよ。
この人に関する小説は見たことも読んだこともありませんが、聖武天皇の頃に生まれ、桓武天皇の頃に活躍した人ではないかと思うので、興味はあります。
右手に猿田彦宮がありました。
ここにも一位樫が植えられていました。天満神社と同じ考えなのでしょうか。立て札には同じような文言が書かれています。
この神社の外、右側に小さな薬師堂が建っていました。疲れたので縁側にでも座ろうと思ったのですが、汚れてもたいして気にならないようなズボンの私でも、遠慮してしまうほどきれいさを保っていませんでした。