ジッタン・メモ

ジッタンは子供や孫からの呼び名。
雑読本の読後感、生活の雑感、昭和家庭史などを織り交ぜて、ぼちぼちと書いて見たい。

〔10 七五の読後〕 【松本清張を推理する】 阿刀田 高 朝日新書

2010年09月09日 | 〔10 七五の読後〕
【松本清張を推理する】 阿刀田 高 朝日新書

清張工房のひとつひとつを著者が紡ぎだしてゆく面白さがこの本にはある。
清張へのノスタルジー、観察、畏敬。
08年4月から1年間、朝日カルチャー「松本清張を読む」を講義した著者が その教案を基として編集し一冊となった。

● 名作と もろ手をあげて「日記伝」

昭和28年、清張は「或る小倉日記」で芥川賞を受賞。
「対象に対しての執拗な探究心 弱者への肩入れ 成熟した表現力 嘘を辞さない巧みなイマージネーション」
  これぞ松本清張!と著者は名作にノミネート。

● 覗き見の階段登って「張り込み」へ
猫背の吝嗇な夫と3人の継子との平凡な生活を続ける主婦横川さだ子。 九州の佐賀まで凶悪犯を追って、犯人の昔の恋人だったさだ子の家を張り込む刑事。
映画では、大木実と宮口精二の二人の刑事の緊張した表情がファストシーンとしてクローズアップされてた。
主婦役のデコちゃんこと高峰秀子も好演。
監督は野村芳太郎。清張作品には欠かせない監督だ。

覗き見について
 「例えば透明人間願望。自分の姿を隠したまま他人の生活をのぞきみたいという根強い願望があって、小説が代行的にこの願いを満たすと、読者はうれしいのである。一寸法師や壁の穴などもこのパターン。」 と阿刀田は別著「清張あらかると」で書いている。

著者は「張り込み」をミステリ作品の嚆矢とは見ず、ふつうの小説として分けた。
 「張込み」の2年後に「点と線」、「眼の壁」。 
3年後に「ゼロの焦点」 続いて「黒い画集」が発表された。

● ミステリー山脈 初峰の山は「点と線」
東京駅横須賀線13番線ホームから15番線が見渡せることができるのは1日4回。
「4分間だけ見通せるんだ」「ほんとかよ」と当時、随分話題になったことを覚えている。
クロフツなどを読んだ読後の沈殿物からヒントを得たような作品で、この作品が一連の清張ミステリーの初峰となった。
 『旅』昭和32年2月号から33年1月号に連載され、同年に光文社から刊行された。

● 清張に探偵役は似つかわず
清張が登場してから明智の乱歩や金田一の横溝の探偵役スタイルの私小説は生彩さを失った。
変って地を這うような刑事の執拗な捜査と試行錯誤に推理小説の魅力が出現し始める。
清張は犯罪への動機を重視しそれを原点として事件解決や結論に沿える道を探った。 

● 短編の嚆矢は「無宿人別帳」
無宿者は今で言えばアウトローか。
はみだしもの、ふとでものとして江戸期の宗門人別改帳から欠け落ちとなった 男たち。
重い年貢や貧困は悪事などから、村を離れてよその土地へ逃げたり、獄舎につながれたケースも多い。
「社会から徹頭徹尾排除された人たちの悲しみ」をテーマとした短編集。
この短編に「欧米ミステリー短編の影響がある」と著者。
清張はなべてタイトルのつけ方がうまいと思う。
 「砂の器」「ゼロの焦点」、「波の塔」など読後にタイトルを呟くとなるほどと 思うことが多かった。

● 探偵を推理に変えた金字塔
「ゼロの焦点」は昭和32年2月から33年3月まで、ほぼ1年の連載もの。
敗戦占領下の闇市社会は皆が必死に生きていた時期だけに、時が過ぎれば逆に灰色の空白期 にもなっている。
過去の忌まわしい経歴を持ってその後に転身した女性は多かったはずだ。
 「動機のない犯罪というものはありません」
これもその一作だ。
この系譜の「黒い画集」は昭和33年~35年に週刊朝日に連載された。

● 占領下 日本を覆った黒い霧
清張の新資料発見、確かな証言の取材。
「抹消において誤謬はあろうけれど、本筋において松本清張が推理したことは正しかった」 と著者は占領下時代を振り返る。
黒い霧シリーズの中で、読み物としての阿刀田ランキングを並べてみると
  
 ・下山国鉄総裁謀殺
 ・帝銀事件の謎
 ・推理松川事件
となる。
この3冊は読んだ。
ぞっとするような闇の力の描き方に惹きこまれ、夜を徹して読んだことも覚えている。
この後に「昭和史発掘」の大著が生まれる。
この中の「スパイMの謀略」は、若くして非合法生活に身を投じた叔父の青春ともぴったりと重なっていて再読に再読を重ねた。

● 手に盛れば波に崩れる砂の器
昭和49年に映画化された。
加藤剛主演。
流浪の旅に出ざるを得ない親子を演じた加藤嘉の演技に涙がとまらなかった。
この作品は、昭和35年5月~4月に読売夕刊に連載されたという。
これには驚いた。
夕刊小説でこの推理小説が成り立つというその力量だ。
新聞小説の原稿量は1500字程度に制約され、読者の方は毎日少しづつしか読めないことで成立している。
 「さあ、お立会い!」の山場を一気に語れないもどかしさもあっただろうに。

● 構想力 清張、司馬遼、風太郎
振り返って小説の面白さならばこの3人を挙げたい。
構想する力が群を抜いている。
風太郎の明治物もいい。


■■ジッタン・メモ
阿刀田さんが扱った清張ものに「清張あらかると」がある。
もう12年前になるが、その頃の文中引用メモが残っていたので備忘一録としておく。
冒頭の数字は頁数らしい。

 【清張あらかると】 阿刀田高 中央公論社 19980815

8  昭和28年「或る小倉日記」で芥川賞 昭和30年「張り込み」昭和32年JTB「旅に」に連載した「点と線」。朝日を退職してフリーになった直後。

19  悪の中枢 船坂英明。
映画「目の壁」船坂役の薄田がよかった。
佐田啓二の主演も。
清張は大衆の喜ぶ物をよく知っていた。
大衆をカタルシスへと誘い込む。


25  阿刀田は昭和10年生まれの作家。

27  応募原稿をゴミ箱へ 
「書き出しのつまらないものは、それだけで新聞・雑誌の記事として視覚を欠いている」 小汀利得(おばまとしえ)の言葉。

68 小説書き出しの分類
1 情景描写
2 主人公のプレゼンテーション
 3 歴史的背景・時間的描写
4 惹句となるような断定
5 会話・オノマトペー

6 日記・手紙
清張は2のタイプが多い。
この簡明さに情景描写のみごとさが加わる。
 「球形の荒野」昭和35年。同時に「日本の黒い霧」を発表。

83  はじめに犯人ありき 
「時間の習俗」と刑事コロンボの類似性


88  美女優遇制度
言葉 優遇されたがゆえに、甘いところで生きるすべが身についてします。
しっかりと根をおろしていないのに、扱いだけは上等な物を享受しています。
俗に言う「家賃が高い」

114 砂漠の塩
「砂漠の塩」は昭和44年の作品。
前年、清張がはじめて海外旅行を経験。
執筆した時点で中東の砂漠地帯を熟知していたとは思えないが、筆致はまことに冴えている。小説家の筆力というべきだろう。


115 阿刀田の横顔
昭和36年、26歳で国立国会図書館に就職した。
37歳で退職して文筆家のスタート。
44歳で直木賞。
59歳、短編中心で書いてきた執筆活動を変更し、ヨーロッパの古代史「新トロイア物語」を書いた。この作品が吉川英治文学賞を受賞。

174 
映画化リスト 201 
捕物帖 「彩色江戸切絵図」は捕物帖の気配をみごとに踏襲している。
 ミステリーとしてのおもしろさより、時代風俗の描写と登場人物の人情機微が抜群に楽しい。
清張は読書遍歴を語らない。
より作品を書く方が清張の好み。


260 清張の学識もの
「あまり知られていない、新しいこと」を聞く楽しさを満喫させてもらえる。こういううんちくは小説の構成とはなじみにくい。
清張は敢行する。おおむね成功する。

285 言葉 
清張のお蔵は本当に深いのである。(引き出しではない)

344 小説のきまり技
例えば透明人間願望。自分の姿を隠したまま他人の生活をのぞきみたいという根強い願望があって、小説が代行的にこの願いを満たすと、読者はうれしいのである。一寸法師や壁の穴などもこのパターン。 


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