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腕時計修理専門店・トゥールビヨン店主のブログです
腕時計の修理の詳細や腕時計のトリビア、店主の個人的な趣味の話などを気の向くままに書いております。
 



第1問:“安東尼奥猪木”とは誰のことでしょう?


昨日の休みにちょっと実家へ戻っていて、自分の部屋をゴソゴソ整理してたら、懐かしい写真と雑誌が出てきました。


店主が台湾にいたころ、新日本プロレスの台湾遠征巡業がありました。
1988年のこと。
当時、留学生だった店主は、知人の日本人から「新日本の団体が来るので、会場設営や通訳、現地案内のアルバイトをしないか?」と、話がありました。
確か日当で1万円ほど貰えたと記憶しています。当時のアルバイトとしては破格値。

断る理由が全くなかったので(むしろノリノリで)そのアルバイトに参加しました。

日程は9月25日 台北市立体育館
     9月26日 桃園県立体育館
     9月27日 台南市立体育館
     9月28日 高雄市立体育館
     9月29日    同
     9月30日 彰化県立体育館
    10月1日 基隆市立体育館
     10月2日 台北市立体育館

台湾をグルリと一周の超ハードスケジュール。 


こちらがその雑誌↓
 『週間プロレス』10月18日号

 中正紀念堂で集合写真。

猪木、坂口征二、マサ斎藤、藤原嘉明、長州力、小林邦昭、木村健悟、ジョージ高野等など。
外国人レスラーはビッグバン・ベイダー、ビリー・ガスパー等。

 安東尼奥猪木=アントニオ猪木も台湾小姐と2ショットで鼻の下とアゴが更に伸びてます(笑)


そのアルバイトに参加した現地召集された日本人アルバイトは総勢10数名。それに台湾のスタッフが大勢。

我々は具体的に何をするかというと、会場設営と観客席のパイプ椅子並べ、昼食や飲み物の手配。それと試合後の若手選手の現地案内(?)。
まぁ、基本的に力仕事と雑用がメイン。


今回の遠征スタッフには選手以外に裏方さんが大勢同行してました。
年配ですが熟練のリング設営専門のおじさんが数名。大勢の現地アルバイトを使ってテキパキとリングを組む。
我々はおじさんの指示に従って、現地スタッフに通訳しながらお手伝い。

 リング設営中の一コマ。

想像以上にリングは硬い。ロープも硬い。
もちろんロープに投げたり投げられたり(笑)


リングが組み上がると、レスラーがストレッチを始める。

 ヒヨヒヨの店主の後ろでストレッチしてるのは猪木。

足首がビックリするくらい細かったのには驚きました。さすがに格好いい!

選手が練習中は、ひたすらパイプ椅子並べ。

そして試合が始まると、会場の所々に立って警備という名目の試合観戦(笑)

出た!間近で生コブラツイスト!
 普通に写真撮っちゃってます

そして試合が終わると食事。
台北では高級レストランで我々アルバイト全員も招待されました。
そこで記念撮影
 猪木のすぐ横ですよ!感動!

食事後、くつろいでいるところに「あの~、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」と恐々声を掛けたら
意外と気さくに「いいよ」と言ってくれました。
 長州力。格好良い~!

こちらも気さくにパチリ
 マサ斎藤

宴会後は若手選手と夜の街へ繰り出します。
 ジョージ高野さん。

我々若手のアルバイトスタッフに常に「ね~、どこか連れてってよ~」と毎晩声を掛けてくれました。
我々の間で“さびしがり屋のジョージ”というあだ名を付けたのは3日目のことです。
台湾名物の屋台や夜市などへ行きました。


その最終日の台北でのメインイベントの試合で、何と当時新日本プロレスから脱退して維新軍を旗揚げし、ジャパンプロレスを設立した長州力と猪木が夢のタッグを組んだのです!
 猪木、長州夢のタッグ!

正直ビックリした!


あっという間の8日間だったが、貴重な体験をさせてもらった。

もう一つビックリしたのが、リングサイドで観戦していたら、誰だったか忘れたが、若手選手が相手をロープに投げ飛ばしてエルボーを決めたとき、モロに相手に入った!と思ったら、すかさずヘッドロックして、投げた相手の耳元に「おい、大丈夫か!?」と声を掛けたのを聞いた時でした。
かなり大きな声だったので、リングサイドの観客には完全に聞こえていたと思いますが、観客は全員台湾の人。
日本語が理解できなかったんでしょう。
マジで技が入ると、やっぱり心配するんですね。
そりゃそうだ。皆仲間ですから。


「お!君、背デカイな!プロレスやってみないか?」と古株の裏方さんに誘われた腕時計修理専門店トゥールビヨン店主。
痛いの嫌なのでお断りしました。

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