リカバリー志向でいこう !  

精神科医師のブログ。
弱さを絆に地域を紡ぎ、コンヴィヴィアルな社会をつくりましょう。

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シンポジウムその3 在宅医療支援病棟

2009年12月13日 | Weblog
そして東海大学の高度救命救急センターの山本五十年氏の話。

プレホスピタルからERへと繋がる救命救急医療のシステムが悲鳴を上げているそうだ。
東海大学の高度救命救急センターでも65歳以上の高齢者の搬送が半数を超え、入院した高齢者の半数が転院や転床、あるいは死亡しているという。
高齢社会をむかえるにあたりこれでは救急システムももたないということらしい。

病院前、あるいは病院の入り口の部分にあたるはずの救急の世界でも学会のテーマとして「介護 and/or 在宅医療と救急医療の連携」ということがかげられるほど、出口問題が取りざたされているらしい。

飲み会のときに救急救命士さんから、「これぞ救急というようなケースは稀で、高齢者の搬送が多く、しばしば冷たくなったご遺体を搬送することになるケースも多い。」という話は聞いていた。

在宅療養をおこなっていた寝たきり状態の高齢者が衰弱したり、朝起きたら痰をつまらせて冷たくなっていたりしてなくなるのは急変ではなく悪化であり、だからターミナルなのである。
そこで救急車を呼ぶと、検案(犯罪性の有無)や検死などで大騒ぎになったり、多くの人を巻き込んで大変なことになり、たとえ蘇生に成功してもむしろ不幸な結末になることが多いだろう。

医療の出口側にいることの多かった自分にはまことに実感できる視点ではあるが、救急の世界でも在宅医療福祉が話題になっていると言うことは驚きであった。

山本先生は、そういう問題意識から救急医療出身ながらメディカルホームに診療所や訪問看護、介護の機能をもたせた、湘南メディケアセンターをつくってしまったという。

うーむ・・・。
これぞまさにニーズオリエンテッドな実践。
すごい。



そして国立長寿医療センターの洪英在先生の講演。
高齢者医療のナショナルセンターである国立長寿医療センターではこの春からモデル的に20床の在宅医療支援病棟を立ち上げたそうだ。

コンセプトは在宅療養を支援する病棟。

高齢医者の尊厳を大切にしつつ訪問診療の負荷がかかっている在宅診療所医師の負担を減らし在宅のバックアップを行うことで在宅医療を推進するのが目的だ。

・患者は登録制。
・入院かどうかの判断は在宅主治医の判断を優先し、緊急入院、レスパイト、看取りまでどんな状況の方でも断らない。
・看護が完全プライマリ制で継続して支援を行うが、医師はその場の状況で変わりうる。そして看護師は必ず一度は自宅を訪問する。

いいコンセプトだと感じた。
なにより看護師を完全プライマリ制としてケアの観点から継続してかかわるというのがよい。
リハビリのスタッフや訪問看護の経験者を配属することで、病院しか知らない看護師が在宅の視点や技術を学ぶ場にもなるだろう。
登録制ということで地域と病院が一緒にみているという感じがより強まる。
こういう仕組みがあれば在宅医療を一生懸命やっている医師にも大きなバックアップになるだろう。

在宅の支援という目的では老人保健施設との異同はどうだろうか?
老人保健施設はリハビリのスタッフも医師や看護のスタッフも病院ほどではないにしろいる。
そしてキュアではなくケアの発想で作られている。
かつて私が関わっていた佐久老健(老健のモデルケース)では長期の方が老衰という形でなくなられた場合は、看取りもおこなったし、それについてスタッフの話し合いも行った。
しかし医療費は包括であり、医学的には安定した状態が前程のためスタッフ的にも多くの医療介入は期待できない。
また老人保健施設は介護からの連携の位置づけであり、在宅医療支援病棟は医療からの連携という点が異なるのだろう。

それでは回復期リハビリテーション病棟との役割分担はどうだろう。
必要な時期に十分な質・量のリハビリテーションをチームで生活の場である病棟を中心に行うと言うコンセプトの回復期リハビリテーション病棟ではADLをあげることそして在宅復帰を目標としている。
ケアが中心の慢性期の患者を長期入院させていた療養型病床群の診療報酬が切り下げられる中で、回復期リハビリテーション病棟の制度は全国の療養型や中小規模の病院の救世主となった。
しかしつくづく感じるのは回復期リハビリテーション病棟はリハビリテーションとはいえキュアの発想がベースにある場所だと言うことだ。

急性期期病棟から回復期リハ病棟という流れは、初めて在宅医療を導入する場合は良いとしても、何回も入退院を繰り返している場合は長期に入院することで逆に在宅復帰を妨げてしまうケースもあるだろう。
院内外の連携がなかなかうまく行かないのもしばしば感じることだ。
またリハビリテーションが有効な脳卒中モデルのケースには良いが、廃用モデル、認知症モデルのケースではむしろ老人保健施設の方がよいというのは回復期を運営してみて感じたことだ。病棟の看護スタッフの自宅訪問というのも考えたこともあったが、交代勤務の看護師が病棟を外れられるほどの余裕は無く、退院前訪問はリハビリのスタッフとケースワーカ、ケアマネージャーの訪問で終わることがほとんどであった。
廃用症候群に関しては病院内にリハビリテーションの視点や仕組みが行き届けば、、若年者の脳卒中や頭部外傷に特化したスパルタ合宿型リハ病棟以外の回復期リハ病棟はその役割を終えるだろう。
(数年のうちに制度は大きく変わると思われる。)

高齢者がますます増える今後はケアモデルの在宅医療支援病棟のニーズはあると感じる。

それではホスピスや緩和ケア病棟とはどう違うのかだろうか?
緩和ケア病棟も在宅支援病棟もどちらもQOLの向上を目的とし、ケアの視点で運営されている点では共通である。
癌の緩和ケアも技術が進歩し、訪問診療をおこなってくれる医師がおり、日中付き添える家族がいるなど条件が整うなら自宅で行う選択肢が優先されるだろう。
しかしいざと言うときに入院できる安心感があるから在宅療養がつづけられるということもあるに違いないし在宅療養を担当する医師も安心して引き受けることができるだろう。

野の花診療所や、花の谷クリニックをはじめとする有床診療所や過疎地域の小規模の病院で実質的に在宅医療支援病棟と同様のことをやっているところは多いと思われる。
そしてそういうところは訪問診療や看護も自前でやっているかもしれない。

もちろんそういうところには頑張ってもらいたいのだが、しかしこの在宅医療支援病棟、都市部の中規模~大病院でこそやる意義があると思うのだ。
それは回復期リハビリテーション病棟が、チーム医療とリハビリのモデルケースとすることで病院全体へ波及効果を狙ったのと同様ねらいである。
何より病院内で在宅医療やケアの視点を広めることこそ期待される役割だろう。
そしてこの在宅支援病棟は救急医療システムの維持にも貢献するだろう。

地域の二人主治医制を推進し、セミオープンベット形式にすれば顔の見える地域医療の連携も推進されるに違いないし、そういうのがあるのなら在宅医療をやってみようかという開業の先生も増えるだろう。

長寿医療センターでの試みは実験的な試みであるからコストは度外視で運営しており、また別料金がかかる部屋が半数ということでだれでも利用できるわけではないようだ。
平均入院期間は16.5日。がん患者と非がん患者の両方で非癌患者の方がやや多い。

当院でもそうだが、高齢者が入院患者の大半をしめる地域の中小病院では現実的にはそういう形の運営を目指して病棟運営おこなっているところも多い。

たいていの病院にオープンベッドは形の上では用意しているが現実的には使いづらく利用が無い。
結局、病気をこじらせて、あるいは介護が破綻した状態になって初めて簡単な紹介状だけで、あるいはいきなり救急車で来院し、結果としておちついて看取りまでみすえたケアができない。

高齢者の単独世帯や老老介護の世帯や、若年層の貧困化で、介護保険サービスをフルに使ってもそもそも在宅生活困難な障害高齢者は増える一方である。
障害者手帳や生活保護で福祉医療(医療費公費負担)となる人は病院が一番安いということもあり経済的にも在宅医療へのインセンティブが働かない。

しかし精神科医療の立場から言うとますます増えていく認知症をかかえる人への対応はどうなるかという疑問だはある。
統合失調症の患者さんの地域移行で、空いてきたきた精神科病床が認知症の重度のBPSDの患者さんを受け入れるようになってきているが、精神科病院、病棟では合併症や終末期の対応は慣れておらず難しいところが多い。
一方で総合病院精神科も、認知症の患者さんであふれかえり、それ以外の疾患のケアが困難になる。

こういった理由で現実は大変だ。

うちの病院でも在宅医療支援病棟のコンセプトは使えそうであるが、現在の診療報酬の中でクオリティを保ちつつ在宅医療の支援を目指して在宅医療支援病棟と同様のことをやろうとしても足がでる可能性が高い。

長寿医療センターでの試行が始まっているということは近い将来、在宅医療支援病棟は制度化され診療報酬がつくだろう。
地域の病院や在宅をがんばっている診療所をバックアップする意味で早期の制度化が望まれる。

回復期リハ病棟の使命
最期の強がり

シンポジウムその2 キュアからケアへのパラダイムシフト

2009年12月13日 | Weblog
つづいて、鹿児島のナカノ在宅医療クリニックの中野一司先生の講演。

初めてお会いしたが、いい感じに力の抜けた先生で、ML(メーリングリスト)を主催し、NQネットワーク指数は相当高い方だ。
ペーパーだが薬剤師でもあり夕張で活躍されている村上智彦先生同様のヤクザ医師であるそうだ。

情熱的でありながら分かりやすい講演で自分の問題意識と重なり視点論点が整理できた。

中野先生は、もともと大学病院で10億円の予算で医療情報システムを構築した実績があり、今は「過労死したくない。楽して楽しく!赤ひげの要らない、医師が働かないシステム」を作るために診療所をベースに鹿児島を舞台に地域をラボにして壮大な実験を行っていると言う。
抱え込まない。働きすぎない。賢くはたらく。楽をするために知恵を絞る。

「失敗したらやめます!」というノリでいかにも楽しんで仕事をされている様子がうかがえた。


これぞ、まさに「はたらく」だ。

・はやく
・たのしく
・らくになるように
・くふうする。

楽しそうに振る舞うことで仲間を増やすトムソーヤ方式でMLを通じて仲間をどんどん増やし在宅医療を全国に広める中心となっており、MLではどんなことでもレスを返し、いい場の維持につとめているそうだ。

そしてそのML等のICT (Information Communication Technology)を通じたネットワークをフル活用し、多職種の在宅医療学会も実行委員もつくらず低コストで鹿児島で開催してしまった。

講演の中で一番主張されていたのは「我々はキュアからケアへのパダダイムシフト、医療で言えば病院医療から在宅医療へのシフトというのムーブメントのまっただ中にいる」ということだ。

これは、イリイチの言う「脱病院化社会」ともつながるだろう。

客観的な治癒(キュア)、主観的な願いや価値観が反映された(ケア)のずれが苦しみになる。
これまで医療も政治もキュアに大きく片寄っていたが、これからはよりケアをベースとした対人援助を行わなければならないという。
超高齢化社会が到来し、増えているのは病気ではなく障害である。障害は病院で治療(キュア)するよりも地域でケアしていく方がQOLも上がればお金もかからない。

もちろんキュアを目指す医療の役割は存在しキュアを否定する訳ではない。
キュアとケアの比率が8:2くらいでキュアに片寄っている現状からせめて5:5くらいまでにすることを目指したいということだそうだ。

在宅医療は落ちこぼれの医療なのだろうか?
否、最先端の医療であると言う。
在宅医療は手抜きの医療ではあるが、どこを手抜きするかを見極めるには何かあるときにしっかり対応できる知識や経験は必要である。
またキュアはできなくても予後や経過を予測するのは医師の大切な仕事だ。

キュア主体の病院の専門医師にはなかなか理解されないことであるが、定期的な訪問診療の重要性は「病状」だけではなく「生活や思いを把握する」ことにある。それが結果として緊急の往診時に良い対応、ケースによっては自宅での看取りにつながる。
結果として低コストになる場合が多いが、それは目的ではない。

病院は病気をみつけ、検査をし、治療をする場所だ。

そこは患者から生活や人生をはぎ取り条件を同一にし、生物学的に疾病だけを診るのに特化した作りになっている。
場所的に看取りはできない。
しかし死んじゃう患者は返せない。
結果、満足死が実現できず、死因が病院としか言いようがないケースも多いのは実感として感じるところだ。

しかし在宅医療は、患者を中心に考えて検査や治療もしない、結果として看とる選択肢もとりうる。
よけいな医療介入をしない方が結果として長生きできる場合もある。
リラックスできる家と言う環境がもっとも良い薬になる場合も多い。
なにしろ家は自分を元気にする気が満ちている場所(東洋医学的に外経絡(がいけいらく)という考え方だ。)なのだから当然だ。

医療崩壊が問題とされるが、医療崩壊とは病院医療の崩壊であり、在宅の側から見れば在宅医療再生だという。

在宅医療はチーム医療である。
チーム医療実践のための条件として、連携のコストを安くし、各職種スタッフが優秀なことが大事でありそれにはITのフル活用が鍵となる。
もちろん顔の見える関係あってこそのICTだ。
これは、千葉県東金地区での平井愛山先生らの「わかしおネットワーク」の実践でも強調されていたことだ。

日本福祉大学の二木立氏はかつて地域包括ケアはネットワーク型ではコストがかかりすぎ質が悪くなり、むしろ一つの保健医療福祉の複合体が抱え込むモデルの方が良いと主張していたそうであるが、それはICTの発展を見逃していた考え方であった。
確かに二木の言う一つの良質な複合体を中心とした囲い込みの医療で、良質な医療福祉を提供しているところは南佐久地域をはじめとして全国に散見される。
しかし、地域には様々なリソースが存在し、それをフル活用するためには、囲い込んだらうまくいかずネットワークを作り、それを有機的に結びつけるのが重要だという。
お互いに足りないところを暴露して、協同作業や勉強会などを通じて相互にレベルアップを目指すことが大事だそうだ。

これは自分も日頃実感していることであるが、多職種でチームで医療を行うことで相互に技術移転がおこる。
細菌やウィルスの間で薬剤耐性の遺伝子などプラスミドなどを通じて移転するのは困ったことだが、こういう技術の移転は大歓迎だ。

ナカノ在宅クリニックでリハビリスタッフ(PT,OT)が配属されているのは看護職他にリハビリの教育を行うことが主目的であるという。
そして、医師と看護師が訪問診療に同行するのも同様の狙いがあるのだろう。
つまり看護師は医師から、医学的なキュアの視点やアセスメントや治療技術を学び医師は看護師からケアの視点や技術を学ぶことができる。

そして頻繁に開催されるミーティングやカンファレンスこそ教育だという。
クリニックでは電子メールで患者の情報をやり取りし(実質、電子カルテになっている)、病院に来る前にすでにMLで情報が共有できており、それらの情報に目を通した状態でスタッフミーティングに望む。
だからそれは申し送りではなくディスカッションになるのだそうだ。

これは回復期リハビリテーション病棟のモデルルームである初台リハビリテーション病院での電子システムの活用やカンファレンスのあり方と全く同じである。

自分の病院でも情報共有ではいつもバタバタしてなかなかそこまではいっていない。
情報をいちいち開かないと見ることができない、できあいの電子カルテシステムの使いづらさにもあるが、カンファレンスやミーティング、ケア会議をもっと盛り上げるような仕掛けを導入しなければならないだろう。

そして病院に入院したときなどには退院前カンファレンスを大事にして、こういう人でも在宅できるのだという実例を示すことで病院スタッフへの在宅医療の啓蒙(営業活動)の意味もあるそうだ。
こういったことを通じて医師の頭の中でキュアからケアのパラダイムシフトを促進することが今後の医療福祉のあり方の鍵の一つになるであろう。
(これは次の洪先生の在宅医療支援病棟の話にもつながる。)

中野先生が主張されていたのは事務仕事に忙殺されているケアマネージャーに情報がしっかり入るようにして、モニタリングなどのケアマネジメントに専念できるようにするということである。
もうひとつ、教育の割に活用されていない職種である薬剤師をもっと活躍させるべきだと言う主張。これにも強く同感できた。

最期に褥創のラップ療法を紹介。
ラップ療法の普及こそキュアからケアのパラダイムシフトの一部ともいえる。

学会では認めたがらない人もいまだに多いラップ療法であるが、効果は確実だ。
コンセプトは傷を治すのではなく、傷が治るもの、人がやることはその環境を整えるだけということだ。
これはまさに東洋医学的な考え方だ。
貧乏な在宅ではいかに安くするかがポイントである、
水道水とオムツとポリ袋で低コストでできるラップ療法は従来の治療法の200分の1のコストでできる。そしてホームヘルパーでもできる。

人は貧しい時代はまず物、ついでエネルギー、そして情報をもとめててきた。
そしてこれからは時間を大切にするようになるだろう。
民主党のいうコンクリートから人への転換にもつながる。
IT時代とはお金があまり価値をもたない時代であると言う。

そんな時代に、こころの豊かさとはどうやって手に入れるものなのだろうか。

その答えが「ケア」にあるのだろう。



地域循環型の医療連携
初台リハビリテーション病院

シンポジウムその1 これからの我が国の社会保障政策と在宅医療・介護の将来

2009年12月13日 | Weblog
友人がシンポジストとして講演するというので東京永田町に出かけた。

テーマは在宅医療と医療・介護制度改革。

まずは、民主党の衆議院議員の山崎摩耶氏の講演。
お題は「これからの我が国の社会保障政策と在宅医療・介護の将来」だ。

山崎摩耶氏は、我が国の訪問看護のパイオニアとして、在宅ケアや保健活動の先駆けとして活躍された後、医療・介護の制度作り、特に介護保険制度の産婆役を自負している看護師であり、今回の選挙で衆議院議員に民主党から出馬し初当選した。
さっそく忙しく活躍されているご様子であり、国会議員の活動や仕事、思考の一端をうかがうことができた。
さすがに国会議員ともなると頭は切れるし、活動的だと感じた。
タフでないと務まらない仕事だ。

政権交代を成し遂げた民主党が訴えるのは「コンクリートから人へ」の政策である。
大方針としては「地方分権」「直接的な社会保障へのシフト」「情報開示」
これらは国民一人一人に自ら考え、行動することを求める。
「知らしむべからず、依らしむべし。」という徳川時代以来の伝統から脱却し、一人一人が市民になる覚悟はできてるだろうか。

06年の小泉改革の影響がボディブローのように効いて医療や福祉の現場を蝕んでいる。
権丈善一先生の言うように「ムードにのせられて小泉政権に一票を投じた人は反省し責任を感じなければならない。」のだろう。

貧困の問題と健康格差も大変な問題だ。
また教育年数や、所得などが低いことと貧困と要介護度や、うつ、そしゃく力などが存在すること(日本福祉大学、近藤克則先生らのデータ)などを紹介し健康格差、いのちの格差もすすんでいることを示された。
個人としてバラバラにされコミュニティの衰退。家族福祉の後退でますます生活にお金がかかるようになる。結果、可処分所得は減り、貧困が広がっている。
貧困の襲来は医療現場での実感とも合致する。

少子高齢化は山村過疎地の問題と考えられているが、これから大変なのは都営住宅などの都市部だそうだ。
団塊の世代が高齢化し、かつて無いスピードで少子高齢化が進行している。
2015年を一つのピークとして、これから10年が正念場だ。

医療費自体も他の先進諸国の並のGDPの10%位までを目標に増やしていくのは当然だが、適切な医療費の配分も大事である。
「Cure」から「Care」の医療のパラダイムシフトに応じた適切な医療費の配分を考えなくてはならない。
急性期をスリムにする一方で介護と連携した在宅医療を手厚くする方向性だ。
現状を考えると、ケアの場を自宅だけではなく。ケアハウスなどの居宅系サービスに移し、そこに医療を外付けするという誘導も致しかたないかもしれない。
また一千億円を投じて、ライセンスの無い職種を医療の分野で10万人雇用を創出するというのはメディコポリス構想にもつながる発想だ。

そして地方分権も課題。
医療や福祉が東京と島根と、北海道と沖縄が同じサービスで良い訳がない。
道州制になったところで地域ごとで競うような形になれば面白いのではないか。

例えば北海道を保健医療福祉特区にして先進的、実験的な政策を先行させるなどのことも面白いだろう。

介護保険の産みの親の一人である山崎氏が振り返って悔やまれるのは人材がフルタイムで雇用でなくてもできる仕組みにしてしまったことだそうだ。
ヘルパーはコマ切れの労働力の提供になる。主婦の片手間ならいざ知らず、しかし介護職だけで生計を立てていくのは苦しい。
そして介護福祉士やケアマネージャーなどへの道は開かれてはいるものの、看護師や医師などのようなキャリアラダーがない。これではプライドが保てず、モチベーションも上がらない。
介護人材の立ち去り、そしてサービスの質の低下につながっている。

09年度診療報酬改定で介護報酬は3%アップしたが、加算分の引き上げのみであり、本体部分はそのままであり、介護職の賃金の引き上げ(4万円が目標)などの処遇改善には結びついていない。

また国連の障害者権利条約などの批准はしているものの国内法の整備は遅れている。
とても福祉とは言えない応益負担で悪名名高き障害者自立支援法は廃止し、応能負担の「障害者総合福祉法(仮)」の制定を目指すという。

上から与えられたものではなく「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」の取り組みように、当事者、市民が徹底的に議論して制定した障害者差別禁止を盛り込んだものにしていきたいところだ。

結局、介護保険にしろ、自立支援法にしろ現物給付が原則である。直接の現金給付と言うのは色々問題が多いだろうが、もうすこし当事者のニーズに応じられるフレキシブルなものにできないか。

「現場の声をどんどん聞かせてください。陳情ではなく提案してください。」というスタンスの山崎まや氏。
一方で、「産まれたばかりの政権なのであたたかく見守ってください。」という言葉には、同席したジャーナリスト氏は「あたたかくではいけない、厳しく、せめてしっかりと見守ってくださいというべきだろう」という感想を述べていた。
自称、野党的山崎まや氏もまだ与党議員としての立ち位置に慣れていないのであろうか。

頼りになる政権与党の議員としてこれまで以上に医療福祉の現場と政策をつなぐ活躍を期待したい。

山崎まやオフィシャルサイトー医療・介護・看護の明日を考える輪

インフルエンザ流行中

2009年12月10日 | Weblog
久しぶりの当直中である。
新型インフルエンザが流行っている。
年末にインフルエンザが流行っているのは不思議な感じだ。

近隣には明日から一週間、学級閉鎖する学校もあるようだ。
嵐が吹き荒れているときにはおとなしくするのが良い。

型通りの診察をこなす。
東洋医学的に脈を診られるようになりたいがまだまだよく分からない。
院内処方にインフルエンザに向いた麻黄類方の漢方薬がほとんどないのが残念。
必要があれば迅速検査を行い、タミフルかリレンザを処方し、養生法を説く。

インフルエンザは別格で、何かが自分の体に入り、そして出て行く。
まさに風邪(ふうじゃ)である。

自分の体にも先週末あたりに何者かが入り込み、そして通り過ぎていったような気がする。
熱はなかったが、ぐったりと丸一日寝たらスッキリ快復した。

達人になると40分から2時間くらいで通過させることができるようになるらしい。
最近は自分の体にやたらと敏感になり、そんな感覚も何となく分かる気がする。

1962年に刊行された風邪の効用(野口晴哉著)という名著がある。いまはちくま文庫から文庫で出ている。

最近自分の師匠リストに加えた、二人の野口氏(野口晴哉と野口三千三)のうちの一人、野口整体の祖、野口晴哉(はるちか)氏の代表作だ。

この本で野口晴哉は風邪は治すべきものではない、経過するものであると主張する。
そして自然な経過を乱しさえしなければ風邪をひいた後は、あたかも蛇が脱皮するように新鮮な体になるという。
本書は「闘病」という言葉に象徴される現代の病気に対する考えを一変させる。

こころの風邪といわれる「うつ」も同様であろう。
統合失調症だって同じだ。
経済が停滞する不景気も同様であろう。

ペット介護士、野菜栽培士

2009年12月07日 | Weblog
2級菌類栽培士のPです。

医療福祉業界、特に最近ブームの認知症関連では

・認知症ケア専門士
・認知症ケア指導士
・認定専門介護福祉士
・認知症予防ファシリテーター
・認知症ライフパートナー
・認知症専門医
・認知症サポート医
・認知症専門看護士
・認知症サポーター
・認知症支援ボランティア

などいろんな団体が認定する注目すべき新資格が大増殖中。
いいかげんにせいという気がしなくもないですが・・。

そんなご時世、新聞広告にも通信教育でとれる2つの注目資格が掲載されていました。



それにしても良くこんなのを思いつくなぁ。
「ペット介護士」ってなんかカッコいいけど飼い主のことかナ?

綱吉の時代なら必要だったかもしれんが・・・。

ペット飼うのは大変だし、虐待なんかもあるかもしれないし、看取りもやらなきゃいけないし。
だれでもできるこっちゃーないけどね。

しかしペット介護士ではトリマーとかならともかく名刺に入れるとしてもネタにしかならない。

まずは「猫の手帖(休刊)」とか犬の雑誌とかを定期購読しろと言いたい。

いや、それより、まず人を介護してあげてください。
マジ困っています。

そしてもっとトホホなのが「野菜栽培士」。
野菜ソムリエはまぁ許せるにしても・・・。

「野菜栽培士」
なんかかわいい感じ。「野菜の戦士」みたいな・・・。

「カイワレ大根からはじめて、ハツカダイコン、そしていよいよプランターで栽培をはじめてみようとおもうんだけど、やっぱり野菜栽培士資格って必要?」

なんて会話してんのか。
おめでてーな。

それなら農家の基本の家の光を毎月とれ!といいたい。

そもそもこれらの資格を持つ人は全国に何人くらいいるんだ?

資格商法(士(サムライ)商法)のつもりなのかもしれないが、ネタを提供しているだけかも。
こんなトホホな資格が出回るとは「新資格作成士」が暗躍しているとしか思えない。

負けずに一人ブレストでいくつか考えてみました。

「慰士」・・・ありがたい存在。だれでもなれる。
「ビンゴ士」・・・宴会やイベントでの必須資格。ハードルは高い。
「臨床倫理士」・・・医療業界では今後注目の資格。4分割法を駆使。
「隠語療法士」・・・とても世間では使えない言葉を駆使して治療を行うプロ。
「便利士」・・・いわゆるプロのパシリ。誇れる資格。
「認定鍋奉行」/「公認鍋奉行」・・・2つの団体が資格で争っている。
「車庫入れスペシャリスト」・・・きわどい縦列駐車などに。持っているとモテる。

・・・野菜栽培士、ちょっと名乗ってみたい。 (※名称独占ではないので誰でも名乗れます。)

「ウェルハウスのぞみサンピア」に思う。

2009年12月06日 | Weblog
かつて「ウェルサンピア佐久( 長野厚生年金健康福祉センターサンピア佐久)」という温泉宿泊施設があった。

 発展著しい新幹線・佐久平駅、佐久平インターから車で20分という恵まれた立地条件のもと、浅間山を一望できるラウンジに展望風呂・露天風呂があり、宿泊施設以外にも会議、宴会 、婚礼、レストラン、スカッシュなどの施設、そして13,000坪の広い敷地内にはテニスコートや遊歩道があり、隣接して佐久市の薬草園とマレットゴルフ場をそなえていた。

 ウェルサンピアは厚生年金休暇センターまたは厚生年金健康福祉センターの愛称である。厚生年金保険法第79条に基づき設置され、厚生年金保険加入者の保険料を元手に、厚生年金事業振興団 が運営していた宿泊を中心とした施設で全国各地にある。

 「ウェルサンピア佐久」もリゾートブームに乗って大増殖した、言っちゃ悪いがどこにでもあるような施設だった。

 サービスや設備はソコソコであったが、わりといい場所にあることもあって学生時代、病院に見学に来たときに先輩研修医の先生に入浴に連れて行ってもらったり、その後も病棟の忘年会で使ったり、たまに入浴に来たり、訪問診療のたびに近くを通ったりとなじみの深い施設だった。
 
 例の年金問題で国の方針で全国の厚生年金関連施設は、独立行政法人「年金・健康保険福祉施設整理機構」により破格の値段で売りに出され、大手不動産会社やマンション業者、大学、大会社などによって買い叩かれた。

 「ウェルサンピア佐久」も公開入札で、小諸市などでケアハウスや薬局を経営するのぞみグループが落札した。
落札額は約2億2300万円。
規模や設備からして破格の値段である。



 2009年8月1日、ほとんどそのままの居抜き物件を利用した「ウェルハウスのぞみサンピア佐久」が誕生した。

新たにドッグランとドッグカフェを追加し、年内には住宅型有料老人ホーム、訪問看護ステーション、ヘルパーステーション、デイサービスセンターを併設(というかこっちがメインだろう)する。



入浴施設やレストランはほぼそのまま営業しているとのことで先日行ってみた。
温泉に入りレストランで食事もしてみたが、週末のわりには以前と比べ、客もスタッフも少なく閑散とした印象であった。
温泉は消毒塩素のにおいが濃く、浴槽の石が茶色くさびている、レストランも少人数のスタッフで運営しているなど以前と比べややクオリティが落ちているように感じた。
まもなく介護施設もオープンするとこのとで、売店にはオムツなどの介護用品が売られていた。



しかしなんだか釈然としないものはある。

厚生年金関連施設は終身雇用、年功序列に支えられた団塊の世代は支えるべき高齢者も少なかった時代、潤滑だった年金の資金を使い無計画につくられた施設である。

雇用の形態が多様化(使い捨て化)し会社の団体旅行や忘年会などのニーズも減っている。
小子高齢化が加速している時代であり、宿泊研修施設からケアホームへ転換するというのは施設の有効活用という意味ではニーズの変化にあわせた自然な流れであり仕方が無いことではあろう。

かつての佐久市の中心市街である中込にも民間病院(くろさわ病院)に隣接してホテルをケアホームに転換した施設がある。
松本の浅間温泉でも坊さんが主宰するNPOがケアタウン浅間構想で廃業したホテルをディサービスなどに転換している。
こういった事例は全国的にも増えているようだ。

製造業の不況で若い世代では医療・介護の関連の職種につく人が増えている。
雇用の確保や高齢者から若者への所得移転という意味はあるのだろうが・・。

しかし今の介護保険制度下では結婚して余裕を持って子供を育てられるほどの収入は難しいという矛盾。
プライドを持ちモチベーションを保ちながら介護職を続けられない。
これではますます小子高齢化が加速する。
地球が膨らむわけではないのでこれはこれでいいのかもしれないが、その時代に生まれ、大量の高齢者を支える立場の世代の人は大変だ。
香山リカのいう「貧乏くじ世代」だ。
全体として貧しくなる中で勝ち組、負け組などというさもしい言葉も耳にする。

オレもだって!

パンフレットを見てみる。

一般居室は49室(82人)。
しかし元気で自立していて住み慣れたところを離れてすすんで優良老人ホームに入るというニーズがどのくらいあるかというのも疑問だ。

「自由に活動的な生活をしていただけます。」とパンフレットにはあるがテニスコートや温泉を利用するような、しかもお金を持っている高齢者がすすんでこのような施設に入るとは考えづらい。

もともとが街からやや離れた場所にあるホテルなので、部屋や施設の構造も一時的な宿泊にはよいが、家として住み続けるには居心地が悪い気がする。

同じく佐久市内にある「萬里の郷」(ホテル一萬里温泉の関連施設)という温泉付き高級老人ホームも当初の予想のような人気は出ず、入居の一時金はどんどん下がっていったようだ。

ウェルハウスのぞみサンピアの場合は入居一時金一括方式で原則終身利用(死ぬまで)を前提とした契約、一般居室で500万~1600万、10年かけて償却される方式だ。
入居費用は20万円弱~30万弱/月の費用(食事つき)
ペットも躾が出来ている小型犬に限り2万円/月の追加料金で入居できる。温泉管理費が1万円/月。

公営の施設などで夫婦で入れる介護施設はそれほどは無いのでこういうのはありがたい。
しかしニーズがあるのは主に認知症を抱える人なのだ。(両方が認知症など。)
認知症を抱える人はどのくらいまで入れてもらえるのだろうか?
認知症になったら追い出されてしまうのではないだろうか?

別途、介護保険サービスを利用できるが、当然、施設内の訪問看護ステーションやヘルパーステーション、ディサービスのめい一杯の利用をすすめられるだろう。

介護居室も30室、定員38人あり、一般居室に入居していた人は優先的に入居できるそうだ。一般居室よりやや安い。
文句を言わない(言えない)からか?

病院の出口にいるからよくわかるのだが、脳卒中や認知症で自宅での暮らしが成り立たなくなったときに、在宅療養が困難(でお金の工面できる)高齢者の場合は、有料の老人ホームをすすめざるを得ない。
公設の特別養護老人ホームなどはどこも数年待ちで、本当に必要なときに利用できないし申し込んでおいても利用にはこれまで在宅介護をやってきたかどうか、また経済状況はどうかなどの行政判断も加わる。
かといって介護者がいることが前程の現行の介護保険制度のもとでは、介護保険サービスを使ったとしても、貧乏で共働きが多い若い人の生活は成り立たない場合もある。
障害をもった生活をあらかじめ想定している人は少ないだろうから、比較検討したり考えたりする暇もあたえられず後が無い。
どんどん増えている有料老人ホームがターゲットとしているのはこういった高齢障害者(およびその家族)だろう。

医療介護の世界で働いていたスタッフが矛盾を感じて、あるいは自分の親を介護するために立ち上げたりして頭の下がるようなケアや環境を提供しているケアホームがあることも知っている。

しかし多くの民間の老人ホームの場合、重度の身体障害や認知症、医療が必要な状態がなどあり本格的なケアが必要な人は避けられる傾向がある。
退院を迫られた家族があちこちに申し込みにまわらなければならないなど、それでも埋まるくらいのニーズがあるのだろう。

無認可の認知症の老人ホームなどで、高齢者が縛られていたり虐待されていたなどのことが問題となったことがある。
切実はニーズがあるのにもかかわらず制度や仕組み、地域にサービスが追いついていないことが原因だ。
なんとか入居することができたとしても、そこでの生活はどんなものだろうか。

民間の優良老人ホームに入居した患者さんが訪問診療で訪ねるたびに「さびしい。さびしい。」と訴えていたことが思い出される。

障害をかかえて生きる人にとって住宅問題は切実だ。

ケアを必要とする人が増え、「ケアつき住宅」、さらには「ケアつきコミューニティー」を待望している。
しかし、あとの無い高齢障害者は文句を言えない。

これから高齢者に突入する団塊の世代の財産は資本家たちのターゲットにされ、搾取の対象となる。
小泉政権の構造改革(郵政民営化、医療制度改革)もあり、お金が最終的にはアメリカの資本家の許に流れる仕組みが加速している。

われわれに希望はあるのだろうか?

私は若い障害者に期待したい。
彼らの仕事は、生存権を主張しあれこれわがままや文句を言うことだ。
ひとりでは生きられないのも芸のうち。

苦労して生きているのだ。
障害年金はそれに対するお給料だと考えてよい。
(少なすぎる!)

「障害を抱えて地域で暮らす人たちの指導のもと、医療・福祉などのケア産業にかかわる人たちが中心となり彼らの生存権を守るべくたたかうことで固くなり生きづらい社会を耕す。」

そこに、かすかな希望があると思う。

参考リンク。
「ケアつき住宅」そして「ケアつきコミュニティ」(色平哲郎 日系メディカルオンライン)

あなたは私の手になれますか
こんな夜更けにバナナかよ

「どうなる!どうする?認知症」の寸劇。

2009年12月05日 | Weblog
地元の町の社会福協議会の企画する生活・介護サポーター養成講座の一つとして講演を頼まれた。
講演のタイトルは「どうなる!どうする?認知症」
福祉会館の広間での開催。

平日の昼間で雨だったにも関わらず結構な人にお集まりいただいた。

「こういう場では当然寸劇はやるもんでしょう。普通。」という話になる。

宮沢賢治の「農村へ入ったら小作人たれ。演説をせずに劇をやれ」をもとにした、若月俊一先生の、「農村ではむずかしい医療保健の演説をしてはいけない。劇で、笑ったり泣いたりしながら、その中で納得してもらうのがよい。」
という教えに従わなくてはならない。

ちなみにうちの病院でも数年前までは町と病院の共催の認知症の講演会の前に、職員が劇をやっていたという伝統もある。(ここ数年は途絶えてしまっているが。)

ネットを調べてみると認知症をテーマとした寸劇は各地でなされているようで対応を説明する簡単なものから、何幕もある大掛かりなものまで色々あった。しかし、どれも帯に長し、たすきに短しで練習している時間もない。
と言う訳で、実際のエピソードをもとに脚本から自作したので結構大変だった。

「身捨ててこそ浮かぶ瀬あり」と自ら認知症の親父を演じた。(実はセリフ一番少ない。)
研修医の先生と新人ケースワーカーも無理やり巻き込み(しぶしぶ)熱演してくれた。



今はPCで音楽から背景までできるので簡単だ。
しかしカツラとかなんであんなに病院にあるの?
素人の即席のへぼ劇だったけど、皆さんとの距離は縮まったしそれなりにうけたかぁ。

講演自体は認知症についての基本的な知識や、普段の診療で感じていることなどをお話しした。
特に認知症を抱えて生きている人の心理や、介護する家族の心理、そしてこういう場では普段はあまり話されることのない終末期のことも盛り込んだ。

裏の意図として、だれもが関係のある認知症を通じて、他の精神障害(統合失調症や高次脳機能障害、発達障害など)をかかえながら生きている人でも安心して自分らしく生きていける地域社会づくりにつながればいいなという期待を込めて・・・。

スライドはこちら

良い会場だったし、もう少し相互で対話し交流するグループワークに近い形式にできたらよかったかもしれないなー。と思いました。

おこしいただいた皆様、ありがとうございました。


またお手伝いできることがあれば何なりとさせていただきます。
ここ数日ちょっとはしゃぎすぎたので、たぶん反動でしばらく寝込みます。



参考エントリー
お年寄りの今


以下、脚本です。もし使いたい方がいればご自由にどうぞ。
(一報いただけるとうれしいです。)

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タイトル「禁じられた遊び」

「劇団二度わらし」旗あげ公演。                     

配役
親父:頑固で怖く偉かった親父。大声を上げる。
息子:父親に対しては頭が上がらない。オドオド、ナヨナヨした感じ。
嫁:気が強い嫁。ややヒステリックに。

(場面 スライド、リビングにて、サザエさんの音楽。)
嫁:「今年の片付けもおわったのに、また農具をひっぱりだしたりして、お親父さん何だか最近変じゃない?」
息子:「そうかな、親父のことだし何か考えがあるんじゃないかな。」
嫁「でもやっぱり変なのよ。この間も家に電話をして、あなたに伝言を頼んだのに・・・。すっかり忘れてしまっていて、お義父さんに確認したらそんな電話はうけていないって怒り出して。」
息子:「物忘れにしてはひどいな・・。」
嫁:「ひょっとして認知症なんじゃないかしら?」
息子:「まさか」
嫁:「絶対変よ、でもお義父さんは、むかしから病院嫌いだし、どこに相談すればいいのかしら。」
息子:「うーん」
嫁:「それに昨日も、交差点で蛇行運転していて信号無視していってたの義父さんじゃないかってお隣さんから・・・。」
息子:「たしかに最近、親父の運転は危なっかしいな。」
嫁:「事故があってからでは困るわ・・・。」
息子:「んー。そろそろ運転はあきらめてもらったほうがいいのかなぁ。でも、親父の性格じゃ言っても聞かないし。ほかの交通手段がないし、家にこもってしまうのも困るなぁ。」
嫁:「そんなこといって自分で怪我するだけならまだしも、通学中の子供たちの列に突っ込んだらどうするのよ。」
息子:「そうだなぁ、でも親父は運転が大好きだし、怒るだろうなぁ。」
嫁:「そんなこと言っている場合じゃないでしょ。」
息子:「かわいそうだけど、あきらめてもらうしかないかなぁ。でもどうやって・・。」

親父、なんとなく登場 (ダースベイダーのテーマ)

息子:(下手に) 「あのぉ、お父さん、最近、車の運転は危なっかしくはないかな・・・。そろそろ運転をやめたらどうだろう。出かけるときは俺か嫁さんが送っていくからさ。」
親父:「なんだと!馬鹿にするな!何十年車に乗ってきたと思ってるんだ!だいたい車がないと自由に畑にもいけないだろ!」
「運転できるのに、あいつらは適当なことばかり言う。人をボケ扱いしやがって」

プンプン怒りながら親父退場

息子:「だめだった。」
嫁:「それじゃ、いっそ鍵を隠してしまえば車には乗れなくなるんじゃないかしら。」
息子:「そうだなぁ・・。そうするか。」

鍵を隠す。しばらくして父怒って登場

親父:「こら!!鍵よこせ!!俺の鍵を何でお前が持ってるんだ!!早く出せ!」
息子:「ごめんなさーい。でも、気をつけて乗ってくださいよ。」

親父:「馬鹿にするな!」プンプンと怒って退場

嫁:「どうして鍵をわたしちゃったのよ!」
息子:「いや・・。親父に怒鳴られると、ついすくんじゃって・・・。」

息子と嫁退場

(画面が切り替わって、家の庭の場面(スライド切り替え)
親父、車(子供用の車を用意)に乗り込みエンジンをかける。 
 ブルルルルル・・・・。(できるかな、のテーマ)

親父:「うーん、どっちがアクセルでどっちがブレーキだっけ?」


ゴンゴン 車をぶつける。
オロオロしているがそのうちその場を離れる。

息子登場。ぶつかっている車に驚く。

しばらくして親父戻る。
息子:「お父さん、どうしたんですか、この車は!」
親父:「だれだ!オレの車にぶつけたやつは!どうなっているんだ!」

終わり。(禁じられた遊びの音楽でエンディング)

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