リカバリー志向でいこう !  

精神科医師のブログ。
弱さを絆に地域を紡ぎ、コンヴィヴィアルな社会をつくりましょう。

サイコバブル社会

2010年07月18日 | Weblog
精神科医、林公一先生の「Dr.林のこころと脳の相談室」は月のアクセス数が150万を超える人気サイトだ。

そのQ&Aをもとにした著作も多数ある。
「擬態うつ病」、「統合失調症 患者・家族を支えた実例集」、「パーソナリティ障害 患者・家族を支えた実例集」
などなどいずれも多数のケースに基づき対応などを分かりやすく解説されているお薦めできる本だ。

その著者が「サイコバブル社会(膨張し融解する心の病)」という本を上梓した。
示唆にとんだ面白い内容だったので内容を簡単に紹介する。

サイコバブル社会 ―膨張し融解する心の病― (tanQブックス)
林 公一
技術評論社


かつては偏見の対象であった「うつ病」はずいぶん明るい病気となった。
うつ病と診断される人は増え、増え続ける精神科クリニックは大流行りで、抗うつ薬の服用者もうなぎ上りである。
気軽に精神科を受診し、うつ病を名乗ることが出来るようになった。

健康診断でのうつ病のチェックの導入も検討されている。
「パワハラが原因でうつ病になった」などの言説は正当な訴えとして通用している。
うつ病はバブル化し疾病利得としか言いようが無いケースも増えて来ているだようだ。
しかし自殺を前面にだされると反論は難しくなる。

この状態はスローパニックであると著者は言う。
新型インフルエンザなどのパニックは沈静化したが、自然に沈静化はスローパニックでは期待できない。

真に患者本位であるならば擬態うつと真のうつ病を見分け治療不要の告知はできるだけ早期になさなければならない。
精神科医の姿勢が問われているといえるだろう。

アスペルガー症候群やADHDなどの発達障害もうつ病ほどではないが理解が広まって来たと言えるだろう。
明るい病気になりつつあるが、うつ病ほどではない。
しかしこれら発達障害には適切な対応はあるが、きれいに治す治療法は無い。
診断が本人のためにならない場合もある。

アルコール依存症はどうだろうか?
うつ病やアスペルガー症候群より実数ははるかに多いと推定されている。(240万人以上)
苦しんでいる人は多いにも関わらずまだまだ暗い病気だ。
飲酒運転で捕まった人に対するアルコール依存のチェックのプログラムなども動いていない。
疾病利得どころか偏見もおおいにありそれが否認につながっている。
まだまだ病気そのものが理解されていない。
診断は本人にとってマイナスの方がまだまだ大きそうである。

「うつ病だから職務怠慢に見えても厳しくしかるのではなく休養を」という雰囲気になった。
「アスペルガー障害だから人間関係に問題があってもあたたかい接し方を」
「アルコール依存症だから飲酒運転も厳罰ではなく他の対応を」

この3つは「病気だから」「社会的な問題があっても」「それは症状として治療・支援を」というパターンとしては全く同じである。
にもかかわらず、納得度が全く違う。
その理由はなぜか?

ところでPTSDはベトナム戦争などでトラウマをおった被害者を救うために人工的につくられた病名だ。
医師は患者のために診断するが、PTSDというその診断書を司法はPTSD認定を回避した上で損害賠償を認めると言う判決を下した。
医師の診断はあてにならないと司法が判断を下した形だ。

障害を持つ人々を他の人々と同様に、そのまま「ノーマル」な社会の中に受け入れることと定義されるノーマライゼーション(1970年頃発祥)の理念、普及とともに、その逆の流れである人間としてノーマルなことなのにアブノーマルだと見なして医療の対象とするアブノーマライゼーション(2000年頃発祥)もすすんでいる。
そしてこれは健康への限りなき追求や医学の精密化、自殺者の増加、差別から特権付与へという社会情勢を背景としている。
人にはノーマルな落ち込みがあるが、人間として自然な、健全な悲しみをアブノーマルに分類するのも一つのアブノーマライゼーションである。

かつて差別隔離の反動として、反精神医学の運動が立ち上がった。精神病なんかないという主張に基づく運動であった。
しかし医学の発展とともに反精神医学は消滅した。
一方、うつ病の診断を特権のように利用としているようにしかみえない者が増えるにつれて特権付与への反動として、精神科医は何でも心の病にして治療しようとする。心の病なんかないという主張に基づく思想・運動がおこりつつある。
これを著者は「ネオ反精神医学」と名付けた。
真の患者から治療の機会が奪われる。そして医学の進歩はネオ反精神医学を助長するかもしれない。

精神医学に関して反知半解の曖昧な言葉や言説が広まり、だれもが心の病について語るようになった。
これを筆者はサイコバブル(PSYCHO BABBLE),BABLLEとは赤ん坊のバブバブいう言葉。)と名付けた。

PSYCHOBUBBLEがPSYCHOBABBLEを産み、PSYCHOBABBLEがPSYCHOBUBBLEを加速した。
いい加減で不正確な言葉で、心の病が語られるようになったことで、何が本当の心の病かわからなくなって、病でないものとの境が曖昧になり心の病とよばれるものがどんどん膨張してきた。
現代社会のサイコバブル(PSYCHOBUBBLE)の外壁はサイコバブル(PSYCHOBABBLE)により融解したまま膨張している。
外壁が融解したバブルははじけない。はじけることなくどこまでも膨張し続ける。
そこに医療が追いつくはずも無い。
このままでは本当に医療が必要な人に、医療が届かなくなる。
というのが著者の危惧である。

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (tzccijah)
2010-07-28 03:45:46
この林公一という筆名の医師のサイトの「精神科Q&A」には少なからぬ問題があると思っているので、この人の著書も素直に読むことができません。

診察せずメールだけで患者を“診断”しながら「事実を伝えることが基本方針」「これは医療相談ではありません」とは。手が込んでますね。
医師患者関係とも違うわけでしょう。強烈に独り善がりの人。

だから実名を出せないのか
返信する
Unknown (Unknown)
2010-07-29 19:30:59
たしかに、問題はいろいろあるかもしれませんね。
言っていることはけっこうまともだとはおもいますが。

精神科セカンドオピニオンにも通じます。
返信する
Unknown (Unknown)
2011-04-01 22:55:58
私もサイコバブルの波に呑まれたかもしれません。
メディアがうつ病の症状に対して、最近ミスが増えている、落ち込みが激しい等と報道し、自分がそうなっているのでうつ病だと思い込んでしまいました。
そのおかげで何かあればうつ病ではないかと思い、仕事も上手くいかないという状態ですし、サイコバブルさえなければ、自分の症状をうつ病ではないかと思うこともなく上手く行っていたのではと考えてます。
返信する
社会的うつ (といぴ)
2011-04-17 16:03:02
最近出た斉藤環先生の「社会的うつ」という概念はその一つの解答になっているような気がします。
返信する

コメントを投稿