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 藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住い)

アスベスト被害者の日々を記録。石綿健康管理手帳の取得協力の為のブログ。

且つての景勝地「南原峡」へ・・・・

2021-04-22 15:52:28 | 日記・エッセイ・コラム

 幾年ぶりか、嘗ての景勝地「南原峡」へ出かけてきた。 景色を楽しみに行ったのではない。 杉の落ち葉をひらいに行ったのである。 海老根は多くは杉林に自生する。 時には杉の倒木に群がって生えて居る事が有る。 何らかの共助作用が有るのだろう。 そんなこんなででかけたが、昔の景色は最早ない。 残っているのは「加賀津の瀧」だけである。 明治以降多くの俳人が訪れて歌ったそうだが、其の歌碑も今では一つ残っているくらいだ。

     

 奥様の顔が無いものが一枚しかない。 雄大感を出そうにも‥‥ザンネン。 高さ45mを超える滝であるが、近年は訪れる人影の少ない。 かつては「福王寺」の修験道の場所であったが今の時代修験道も廃ってしまった。 空海によって開かれた山道も辛うじて登山道として機能しているくらいである。古くは出雲街道の一部だったことなど誰も知らない。 この滝の水量も三分の一になった。 水力発電に使っているからだ。 嘗て夏休みには、数十人の子供が滝つぼで水練をしていた。 後に中国電力は、近くにプールを作って寄贈したが、子供の数が減って、学校にプールが出来たので、今や単なるボウフラの住む水溜まりとなっているそうだ。 山頭火の歌碑も有ったが、水害で流れたらしい。 此処から西に23kmの所にある歌碑を思い出した。

     

四国にわたる前、立ち寄った時の句とも伝えられているが、定かではない。個人が建てられたようだ。

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