藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住い)

アスベスト被害者の日々を記録。石綿健康管理手帳の取得協力の為のブログ。

深山 霞の「霞的心」    「大雨警報」出したり、引っ込めたり

2013-07-03 18:36:45 | 社会・経済

004 広島気象台は本日大忙しである。

大雨警報を発令したり、注意報に直したり、又大雨警報を発令したり、二三時間おきに情報が変わる忙しさである。 こんな天気の日は、私はベッドの上にダウンしたきりで、辛うじて昼食を作り、本日公休日の「奥様」と食事を共にしたが、その時間以外は「痛み止め」の薬で熟睡していた。 突然の嵐に見舞われ、開け放っていた窓から大量の雨が強風と共に侵入。 その雨粒で昼寝から目覚めた。

テレビのスイッチを入れると、大雨強風警報が発令されたことを知った。

広島県下で現在1300世帯が停電しているそうである。

「奥様」の郵便物の中に次のような物が同封されていた。

Scan0001_2 今年も暑い八月六日が近づいている。

被爆者の一人として、数十年ぶりに大会に参加してみようかと思っている。

このチラシを送っていただいたのは、「婦人民主クラブ」という組織である。

小さな組織らしいが、広島支部のお世話をされておられるのが、「我が奥様」の母校の先輩らしい。 現在のお住まいは私が生まれたところから1kmほどのところらしい。

先日来、「黒い雨」を繰り返し読んだ。

出てくる地名の大半が、結婚するまで住んでいた所や、自転車で片道二十分で簡単に行き来していた所ばかり出てくるので、駅名の間違いや、方向感覚の間違いなど気になり訂正したくなってきた。

山陽本線己斐駅は、産まれ育った場所だけに、戦後五、六年頃からの記憶が蘇ってくる。 当時山陽本線の広島での貨物取扱駅の主力場所で、特に生鮮食料品の取り扱が特に多かった。

大量の貨物車両が、駅の引込線に止まっていると、子供達は登校前、早くから駅に出かけた。

荷物の荷下ろし時に、「りんご」等の箱を作業員がわざと子供の為に落としてくれるのだ。 作業場に「りんご」が転がると、子供が駆け寄りポケットに出来るだけ詰め込む。 当時の鉄道輸送では、荷箱が壊れたりした物は破棄される仕組みだったらしい。 お腹を空かしている子供への贈り物だったのだ。 その代わり、作業の邪魔はしないように気お使っていた事を思い出した。

昭和のよき時代の思い出である。

コメント
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