WESTWOOD -手作りビンボー暮らし-

持続可能な社会とは、必要なものはできる限り自分(達)で作る社会のことだ。衣食住なんでも自分で作れる人が偉いのだ。

泊いゆまち、マルサ商店、「東風平町史戦争編」

2023年10月10日 | 沖縄
泊いゆまち(那覇)
「いゆ」はウチナーグチで「魚」のこと。


マグロ解体。


マグロ安っ!

居酒屋に必ずあるグルクンの唐揚げ。大体500円~1,000円くらい。美味しいけどこの値段見たら居酒屋で注文するのがなんだかバカバカしくなってしまった。

下のトロ箱のグルクン、15,6尾入って2,000円!1尾130円くらい!

タコの頭500円!


高級魚と言われているミーバイの全体像を初めて見た。海音で刺し身は食べたけど、脂ののったタイみたいですごく美味しかった。左上の赤っぽくて点々のある魚がミーバイ4,800円。クリックで大きい画像が見れます。

他にも見たことのない魚介類がいっぱい。


ウナギ!?
 
SNSに溢れ返っている食レポはしないつもりだったが、600円(3パックだと1500円!)のにぎりはお勧めするしかないです。とにかくネタがデカくておいしかった。
ここだけは沖縄ナンバーの一般車ばかり。ウチナンチュ御用達?で、レンタカーの観光客はほとんどいない。もっとも台湾、韓国方面からの観光客と思われる方々は多かった。

次は野菜😀。沖縄産と他府県産、台湾、中国、フィリピンなどの近隣アジア諸国産ですごく値段が違う!

大根450円!!

モヤシ特売でも100円!!!は即完売😮


与那原町のマルサ商店。
年季の入った雑貨店。初期団塊世代の店主に戦中戦後の苦労話を聞かせていただきました。

敗戦からの復興途中でまだガスが普及していない頃、石油コンロが煮炊きに使われた。
今でも需要があり、年に1台位は売れるという。

墜落した飛行機のアルミ製燃料タンクで作った木炭アイロン。

音量調節ダイヤルのみで選曲つまみが無いラジオ。
終戦直後は米軍占領下で米軍のラジオ放送1曲しかなかったから選曲つまみは不要だった。

足踏み式ミシンにモーターをつけて電動ミシンに改良。先代の店主(御父上)が作ったという。
先代はかなりアイデアマンで器用な方だったようだ。


店主のお父上が、沖縄戦で焼け野原になった実家跡に周辺からかき集めた木材や米軍が破棄した資材でウージ(サトウキビ)葺き屋根の掘っ立て小屋(写真下)で金物店を始めた。数年後、貯えに復興援助金貸付を足してリニューアルし今に至る(写真上、右)。

復帰前、車は右側通行。

(左)破壊しつくされた与那原駅舎跡。
(右)沖縄戦前の崎山家があった場所。周囲含めて何も残っていない焼け野原。
リニューアル時は米軍統治下のため、地場銀行の承認と米軍の承認が必要だった。そのための申請書類などが展示されています。物不足で印鑑証明書や承認書類が手書き!最初の資金調達は米軍の軍票だった。もちろんドル建て。本土復帰時には円建てに変わった。


現店主が店を継いだが、老齢と建物も雨漏りしだすなど老朽化が進んでしまったので数年内には店を畳まざるをえない。戦後復興の記録として何とか資料を残したいが援助もなく難しいとのこと。
こうした記録、記憶がこれから急速に失われて行くのだろう。店主は時代の流れで仕方ないと諦めておられるが残念なことだ。

「東風平町史戦争編」
八重瀬町(旧東風平町)では町を挙げて二度と不毛で不幸な戦争をしない、させないために戦争の記録を残し後世代に平和の願いを伝え託す活動が官民挙げて行われている。日本中が見習うべきだと思う。
最新の町史戦争編(右)は市販されていませんが八重瀬町のサイトでオンラインで見ることができる。
画像をクリックすると八重瀬町電子書籍サービスの八重瀬町史戦争編のサイトにリンクします。そこで[読む]をクリックするとご覧いただけます。
この町史戦争編を知ったきっかけは「すくぶん」というYoutubeチャンネル。八重瀬町出身のお若い同級生女性2人の平和ユニット?お1人は唄三線奏者、もうお1人は平和教育コーディネーターをされているそう。
玉石混交のSNSの世界ではキラッと光ってるチャンネル。ぜひ視聴してみて下さい。