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リーンインを考える(2)

フレディ・スペンサーが85年にタイトルを獲得したそのNSR500を、なんとその85シーズン最中にテストライドする根本健。当時、ワークスマシンの徹底的な解析と細部の写真、ハンドリング分析まで行うのは『ライダースクラブ』だけだった。同じくスペンサーのライドでダブルチャンピオンを獲得することになるRS250RWと合わせて、32頁の特集記事を組んでいる。*出典『ライダースクラブ』(№87.1985年9月号、140頁)

バイクの中心線よりも内側に体をオフセットし、体重を預けるようにして旋回していくリーンインのフォーム。
その最大の特徴は、速度の上昇に伴い、その2乗の比率で大きくなる運動エネルギーに対し、人車総合の重心位置を低く、コーナー内側に位置させ、遠心力に対抗しつつ、タイヤのグリップ能力を活用していくことにあります。

しかし、実はそれ以外にも、リーンインのメリットはあるのです。しかもそれはコーナーの入り口、コーナーを安全に気持ちよく抜けられるかどうかに関わる、リーン動作=倒しこみの過程で現れるのです。

バイクは、まっすぐ立っているときはまっすぐ進む。
傾くと傾いた側にカーブしながら進む。
では、まっすぐになっているバイクを傾けるにはどうするか…。
どうやってバイクを傾けるのか、ライテク本などで盛んにテーマとなっているのはこの部分です。この傾け方如何でコーナリングはまるで別物になります。

下の図、左端はリーンウィズで直進状態です。
ここからバイクを傾けるために、よくライテク本に載っているのは、
①イン側のステップを踏む。
②アウト側のタンクを膝で押し込む。
③倒したい(曲がりたい)方向とは反対側に一瞬ハンドルを切る。
などです。これを単独で、または組み合わせてバイクを傾けるということなのですが、上手くやらないと何かしら力をこめて、バイクをこじるように倒しこむことになってしまいます。
そうなると、バンクしたのに曲がり始めるまで時間がかかるような感覚に襲われたり、バンクしたとたんに転倒ということも、まれに起こったりします。

図の真ん中は、直進のうちから腰をちょっとずらしています。バイクは倒れたがりますが、傾かないようにちょっと外側のステップを踏ん張り、上体を中に入れてバランスをとっています。また、ブレーキングの減速Gが直進性を強めて、バイクが曲がり始めるのを防いでいます。
そして、「ここだ!」という倒しこみのポイントで、ブレーキを開放し、直進のためにちょっと入れていた入力をやめて、そのまま重力に任せるように上体ごとイン側にもたれかかるようにすれば、バイクをこじることなく、まるで一枚の板が倒れるように、ストレスなくすっとバンクしていきます。
腰をずらすタイミングはブレーキング開始の直前。
この方法のメリットは無理なく、余計なストレスをタイヤに掛けることなく自然にバイクを傾けていける点です。
いや、傾けるというより、立てておくのをやめるだけですので、力も要らず、ブレーキ開放をきっかけとして、直進状態からすぐに旋回上体に入れるというメリットもあります。

以前からある倒しこみの方法で、最近も推奨されることの多い、③の方法、「逆操舵」と比較してみましょう。
逆操舵とは、曲がりたい方向と反対の方向に一瞬ハンドルを切る…正確には「切る」のではなく、イン側の腕でハンドルを「押す」のですが…もので、どんなバイクでもそれをすると面白いように車体を傾けることができます。
また、意識的にしなくても、車体側からバイクが倒れてフロントが追随して切れていくときは、多かれ少なかれ一瞬フロントが逆ハン気味になってから正しい舵角になることが多いのです。

『バイカーズステーション』誌の記事によれば、ここ数年のBMWバイクはライダーが意図的な逆操舵を与えることを前提とした設計になってきていると言いますし(私は秘かに疑問を持っています)、故前田淳選手は、右手はアクセルとブレーキの操作に集中し、左手1本で逆ハン操作を受け持つと言っていました。

自分のバイクで実験してみればわかりますが、この操作の効果は非常に大きく、どんなタイプのバイクでも、重いバイクでも、軽々と左右に倒しこむことができます。
しかし、この逆操舵、私は意識的に行うのはその効果が実感として完全に体に染み付くまでにして、それ以降は逆に如何に逆ハンに頼らずに倒しこめるかにトライしたほうがいいと思っています。(たぶん、この考えは少数派だと思いますし、数多くの歴々たる先生方が逆ハン操作を肯定的に取り上げていますので、これをお読みの方が、ご自分で判断なさってください。)

逆ハン使用時と、軽いリーンインから倒れこむようなリーンとの違いを簡略化した図が上のものです。
右のリーンは接地面を支点として、バイク、ライダー全体が弧を描くように倒れていくのに対し、
左の図、逆ハン操作では、フロントタイヤなどの下半分がアウトへ、ライダーなどの上半分がインへ、バイクの中央部を支点として、ひねるように回転して倒れていきます。
この回転は、直線でヒラヒラ右へ左へ連続スラロームなどをしているような感覚を思い出していただけるとイメージできると思うのですが、傾けるのは軽いのですが、傾くことが進路の変更にはストレートに結びつかない傾向もあるのです。
逆操舵でできるのは、バイクを傾けることで、進路を変えることではない。
逆操舵の時は、倒れていくバイクに追随してしっかりイン側に荷重し、安定した旋回状態に持ち込むことが効率的なコーナー進入には重要になります。

上の図のように、逆操舵のパターンは一遍フロントをアウトに振り出してから旋回するのに対し、左のリーンインは、そのまま倒れこんでいくので、アウトへの振り出しがありません。(厳密にはわずかにあります。とても少ないと言うことです。)

その進入ラインを描いたのが上の図です。
青のリーンインは、リーン動作と同調して、同時に曲がり始めるのに対し、
赤の逆操舵は、フロントをアウトに振り出しながらバンクし、それから旋回が始まっていきます。

さらに逆操舵「のみ」で曲げようとしたときのデメリットがあります。
逆操舵で一瞬左に切られたFタイヤは、そこで路面とねじられるように、応力を受け止め、バイクの下半分が外へ振り出される回転が始まると、上手いライダーでないとその荷重が一気に抜けることがあります。そして、バンクが終了し、舵角が正しくついたところで、遠心力を含めた荷重がまた一気にかかり、状況が悪ければ、フロントのグリップが限界を超えることもありえるのです。

軽いリーンインから倒れこむようなコーナー進入ができれば、そうしたリスクを負うこともなく、タイヤに無理をさせずに、効率よく向き変えをしていくことができます。

リーンインの倒しこみ時のメリット。
それは倒しこみでバイクをひねるような力を与えず、すーっと倒れ込むような動作でバンクできることにありますが、そのイン側への体重の預け方で、曲がり始めの曲率を自由に設定しやすいことも、大きなポイントです。
慣れてくれば、ブレーキ開放からのリーン動作で一気にフルバンクまで持ち込み、しかもひねりが加えられていないのでそれがそのまま「向き変え」に繋がって、コーナーの入り口で鋭い旋回が可能です。
速い人がコーナーの入り口でひゅっと視界から消えていくのは、進入速度が速いからというよりも、直進状態から旋回状態への切り替えが速く、しかもリーンと同時に向き変えができているので、まるでイン側に切り込んで消えたように見えるのです。

気合で追いかけようと闇雲にブレーキを我慢し、思いっきり力をこめてバイクを瞬時に倒しこんでも、ひねる動作を伴ったバンキングはタイヤの荷重が安定しておらず、バイクが倒れて、半呼吸後にドーンと荷重がかかり、しかも速度が速く緊張と逆ハン意識からハンドルに力が入ると大事なセルフステアも効かず、バンクしたままあまり旋回できずにタイヤがブレークし始め、徐々にガードレールが迫る…
などという悪い状況になることもままあります。

少なくとも自分なりに快走したい人は、逆ハン<のみ>に頼らない、車体をひねらないリーン動作を習得すべきだ、というのが私の考えです。
私はペースが遅いので普段はリーンウィズですが、ペースを少し上げたときは、バンク角が浅くても、お尻の位置をイン側に少し移動するようにしています。
それは、倒しこみ時の向き変えのチャンスを逃したくないからです。

今日は長い記事になりました。最後までお読みくださった方、ありがとうございます。
最後に、昨日の原田選手のリーンインによる倒しこみの写真をもう一度見ておきましょう。
95年の原田選手、直線で遅いマシンをコーナーで速く走らせることによってライバルをパスしていく、胸の熱くなるレースを毎回展開していました。
右手に注目してください、外側3本掛けのブレーキレバーはまだ開放しきっていません。フロントフォークはフルボトムし、ブレーキ荷重の大きさをイメージさせます。
体重はすでにイン側に寄り、バイクをバイクをこじることなく、イン側にもたれかかれる体勢になっています。
ここから、ブレーキを完全開放し、さらに一気にフルバンクでの旋回に移行していきます。
フルバンクに倒れたときにはすでにカウル横のマルボロの文字が読めるほど向きが変わっている、原田選手の実に鋭く、しかもあまりになめらかなので鋭さをみすごしてしまうような、美しく、優雅で、そして壮絶な、コーナリングアプローチです。

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コメント ( 12 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
ごぶさたしてしまいました (roshi-m)
2008-02-23 20:29:59
TOPの写真が懐かしいです。
この頃は世界GPもTV放送がなく、「RIDER'S CLUB」や
坪内隆直氏の「GRANDPRIX ILLUSTRATED」の発売を
待ち望んでました。

後者の何号だったかは失念してしまいましたが、
つじつかさ氏の解説でF.スペンサーのライディング研究の特集があったのを思い出しました。

R6をもっと乗れるようになりたくて、前記事とあわせてとても参考になります。
暖かくなるのが待ち遠しいですね。
 
 
 
Unknown (田亜山)
2008-02-23 21:54:57
「逆ハン」か「加重移動」かで、ドカネットでも議論になったのを見たことが有ります。
「向き変えのきっかけに重点を置くのはどちらか」で、どちらの意見ももっともな気がしましたが・・・

難しいですね。

それにしても樹生さんは色々考えて書かれていますがこの時期乗ってみて確認することが出来なさそうですので、なんだか大変そう・・・
 
 
 
こんにちは (Cros)
2008-02-23 21:56:27
毎回コメント書き込み有難う御座います。

いや~樹生さん、ライディングを科学してますね!
感覚で覚えてしまってるようで、理論で人に伝えるのが下手なんですよ、私。

逆操舵に関しては、サーキットの走りの理論に思えました。ブレーキングを頑張る時に、自然とそういう動作をしてますよね。リリースと同時にフルバンクにもっていくのもサーキットならでは、、。

峠レベルの話なら、リーンアウトとリーンインを巧く使い分けると快適な速さを求められる気がします。そんなにバンク角を深くしなくてもサクサク曲がれますよね。切り替えしを速く、アクセル開度を多めに。

まぁ速い遅いは自己満足の世界。
自分も山遊びで学んだ走りの考え方を理論として考えてみようと思いました。その時は厳しいツッコミを御願いします!


 
 
 
roshi-mさん、こんにちは。 (樹生和人)
2008-02-24 15:45:20
roshi-mさん、こんにちは。
当時、ライダースクラブは私のバイブルで、毎月何回も何回も読んでは、書いてあることを試しに走りに出かけていました。
今ではすっかりおじさんでゆっくりしか走らなくなりました。
ゆっくりでも高品位な走りを目指して、今シーズンからちょっとづつツーリングがてら自主トレしたいと思っています。
それにしても春が待ち遠しいです。
 
 
 
田亜山さん、こんにちは。 (樹生和人)
2008-02-24 15:51:31
田亜山さん、こんにちは。
実質、逆ハンでグリップを失うほど公道でハイペースで飛ばす人はまずいないので、楽でスパッと寝る逆操舵は有効だと思います。
私は心の師匠、根本健の考え方=バイクに無理な負担を掛けないで、力でなく原理で曲がる。を信奉(?)するライテクオタクとして、意図的な逆ハンには背を向けております(笑)。

今回書いたことは何年も考えつつ公道で試してきたものばかりなので、実感はあります。ただ、文章や図にするのが苦しい感じでした。
もっとわかりやすく、短く、読みやすくできればいいなと思いました。
自分でもライテク話好きなんだなあ…と改めてあきれました。
 
 
 
Crosさん、こんにちは。 (樹生和人)
2008-02-24 16:23:35
Crosさん、こんにちは。
なるほど、確かに今回はサーキットよりのライテクになってしまったかもしれません。
う~ん、高橋涼介に「それじゃあ、勝てないぜ」なんて言われそう(いや、言ってもくれないか)。

切り替えしを速くし、パワーバンドをあえて少し外して低回転域からワイドオープンというのが、公道での気持ちいい走り方ですよね。

GPZの場合、60㎞/hくらいならトップヘビーな重量バランスを生かして、リーンアウトでくるっと回った方がストレスなく回れて、直線的にドーンと加速…っていうパターンにもっていきやすい感じがします。
まあ、ペースにもよりますが…。

Crosさんくらい速くて「自己満足の世界」と言い切るのは、《矜持》がないとできないことだと思います。敬服いたしました。
 
 
 
午前3時半 (ada)
2009-02-07 03:29:25
1話から読み始めて、ここまで来ました。

読んでいておもしろいです。
いや、感動しました。

逆操舵の件ですが、検証されたとおりだと思います。
公道の走りでは使わない方が幸せなバイクライフを得られると思います。

サーキットでは勝ちに行かないといけないので
なんでもありですし、バイクも違いますしね。
そういう意味では、逆操舵もありだと思いますけど。
勝ちに行かなくても良い素人ライダは、
ナチュラルなハンドリングを求める方が良い気がします。

この記事は、凄い思いがこもっていますね。
熱いですよ!
 
 
 
すごい!ありがたいです。 (樹生和人)
2009-02-07 05:30:03
adaさん、おはようございます。
おお、これは夜を徹して読んでくださっているのですか?!
すごい!というか、ありがたい!というか恥ずかしいです。
ありがとうございます!!
ご覧の通り、私のライテク記事はほとんどライダースクラブ誌の根本健氏の理論をべースに自分なりに表現したもので、オリジナルはあまりありません。
また、私興奮してくると筆が滑る癖もありますので、慎重に書いているつもりですが、間違いが含まれているかもしれません。
そのときは遠慮なく、御指摘をお願いします。
 
 
 
なるほど・・・ (みはま)
2009-03-09 20:38:05
昨晩は07年分、ただいまこちらのページまで読破しました。

>GPZの場合、60㎞/hくらいならトップヘビーな重量バランスを生かして、リーンアウトでくるっと回った方が・・・

自分もいろいろと乗り方を試してみましたが、樹生さんの上記のコメント、自分もそう思いました。
自分はKLEから乗り始めたので、GPZに慣れるまではリーンインで乗っていました。
そのおかげか、以前デュアルパーパス車と混じってツーリングに行ったときは、舗装林道等でKLEのリーンアウト走法が役に立ちました。
まだ経験が浅いので、なかなかとっさにどう曲がろうかといつも優柔不断ですが(笑)
 
 
 
もしや全頁? (樹生和人)
2009-03-09 22:00:26
みはまさん、こんにちは。
もしかして、過去から日付順に全頁読破なさろうとしているのでしょうか。
それはすごい、というかすごすぎます。
筆者として大変ありがたく、嬉しい限りですが、体調は大丈夫ですか?(などとトンチンカンな質問をしたりして…)
お読みいただき、ありがとうございます。
感謝いたします。

さて、GPZ、リーンイン気味にバランス地点を探して乗ると、ほとんどタイヤに変なストレスを感じない、しゅーっという感じの旋回点が見つかることがあり、それはそれですごく快感です。
コーナリングの真髄か?…と自分で思ってしまうほどです。
しかし、リーンアウトでのバランスでの旋回は、しっかりとグリップ感が感じられて、思いの外、小回りがくるくると、舗装林道のような道でも全然苦手とせずに行けますよね。

みはまさんのKLEでの経験がGPZを走らせるのにいきているんだなと思いました。
よほど頑張らない限り、GPZはかなり余裕があるので、私の場合、リーンインやリーンアウトを気分次第でいろいろ試しては「あれ、今のはちがうかなぁ?」などと模索?しています…。
 
 
 
夢中になって (みはま)
2009-03-09 23:40:48
体調不良なのかと思いつつも読んでしまいます(笑)

インフルエンザらしき症状と熱が数日続いていたのですが、やっと収まりました。
本日病院でもインフルエンザではないと診断されて安心しました。
昼寝しながら、ぼちぼちと拝見しておりますので大丈夫です。
お気遣いありがとうございます。
 
 
 
お大事にしてください。 (樹生和人)
2009-03-10 21:39:57
みはまさん、ありがとうございます。
インフルエンザでなかったとのこと、少し安心ですね。
気持ちもゆっくり休めるといいですね。
どうぞお大事にしてください。
 
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