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繁栄の外で(54)

2014年06月24日 | 繁栄の外で
繁栄の外で(54)

 ある日、仕事を休んで見るともなしにテレビをつけた状態でいる。その日は、特別な一日が待っていたらしく、テレビの中で日本の首相が飛行機のタラップから降りてくる。降り立った場所は隣の国だった。行った目的は、そこにいる日本人を取り戻すことだったらしい。最近でも、アメリカ合衆国の元大統領が(妻の方が有名であったりします)同じような用件で行った。

 そして、マッチョな国は実力を発揮した。

 話はトントン拍子に進み(いろいろな根回しは、知らない)実際に連れ去られた日本人は存在し、彼らは再び日本の土地に足を踏み入れる。その後の経緯ではそこには、アメリカ人の元兵士もいて脱走をしたあとで、むちゃくちゃな人生が待っていた。そのことを、ぼくは彼のこれまで過ごした生活が書かれた本を読み、それを理解しひとりの失われた人生のことを思い悲しんだ。

 まだ、居るのか、もう見つける気力を政府は捨ててしまったのか分からない。ただ、普通の親子のこととして理解すると、もし別の場所に暮らしていたって、盆や年末の連休に高速道路や新幹線で疲れながらも帰省して会うことが、当然の権利としてあることがまっとうな人生だ。たまには喧嘩をしたっていいし、たまには悪口を言ってしまうこともあるだろう。だが、当然そこには和解をするチャンスがあり、関係を修復する糸口が残っているはずだ。常に、いないひとの存在を考え、その喪失感とともに生きる人生などを誰かが与えてよいはずもなかった。しかし、それも継続中の問題である。いつか、お雑煮などを食べながら、なんの悩みもなく出会える日々がくれば良いとも思う。

 ここで、政治の話をする必要もなかったのだ。これはぼくの話で、ぼくと回りとの関係性を書く導入として、それは必要だった。

 ある日、友人ができている。彼と知り合ったときには、彼はもう離婚していた。なので、その妻と子どもたちの写真を見せてもらうまで、どのような生活を過去に送ってきたのか、あまり把握出来ていなかったかもしれない。だが、育った環境が近いので、どのような少年、青年時代を送ったのかは理解できた。ぼくらは同じ区内にいた。頭の中身より、ユーモアや腕力が幅を利かせる地域だった。もしかしたら、ぼくは彼のようになっていたかもしれないし、彼はぼくのようになっていたかもしれない。だが、本当はどちらも仮定としては間違っているかもしれない。

 彼には2人の子どもがいた。ぼくが見せてもらったころは小さかったが、もっと大きくなっているのが現在の状況だろう。誰よりも子どもを愛し、誰よりも優しい存在である彼にとっては、会えないということはとてつもない苦痛であったろう。彼よりも冷たく、彼よりも子どもを苦手としている自分にとっても、想像だけでも理解できることだった。

 彼は、大きなマンションなど必要としていなかった、と言った。だが、妻と母に勧められマンションを購入した。そこにいなくなった人々のためにローンを払っていた。ぼくは、彼の近所で連れ立って酒を飲み、その後、彼の家で飲みなおし、ある一室で熟睡した。そこは家族がいない人間が住むにはあまりにも広過ぎであった。実際の彼の内面も、そのような空白の場所がひろがっていることだろう。

 目を覚まし、ぼくらはサウナや日帰り温泉に行った。ある時は、小さな旅行もした。運転の嫌いな自分は、それを彼にすべて任せ、早いうちから酒を飲んだ。しかし、彼の方がよっぽど酒に好かれる性質だった。

 彼は失業した。うそのようなエピソードだが、別の友人がコンビニ強盗が家の近くでありそこでポスターなどを見たのだろうが失業している彼に似ていると、ぼくに言ってきた。証拠をたしかめたくてきちんとした大きな警察署までいって調べてきた。ぼくにも、それとなく本人に訊いてみてくれないと言われたが、「そんなこと出来るわけないじゃん!」と一方的に断った。だが、執拗に要求されると、ぼくも数パーセントはそんな間違いもあるのかな、と自分の判断が揺れた。結局は、赤の他人であることがはっきりし、ぼくらは本人にそのことを告げ、あとあとは決まってその話で笑い合った。やっぱり、ひとのことは信じましょうね、と自分はその帰りにちょっとした生存の悲しみをしるのであった。

 見知らぬ土地に会いたがっている人々がいて、それはベルリンの向こうとこっちであったり、塀の内側と外側であったりするのでしょうが、いつか解決される日がくるといいですね。すべてのひとの幸福など総体的に無理だとは思いますが、それを願ったりする気持ちがあるのが人間なのでしょう。欠点もやっかいなぐらいに多いぼくや彼や人間ですが。


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