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メカニズム(9)

2016年07月30日 | メカニズム
メカニズム(9)

 母の病状はそれほどでもなかった。その代わりというかひとみの仕事が問題になった。彼女は一時的に生活を立て直すために選んだだけだと言い、同棲相手が無職だとは告げなかった。染まらない無色かもしれない。

 ぼくは不在の間、言われた通りにゴミを出して、光熱費をコンビニで支払った。どちらかの口座に依存することもないが、その分の金額をひとみはテーブルに置いていった。ぼくはそのままレジの店員に支払用紙といっしょに渡しただけである。手数料を請求しない分、大人である。

 ぼくはとなりのコーヒーショップで買った持ち帰り用の容器をつかんで公園に向かっている。仕事をしない日がまた一日だけ増えた。転がる雪だるまのように段々と大きくなり、かさが増す。

 コーヒーを誰もが飲む。なぜ、この公園にも植えないのだろう? 豆粒を埋めたら咲くのだろうか? 苦みの良さに気付くのも大人である。大人の定義を考える。苦さや辛さと辛さ(からさとつらさ)を受け入れる。お金を稼ぐ。自分以外のものに躊躇なく使う。赤字にならないように努力する。納期までにきちんと終わらせる。いまのぼくには、どれもない。だからといって子どもとも言えない。責任感が生じる場所にいないのだ。

 ベビーカーを押す母親にポッとする。所有者がいる。すると電話が鳴った。最寄りの駅に着く時間をひとみは教えてくれる。ぼくの自由も終わりである。不自由は終わっていない。逆だろうか。

「あの、山形さんですよね?」きれいな母親に声をかけられた。チャンスはピンチである。
「そうですけど、どこかで会いましたっけ?」忘れるわけもない美人。話を聞くと、前の会社に出向いていた保険会社の女性であった。ラフな格好だと分からないものだ。
「いまも、あそこに?」
「いや、辞めてしまいました」無鉄砲の主張。

「あら、なんて、もったいない」古風な言い回しは前からの癖だった。「でも、もっと上のクラスの会社に転職されたとかですよね?」

「恥ずかしながら、無職です」もしくは、無色かも。ヒモにも似ている。言い訳はよそう。ひとつのウソが身を破滅する誘因になることもあり得るのだから。


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