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爪の先まで神経細やか

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リマインドと想起の不一致(33)

2016年06月01日 | リマインドと想起の不一致
リマインドと想起の不一致(33)

 秋の気配がエンジンを停止した飛行機のように、なだらかに下降している。もう当分、上昇することはなく、春まで許されない約束であろう。その月まで羽根を休める気候だった。

 こんな感慨を抱いているのは、ひじりがいとこの結婚式のため、ある都市へ飛行機で向かったからだ。ぼくはまだその大きな物体に乗ったことがない。おそらく恐怖感という拒絶を促すものはないだろう。複数の人間を短時間で移動させる。役割としてはいたってシンプルなものだ。だが、その構造の一部もぼくはまったく知らない。今後もその知識は増えることはないだろう。

 ひじりはその儀式に値する、どういう格好をするのだろう。やはり、制服が妥当なのだろうか。いまの役割を脱ぎ去った彼女はどんなドレスが似合うのか。ぼくは想像をふくらませる。

 誰かと誰かが永遠に結び合わされる。基本的には。どちらかが先に死ぬまで。ぼくは希望が多いタイプでもないが、普通にそう考えていた。それを大っぴらにする機会がある都市で行われていた。ひじりもそこにいる。

 その仮定を信じると、ぼくはひじり以外の異性を好きになれないことになる。例えば、テレビに出ている女性タレントでさえ好みは無節操に変わる。自分というものは一定しない生き物なのだ。その思考やふらふらする思いを限定し、固定化させることはむずかしいだろう。そして実際、ぼくは別の女性を好きになりかけたことがある。

 だが、会えないとなれば恋しくなるのは当然だ。ぼくは都心の町をひとりで歩く。ひじりに似た後ろ姿を見かけると、前に回って正体を確認したくなる。そして、数人に対して、そうした行動を許可もなくとった。それとなく無関心を装って見ても、はっきりと意図的に見ても、対象は急変してひじりになることなどない。彼女は世界でたった一人だけなのだ。

 都会の上空はうすぐもりで、飛行機など一つも見かけられない。車だけが無数に往来している。信号待ちの人間は数えられないほどいる。ここで知人の誰かと遭遇することなど不可能な気がする。ぼくはその確率を度外視させる誰といったい会いたいのだろう。友人か? それとも、未知なるこれからという可能性を埋没させている親友予備軍か。ただ、現在のひじりだけなのか。信じるべき身体をもつ夢想を排除できるひじりだけを。

 ぼくは服を買ってハンバーガーを食べる。東京の十六才。愛想の良い店員は同じ年ぐらいだろうか? ぼくは地元を憎みながらも心底では愛しているようだった。親の家とは別のところで、いつかひじりと暮らすとしたらどこが良いだろう。広い芝生がそばにあり、鳥がさえずる環境。排気ガスも騒音もなく静けさが恩着せがましくなく覆うところ。上品な会話を修得して。

 ぼくはレコード屋に寄る。聴いたこともないものは好きになれるかどうかも分からない。店員は格好良い服装をして、髪型も周囲と異質であることを主張しながら、とても本人に似合っていた。ひじりは、ああいう異分子を好むだろうか。

 ぼくは本屋で一冊の文庫本を買い込み、帰りの地下鉄で最初のページを開いた。一人でできること。二人でする行為。複数の友人が集い楽しむスポーツ。ぼくはシャイであり、図々しかった。欠点があり、長所もどこかに隠れていそうだった。飛行機もいつかの未来に乗り、外国語で誰かと会話をするかもしれない。必要にせまられなくても。車の免許も数年後には手に入れるだろう。可能性は卵料理のように無限だった。未来に取り分が多いぼくは断じて子どもでもなく、かといって大人でもない中途半端で煮え切らない、ただ恋人と会えない男の無言のひとりごとを示した一日であった。