最後の火花 17
「また、忘れてる」と母の声がする。それはどうやらぼくに向けられての発言らしかった。ぼくは注意される事項があることすら忘れている。忘れているという状態の本望を享受する。気付いていれば、どう転んでも忘れることもできないのだ。
怒りの矛先がぼくに向かってくる前に、山形さんは仲裁に入ってくれて母をなだめてくれた。ぼくは、母の怒りが届かない領域の外へ連れ出され、山形さんに注意とアドバイスをもらう。
「やることを箇条書きにするといいよ」
「どういう意味?」
彼は説明してくれる。そして、やってはいけないことも同様にするといいよと教えられた。
「世の中は、実際にはそういうもので満ちているんだ。法律とも呼んでいる。みんなが集団で生きるためのルールとして。最低限の」彼はことばを止める。「最低限かどうかは誰も分からないな」
ぼくらはしばらく散歩をする。その間に夕飯は作られ、母の怒りも消える。もしかしたら、消えないのかもしれない。再燃する可能性もある。ぼくは、箇条書きというものを紙に書き付け、部屋中に張り巡らせようと想像する。書道教室のなかのように。ひなびた中華屋の壁面のメニューのように。
母の怒りは消えていた。自分の料理の出来具合いに満足らしい笑みを浮かべていた。ぼくは箇条書きということだけを考えている。法律。
ぼくは夕飯後、明日にやらなければならないことを書いた。歯磨きと洗顔などをふくめたら無数になってしまった。山形さんはそれを覗き見て、要点ということを教えてくれた。ぼくはその境目を難しく感じている。
「いつもと違うことだよ。絶対に忘れてはならないことたち」
それらを詳細に点検すれば、ぼくにはほとんどなかった。だから、忘れるのだ。自己流という年齢でもない。その度ごとに教えられ、その度ごとに実施する。それしか解決はない。だから、子どもなのだ。
「おじさんには? 忘れないの?」
「大人はこころのなかにちょっとしたメモ帳があるんだよ。逆に忘れられなくなることも多くなるんだけどな」山形さんはグラスのなかにあるお酒を飲んでいる。「これで、もしかしたら忘れられるかもしれないぞ」
メモ帳という便利なものがこころにあるのだ。それでは子どもと比較にならないぐらいに賢くいられるだろう。
ぼくは次の日に友だちと遊んだ。ぼくの持ち物を友人はなくしてしまう。今度は母は責めることをしない。代わりに山形さんはここでもメモの効用につなげていた。
「大人は約束とか取引とか、とても大事なことを文章にしてふたりでもっておく。なにかあったらそれを証拠として、請求したり、支払わなければならない。子どもたちは、そう目くじらを立てることもないけど。情報だけでものこしておくから、いつか役に立つかもしれないな」
子どもは忘れて、なくした。大事なものもそれほど多くはない。代用も利いた。いつか逆転して、母の忘れたことに注意できるようなしっかりとした人間になれるかもしれない。そのときまでは随分と日数がかかるだろう。その間は、自分だけに注意をはらえばいいのだ。簡単なことだった。だが、それもとてもむずかしい。
友だちは代わりにひとつのおもちゃをくれた。取引ということばも知らない時期だった。損失と補てん。埋め合わせ。
さらに次の日、山形さんはお酒と醤油の空の瓶をもっている。ぼくはいっしょに歩いていた。空になったものに注ぎ足してもらうのだ。
「ある役割になると、さまざまな規定ができる。お酒を造るのにも免許があって、料理を出すのにも権利とか届けとかが必要になる。いちいち覚えることもないけど、役目には役目なりのルールが世の中にはあるんだ」
「おじさん、なんかもってるの?」
「工場で必要だったから、若いときに資格をとった。それがあるから、いまのところで働けるんだ」
「ぼくは、なにが向いているかな?」
「そうだな」山形さんはぼくの長所を並べた。自分の魅力が長いとか短いで分類されることをぼくは不可解に感じる。
店に入って、お酒や醤油の瓶が満タンになる。ふたを閉め重くなった瓶をぼくは一本つかんだ。
「落とさないようにしろよ」
集中すると周りのものが見えなくなる。ぼくはいつものきょろきょろした目を町のいろいろなものに向けられない。指と足の動きと瓶の揺れしか考えられなくなる。山形さんはのどかそうに口笛を吹いた。ぼくも同じことをしようとしたが、かすかな息がくちびるを通り抜けるだけだった。
家に着き、重い荷物を玄関のうえに置いた。母は台所に運ぶ。ぼくの役目は終わる。また靴を履いて表に出かけた。ぼくはきょろきょろとしてあらゆる物を見る。電気を各家庭に運ぶおおもとの場所はフェンスで囲われている。そこに注意書きがあり、誰がなかに入れるかを示しているようだ。山形さんの意見によれば、その資格あるものだけが入ることができ、触れることができた。ぼくはただ上空を眺める。電気というものは見えないのだ。だが、電線は見える。危険なものでありながら、ぼくらの夜を照らしてくれる。母も、ぼくのこころを照らしてくれる。
「また、忘れてる」と母の声がする。それはどうやらぼくに向けられての発言らしかった。ぼくは注意される事項があることすら忘れている。忘れているという状態の本望を享受する。気付いていれば、どう転んでも忘れることもできないのだ。
怒りの矛先がぼくに向かってくる前に、山形さんは仲裁に入ってくれて母をなだめてくれた。ぼくは、母の怒りが届かない領域の外へ連れ出され、山形さんに注意とアドバイスをもらう。
「やることを箇条書きにするといいよ」
「どういう意味?」
彼は説明してくれる。そして、やってはいけないことも同様にするといいよと教えられた。
「世の中は、実際にはそういうもので満ちているんだ。法律とも呼んでいる。みんなが集団で生きるためのルールとして。最低限の」彼はことばを止める。「最低限かどうかは誰も分からないな」
ぼくらはしばらく散歩をする。その間に夕飯は作られ、母の怒りも消える。もしかしたら、消えないのかもしれない。再燃する可能性もある。ぼくは、箇条書きというものを紙に書き付け、部屋中に張り巡らせようと想像する。書道教室のなかのように。ひなびた中華屋の壁面のメニューのように。
母の怒りは消えていた。自分の料理の出来具合いに満足らしい笑みを浮かべていた。ぼくは箇条書きということだけを考えている。法律。
ぼくは夕飯後、明日にやらなければならないことを書いた。歯磨きと洗顔などをふくめたら無数になってしまった。山形さんはそれを覗き見て、要点ということを教えてくれた。ぼくはその境目を難しく感じている。
「いつもと違うことだよ。絶対に忘れてはならないことたち」
それらを詳細に点検すれば、ぼくにはほとんどなかった。だから、忘れるのだ。自己流という年齢でもない。その度ごとに教えられ、その度ごとに実施する。それしか解決はない。だから、子どもなのだ。
「おじさんには? 忘れないの?」
「大人はこころのなかにちょっとしたメモ帳があるんだよ。逆に忘れられなくなることも多くなるんだけどな」山形さんはグラスのなかにあるお酒を飲んでいる。「これで、もしかしたら忘れられるかもしれないぞ」
メモ帳という便利なものがこころにあるのだ。それでは子どもと比較にならないぐらいに賢くいられるだろう。
ぼくは次の日に友だちと遊んだ。ぼくの持ち物を友人はなくしてしまう。今度は母は責めることをしない。代わりに山形さんはここでもメモの効用につなげていた。
「大人は約束とか取引とか、とても大事なことを文章にしてふたりでもっておく。なにかあったらそれを証拠として、請求したり、支払わなければならない。子どもたちは、そう目くじらを立てることもないけど。情報だけでものこしておくから、いつか役に立つかもしれないな」
子どもは忘れて、なくした。大事なものもそれほど多くはない。代用も利いた。いつか逆転して、母の忘れたことに注意できるようなしっかりとした人間になれるかもしれない。そのときまでは随分と日数がかかるだろう。その間は、自分だけに注意をはらえばいいのだ。簡単なことだった。だが、それもとてもむずかしい。
友だちは代わりにひとつのおもちゃをくれた。取引ということばも知らない時期だった。損失と補てん。埋め合わせ。
さらに次の日、山形さんはお酒と醤油の空の瓶をもっている。ぼくはいっしょに歩いていた。空になったものに注ぎ足してもらうのだ。
「ある役割になると、さまざまな規定ができる。お酒を造るのにも免許があって、料理を出すのにも権利とか届けとかが必要になる。いちいち覚えることもないけど、役目には役目なりのルールが世の中にはあるんだ」
「おじさん、なんかもってるの?」
「工場で必要だったから、若いときに資格をとった。それがあるから、いまのところで働けるんだ」
「ぼくは、なにが向いているかな?」
「そうだな」山形さんはぼくの長所を並べた。自分の魅力が長いとか短いで分類されることをぼくは不可解に感じる。
店に入って、お酒や醤油の瓶が満タンになる。ふたを閉め重くなった瓶をぼくは一本つかんだ。
「落とさないようにしろよ」
集中すると周りのものが見えなくなる。ぼくはいつものきょろきょろした目を町のいろいろなものに向けられない。指と足の動きと瓶の揺れしか考えられなくなる。山形さんはのどかそうに口笛を吹いた。ぼくも同じことをしようとしたが、かすかな息がくちびるを通り抜けるだけだった。
家に着き、重い荷物を玄関のうえに置いた。母は台所に運ぶ。ぼくの役目は終わる。また靴を履いて表に出かけた。ぼくはきょろきょろとしてあらゆる物を見る。電気を各家庭に運ぶおおもとの場所はフェンスで囲われている。そこに注意書きがあり、誰がなかに入れるかを示しているようだ。山形さんの意見によれば、その資格あるものだけが入ることができ、触れることができた。ぼくはただ上空を眺める。電気というものは見えないのだ。だが、電線は見える。危険なものでありながら、ぼくらの夜を照らしてくれる。母も、ぼくのこころを照らしてくれる。