最後の火花 14
真実が寿命をまっとうする。真実の延命措置をする。真実に生命維持装置をとりつけ、終局までの時間を長引かせようとする。
その後も、ぼくが生きてきたなかでは海は割れもせず、干上がることもなかった。だが、こころは割れ、からからに干上がり、燃焼して、灰になるようなこともあった。経常的に潤うべき器官なのに。真っ二つという凡庸な表現が似合うこころたち。割れたので元通りにするまでは複数形だ。
光子はプールで泳いでいた。優雅に泳ぐには幼いころからの定期的な訓練があるのかもしれなかった。教育や塾にお金をかける。予算内でやりくりして大人になるための準備をする。結果はどうあれ施すということが愛情なのだ。
「いっしょに泳がない?」と、光子は水のなかから手だけを伸ばして、ぼくを呼び寄せた。
「いいよ。疲れた」
「いいから、ほら」
ぼくはタオルを横たわっていた場所に置き、そのまま水のなかに入った。ぼくの胸には期待していたわけでもないが、毛が生えるようなこともなかった。肩周りも肉体を酷使して生活したほどには発達しなかったが、劣っているわけでもなかった。その運動が収入に化けることもなく、ただのスポーツの効用がのこっただけだった。
母は美容にお金をかけたこともなかっただろう。ぼくは光子の持ち物である鏡の前や風呂場に散乱しているあらゆる小瓶を頭のなかに並べた。きょうもスーツケースのなかに小さな容器に入れ替えてもってきていた。その結果がぼくを喜ばすのだ。あと数人の男性も喜んでいるのかもしれない。
海は割れなかった。そう思っているとビーチの方から瓶の破片で足を切ったという声が聞こえた。きれいな砂浜にそのような欠けらも見られなそうだが、事実は事実だ。血が出て、そして、出血を止める役目に変わる。その物質のたちまち起こる素早い変化をぼくは不思議なことと感じていた。
直ぐに喧騒は去り、また太陽の下で寝そべった。
海は割れなかった。ぼくは執拗にそのことばを頭のなかでこだまさせる。逃げるということが必要な状況もなかった。逃げたのは幸運であり、親という存在だった。あの美しい海での日々だった。それが前半であり、ぼくは中盤に光子といる。平均をとれば、そう悪くもなかった。
うそを生き返らす。うそに生命を与える。うそをけん命に引き延ばす。うそは別のルートを勝手に見つける。ほんとうのことが分からなくなる。うそだけが、真実に似たものとなる。ぼくはいない親の存在に対して、たくさんのうそを身代わりとして、生命を吹き込んだ。だが、うそは干上がる運命だった。ぼくは真実もうそもない大人になった。同時に未来に期待という余白を、パンの耳のような部分を付け加えられなかった。等身大しかない大人。青年。
ぼくは、はじめて光子からもらったプレゼントに驚いた。驚きは喜びを隠してしまった。だから、ぼくの気持ちは不満という風に決めつけられた。
「ほんとうにうれしいなら、うれしい顔や声をするもんだよ」
と彼女は怪訝な様子で、自分の愛情の表し方と結果の差を埋めようとしていた。
「馴れてないから」
「じゃあ、これから馴れればいいよ」
ぼくは馴れることにする。そう思わなくてもよかったのだ。現在というのは強力な磁石だった。いつか、この力が離れてしまったとしても、この誘引力のために、なかなか訪れるとは考えられないでいる。ぼくは、この快適さにひきつけられていた。多少は、プレゼントを贈る際のすがすがしさも知った。
ぼくは窓から海面を見ていた。遠いむかしにカニが歩いて、ぼくの家までやってくることを想像したことがあった。サーフィンをしているひとが、そのぐらいの小ささで海に浮かんでいた。彼らも海がないと困る。逃げるところもない。ただ浮かんで波に上手に乗るのだ。無数の波。無数の挑み。
浴室でプラスチックの容器が落下する音がした。水は停まった。ぼくはTシャツを脱ぎ、暗くなった窓に反射させるように自分の身体を投影させた。この身体があるから、ぼくは光子を愛することができ、また愛される可能性も生まれたのだ。ぼくの身体が、ぼくのこころを運ぶ。光子の気持ちがぼくを受け入れる。彼女もぼくのことを考える時間が生まれる。そのぶつかりという衝突があって、すべてを呑み込むように、割れた水も元通りになる。ときにはさざ波立ち、ときには穏やかになる。ぼくの後ろにバスタオルに包まれた光子が映る。
「暗くなってきたね」
窓の外は夕陽の最後のような場面だった。室内はエアコンが効いており。外の暑さを忘れられていた。あの旅館で眠るのも億劫になるほどに暑かった夜のことを思い出していた。それでも、子どもの眠りなど簡単なものなのだ。爪楊枝を折るぐらいの力で、ぼくの眠りの入口の杖も簡単に折られた。次の記憶は朝に母が鏡のまえで身支度していたことだ。ぼくは部屋のそとのトイレに行く。仲居さんが、
「お父さん、ハンサムだね」と軽快に言った。ぼくは答える代わりに恥ずかしそうにトイレまで走ってしまった。その着物姿の女性は声を忍ばせることもなく、割れるように、破裂するように笑った。
真実が寿命をまっとうする。真実の延命措置をする。真実に生命維持装置をとりつけ、終局までの時間を長引かせようとする。
その後も、ぼくが生きてきたなかでは海は割れもせず、干上がることもなかった。だが、こころは割れ、からからに干上がり、燃焼して、灰になるようなこともあった。経常的に潤うべき器官なのに。真っ二つという凡庸な表現が似合うこころたち。割れたので元通りにするまでは複数形だ。
光子はプールで泳いでいた。優雅に泳ぐには幼いころからの定期的な訓練があるのかもしれなかった。教育や塾にお金をかける。予算内でやりくりして大人になるための準備をする。結果はどうあれ施すということが愛情なのだ。
「いっしょに泳がない?」と、光子は水のなかから手だけを伸ばして、ぼくを呼び寄せた。
「いいよ。疲れた」
「いいから、ほら」
ぼくはタオルを横たわっていた場所に置き、そのまま水のなかに入った。ぼくの胸には期待していたわけでもないが、毛が生えるようなこともなかった。肩周りも肉体を酷使して生活したほどには発達しなかったが、劣っているわけでもなかった。その運動が収入に化けることもなく、ただのスポーツの効用がのこっただけだった。
母は美容にお金をかけたこともなかっただろう。ぼくは光子の持ち物である鏡の前や風呂場に散乱しているあらゆる小瓶を頭のなかに並べた。きょうもスーツケースのなかに小さな容器に入れ替えてもってきていた。その結果がぼくを喜ばすのだ。あと数人の男性も喜んでいるのかもしれない。
海は割れなかった。そう思っているとビーチの方から瓶の破片で足を切ったという声が聞こえた。きれいな砂浜にそのような欠けらも見られなそうだが、事実は事実だ。血が出て、そして、出血を止める役目に変わる。その物質のたちまち起こる素早い変化をぼくは不思議なことと感じていた。
直ぐに喧騒は去り、また太陽の下で寝そべった。
海は割れなかった。ぼくは執拗にそのことばを頭のなかでこだまさせる。逃げるということが必要な状況もなかった。逃げたのは幸運であり、親という存在だった。あの美しい海での日々だった。それが前半であり、ぼくは中盤に光子といる。平均をとれば、そう悪くもなかった。
うそを生き返らす。うそに生命を与える。うそをけん命に引き延ばす。うそは別のルートを勝手に見つける。ほんとうのことが分からなくなる。うそだけが、真実に似たものとなる。ぼくはいない親の存在に対して、たくさんのうそを身代わりとして、生命を吹き込んだ。だが、うそは干上がる運命だった。ぼくは真実もうそもない大人になった。同時に未来に期待という余白を、パンの耳のような部分を付け加えられなかった。等身大しかない大人。青年。
ぼくは、はじめて光子からもらったプレゼントに驚いた。驚きは喜びを隠してしまった。だから、ぼくの気持ちは不満という風に決めつけられた。
「ほんとうにうれしいなら、うれしい顔や声をするもんだよ」
と彼女は怪訝な様子で、自分の愛情の表し方と結果の差を埋めようとしていた。
「馴れてないから」
「じゃあ、これから馴れればいいよ」
ぼくは馴れることにする。そう思わなくてもよかったのだ。現在というのは強力な磁石だった。いつか、この力が離れてしまったとしても、この誘引力のために、なかなか訪れるとは考えられないでいる。ぼくは、この快適さにひきつけられていた。多少は、プレゼントを贈る際のすがすがしさも知った。
ぼくは窓から海面を見ていた。遠いむかしにカニが歩いて、ぼくの家までやってくることを想像したことがあった。サーフィンをしているひとが、そのぐらいの小ささで海に浮かんでいた。彼らも海がないと困る。逃げるところもない。ただ浮かんで波に上手に乗るのだ。無数の波。無数の挑み。
浴室でプラスチックの容器が落下する音がした。水は停まった。ぼくはTシャツを脱ぎ、暗くなった窓に反射させるように自分の身体を投影させた。この身体があるから、ぼくは光子を愛することができ、また愛される可能性も生まれたのだ。ぼくの身体が、ぼくのこころを運ぶ。光子の気持ちがぼくを受け入れる。彼女もぼくのことを考える時間が生まれる。そのぶつかりという衝突があって、すべてを呑み込むように、割れた水も元通りになる。ときにはさざ波立ち、ときには穏やかになる。ぼくの後ろにバスタオルに包まれた光子が映る。
「暗くなってきたね」
窓の外は夕陽の最後のような場面だった。室内はエアコンが効いており。外の暑さを忘れられていた。あの旅館で眠るのも億劫になるほどに暑かった夜のことを思い出していた。それでも、子どもの眠りなど簡単なものなのだ。爪楊枝を折るぐらいの力で、ぼくの眠りの入口の杖も簡単に折られた。次の記憶は朝に母が鏡のまえで身支度していたことだ。ぼくは部屋のそとのトイレに行く。仲居さんが、
「お父さん、ハンサムだね」と軽快に言った。ぼくは答える代わりに恥ずかしそうにトイレまで走ってしまった。その着物姿の女性は声を忍ばせることもなく、割れるように、破裂するように笑った。