
子供のころ、最初に憧れた自転車は、
『仮面ライダー』の劇中に登場した少年仮面ライダー隊の駆る自転車です。

『仮面ライダー』の後半に誕生した少年仮面ライダー隊。

隊長は滝でしたね。
お揃いの服と自転車で仮面ライダーに協力します。

少年仮面ライダー隊は
『仮面ライダーV3』でも引き続き登場したのですが、
専用の自転車が奢られていました。


この劇中で登場した自転車が
ブリヂストンから"ドレミ7"として発売されました。

昭和48年(1973年)ブリヂストン自転車
小学校に上がる春。
それまでの兄のお古のコマ付き自転車を卒業し、
初めての自分の自転車には、絶対これが欲しいと思っていました。
意気揚々と買いに行ったのですが、
家族の行きつけの自転車屋さんには取り扱いがなく、
似たような商品として"ぶんぶんライダー"なる自転車を勧められました。
(ミツバチの絵が描かれてました)
子供心に絶対妥協したくなかったのですが、
親と自転車屋さんの付き合いもあり、よその店で買うワケにもいかず、
泣く泣く"ぶんぶんライダー"を購入。
(画像を探したのですが、残念ながら見つかりませんでした)
少年仮面ライダー隊の駆る"ドレミ7"は
カウルに方位磁石がついているのですが、
"ぶんぶんライダー"は
スピードメーターに似せた風速計が付いていました。
スピードを上げると風を受け、風速計の針が上がっていくのが
スピードメーターっぽくって気に入りました。
近所に"ドレミ7"を持っている友達がいて、見せてもらったのですが、
そのときにはすでに
方位磁石よりも風速計の方がカッコよく思えるようになっていました。
(ボク以外誰も乗ってなかったのもお気に入りのポイントです。)
>昭和48年(1973年)ブリヂストン自転車
懐かしいです。
パトライト付きの『ドレミマリちゃん』とかありました。
初めて補助輪無し(我々の地域の通称:タマ無し)に乗れたのがこのころでした。
よく、親がリヤキャリアを持って傾きながら練習してる滑稽なのを見かけますが、
私は独自方法で乗れるようになったと思っています。
最初は傾きが許されない、左右の補助輪と後輪がすべて接地した4輪の状態でしたが、
徐々に補助輪を上げて傾けられるように調整してもらいました。
スタート時、車速0の時は、倒れないように補助輪を頼っているのですが、
スピードが出て遠心力が生まれてくると、
補助輪のガラガラ音をさせないようにハンドル操作できるようになり、
次は片側の補助輪を外してもらい、
ついには、親がキャリアを持つ事無くタマ無しが乗れるようになりました。
親がキャリアを持つ教え方はダメです。
うちの親は、私の言うとおりにスパナで補助輪の角度を調整してくれただけで、
一切『キャリア持ち併走』はしていません。
幼少のころから、立派な理論的な行動をされてたんですね。
ボクは兄にキャリアを持ってもらって、「絶対離したらあかんで」からの「もう離してるで」、「えーっ」って流れで乗れるようになりました。
>うちの親は、私の言うとおりにスパナで補助輪の角度を調整してくれただけで、
>一切『キャリア持ち併走』はしていません。
親御さんもマサヤンさんの行動を頼もしく見守っておられたんですね。