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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

人工林が卓越する場所でのシカの食性 鳥取県東部若狭町での事例

2020-11-25 21:19:28 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
人工林が卓越する場所でのシカの食性 鳥取県東部若狭町での事例

高槻成紀・永松 大

日本各地でシカが増加し、森林植生に強い影響を与えるとともに林業被害も増加している。スギ人工林が卓越する鳥取県東部の若桜町では過去20年前からシカが急増し、林床植生が貧弱化した。林業被害対策にはメカニズム解析が不可欠で、シカの食性は一つのポイントとなるが、人工林の卓越する場所でのシカの食性は知られていない。植生は、スギ人工林では柵外はコバノイシカグマ以外は非常に乏しかったが、柵内にはチヂミザサ、ススキ、スゲ類などがあった。落葉広葉樹林でも貧弱で、ムラサキシキブなどが散見される程度であったが、柵内ではタケニグサ、ベニバナボロギク、ジュウモンジシダ、ガクウツギ、ニシノホンモンジスゲ、ススキなどがやや多かった。シカの糞分析の結果、シカの糞組成は植物の生育期でも緑葉が20-30%程度しか含まれておらず、繊維や枯葉の占有率が大きいことがわかった。夏に葉の占有率がこれほど小さいのは神奈川県丹沢のシカで知られているだけである。
調査地地図



調査地の景観。ディアラインが見える。

主要食物の占有率の季節変化
grass イネ科、Dicot 双子葉、dead leaves 枯葉、others その他、culm 
イネ科の茎、fiber 繊維

人工林と広葉樹林の柵内外のバイオマス指数
Pla-out 人工林柵外、Pla-in 人工林柵内、Bro-out  広葉樹林柵外、Bro-in 広葉樹林柵内; short form, 小型草本、tall forb 大型草本, graminoid イネ科・カヤツリグサ科, liane つる, fern シダ, woody plant 木本

検出物の顕微鏡写真
dwarf bamboo ササ, grass イネ科, sedge スゲ, monocot 単子葉, dicot 双子葉, dead leaf 枯葉, culm イネ科の茎, fiber 繊維


高尾山周辺のシカの分析事例

2020-11-25 11:44:03 | 研究
高尾山周辺のシカの分析事例

高槻成紀

この数年で裏高尾でのシカの増加が著しく、高尾山への進入は時間の問題とされている。現にすでにシカが発見されたという断片的な記録もある。そこでシカによる植物への影響の痕跡について調査をしている。現地ではアオキに食痕が目立つようになっているが、アオキは表皮細胞が特徴的なのでシカの糞から検出されると特定できる。シカはとくに冬にアオキを好んで食べるので、食性の良い指標になる。今後、シカの影響でアオキが減少すればシカの糞にも出現しなくなるであろうから、現段階で調べておくことは価値がある。そこで関係者にシカの糞の採集をお願いしていた。今回2例のシカの糞が確保されたので、分析した。断片的ではあるが、報告しておく。

シカの糞サンプルは2例で、1例は2020年11月11日に南高尾の中沢山(標高350 m)で宮崎精励氏が採集した1例、もう一つは2020年11月12日に裏高尾のコゲ沢で山崎勇氏が採集した1例である。糞は0.5mm間隔のフルイ上でよく水洗し、顕微鏡下でポイント枠法で分析した。

その結果、糞組成は非常に低質であることがわかった。コゲ沢の例では繊維が58.2%であり、葉はイネ科が3.5%、双子葉植物が7.3%でこの中ではアオキが多かった。南高尾の例では稈(イネ科の茎)が56.8%、繊維が38.7%で葉は3.5%にすぎず、アオキは検出されなかった。


図1. シカの糞組成

 この2例に共通なのは、シカが葉を微量しか食べておらず、栄養価の低い繊維や稈が非常に多かったことである。ただ、サンプル数が少ないので、偶然そのような糞が採集されたためかもしれない。今後、さらにサンプル数を増やして、現在の高尾山周辺のシカが置かれた食料事情を推定したい。

 シカの糞確保にご尽力いただいた、森林インストラクター等協会の石井誠治氏、宮崎精励氏、高尾の森づくりの会の山崎勇氏に感謝します。




シカは生息地を変化させることで自らの食性を変える 小島での17年間の調査

2020-11-25 10:18:57 | 研究
1975年から1972年までの16年間、シカが高密度で生息する金華山島のススキ群落と芝群落で植生とシカの糞組成をモニタリングした。大型草食獣による植生変化がたの大型草食獣に影響与える研究はあるが、自らの食性に与える影響は知られていない。また長期的な植生変化の調査はあるが、草食獣の食性の長期調査はない。調査開始から最初の10年間にススキ群落は芝群落に入れ替わり、これに伴ってシカの食性もススキ、アズマネザサ、シバからほぼシバだけに変化した。シバ群落は強い採食圧により維持されるが、これにはシバの生産特性と高温多湿な日本の気候によるものと考えた。


調査地の位置

調査地1(神社境内)の景観

調査地2の1983年の景観 ススキが優占


調査地2の1986年と1993年の景観、ススキがなくなってシバ群落に置き換わった。

調査地2におけるススキMiscanthus sinensis、アズマネアサPleioblastus chino、シバZoysia japonicaの優占度の推移

調査地2におけるススキMiscanthus sinensis、アズマネアサPleioblastus chino、シバZoysia japonicaの草丈の推移


シカの角(島と本土の比較)

2020-11-25 04:19:50 | 研究1 シカ
Good looks versus survival: Antler properties in a malnourished sika deer population
「かっこいい?」それとも「生きる?」:貧栄養なニホンジカ集団の角は健康な集団の角とどうちがうか

シカの角(antler)はオスジカの視覚的ディスプレーとして機能し、実際に角を絡めて突き合わせて押し合いをする武器でもあり、順位を決める上で重要である。したがってオスは見かけが立派であり、長く、丈夫な角をもつほうが繁殖成功を高めるのに有利。しかしウシ科などの角(horn)と違い、毎年落ちるからコストがかかる。もし資源が乏しいと、そのような角をもつことと生存の両立がむずかしくなる。
 この研究はシカが高密度にいる島のシカの角に何が起きるかを調べる。そのために栄養状態のよい本土集団と角の長さ、周、密度を比較した(図1)。ポイント(枝)は1歳では本土、島とも1本だが、2歳になると本土は2本以上になったが、島では1本だった。その後島が本数が少ないが、5歳になるといずれも基本4本になった(図2)。長さは本土では1歳の200mmから直線的に増加し、5歳以上で400mm以上になった。島では2歳までは<50mmで、その後長くなって6歳以上で400mm前後になった(図3)。重さは本土では1歳の20gから6歳で>400gになったが、島では1,2歳は<10 gで、その後増加して200 gほどになった(図4)。密度は年齢、長さに無関係で島は本土より小さかった(図5)。体型/長径比も年齢、長さに無関係で島が小さく、偏った楕円形であった(図6)。同じ重さであれば、島の方が長く、より「スリム」であった(図7)。枝の重量比は島のほうが大きかった(図8)。
 このように、島のオスは貧栄養環境下で角への投資は抑制しながらも、バトルのための機能を最大化しようとしているようだ。


図1 計測部位
図2 年齢とポイント数(○本土、●島)
図3 年齢と角の長さ(○本土、●島)
図4 年齢と角の重さ(○本土、●島)
図5 年齢と角の密度(○本土、●島)  角の断面
図6 年齢と断面の長径/短径の比(○本土、●島)
図7 重さと長さの関係(○本土、●島)
図8 角全重に対する枝の重さの割合(□本土、■島)