goo blog サービス終了のお知らせ 

高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

坂上多津夫氏(元津田塾大学職員)に話を聞く会

2023-07-10 22:41:01 | その他
坂上多津夫氏(元津田塾大学職員)に話を聞く会のメモ
(文責、高槻成紀)

2023年7月10日、上水本町地域センター
参加者:大槻史彦、加藤嘉六、黒木由里子、坂上多津夫、高槻成紀、平林俊夫、松山 景二、水口和恵、リー智子

+++ 武蔵野線 +++
<坂上>
私は昭和22(1947)年生まれで、父が津田塾大学の職員であり、当時は職員も教員も学内の宿舎に住んでいたので、津田塾大で育った。コジュケイがいた。長じて自分も昭和50(1975)年から25年ほど津田塾大で勤務した。大雨の時や入試の時の降雪時は排水溝を掃除したり、通学路の雪かきをするのが大変だった。
 武蔵野線開通前後の話は父から聞いた。武蔵野線は1964年に全体構想ができ、当初は貨物専用路線だった。1973年に府中本町まで開通し、下河原線(東芝の御用路線)は廃止された。
 津田塾大学は1960年代末の買収交渉では教育環境の悪化を理由に買収に応じなかった。東側には日立が住宅を作った。南側の旭ケ丘住宅は菜園付き住宅のふれ込みで都内からインテリ層が引っ越してきた。また当時の経団連会長の石坂泰三氏をはじめ財界の有力者が理事であったことによる影響もあったのか地下化となった*。
 ただし、当時は線路が短かったため、電車のゴトゴト音が大きく、視聴覚教室棟の建設に際しては騒音防止対策に苦慮した。
 津田塾大は新府中街道には反対しなかった。

*地下化された範囲は新秋津の手前から国分寺の恋ヶ窪のあたりまでであり、地下化の要望は他にもあった可能性がある(リー、水口)。

<高槻>
高度成長期には新しい鉄道路線がつくことは歓迎された訳で、その中で地下化にできたのは特別なことだと思う。それに津田塾大学の要求が反映されて地下化が実現したことを知るのは重要なことだ。
<黒木>
新宿御苑に分断道路の計画があったとき、新宿高校の同窓会にやはり実力者がいて阻止した例もある。
<坂上>
正論を言うだけでは動かないから、現実的方法論として働きかければ動くことはある。状況によっては、トップの裁量で方針転換することもある。まずは水口さんが卒業生の市議として学長と面会することから始めたら良い。

+++ 小平と玉川上水 +++
 小平の歴史と文化は玉川上水によって涵養されたと言ってよい。玉川上水は17世紀に標高差92mの平坦地に作った奇跡的な工事。<松山:小平の分水は総延長53kmある。>大学が7つ(津田塾大学、一橋大学、武蔵野美術大学、朝鮮大学校、白梅短大、嘉悦大学他)もあるのは極めて特異。
玉川上水は津田塾大学にとっても重要。礼拝で話した時に、聖書の詩篇にある「流れの脇に植えられた木は強い」*という言葉を紹介した。

*詩篇1篇3節「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。」新共同訳、
「かかる人は水流のほとりにうゑし樹の期にいたりて實をむすび、葉もまた凋まざるごとく」旧約、
「And he shall be like a tree planted by the rivers of water, that bringeth forth his fruit in his season; his leaf also shall not wither; and whatsoever he doeth shall prosper. Psalm 1:3 (King James Version)」

+++ 津田塾大学 +++
<坂上>
津田塾大学は小平キャンパスのためにアメリカからも含め10万ドル(<高槻>ウィキペディアによれば50万ドル)を集めた。新校舎はセントラルヒーティング、水洗トイレで、文部省から贅沢すぎると言われたほどだった。津田塾大には在野精神とキリスト教精神があった。戦争中も奉安殿を作ることを拒絶したし、陸軍が女子英語塾の看板の上に部隊の看板をかけたことに対して、学生がそれを剥がして玉川上水に投げ捨てた。大学の部品工場(体育館)で兵器の部品作りをしていた時、ラインが止まって部品が届くのを待つ間、将校が学生に「気をつけ」で待つことを強要した時、藤田タキ(第三代学長、元衆議院議員)が「いいから座って休みなさい」と言った。津田梅子は鹿鳴館で会った伊藤博文の人品について批判する日記を書いている。

<高槻>
女子英学塾(津田塾大の前身)は1931年に小平に移ったが、英学塾の歴史を書いた本に空中写真があり、周囲には1軒の家もなかった。秩父おろしで砂嵐になるため、シラカシなどを植林したという記述があった。
<坂上>
シラカシ、スギ、ケヤキなどを明治神宮と同じように100年後、200年後の変化を考えた計画で植林した。
<高槻>
そうであれば、東大林学教授の本多静六であり、大隈重信と対峙した強者だった。

<高槻>
津田塾大にとって玉川上水が重要とのことだが、具体的には学生の通学の問題があると思う。あそこに大道路がつけば問題であろう。
<リー、水口>
 反対していると聞いたのですが・・・。
<坂上>
その通りだが、大学は明確な意思表示をしていない*。
<高槻>
 学生がどの程度意識しているか不明だが、玉川上水を歩いて通学することが心に与える影響はあるのではないか。
<坂上>
今の玉川上水緑道を通って通うことは大変贅沢なことだと思う。

*<水口>東京都が小平328号線の環境影響評価をしたのは2010年-2012年。私は、当時津田塾大の職員であった利根川氏から、「環境影響評価書案」に対する意見として、津田塾大学が地下化の提案をしたと聞いた。

+++ 地下化 +++
<平林>
328号線計画に反対するとなると小池知事まで届くことになる。そのことを熟慮する必要がある。
<高槻>
シンポジウムでかなりの人が計画自体に反対だとした。しかし我々はそのような理想主義的な主張をして敗北するよりも、現実路線としての地下化を見直すよう説得したい。
<平林>
地下化の場合、住民の土地問題、工事による地下水の動きなど難問もある。
<高槻>
現状で我々は知らないことが多く、これから専門的立場に学びたい。ただはっきりしているのは100年後に「あの時になぜ阻止しなかったのだ」と言われたくないということで、それを思えば課題は多いものの、平面道路に見直しを迫るしかない。
<平林>
地下道の深さは玉川上水の底から5mであり、斜面勾配は5%だから玉川上水から地下道の入り口・出口は水平距離は500m前後になるはず。
<坂上>
 50年前に武蔵野線が地下化して現在まで問題が起きていない。しかもその後の土木工学技術の進展は目覚ましい。買収もほぼ済んでいる。地下化した後の土地は緑地公園にすればよい。何も問題はない。

+++ 玉川上水の自然を守ること +++
<坂上>
 子供の頃、津田構内の住宅に住んでいたが、夜になると蛍が飛んできたものだ。その光景を思い出すと涙が出そうになる。玉川上水の自然を守り、100年後に良い選択をしたと言われるよう努めるべきだ。

<高槻>
 これまで328号線の話し合いをすると、困難であることが認識されて暗い気持ちになることが多かったが、今日は明るい希望が感じられるお話を聞けて大変ありがたかった。

2023.6.1 分断道路を考える集まり

2023-06-01 01:22:48 | その他
分断道路を考える集まりで話し合ったことのメモ(文責:高槻、6/2修正)

2023.6.1 津田公民館、18:00-19:30
参加者 小口、加藤、黒木、関野、高槻、松山、水口、リー

以下のような話し合いをした。
-前回のシンポジウムは玉川上水みどりといきもの会議、地球永住計画、「ちむくい」の3団体の共催とした。この活動として新たな団体を立ち上げるかという話をし、現状のままでよいとした。
-この集まりの性格を明確にした方がよい。10年前の「道路見直し」の時との違いは、当時あまり取り上げなかった「生物多様性の尊重」について論じる材料も得られたし、時代もその理解が進んだので、小平の玉川上水の林が生物多様性が豊かであることを強調し、328号線が開通したらそれが破壊されることの問題を市民レベルで理解してもらい、行政に見直しを図るものとすることにした。
-シンポジウムでは「道路計画そのものに反対する」という意見があったが、現状を客観的に見た場合、それは現実味がないので、その運動にはしないものとする。そして道路開通は認めた上で、平面(地上)道路による林の破壊を回避する方策を行政に見直させることを目指す。その内容としては地下化、高架化、府中街道右折レーン*などがある。

*(府中街道と鷹の街道の交差点の北上部での右折の待ち時間が長くなって渋滞が生じるので、そこを2車線にすれば渋滞が解消されるはずだが、行政は既存道路の改良よりも新道路の開通の方が問題解決になるとして受け付けない。國分功一郎著『民主主義を直感するために』に詳しい)

-328号線の問題が知られていないので広報の充実が必要。
具体的には以下のようなものがある:新聞に取り上げてもらう。そのために注目を引くイベントを行う。チラシを作る。署名運動をする。ネット署名をする、など。
-こうした機運が高まることで行政が見直しをすることを期待する。
-リー:都議会議員で協力してくれそうな人を探す。
-水口:北多摩北部建設事務所に現状を聞きに行きたい。
-次回の「分断道路を見直すシンポジウム2」は8月下旬とし、神宮外苑街路樹伐採反対運動をしたリーダーに話してもらう(黒木がアクセス)方向で準備する。
-高槻:これとは別に主に小平市民を対象とした「勉強会」を開催することで、理解を広げる活動を進めたい。7月上旬に山田氏を呼んで話を聞くことを希望(今後アクセス)。

高槻による追加メモ:署名運動、ネット署名の具体化については詰めていない。発言はしなかったが、チラシの原案は高槻が進めて、関係者に諮る。

最近の論文(2023-)

2023-05-23 07:44:26 | 最近の論文など
Takatsuki, S. and K. Kobayashi. 2023.
Seasonal changes in the diet of urban raccoon dogs in Saitama, eastern Japan.
埼玉の市街地のタヌキの食性の季節変化
Mammal Study, in press
埼玉県の都市部の高校で、タヌキの食性を調査した。調査地は住宅地に囲まれているが、池に隣接している。2022年1月から12月にかけて糞サンプル(n = 126)を採取し、ポイント枠法を用いて分析した。糞の組成は、冬は葉、果実、種子、人工物など多様であった。春はニホンヒキガエルと昆虫の割合が増加し、夏はエノキの果実、昆虫、アメリカザリガニの割合が増加した。秋には、エノキとムクノキの果実が優勢になった。ヒキガエルやザリガニわ食べていたことから、タヌキは日和見的な摂食をすることが示唆された。種子は10種、果実は5種の野生植物からしか回収されなかったが、これは関東地方の里山でキイチゴ、クワ、ヒサカキなどがしばしば大量に検出された既往論文よりも低い数値であった。また、さまざまな人工物が検出されたが、その量は少なかった。これらの結果は、樹木が少なく、池に隣接する市街地という調査地の特徴を反映していた。

高槻成紀・鈴木浩克・大塚惠子・大出水幹男・大石征夫. 2023.
玉川上水の植生状態と鳥類群集
山階鳥学誌,55: 1‒24.
玉川上水は東京の市街地を流れる水路で,その緑地は貴重である。玉川上水の樹林管理は場 所ごとに違いがある。本調査は 2021 年に玉川上水の樹林管理が異なる 4 カ所(小平,小金井, 三鷹,杉並)で鳥類の種ごとの個体数の調査(7 回)と樹林調査(18 地点)を実施した。鳥類 群集は上水沿いの樹林帯と周辺の樹林も豊富な三鷹と小平で豊富であった。緑地が両側を交通 量の多い大型道路に挟まれた杉並では,鳥類の種数と個体数が少なかったが,オナガ ,ハシブトガラス,ドバトは比較的多かった。サ クラ以外の樹木を皆伐した小金井では,近くに広い小金井公園があるにもかかわらず,鳥類群 集は最も貧弱であった。とくに森林性の鳥類が少なく,都市環境でも生息するムクドリ ,スズメなどがやや多いに過ぎなかった。玉川上水での鳥類群 集の季節変化は都心の皇居や赤坂御所などと共通しており,夏にヒヨドリや他の森林性鳥類は減少した。これらの結果は,玉川上水の鳥類群集が植生管理の影響を強く 受ける可能性を示唆する。今後の玉川上水の植生管理においてはこのような生物多様性の視点 を配慮することが重要であることを指摘した。

大塚惠子・鈴木浩克・高槻成紀. 2023. 
玉川上水の杉並区に敷設された大型道路が鳥類群集に与えた影響. 
Strix, 39: 25-48.
玉川上水は東京を流れる水路で鳥類の生息地となっている.その開渠状態の東端の久我山に 2019 年 6 月に放射 5 号線が開通した.これを挟む 2017 年から 2022 年までの 6 年間ラインセンサスで鳥類の種数 と個体数を記録したところ,種数は開通前の 86%,個体数は 57% に減少した.とくに多かったのはヒヨドリ, スズメ,ムクドリなどであった.開通後はヒヨドリ,ムクドリ,ハシブトガラス,スズメは減少したが,ド バトとメジロは 50% 程度増加した.隣接する三鷹地区と井の頭公園では,エナガ,メジロなど樹林性の鳥 類が久我山より多かったが,ムクドリ,スズメ,ドバトなどは久我山の方が多かった.このことは 2019 年 の道路開通が久我山の鳥類の減少をもたらしたことを示唆する.

高槻成紀. 2023.
都市孤立樹木の結実パターンと鳥類による種子散布:舗装を利用した種子回収の試み
保全生態学研究、印刷中
都市緑地の生物多様性にとって鳥類による種子散布は重要であるが、都市での方法上の制約のため調査が進ん でいない。本調査では市街地の孤立木の樹下の舗装した地表面を利用することで、森林では困難な種子回収を試みた。 2020 年の 12 月から 2021 年の 3 月上旬まで、東京都の小平市でセンダン、ハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチ の 4 本の樹木について、鳥類によって搬入された可能性のある種子を回収し、結実と種子の落下時期、鳥類による果 実の利用時期、対象とした樹木の外部からの搬入などを調査した。果実と種子の落下時期はトウネズミモチとハゼノ キは同調したが、センダンでは果実よりも種子の落下のピークが 2 週間、クロガネモチでは 1 カ月遅れ、鳥類の好み などに関係する可能性が示された。樹冠以外の種子の種数は 11 種から 29 種(不明種を除く)であり、樹下で回収さ れた種子数の延べ数はハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチの 3 種では約 900-1300 個 /m2 と多かったが、センダ ンでは約 30 個 /m2 と少なかった。樹冠以外の種子数の割合はセンダンは 47.7%と大きかったが、センダン以外は 20% 以下と小さく、センダン樹冠下では高木種の種子が過半数であったが、ハゼノキとトウネズミモチの樹冠下では低木 種が最も多く、クロガネモチ樹冠下では高木、低木、つる植物の順で多様であった。回収された果実の大半は短径が 10 mm 以下で、ヒヨドリの嘴幅(15.4 mm)より小さく、それより大きいのはカラスウリとスズメウリだけであった。

Takatsuki, S., E. Hosoi and H. Tado. 2023. 
Food or rut: contrasting seasonal patterns in fat deposition between males and females of northern and southern sika deer populations in Japan. 
色気か食い気か−日本の南北のニホンジカにおけるオス、メスの脂肪蓄積の対照的な季節パターン
Mammalia, 2023aop. 
https://doi.org/10.1515/mammalia-2022-0092

Takatsuki, S., Purevdorj Y, Bat-Oyun T, Morinaga Y. 2023. 
Responses of plants protected by grazing-proof fences based on the growth form in north-central Mongolia.
モンゴル中北部における放牧圧排除柵内の植物の反応−生育形に注目して.
草原管理はモンゴルにとって重要である。放牧が草原に及ぼす影響を、生育型(Gimingham, 1951)に着目して評価するために、モンゴル中北部のブルガン・アイマグのモゴド・ソムにおいてオルホン川の川辺、平坦地、丘に2013年4月に柵を設置し、同年8月に柵内外の植物と植物群落を比較した。その結果、川辺はもともと多湿であるから植物生産性が高く、家畜がよく利用してCarex duriusculaが優占していたが、柵を作ると柵内でTt(大型叢生型)が高さを回復した。平坦地ではStipa krylovii, Leymus chinensis, Cleistogenes squarrosa, C. duriusuculaなどが生育しており、多様性は高かったが、柵内でTt, Er(直立型), Br(分枝型)などが回復した。丘ではもともとErが多かったが柵設置後もErが回復した。この調査により放牧の影響を生育型で評価するのは有効であること、同時に嗜好性も重要であることが示された。
Human and Nature, 33: 39-47.

最近の論文 (2020-2022)

2023-05-23 07:34:38 | 最近の論文など

高槻成紀, 2022. 
ススキとシバの摘葉に対する反応−シカ生息地の群落変化の説明のために. 
1. シカ(ニホンジカ)が生息する金華山島のシカ高密度な場所で,ススキ群落がシバ群落に移行した.この現象を説明するため,両種の摘葉実験により,摘葉間隔の違いが両種に与える影響を調べた.
2. ススキは摘葉間隔が短くなるにつれて葉長,草丈,積算生産量が減少した.
3. ススキは摘葉間隔が30日より短いと開花しなくなった.
4. シバは摘葉間隔にかかわらず葉長,積算生産量に違いがなかった.
5. このことから,シカの強い採食圧がススキ群落を減少させてシバ群落に移行・維持させていることが説明できた.
植生学会誌, 39: 85-91. https://www.jstage.jst.go.jp/article/vegsci/39/2/39_85/_article/-char/ja

高槻成紀, 2022. 
生け垣を利用した種子散布の把握 – 東京都小平霊園での観察例. 
Binos, 29: 1-7. https://drive.google.com/file/d/116ZgHUzImm576feUk7WHPREwBd4yKC0r/view

Takatsuki S, Tsuji Y, Prayitno B, Widayati KA, Suryobroto B. 2022. 
Seasonal changes in dietary compositions of the Malayan flying lemur (Galeopterus variegatus) with reference to food availability. 
マレーヒヨケザルの食物組成の季節変化−食物供給に着目して
ヒヨケザルは、手足や胴体、尾の一部につながった薄い皮膚の膜(パタギウム)を使って滑空することができる。マレーヒヨケザル(Galeopterus variegatus)は、東南アジアの固有種である。本種の食性に関するこれまでの情報は断片的であり、食物組成に関する研究はほとんど行われていない。兄弟種の情報から、マレーヒヨケザルは葉食性であると予想された。そこで、まず、インドネシア・西ジャワ州において、マレーヒヨケザルの食性組成を、年間を通じての食料供給状況とあわせて定量的に分析した。マレーヒヨケザルは、12月から7月は雨季(10-6月)と対応的で葉が多く、8月から11月は乾季(7-9月)と対応的で果実が多いという具合に、季節ごとに食物が変化する。果実が多いときは糞中の果実の割合が増え、葉の割合は減る、つまりマレーヒヨケザルは葉から果実へと食性を変化させた。この時期には木の葉が多く、糞中での減少を説明できなかった。このことから、マレーヒヨケザルは1年の大半は木の葉を食べていたが、木の葉が豊富な時期には急激に果実にシフトしたことが推測される。このようにマレーヒヨケザルの食性は、葉から果実へと徐々に変化する葉食霊長類ジャワルトン(Trachypithecus auratus)の食性とは異なっていた。このような種間差は、体格や消化生理の違いに起因すると考えられる。
Mammal Research, 68: 77–83. 
https://doi.org/10.1007/s13364-022-00658-y

高槻成紀・立脇隆文, 2022. 
タヌキの体重の季節変化―冷温帯と暖温帯の比較. 
温帯・寒帯の哺乳類は越冬前に脂肪蓄積することが知 られている.暖温帯に属す和歌山県のタヌキの体重の調査により,タヌキは秋に体重 が 21%増加することが示された.本研究はその比較と して冷温帯の東京近郊で体重(n=192)と腎脂肪指数(n =152)を測定した.体重は 10 月に 37%増加し,腎脂 肪指数も 10 月に最大となった.このことはタヌキが夏 に主に昆虫を食べるのに対して秋には多肉果実を食べる ことに関係すると考えられた.本研究で冷温帯のタヌキ の体重増加の程度は暖温帯のタヌキよりも大きいことが 示された.
哺乳類科学, 62: 233-237. https://doi.org/10.11238/mammalianscience.62.233

高槻成紀・鈴木和男.  2022. 
和歌山県におけるタヌキの体重の季節変化.
温帯・寒帯の哺乳類では食物の乏しい冬に備えて体内 脂肪を蓄積するため体重が増加することが知られている が,日本のタヌキでは飼育 条件下の情報しかない.そこで和歌山県田辺市一帯のタ ヌキ(1 歳以上,オス 118,メス77,合計 195)の体重 を調べたところ,季節変化が認められた.体重の月平均 は 5 月が最小(3.4 kg)で 11 月(4.1 kg)までに 21.2% 増加し,その後,漸減した.このことはタヌキが秋に果 実類を食べて脂肪を蓄積すること,冬から春に食物が乏 しくなって痩せることを反映していると考えられた.
哺乳類科学, 62: 133-139. 
https://doi.org/10.11238/mammalianscience.62.133

Takatsuki, Seiki, and Suzuki, Shiori. 2022.
八ヶ岳のヤマネの食性
これまで定量的分析がほとんどなかったヤマネの食性を糞分析によって解明した。日本中部の八ヶ岳の亜高山帯のヤマネは夏には主に昆虫(69.2%)を、秋には果実(43.0%)と昆虫(33.4%)を食べていた。夏の果実は育児のため高タンパクを必要とし、秋の果実は冬眠前に脂肪蓄積をするために糖分を必要とするためと考えた。葉は微量しか検出されなかった。
Food Habits of the Japanese Dormouse in the Yatsugatake Mountains, Japan.
Zoological Science, 39: 1-5.        

高 槻 成 紀 ・ 望 月 亜 佑 子  2022.
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響  —アファンの森と隣接する人工林での観察例—.
人と自然, 32: 99−108  こちら

我が国の国土の27%は針葉樹人工林に占められている.林学研究は森林の生産性に力点がおかれ,生物多様性に対する注目度は低かった.本研究は長野県信濃町黒姫のスギ人工林の間伐が林内の気象などの環境要素,下層植生とその花への昆虫の訪花に及ぼす影響を調べた.間伐によって森林の下層部は明るくなった.間伐を行っていないスギ人工林に比べて間伐林では下層植生の積算優占度が1年目に1.7倍と多く,2年目に4.5倍に増加した.間伐林では先駆性の低木と大型双子葉草本が多かった.また虫媒花植物と訪花数も落葉広葉樹林と同レベルであった.これに対してスギ人工林では訪花昆虫はまったく観察されなかった.本研究はスギ人工林の生物多様性と訪花が間伐によって改善される可能性を示した.

21.12.1 受理
記載的な論文と査読のあり方について
高槻成紀
哺乳類科学、印刷中

生物学の論文は一般性を求める仮説検証型のものと、個別的な記述によって情報を蓄積することに貢献するものとに分かれる。そのいずれもが重要でいわば車の両輪のようなものといえる。私は「哺乳類科学」は後者の役割が大きいと考えるが、実際の査読においては前者型の原稿を高く評価し、記述型を評価しない傾向があり、科学を共有するための貢献というより形式的な粗探しのような査読姿勢が多い。これを改まるべきだという根拠と論理を書いた。

21.9.27 
八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用 − 高さ選択に注目して −
高槻成紀・大貫彩絵・加古菜甫子・鈴木詩織・南 正人
哺乳類科学, 62(1): 61-67 .DOI: 10.11238/mammalianscience.62.61 

 2013年5月に八ヶ岳の亜高山帯のカラマツLarix kaempferi林で同じ樹木の高さ0.5 mと1.8 mに43対(86個)の巣箱を設置し,2013年9月,11月,2014年5月,9月の4回点検してヤマネGlirulus japonicusなどによる利用を調べた.その結果,利用されたのべ108個の巣箱のうち101個(93.5%)はヤマネが利用したことがわかった.巣箱は高さ1.8 mのほうが高さ0.5 mよりも有意に多く利用された.ヤマネによる利用率は通算で27.7%と高く,特に9月には40-50%と非常に高かった.ヤマネは巣材としてコケ,サルオガセ,樹皮などを利用し,巣箱ごとに特定の材料が重量のほとんどを占めていた.

巣箱(蓋を開けたところ)

巣材. A: コケ, B: サルオガセ

巣箱にいたヤマネ

2021
スギ人工林が卓越する場所でのニホンジカの食性と林床植生への影響−鳥取県若桜町での事例−
高槻成紀・ 永松 大
保全生態学研究, 26 : 323-331, https://doi.org/10.18960/hozen.2042 

我が国では近年シカ(ニホンジカ)が増加して植生に強い影響を及ぼしている。鳥取県東部はスギ人工林が卓越するが、近年シカが侵入して影響が強まっている。スギ人工林は暗く、下層植物が少ないため、同じしか密度でも食物供給条件は乏しいことが想定されるが、こういう場所でのシカの食性は調べられていない。そこで本調査ではスギ人工林卓越地のシカの食性と林床植生に及ぼす影響を明らかにすることとした。糞分析により、糞中に占める緑葉の割合が夏(7-9月)でも13-26%に過ぎず、繊維、稈、枯葉など低質な食物が60-80%を占めることがわかった。シカ排除柵内外のバイオマス指数を比較するとスギ人工林、落葉広葉樹林ともに林床植生は乏しく、両群落で柵内が柵外よりもそれぞれ9倍、39倍も多かった。本調査はスギ人工林卓越地においては林床が貧弱であるため、シカの食性は夏でも低質な食物で占められていることを初めて示した。

若桜町のシカ糞中に占める主要食物の月変化

若桜町の針葉樹人工林と落葉広葉樹林の柵内外における林床植物の
バイオマス指数

21.8.18 受理
Long-term changes in food habits of deer and habitat vegetation: 25 year monitoring on a small island
シカの食性と生息地の長期的変化:小島での25年にわたる継続調査
Seiki Takatsuki
Ecological Research, こちら

1975年から2000年までの25年間、シカが高密度で生息する金華山島のススキ群落と芝群落で植生とシカの糞組成をモニタリングした。大型草食獣による植生変化が他の大型草食獣に影響与える研究はあるが、自らの食性に与える影響は知られていない。また長期的な植生変化の調査はあるが、草食獣の食性を併せておこなった長期調査はない。調査開始からススキ群落はシバ群落に徐々に入れ替わり、強い採食圧でも裸地化することはなかった。一方、シカの食性は1970年代にはススキ、アズマネザサ、シバが同程度含まれていたが、1980年以降はほぼシバだけになった。これにはシバの高い生産特性と高温多湿な日本の気候によるものと考えた。25年間の調査により、有蹄類は植生を変化させることを通じて自らの食性を変化させることと、植生の変化は連続的だったがシカの食性の変化は不連続であることが初めて示された。

金華山の調査地1と調査地2の景観の経年変化


調査地2における所用3種の被度の経年
変化
金華山の調査地1と調査地2でのシカ糞中の主要食物の経年変化

21.4
Human effects on habitat use of Japanese macaques (Macaca fuscata): importance of forest edges
ニホンザルの生息地選択に及ぼす人の影響ー林縁の重要性について
Hiroshi Ebihara and Seiki Takatsuki
Mammal Study, 46: 131-141. こちら
 ニホンザルの生息地は伐採、植林、農地化、森林分断など人為的な変形を受けた。そういう影響はサルの生息地利用に影響していると考えられる。そこで、農地群と森林群の2群の生息地利用を比較した。その際、これまで植生図に表現されなかった林縁を植生カテゴリーの一つで取り上げた。両群とも秋と冬には落葉広葉樹林を、また夏には林縁をよく利用した。森林群は森林と草地の林縁を、農地群は森林と農地の林縁をよく利用した。農地群は秋と冬に森林群よりも落葉広葉樹林をよく利用した。オープンな場所はサルにとって危険であるから、両群とも森林をよく利用した。人工林の増加による森林での食物の減少と、農地での食物の増加により、サルの林縁利用が増えた。本研究で林縁を独立した植生タイプとして取り上げることでサルの生息地利用を正確に捉えることができた。

21.4.15   
Diet compositions of two sympatric ungulates, the Japanese serow (Capricornis crispus) and the sika deer (Cervus nippon), in a montane forest and an alpine grassland of Mt. Asama, central Japan
日本の中部地方の浅間山の山地森林と高山草原に同所的に生息するシカとカモシカの食物組成
Takada, H., Yano, R., Katsumata, A., Takatsuki, S., Minami. 2021.  
Mammalian Biology, https://doi.org/10.1007/s42991-021-00122-5

21.3.25 受理
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響
– アファンの森と隣接する人工林での観察例
高槻成紀・望月亜佑子
人と自然:  in press
我が国の国土の27%は針葉樹人工林に占められている.林学研究は森林の生産性に力点がおかれ,生物多様性に対する注目度は低かった.本研究は長野県信濃町黒姫のスギ人工林の間伐が林内の気象などの環境要素,下層植生とその花への昆虫の訪花に及ぼす影響を調べた.間伐によって森林の下層部は明るくなった.間伐を行っていないスギ人工林に比べて間伐林では下層植生の積算優占度が1年目に1.7倍と多く,2年目に4.5倍に増加した.間伐林では先駆性の低木と大型双子葉草本が多かった.また虫媒花植物と訪花数も落葉広葉樹林と同レベルであった.これに対してスギ人工林では訪花昆虫はまったく観察されなかった.本研究はスギ人工林の生物多様性と訪花が間伐によって改善される可能性を示した.

21.3.3 受理
山梨県の乙女高原がススキ群落になった理由 – 植物種による脱葉に対する反応の違いから -
著者名:高槻成紀・植原 彰
植生学会誌, 38: 81-93.  こちら
1.山梨県の乙女高原は刈取により維持され,大型双子葉草本が多い草原であったが,2005年頃からススキ群落に変化してきた.この時期はシカ(ニホンジカ)の増加と同調していた.
2.主要11種の茎を地上10 cmで切断し,その後の生存率と植物高を継続測定したところ,双子葉草本9種のうち6種は枯れ,生存種も草丈が低くなった.これに対して,ススキとヤマハギは生存し,植物高も減少しなかった.
3.ススキを,6月,9月,11月,6,・9月に刈取処理をし,5年間継続したところ,ススキの草丈は11月処理は180-200 cmを維持し,6月区はやや低くなったまま維持した.これに対し,9月区は草丈が経年的に減少した.
4.シカの採食は双子葉草本には強い影響があるが,刈取処理よりは弱いから,ススキにとっては影響は弱く,乙女高原でのススキ群落化はシカの影響と考えるのが妥当であると考えた.
5.ススキ群落内に設置した15 m×15 mのシカ防除柵4年後の群落はススキが大幅に減少し,双子葉草本が優占した.群落多様度は柵外はH’ = 0.85だったが,柵内はH’ = 2.64と3倍も大きくなった.
6.上層の優占種が大型双子葉草本からススキに変化することで,ヒメシダのような地表性の陽性植物が増加し,ミツバツチグリの場合,ススキ群落では低い草丈で面的に広がったが,双子葉草本が密生していると被度は減少して葉柄を伸長させた.
7.シカの影響は1)シカの嗜好性(不嗜好植物は食べない)の違い,2)採食に対する植物の反応(成長点のいちの違いによる再生力など)の違い,3)その結果による上層の優占種の変化による下層植物への間接効果,という異なるレベルで起きていることを示した.

21.1.25 受理
過疎化した山村でのシカの食性− 山梨県早川町の事例−
高槻成紀・大西信正
保全生態学研究23: 155-165. こちら
過疎化が著しく、シカが高密度になって林床植生が乏しい状態にある山梨県早川町のシカの食性を糞分析により明らかにした。いずれの季節でも栄養価の低い繊維・稈などの支持組織が多く、栄養価の高い緑葉は少なかった。春には繊維が45.0%、稈・鞘が17.7%と多く、緑葉は10.3%に過ぎなかった。夏も繊維(54.6%)と稈・鞘(14.2%)が多かったが、双子葉植物が13.5%に増加した。秋は緑葉が36.0%と年間で最も多くなった。これは新しい落葉を食べたものと推定した。冬の糞組成は最も劣悪で、繊維が82.7%と大半を占め、緑葉は微量(2.5%)しか検出されなかった。早川町のシカの食性は他のシカ生息地と比較しても劣悪であった。シカの食性とシカの管理、特に過疎化との関連に言及した。

20.11.2 
麻布大学キャンパス内の植栽樹への種子散布
小島香澄・高槻成紀
Binos, 27: 11-16.
被食散布型の樹木にはさまざまな果実食鳥類が訪 れ、樹下には別の木で食べた種子が排泄される。しか し、野外の森林では多種の樹木が隣接している上に亜 高木、低木、草本にも被食散布植物があり、林床には 下生え植物や枯葉があるため落下種子を調べるのは難 しい。この点、都市の単純な環境に孤立木があれば調 べることが可能である。この論文では大学キャンパス内の同時期に結実する多肉果を着ける樹木を用いて、 外部から持ち込まれた種子の内容を明らかにすること を目的とした。カキノキでは 27 種以上 2,810 個、セ ンダンでは 17 種以上 451 個、エノキでは 10 種以上 1875 個の種子が回収された。対象木と同種の種子の 割合はカキノキ樹下では 15.6% と小さかったが、セ ンダン樹下で 52.3%、エノキ樹下では 91.1% であった。 外部由来の種子はカキノキとセンダンの樹下ではエノ キが多く、エノキ樹下ではセンダンが多かった。大学 キャンパスという単純な系を使うことで、鳥類による 種子散布の実態の一部が示された。

20.10.10 
長野県東部の山地帯のカラマツ林のテンの食性 
宗兼明香・南正人・高槻成紀. 2021.
哺乳類科学, 61: 39-47. こちら
長野県東部の御代田町のカラマツ林に生息するテンの食性を糞分析法により 明らかにした.食物組成の量的評価は出現頻度法とポイ ント枠法の占有率によった.平均占有率は,春には哺乳 類(64.1%),夏と秋には果実(夏は 65.3%,秋は 78.0%)が多かった.種子の出現からわかった果実利用 は月ごとに変化し,春にはミズキCornus controversaな ど,夏にはサクラ属 Cerasus spp. など,秋にはマタタビ 属 Actinidia spp. やアケビ属 Akebia spp. などが多かった. 昆虫は夏でも 4.9%に過ぎず,他の地域より少なかった. これは本調査地に果実が豊富なためと考えられた.出現 頻度法による評価では平均占有率が小さかった昆虫や葉 が過大に評価された.占有率-順位曲線からは平均値や 頻度だけではわからない,食物の供給量とテンの食物選 択性を読み取ることができた.テンに利用された果実に は林縁植物が多いことからテンが林縁植物の指向性散布 をする可能性が示唆された.

2020.10.8
麻布大学キャンパスのカキノキへの鳥類による種子散布 
高槻成紀. 2020.
麻布大学雑誌 こちら
被食散布型の樹木にはさまざまな果実食鳥類が訪れ、樹下には別の木で食べた種子が落下される。しか し、野外の森林では多種の樹木が隣接している上に亜高木、低木、草本にも被食散布植物があり、地表にも草 本類や枯葉があるために落下種子を調べるのは難しい。この点、都市の単純な環境に孤立木があれば調べるこ とが可能である。この論文では大学キャンパス内に植栽された1本のカキノキを用いて、外部から持ち込ま れた種子の内容を明らかにすることを目的とした。その結果、2009 年の 11 月と 12 月の間に、カキノキ種子を 除いて 36 種以上 7918 個の種子が回収された。その内訳は高木種が 18 種で種子数は 89.9% を占め、低木が 8 種、4.8%、つる植物が 7 種、3.2% などであった。これらを植栽種、野生種で分けると、植栽種が 37.5% を占め、 都市的な環境を反映していた。この調査により大学キャンパスという単純な系を使うことで、鳥類による種子 散布の実態の一端が示された。

2020.9.21 受理
四国三嶺山域のシカの食性−山地帯以上での変異に着目して
高槻成紀、石川愼吾、比嘉基紀. 2021.
日本生態学会誌, 71: 5-15.  こちら
これまで不明な点が多かった西日本のシカの食性の例として、四国剣山系三嶺のシカの食性を糞分析により解明 した。標高 1100 m 台のさおりが原ではシカの採食により林床が貧弱になっており、シカの糞でも繊維と稈・鞘が多く、 シカの食物状況は劣悪であった。標高 1600 m 台のカヤハゲでは 2007 年にシカの採食によりミヤマクマザサが消滅し、 現在はススキ群落になっており、糞組成でもイネ科と稈・鞘が多かった。標高 1700 m 台の地蔵の頭では稜線にミヤマ クマザサが密生しており、シカの糞もササが優占していた。山地帯では植生もシカの強い影響で壊滅状態であるが、シ カ自身の食性も劣悪であった。高標高に生息するシカにとっては尾根のミヤマクマザサは特に冬の食物として重要であ ることがわかった。シカの置かれた状態を判断するのに食性解明は有力な情報をもたらすことを指摘した。

Effects of 137Cs contamination after the TEPCO Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Station accident on food and habitat of wild boar in Fukushima Prefecture.
Nemoto, Y., H. Oomachi, R. Saito, R. Kumada, M. Sasaki, S. Takatsuki. 2020.
Journal of Environmental Radioactivity こちら

20.4.21 受理
2018年台風24号による玉川上水の樹木への被害状況と今後の管理について
高槻成紀. 2020.
植生学会誌,  37: 49-55 こちら
1. 2018 年 9 月 30 日深夜から数時間,東京地方を襲った台風 24 号がもたらした玉川上水 30 km の風害 木の実態を記録したところ,合計 111 本(3.7 本 /km) が記録された.
2. 樹種はサクラ属が 3 分の 1 を占めた.風害木の うち,植林されたサクラ属,ヒノキは平均直径が 50 cm を上回っていたが,コナラ,クヌギなど自生する 雑木林の構成種は直径 30 cm 前後であった.
3. 風害木は全体に上流(西側)で少なく,下流 (東側)に多い傾向があり,特に小金井地区と井の頭 公園一帯に多かった.木の倒れた方位は北に偏ってお
り,南からの強風が吹いたことを反映していた. 4. 桜の名所である小金井地区はサクラ属以外は伐 採されるため立木に占めるサクラ属の割合がほかの地 区よりも高く,被害率も他の地区に比べて 7.1 倍も高かった.

2020.8.30
タヌキの日和見的な食性- 愛媛県諏訪崎での事例 -
Mammal Study, 46: 25-32. こちら
タヌキの食性が場所ごとに違いがあることがわかってきたが、南西日本のタヌキの食性は分析例が少ない。本論文では愛媛県の諏訪崎半島のタヌキの食性を糞分析(ポイント枠法)で調べた。調査は2019年5月から2020年4月に行った。果実が重要で秋には30%以上、冬でも20%以上を占めた。椋木あkが特に重要だったが、そのほかにも暖地の果実が季節に応じて食べられた。昆虫も重要で春、夏、初秋には20%以上を占めた。晩冬季にはミカンが40%ほどを占めた。哺乳類と鳥類は他の超幸よりも少な買った。諏訪崎のタヌキの食性は暖地の果実、昆虫、ミカンで特徴付けられ、タヌキが「日和見的」であることを示唆した。

2020.7.14
Kagamiuchi, Y. and S. Takatsuki.  
Diets of sika deer invading Mt. Yatsugatake and the Japanese South Alps in the alpine zone of central Japan.
(中部日本の八ヶ岳と南アルプスの高山帯に侵入したニホンジカの食物)        
Wildlife Biology 2020: wlb.00710 こちら
近年、日本列島でシカが増加しており、その分布は中部地方の高山帯に及び、冬は低地で過ごすが夏は高山帯で過ごす。しかしその食性は調べられていない。本調査では八ヶ岳と南アルプスで、山地帯、亜高山帯、高山帯のシカの糞を採集し、植物組成と栄養学的分析を行った。八ヶ岳の山地帯ではササが40-55%を占めたが、南アルプスの山地帯では双子葉植物が多かった。亜高山帯では、八ヶ岳ではイネ科が50%を占めたが、南アルプスでは単子葉植物と双子葉植物がそれぞれ10-20%をしめた。高山帯ではどちらの山でもイネ科が多かった。糞中の粗タンパク質含有率はどちらの山でも低地では8-12%だったが、高山帯では15-20%と高かった。

20.5.25 受理
高知県とその周辺のタヌキの食性 – 胃内容物分析–
高槻成紀・谷地森秀二
哺乳類科学, 61: 13-22. こちら
これまで四国のタヌキの食性は情報がなかったが,高知県と周辺から得た67例の胃内容物をポイント枠法で分析した.ほかの場所と比べると昆虫が多く(全体の占有率25.7%),特に冬でも25.8%を占めた.果実は重要であったが,他の場所に比べれば少なく,最大で秋の30.4%であった.カタツムリ(ウスカワマイマイ)が春(19.3%)を中心に多かったことと,春にコメを主体とした作物が25.0%と多かった点は特異であった.

2019.7.16 受理
東京西部の裏高尾のタヌキの食性 – 人為的影響の少ない場所での事例 –
高槻成紀・山崎 勇・白井 聰一. 2020.
哺乳類科学, 31: 67-69. こちら
人為的影響の少ない東京西部の裏高尾のタヌキの食性 を調べたところ,人工物は出現頻度 5.0%,ポイント枠 法による平均占有率 0.4%に過ぎなかった.果実・種子 が一年を通じて重要で,出現頻度(果実 98.0%,種子 93.1%),平均占有率(果実 30.0%,種子 25.7%)とも 高かった.季節的には春は果実,種子,昆虫の占有率が 20%前後を占め,夏には種子が 36.7%に増加した.秋に は果実が 71.5%と最多になり,昆虫は微量になった.初 冬には果実が 43.2%に減り,種子が 31.7%に増えた.晩 冬は果実(15–35%),種子(15–25%),昆虫(20–30%) が主要であった.種子は晩冬のエノキ,春のキチイゴ属, 夏のミズキ,秋のケンポナシ,初冬と晩冬のヤマグワと 推移した.ヤマグワやサルナシは結実期とタヌキによる 利用の時期が対応しなかった.




5月7日のシンポジウム

2023-05-07 22:26:02 | その他
玉川上水の自然と分断道路

高槻成紀(玉川上水みどりといきもの会議代表)

私は 玉川上水の 動植物を調べてきた。そして、小平の玉川上水が上水全体の中でも、もっとも豊かであるということがわかってきた。その小平の玉川上水に、昭和の時代に計画された328号線道路がつけられることが実現化しそうだということを知り、黙っていられない気持ちになった。そこで 同じ思いを持つ人たちとシンポジウムを開催することにした。このシンポジウムでは二つの講演と、意見交換の時間を設けた。

最初の話題は水口和恵さんによる10年前の住民投票活動と、その後の経緯に関するものだった。 この道路の話は新しいものではない。十年前にも問題とされ、計画に対して立ち上がったのが水口さんたちのグループであった。今回はその時のことと、その後の経緯について話してもらった。それによると、2013年2月に小平市長に、道路計画の見直しについての住民投票をするための条例の制定を直接請求し、それが市議会で可決されたこと、4月に市長選があって小林市長が再選された後、投票率50%以上が必要という条件を「あと出し」し、投票率35%で不成立されたことは、知ってはいたが、フェアでないことに憤りを感じた。その後の投票用紙の開示を求めた裁判の提起と敗訴、最高裁判決の翌日の投票用紙の破棄など、誰のための判決であり、誰のための行政なのかと思った。
続いて私が小平の玉川上水の豊かさについて話した。ここではその内容について紹介したい
 一つは 玉川上水花マップについてである。私は 2015年に大学を定年退職し、時間が取れるようになったので 玉川上水の動植物を調べることにした。手始めに行ったのは、野草を記録することだった。というのは 都市緑地は、植生の管理の仕方によってそこに生える植物が常に変化しているからである。 玉川上水には 96の橋があるので、十人余りの仲間に声をかけて毎月、指定した植物を確認してもらった。その結果、約100の区画について 200種の 野草の「ある、なし」が記録された。この膨大なデータを元に代表的な植物について花マップの冊子を作った(図1)。この調査で分かったのは、かつて広がっていた畑や雑木林にあった野草が、開発によって失われ、玉川上水に逃げ込むような形で生き延びているということだった。また、このような調査が、ビギナーを含む市民によって実施されたということの意味も大きいと思った


図1. 完成した玉川上水花マップの冊子

 次に紹介したのは タヌキについてである。私は玉川上水と、そこから少し離れた孤立した緑地でセンサーカメラによるタヌキの生息状況を調べた。その結果、緑地が連続している玉川上水の方が、公園など孤立した緑地よりも撮影率が高い、つまり緑地が連続していることがタヌキの生息に好都合であるということがわかった(図2)。


図2. 玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率

小平には 津田塾大学がある。津田塾大学のキャンパスは玉川上水に接しているから、タヌキが生息しているに違いないと踏んでいた。そこでセンサーカメラを設置したところ、すぐにタヌキが撮影された。キャンパス内に少なくとも3ヶ所の「ため糞場」を見つけることができた。その糞を分析し、タヌキは秋から冬にかけて果実をよく食べ、夏には 昆虫をよく食べることがわかった(図3)。


図3. 津田塾大学のタヌキの糞組成(「人と自然」誌, 高槻 2017より)

ただし 果実の内容はほかの里山のタヌキと違い、エノキ、ムクノキ、ギンナンなどに限られ、低木類の果実はほとんどみられなかった。そこで 津田塾大学の林と 玉川上水の林で樹木を比較してみたところ、玉川上水ではコナラやクヌギを中心とする落葉広葉樹が多いのに対して、津田塾大学ではシラカシが多いことがわかった。また林の下に生える植物を比較すると 玉川上水では落葉広葉樹の低木が多いのに対して 津田塾大学ではアオキを主体とする常緑低木が多いことがわかった。津田塾大学の 歴史を記した本によると、津田塾大学は1931年に麹町から小平に移転したことが分かった。 春になると畑から砂埃が飛んでくるので防風林としてシラカシを植樹したという記述があった。つまり、現在の津田塾大学の鬱蒼とした林は、約90年前に植えられたシラカシが育ち、そのために 明るい場所を好む低木類が少なく、それがタヌキの食性に影響していることがわかった。
このため糞場には 春になるとエノキやムクノキの芽生えがたくさん見られ、タヌキがこれらの木の種子散布をしていることもわかった。また、タヌキの糞にはコブマルエンマコガネという小型の甲虫がたくさん来ることも分かった。こうしたことを考えると、良い林があることでタヌキが生息し、タヌキは果実を食べて種子散布をし、糞をしてエンマコガネを養うという具合に、生き物のつながりがあることが分かってきた(図4)。


図4. タヌキと他の動植物とのリンク(つながり)

次におこなったのは 樹林の状態と鳥類の関係についての調査である。樹林調査を行ったところ、小平、三鷹、杉並、小金井の順で樹林の豊かさがなくなることがわかった。これは 小平では樹林幅が広いため、三鷹の井の頭公園では樹林幅は狭いが、周りに連続的な林があるため、小金井は桜以外の木を伐採したためであることがわかった。これら4カ所で 一年を通じて鳥類調査を行ったところ、鳥類も小平、三鷹、杉並、小金井の順で種数、個体数が少なくなることがわかった。その内訳は多くのタイプの鳥がこの順で少なくなったが、エナガなど樹林型で特に著しく、逆にスズメなど都市オープン型は杉並、小金井の方が多かった(図5)。この調査により、鳥類は樹林のあり方に強い影響を受けることがわかった。


図5. 玉川上水沿い4カ所における鳥類のタイプごとの個体数比較(「山階鳥類学雑誌」, 高槻ほか印刷中より)

我々の仲間が玉川上水開渠部分の最下流である杉並の久我山で同じように鳥類調査を行っている。2017年から行った調査によると、2019年に鳥類の個体数が大幅に少なくなった(図6)。この場所は 2019年に「放射五号線」という大型道路ができ、玉川上水を両側から挟む形になった。これにより 交通量が大幅に増え、鳥類には住みにくい環境になったものと思われる。


図6. 杉並区久我山における2019年の放射5号線開通前後の鳥類の個体数変化(「Strix」誌, 大塚ほか、印刷中より)

この調査で示されたのは、道路開通は鳥類の生息に非常に大きい影響を与えるということである。にもかかわらず、東京都建設局が工事前に予測した文章では、玉川上水の樹林は一部失われるが、大半は残っているので、動植物への影響は全くないと決めつけている。このような根拠のない説明で道路工事が決定されたとすれば、実質的には生物多様性の保全はまったく配慮されていないと言わざるを得ない。
玉川上水に沿った道路でさえ、これだけの影響があるのだから、玉川上水を横切る幅32メートルもある328号線がつけば、その影響の程度はこれよりもはるかに大きなものとなるであろう。

玉川上水は江戸時代に作られた歴史的遺跡である。1965年に上水の機能を終えてからは、樹木が育つようになった。周辺が市街地化する中で、武蔵野の動植物が逃げ込むように生き延びる場所となり、住民にとっては散策し、その自然を楽しむことの意味が大きくなった。半世紀も前の昭和の高度成長期に、経済発展のために都市の自然が破壊された。328号線は、その時代の空気の中で計画されたものであった。現在はどうであろうか。「人か自然か」という二者択一の基準を置き、自然の犠牲はやむを得ないとしたのが高度成長期の考え方であった。道路がつけば人の生活が便利になることは確かであろう。しかし、本当に「人か自然か」という二者択一の考え方は正しいのであろうか。日本の現状を考え、これから先のことを考えた時、次の世代にどのような玉川上水を残すかは、我々に課された大きな課題であろう。動植物のことを考え続けてきた私には、この分断道路をそのまま開通させることに何もしないのは、自分を許せない気がする。 折しも、神宮外苑の街路樹伐採に対して大きな反対運動がおこっている。私たちの中に、都市に残された自然に対して、もうこれ以上の仕打ちはやめるべきだという気持ちが湧き上がっているのではないだろうか。このことは、行政の決定に対して、住民の意志をいかに反映させるかを考えるという意味でも重要な課題であると思う。

休憩の後、2氏からコメントをもらった。
関野吉晴氏は「グレートジャーニー」の経験からアマゾンの狩猟採集民との交流の話から、ゴミ、排泄物、死体が自然の循環の中にあること、それに対して我々はその循環からはずれてしまった。それは「もっともっと」という欲望が過剰となったからであり「ほどほど」が大切であり、玉川上水の分断道路も同じ過剰欲望の一例だとした。
次に國分功一郎氏は、10年前の住民運動の時に体験した道路建設の説明会での衝撃、つまり誰がどうして決めるかがわからず、住民の声が全く無力であることを知らされたことを話した。また328号線が小平の西のことで、多くの小平市民にとっては直接関わらないにも関わらず、市長選と同レベルの投票率があったことから、市民の関心が高かったことを説明した。次に昭和の高度経済の時代の計画が今も進められていることについては、あの時代の経済は望めないにも関わらず、全く見直されないまま強行されるのは行政だけでなく、資本の動きがあるからであろうとした。そして行政に立ち向かうのは極めて困難であるとしながらも、横浜市の瀬上沢緑地の開発を東急が断念したなどの例もあり、何がどこで役に立つかはわからないので、こういうシンポジウムなども何かの力になるかもしれないと結んだ。

その後、意見交換をした。小平市以外から参加した人に挙手を求めたところ過半数の挙手があるように見えた(アンケートによれば実は46%であった)。このことは多くの人がこの分断道路は小平だけの問題ではなく、玉川上水全体にとっても重大な問題であると考えていることを示す。
多様な意見が出たが、一つの極は道路計画そのものを見直すべきだというものであった。この人は人も自然の一部であるということ、昭和に立てられ得た計画は今は状況が違うので納得できないという意見であった。これに対して問題をそこまで戻すのは非現実的であり、実際に少しでも可能性があるものとしては地下ないし高架に変更させることで、地上(平面)道路による樹林破壊を回避すべきという意見であった。これについて異なる意見も出され、盛り上がりを見せた。
リー智子さんから、 自分は地下化には問題があると考えるが、もしそのことによって計画の見直しがされれば、着工が十年くらい延びるのではないか、その意味で地下化にも意味があると思うという意見が出て、拍手する人もあった。
今回の意見交換によって一つの結論に到達することはないし、そうである必要もないと思う。私たちのできることには限りがある。しかし、玉川上水の自然が貴重であるということを明らかにし、そのことをもっと積極的に発言することによって、多くの人にその価値を知ってもらうこと、そしてそのことをメディアなどを通じて社会に発信することで、行政に見直しを図ることはできるかもしれない。そうした努力を粘り強く進めていきたいと思った。


愛媛県松山市郊外のタヌキの食性

2023-05-06 14:17:28 | 研究
タヌキの食性は主に関東地方で行われ、果実を主体として夏には昆虫が増え、冬には哺乳類や鳥類がやや多くなるという傾向がわかってきた。ただ、タヌキは生息地も産地から海岸、農耕地から都市にまで及ぶため、場所ごとの変異が大きいため、その全体像を把握するためには各地での分析例を増やす必要がある。これまで関東地方以外では東北地方、中部地方などで少数例があるだけで、西日本では全体に分析例が乏しい。これまでのところ九州と四国で少数の分析例があるに過ぎない。私は愛媛県の稲葉正和氏の協力を得て、佐多岬のタヌキの糞分析をしたことがある(こちら)。ここでは冬にミカンが食べられるのが特徴的だった。また高知県の各地の交通事故死体のタヌキの胃内容物を分析したこともある(こちら)。
 今回、稲葉氏から連絡があり、松山市郊外で確実にタヌキのフンが得られるので採取したという連絡があったので、分析することにした。

方法 
 松山市の位置は四国の西側で、調査地は松山市の南側で平地が山に接する辺りである。西側には住宅地があるが、東側は農耕地で里山的環境といえる。


松山市の位置と調査地(赤丸)と周辺の状態

 これまでと同じく、フンを0.5 mm間隔のフルイ上で水洗し、残滓をポイント枠法で分析した。採集期間は2022年の5月から2023年の4月までである。

結果
 糞組成の月変化を示したのが次のグラフである。


松山市郊外のタヌキの糞組成の月変化

  5月の組成は多様で、果実(21.7%)、葉(15.6%)、昆虫(14.5%)、人工物(14.0%)がやや多かった。作物はコメ(米)で5.3%であった。人工物は厚いゴムの破片であった。


2022年5月の検出物。格子間隔は5 mm

 6月になると果実が32.1%に増え、昆虫が6.0%に減った。種子ではキイチゴ属、マタタビ属などが検出された。マタタビ属、私はサルナシだと思ったのだが、稲葉氏によればサルナシは山地にしかなく、キウイフルーツであろうということであった。作物はやはりコメとキウイフルーツで10.2%であった。1例だがカタツムリの殻と「フタ」が検出された。人工物はゴム手袋であった。
 このように、地方都市郊外のタヌキらしく、作物(コメ)や人工物(ゴム手袋)なども含む多様な食性を示しているようである。


2022年6月の検出物。格子間隔は5 mm

 7月は果実と種子がさらに増加し、果実は51.6%、種子は16.5%になった。作物はコメとキウイフルーツで6.2%であった。種子ではエノキとクワが多く、センダンも検出された。多くの場所では夏に昆虫が増えるが、ここではむしろ少なくなってわずか2.4%に過ぎなかった。太い羽軸が検出され、大きめの骨もあったことから、ニワトリが食べられた可能性がある。ただし、羽毛部分は見られていない。作物は主にコメで6.2%であった。厚いゴム片と輪ゴムが検出されたが、量的には少なく0.7%に過ぎなかった。


2022年7月の検出物。格子間隔は5 mm

 8月にも果実は重要で44.0%を占め、種子は9.7%で7月よりはやや少なくなった。種子ではクワ、エノキが多かったが、ギンナン、センダン、ムクノキも検出された。昆虫は11.0%に増え、作物も12.3%に増えた。作物はコメが主体で一部キウイフルーツもあった。8月も太い羽軸が検出された。人工物としてはアルミホイルと輪ゴムが検出された。

2022年8月の検出物。格子間隔は5 mm

 9月になると昆虫が35.4%で最も多いカテゴリーになった。このうち10.5%は卵であった。果実は24.3%で大幅に減少した。種子のほとんどはクワで、作物、人工物はほとんど見られなくなった。9月に果実が減少した意味は不明だが、作物や人工物をほとんど食べていないことから、食物が乏しいのではなく、昆虫が得やすくなったため、そちらを主に食べるようになったためと思われる。


2022年9月の検出物。格子間隔は5 mm

 10月には大きな変化が認められた。一つは作物(主にコメ)が大幅に増えて26.6%になったことである。これにはカキノキの種子も含む。またゴマの種子も10.6%出現し、頻度も高かった。したがって、作物が38.0%に上った。果実も増えたが、39.4%であり、8月の44.0%には及ばない。昆虫が9月の35.4%から4.1%に大幅に減ったことも大きな変化だった。人工物としては糸が検出された。タヌキの食物環境としてはコメやゴマがみのり、カキノキも結実したことで昆虫や野生植物の果実をあまり食べなくて良くなったと思われる。

2022年10月の検出物。格子間隔は5 mm

 11月になると果実がさらに増え、52.6%に達した。作物ではゴマ(こちら)が増え、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.0%に過ぎなかった。人工物はゴム製品が検出されたが、1.8%に過ぎなかった。

2022年11月の検出物。格子間隔は5 mm

 12月の糞組成は10月と似ていた。果実は53.3%で10月の52.6%と同レベルであった。作物ではゴマ(こちら)がさらに増えて28.0%となり、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.6%、人工物(ゴム製品)は1.4%に過ぎなかった。
 ごまを取り上げると、9月から出現しはじめて10月以降急増し、12月には糞の内容がほとんどゴマばかりのようなものさえあった。

ゴマの占有率(%)



2022年12月の検出物。格子間隔は5 mm

 2023年1月になると少し変化が見られた。果実がほぼ半量を占めるのはこれまでと同様であったが、種子と作物は大幅に減少し、人工物が増えた。作物の減少はゴマが少なくなったことにある。人工物はゴム片であった。

ゴマの占有率の推移

2023年1月の検出物

 2月になると果実が減少、昆虫が増加したほか、人工物が8%ほど出た。カメが食べられていたのは突起するに値する。


3月は果実が増えて、昆虫が減ったが、基本的に2月と似通った蘇生であった。


愛媛県松山市郊外のタヌキの食性

2023-04-03 17:35:35 | 研究
タヌキの食性は主に関東地方で行われ、果実を主体として夏には昆虫が増え、冬には哺乳類や鳥類がやや多くなるという傾向がわかってきた。ただ、タヌキは生息地も産地から海岸、農耕地から都市にまで及ぶため、場所ごとの変異が大きいため、その全体像を把握するためには各地での分析例を増やす必要がある。これまで関東地方以外では東北地方、中部地方などで少数例があるだけで、西日本では全体に分析例が乏しい。これまでのところ九州と四国で少数の分析例があるに過ぎない。私は愛媛県の稲葉正和氏の協力を得て、佐多岬のタヌキの糞分析をしたことがある(こちら)。ここでは冬にミカンが食べられるのが特徴的だった。また高知県の各地の交通事故死体のタヌキの胃内容物を分析したこともある(こちら)。
 今回、稲葉氏から連絡があり、松山市郊外で確実にタヌキのフンが得られるので採取したという連絡があったので、分析することにした。

方法 
 松山市の位置は四国の西側で、調査地は松山市の南側で平地が山に接する辺りである。西側には住宅地があるが、東側は農耕地で里山的環境といえる。


松山市の位置と調査地(赤丸)と周辺の状態

 これまでと同じく、フンを0.5 mm間隔のフルイ上で水洗し、残滓をポイント枠法で分析した。採集期間は2022年の5月からで2023年4月で完了した。

結果
 糞組成の月変化を示したのが次のグラフである。全体の傾向を見ると5月は多くの食物が少しずつ含まれていたが、6月以降は果実が増え、人工物が減った。7月になると果実がさらに増え、人工物は出なくなった。8月になると作物が少し増え、昆虫もやや増えた。9月になると昆虫が大幅に増え、作物は非常に少なくなった。10月になると昆虫が大きく減って作物が非常に多くなり、この傾向は1月まで続いた。ただし、12月までは人工物は少なかったが、1月、2月は10%ほどを占めた。2月以降は昆虫などが増えて果実は減った。このようにこの調査地のタヌキは果実に依存的であると同時に秋以降は作物(コメ、カキノキ、ゴマ、サツマイモなど)を多く食べ、冬と初には人工物(輪ゴムなど)も食べるという傾向があった。これは農耕地に近い場所に生息することをよく反映していた。


松山市郊外のタヌキの糞組成の月変化

 主要食物の月変化は次のとおりである。
 動物質は全体に少ないが、9月の昆虫は多く、2月以降もやや多くなった。

昆虫の月変化

 果実・種子は最も重要な食物で、7-1月に50-60%を占め、安定的に多かった。
 
果実・種子の月変化

 支持組織(繊維、稈など)は少なく、ほぼ10%未満であった。


支持組織の月変化

 作物は果実・種子についで重要で、10月をピークにほぼ富士山型を示した。

作物の月変化

 次に種子について、どこかの月で5%以上になったものを取り上げると6種に限られた。そのうち野生植物はエノキのみで7月と12月に7-8%を占めた。


 クワはヤマグワと区別できないが、栽培のクワであるとすると野生植物ではないことになる。これは7-9月に6-12%を占めた。


 作物としてはコメが毎月検出され、5,6月、8月、10月に10%を上回った。籾殻もあったから、生育中のもの、落穂などを食べたものと思われる。ムギは3月に13%となった。



 ゴマは11-12月を中心に多く検出されたが、ゴマの畑は未確認であり、個人菜園的な場所で確保しているのかもしれない。



 多くないがキウイフルーツの種子も検出され、7月と2月には5%以上になった。サンプルによればかなり多いものもあり、果肉も確認された。



 カキノキは畑で栽培される作物ではなく、農家の庭などに植えられる果樹であり、10月以降利用され、特に10月に多かった。



 このように本調査地のタヌキは種子から見ても栽培植物に依存的だといえる。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
以下は各月の記述である。

  5月の組成は多様で、果実(21.7%)、葉(15.6%)、昆虫(14.5%)、人工物(14.0%)がやや多かった。作物はコメ(米)で5.3%であった。人工物は厚いゴムの破片であった。


2022年5月の検出物。格子間隔は5 mm

 6月になると果実が32.1%に増え、昆虫が6.0%に減った。種子ではキイチゴ属、マタタビ属などが検出された。マタタビ属、私はサルナシだと思ったのだが、稲葉氏によればサルナシは山地にしかなく、キウイフルーツであろうということであった。作物はやはりコメとキウイフルーツで10.2%であった。1例だがカタツムリの殻と「フタ」が検出された。人工物はゴム手袋であった。
 このように、地方都市郊外のタヌキらしく、作物(コメ)や人工物(ゴム手袋)なども含む多様な食性を示しているようである。


2022年6月の検出物。格子間隔は5 mm

 7月は果実と種子がさらに増加し、果実は51.6%、種子は16.5%になった。作物はコメとキウイフルーツで6.2%であった。種子ではエノキとクワが多く、センダンも検出された。多くの場所では夏に昆虫が増えるが、ここではむしろ少なくなってわずか2.4%に過ぎなかった。太い羽軸が検出され、大きめの骨もあったことから、ニワトリが食べられた可能性がある。ただし、羽毛部分は見られていない。作物は主にコメで6.2%であった。厚いゴム片と輪ゴムが検出されたが、量的には少なく0.7%に過ぎなかった。


2022年7月の検出物。格子間隔は5 mm

 8月にも果実は重要で44.0%を占め、種子は9.7%で7月よりはやや少なくなった。種子ではクワ、エノキが多かったが、ギンナン、センダン、ムクノキも検出された。昆虫は11.0%に増え、作物も12.3%に増えた。作物はコメが主体で一部キウイフルーツもあった。8月も太い羽軸が検出された。人工物としてはアルミホイルと輪ゴムが検出された。

2022年8月の検出物。格子間隔は5 mm

 9月になると昆虫が35.4%で最も多いカテゴリーになった。このうち10.5%は卵であった。果実は24.3%で大幅に減少した。種子のほとんどはクワで、作物、人工物はほとんど見られなくなった。9月に果実が減少した意味は不明だが、作物や人工物をほとんど食べていないことから、食物が乏しいのではなく、昆虫が得やすくなったため、そちらを主に食べるようになったためと思われる。


2022年9月の検出物。格子間隔は5 mm

 10月には大きな変化が認められた。一つは作物(主にコメ)が大幅に増えて26.6%になったことである。これにはカキノキの種子も含む。またゴマの種子も10.6%出現し、頻度も高かった。したがって、作物が38.0%に上った。果実も増えたが、39.4%であり、8月の44.0%には及ばない。昆虫が9月の35.4%から4.1%に大幅に減ったことも大きな変化だった。人工物としては糸が検出された。タヌキの食物環境としてはコメやゴマがみのり、カキノキも結実したことで昆虫や野生植物の果実をあまり食べなくて良くなったと思われる。

2022年10月の検出物。格子間隔は5 mm

 11月になると果実がさらに増え、52.6%に達した。作物ではゴマ(こちら)が増え、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.0%に過ぎなかった。人工物はゴム製品が検出されたが、1.8%に過ぎなかった。

2022年11月の検出物。格子間隔は5 mm

 12月の糞組成は10月と似ていた。果実は53.3%で10月の52.6%と同レベルであった。作物ではゴマ(こちら)がさらに増えて28.0%となり、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.6%、人工物(ゴム製品)は1.4%に過ぎなかった。
 ごまを取り上げると、9月から出現しはじめて10月以降急増し、12月には糞の内容がほとんどゴマばかりのようなものさえあった。



2022年12月の検出物。格子間隔は5 mm

 2023年1月になると少し変化が見られた。果実がほぼ半量を占めるのはこれまでと同様であったが、種子と作物は大幅に減少し、人工物が増えた。作物の減少はゴマが少なくなったことにある。人工物はゴム片であった。


2023年1月の検出物

 2023年2月になる果実がさらに減り、昆虫などがやや増えた。注目されたのは、1例からカメが検出されたことで、手、尾、甲羅の破片が確認された。そのほか骨、腸などもカメのものと思われた。調査地にはため池が多く、ミドリガメがいるとのことであり、砥部動物園の前田園長や専門家の見解で、ミドリガメであることが確認された。

2023年2月の検出物(植物)
2023年2月の検出物(動物)

2023年2月の検出物(人工物)

 なお2月下旬からセンサーカメラを設置し、健康そうな複数のタヌキが訪問することが確認された。

2023.2.25 撮影

3月の糞組成は基本的に2月と似ていた。種子がやや増えたが、センダン、サクラ、キウイフルーツなどであった。なお、ドングリが未消化のまま検出された。タヌキの糞からはドングリがほとんど検出されず、これが食べようとして食べたかどうか不明である。作物としては2月に検出されたサツマイモは検出されず、コメ、ムギが見られた。人工物としてはゴム片、輪ゴムなどが検出されたが、ポリ袋はなく、残飯や腰袋などを食べるのではないようである。この組成は昨年の5月に近づいており、このまま推移していくものと思われる。

2023年3月の検出物(植物と作物)


2023年3月の検出物(動物質と人工物)

 4月は、予測としては去年の5月に近づくと思っていたのですが、そうでもありませんでした。まず昆虫が予想以上に多かったことで、最多の9月に次ぐ値でした。作物は追う少しあると予想していたのですが、少ない結果で、これは去年の5月に近いとは言えません。人工物は3月にもでて、5月にも出ているので、あっていいのですが、全くありませんでした。そういうわけでグラフの動きは滑らかではありませんでしたが、この程度のばらつきは不思議ではありません。オランダイチゴの「へた」と思われるものが出てきたので、これも農地が近いことを反映しているようです。

2023年4月の検出物

玉川上水の植生状態と鳥類群集 謝辞

2022-12-20 09:46:16 | 研究

謝 辞
調査には以下の方の協力をいただきました。朝日智子,足達千恵子,有賀喜見子,有賀誠門,大西治子,大原正子,尾川直子,荻窪奈緒,小口治男,加藤嘉六,菊地香帆,黒木由里子,輿水光子,近藤秀子,笹本禮子,澤口節子,関野吉晴,高槻知子,高橋健,田中利秋, 田中操,棚橋早苗,辻京子,豊口信行,永添景子,長峰トモイ,春山公子,藤尾かず子,松井尚子,松山景二,水口和恵,安河内葉子,リー智子。放送大学の加藤和弘教授には貴重なアドバイスをいただきました。また玉川上水での調査には東京都環境局から(書類「3環自緑180」),現地への立ち入りには水道局から(書類「3水東浄庶101」など)許可をいただきました。これらの方々,部局にお礼申し上げます。


玉川上水の植生状態と鳥類群集 考察

2022-12-20 09:45:38 | 研究
論 議
鳥類群集と生息地の植生
都市鳥類と緑地の関係については多くの研究があり,緑地面積やその構造が鳥類群集の種数や個体数に影響を与えることが示された(樋口ら 1985,加藤 1996など)。本研究はこれらを参考にしつつ,東京に残された貴重な緑地帯である玉川上水の植生状態が大きく異なる4カ所を選んで,植生状態と鳥類群集との対応関係を明らかにすることを目的とした。
調査した4カ所の人口密度と緑地率を比較すると,おおむね西から東に向けていわゆる「都市化」が進んでいるから,人口密度が高くなり,緑地率は杉並以外は30%前後で杉並が21.8%と低いことがわかる(付表4)。つまり自然度が「西高東低」となっている。しかしその全体傾向とは違い,玉川上水沿いの樹林はさまざまな理由によりこの「西高東低」になっていない。西にあるのに樹林が貧弱であったのが小金井で,サクラ以外の樹木が皆伐されたために多様度が極端に低く,樹高も低く,低木層の被度も4カ所中最も小さかった。逆に東にあるのに樹林が豊かであったのは三鷹で,ここでは玉川上水が面積の広い井の頭公園を通過するので樹林は連続的である。
このような樹林帯の違いは鳥類群集に強い影響を与えていた。最も特徴的なのは鳥類の個体数とその内訳であった(図9)。樹林帯が豊かな小平と三鷹では鳥類の種数と個体数が多く,内訳は樹林型,非都市型,都市樹林型など森林性の種が多かったが,樹林幅の狭い杉並では個体数が少なく,都市オープン型の割合が大きかった。そして樹林が貧弱な小金井では鳥類の個体数が最も少なく,内訳では都市オープン型が多かった。つまり樹林が貧弱であると森林性の鳥類が少なくなる可能性が示唆された。
個別に検討すると,三鷹の井の頭公園の部分は玉川上水沿いの樹林帯を包み込むように樹林が続いており(図4),植被率も60%と4カ所中最も大きかった(表1)。鳥類の個体数が玉川上水沿いの樹林内と樹林外のどちらでも多かったことはこのことと対応する(図8)。
小平では多くの樹林調査の測定項目の数値も三鷹についで2位であった(表1)。小平に特徴的だったのは,鳥類個体数が玉川上水沿いの樹林の内側では4カ所中最多であったのに対して,外側では最少であり,両者の違いが著しかったことである(図8)。このことは,小平では樹林帯が広く,鳥類の生息に適しているが,その外側の多くは住宅地であるために鳥類の生息には不適であるためだと考えられる。
このことは繁殖期と越冬期においても基本的に同様であったが,繁殖期は小平と三鷹でほぼ同様であったのに対して,越冬期には小平が目立って個体数が多かった(図10)。その理由は不明だが,以下のような可能性がある。冬季はカラ類などが混群を形成し,葉を落とした落葉樹林で採餌したり,猛禽類やカラス類から逃れようとして常緑樹林や宅地の庭の緑に逃げ込むのがみられる。このことが小平と三鷹の井の頭公園の植生の状態と関連する可能性がある。小平では玉川上水沿いの樹林帯の幅が広く(表2),低木類も多いのでカラ類の混群がよく見られると同時に,玉川上水に隣接する津田塾大学にシラカシ林があるので(図4A),ヒヨドリやカラ類の混群が集中し,センサス時にもここで多くの鳥類が記録された。これに比較すると井の頭公園では玉川上水沿いの樹林は公園の樹林と連続し(図4C),常緑樹が分散するため小平のように混群が玉川上水の樹林帯に集中することが少ない。ここでも混群は観察されるが,上水内は見通しがきかない中低木の常緑樹があるため,センサス時には発見しにくく、記録されなかった可能性は否定できない。
杉並では三鷹,小平に比較すると鳥類が乏しかったが(表2),これは玉川上水沿いの樹林帯の幅が狭く(表1),しかも両側に大型道路が走っており,周辺に緑地が少ないこと(図4)にも関係していると考えられる。
小金井は鳥類が最も貧弱であった。種数は4カ所中で最少の19種で,最多の三鷹の29種より大幅に少なかった(表2)。しかもセンサスルートの距離は小金井のほうが三鷹(1.4 km)よりも長かった(1.6 km,表2)。ここの植生はサクラが散在するだけなので植被率も低く,樹高も低く(表1),鳥類の生息には適していない可能性がある。小金井のサクラは樹高の平均値が7.5 mであり,この結果は生息地の樹高が8 m未満になると鳥類の種数が少なくなるというMaeda (1998)の指摘を支持する。また低木層の植被率も小金井は19%と小さく(表1),加藤(1996)の低木層の被度が小さくなると鳥類の種数が少なくなるという指摘を支持する。小金井の場合は杉並と違い,周辺に広い緑地として小金井公園があるが,玉川上水とは離れており,その間に五日市街道があって隔離されている(図4)。そして玉川上水沿いの樹木としてはサクラしかなく,餌や隠れ場も少ないので,小金井公園にいる鳥類も玉川上水沿いの緑地はあまり利用しないのかもしれない。鳥類生息地の周辺の緑地の重要性は鵜川・加藤(2007),加藤・吉田(2011),加藤ら(2015)でも指摘されており,杉並で鳥類がかなり乏しかったことも,周辺の緑地が乏しかったこと(図4)を反映している可能性がある。
鳥類の多様度を場所間で比較すると,種数,個体数,タイプ分けほどの違いがなかった。多様度は種数と上位種の占有率によって決まる。樹木の多様度は,小平,三鷹,杉並では第1位の樹種の占有率が35-79%と比較的小さいために多様度指数は大きかったのに対して,小金井はサクラが99%を占めていたために多様度指数が極端に小さかった(図6A, B)。これに比較すれば,鳥類の多様度は小金井が最低ではあったが,他の場所よりも極端に小さいということはなかった(表2)。シャノン・ウィーナーの多様度指数は小金井が3.35で最大の三鷹の3.65と違いは小さく,シンプソン指数は小金井と小平で違いがなかった(いずれも0.875)。この理由は個体数が最多であった種の占有率が場所ごとに違いが小さかったためである。すなわち,小金井ではムクドリが21.0%,小平,三鷹,杉並はヒヨドリがそれぞれ20.4%, 18.0%, 19.1%であった。

鳥類群集の季節変化
調査した4カ所では鳥類の個体数はかなり大きな季節変化を示した(図7)。これを東京都の他の緑地での鳥類群集の調査と比較すると,赤坂御用地では本調査と同様に夏に鳥類群集の種数と多様度指数が減少した(濱尾ら 2005)。中でもヒヨドリは8, 9月には記録されなかったが11月に急増し,本調査と同様のパターンをとった。シジュウカラは5月に最多となった後減少し,本調査とおおむね同様なパターンをとった。メジロも6月に最多となり,9月に最少となった後回復するという本調査と同様のパターンをとった。皇居でも同様で,多様度指数は9月に最小となり,春と冬には大きかった(西海ら 2014)。そしてヒヨドリ,シジュウカラ,メジロは9月に最も少なくなった。このように本調査で得られた玉川上水での鳥類群集の季節変化は他の東京の緑地のものと基本的に同様であると考えられた。

緑道の連続性と生物多様性の視点
本調査は都市緑地における鳥類の種数や個体数の実態を樹林の状態との関係に着目して記述した。鳥類の種数と個体数が最も貧弱であった小金井地区は「史跡玉川上水整備活用計画」(東京都水道局 2009)により1.6 kmほどの範囲でサクラだけを残して他の樹木が皆伐された。ここでは文化財としての桜並木復活が優先されたが,本調査の結果は,このような樹林管理が鳥類にマイナスの影響を与える可能性を示した。この範囲周辺では桜並木のためにさらに伐採する可能性がある。しかし東京都が重視する生物多様性保全を考えれば,これ以上の伐採は再検討する必要があろう。
これまでにも玉川上水の植生管理において,住民の安全という面からサクラ類だけを残すと風害に遭いやすいなどの問題があることが指摘されたし(高槻 2020),保全活動のシーンでは樹種をとりあげて「サクラを残すか,ほかの樹木も残すか」という樹林管理についての議論がおこなわれてきた。これに対して,本調査は初めて生物多様性保全の視点にたち,樹林管理が鳥類群集に波及する可能性を示した。今後の都市緑地管理においては生物多様性保全の観点を取り入れ,樹林の状態と鳥類をはじめとする生息動物との関係にも配慮されることを期待したい。

付記
* 1:測定した樹木の測定部位に瘤などがあった場合はその直下で測定し,樹幹の断面が楕円形などに歪んでいる場合も周長を測定した。一部に上水の肩部に生えた樹木があり,危険なので,塩化ビニールパイプで作ったT字状の器具で,2方向から精度1 cmで直径を測定し,平均直径を求めた。予備調査によれば胸高周測定から求めた直径D1と,T字状器具で測定した直径D2では最大でも5%しか違いがなかった(n = 30)。
*2:樹林が一様である小平と小金井ではそれぞれ3カ所と4カ所をとったが,三鷹では井の頭公園の樹林が広がる場所とその下流の住宅地内の帯状区で違いがある可能性があったので6カ所とった。杉並も場所により道路との関係で帯状区の幅に変異があったので5カ所とった。
*3:玉川上水は掘削されたために水路の両側はほぼ垂直の壁面となっている。岸の肩部分の外側には歩道があり,安全のために柵が設置されている。この柵から壁面の「肩」の間に樹林帯があり,その幅は場所により違いがある。
*4:小平では大出水幹男がカウントをおこない,尾川直子が補足し,高槻成紀が記録をした。小金井では大石征夫が一人でカウントと記録をした。三鷹では鈴木浩克がカウントし,菊池香帆が記録をした。杉並では大塚惠子がカウントし,田中操,黒木由里子,高橋健が補足と記録をした。



玉川上水の植生状態と鳥類群集 結果

2022-12-20 09:44:26 | 研究
結果
1)樹林調査
A. 植被率と樹高
植被率と樹高の測定結果を表1に示した。調査範囲内の植被率は三鷹(60.6%)と小平(56.1%)が高く,杉並が40.3%でこれらに次ぎ,小金井が5.1%と極端に低かった(表1)。


玉川上水沿いの樹林帯での植被率は小金井以外は80%以上であったが,小金井だけが11.1%と極端に低かった。低木層の植被率は三鷹(61.9%),小平(47.7%),杉並(38.0%)の順で小さくなり,小金井が19.0%と大幅に小さかった。
樹高は三鷹と小平で15 m以上と高く,杉並がこれらに次ぎ,小金井は7.5 mと低かった。

B. 胸高断面積
各調査区で樹種ごとの胸高断面積の合計値を算出し,主要種をとり上げたところ場所ごとに違いが明瞭であった(図5)。


小平ではコナラQuercus serrata,クヌギQ. acutissima,イヌシデCarpinus tschonoskiiなどの落葉樹が多かった。小金井ではサクラ類Cerasus spp.だけで構成されており,合計値は16,000-20,000 cm2/100 m程度であった。三鷹では,20,000 cm2/100 mを超えた場所が2カ所あった。内訳は調査区ごとに多様で,ムクノキAphananthe asperaが多い調査区,シラカシQ. myrsinifoliaが多い調査区,ケヤキZelkova serrata,イヌシデが多い調査区があった。杉並で平均28,000 cm2/100 m前後で,45,000 cm2/100 mあった調査区もあった。ただし10,000cm2/100 m程度の調査区もあった。内訳はサクラ類が多い場所が3カ所,ヒノキChamaecyparis obtusaが多い場所が1カ所あったほか,エノキCeltis sinensis var. japonicaが多い調査区もあり,多様であった。

C. 樹林の多様度
4カ所の樹林の胸高断面積によるシャノン・ウィーナーの多様度指数H’を図6aに示した。指数はすべての樹木をもとにした指数1と,直径10 cm以上の樹木だけをもとにした指数2を算出した。これによると帯状区3,13,1など多様度指数2が指数1よりやや小さい場合があったものの大きな違いはなく,ほとんどの調査区では両者が連動していた(図6a)。


これらに対して小金井ではサクラ類しかなかったので,多様度指数は極めて小さかった。シンプソンの多様度指数Dも基本的に同じで,杉並に1カ所値の小さい帯状区があったものの,小平,三鷹,杉並では大きく,小金井だけが著しく小さかった(図6b)。



2) 鳥類群集
A. 鳥類群集の個体数,密度,多様度
表2には鳥類の個体数を示したが,この数字は各調査時での発見個体数を調査区の長さ1 kmに換算した数字を7回分合計したもので,個体数の多寡の指標とした。樹林帯の幅は小平が35 mと最も広く,小金井と三鷹が20 m,杉並が15 mで最も狭かった(表2)。



個体数は小平が最多の673.1羽で,三鷹がこれに近く(640.0羽),杉並が466.2羽と少なく,小金井が小平,三鷹の半分以下(283.4羽)であった(表2)。このことは樹林帯の幅が広いほど鳥類の個体数が多いことを示唆する。鳥類群集の多様度指数のうちシャノン・ウィーナーの多様度指数H’は三鷹(3.65),小平(3.44),杉並(3.43),小金井(3.35)の順で小さくなった。一方,シンプソンの多様度指数Dは三鷹(0.894)と杉並(0.891)が近く,小平(0.875)と小金井(0.873)がやや小さく接近していた。樹木の多様度では小金井だけが極端に指数値が小さかったのに比較すれば,鳥類の多様度指数は違いが小さく,小金井だけが目立って小さいということはなかった。
 これらの項目を繁殖期と越冬期で比較したところ,個体数は全ての場所で越冬期の方が多かった(表3)。


 これはヒヨドリのような漂鳥が夏には少なくなり,秋に戻ってくることなどによるものと考えられる。種数は小平では越冬期の方が2種少なく,そのほかではやや多かったものの,違いは小さかった。多様度は季節の違いはほとんどなかった。場所ごとには種数,個体数,多様度いずれも小平,三鷹,杉並,小金井の順で小さくなった。ただし多様度は小平と三鷹,杉並と小金井がほぼ同じであった。

B. 個体数の季節変化
 個体数の季節変化を見ると,最も多かった小平では1月から次第に少なくなり9月に最低値に達した後急増して12月に最大値となるV字型をとった(図7)。



 次に多かった三鷹ではほぼ同様のパターンをとったが12月は小平ほど多くはならなかった。杉並ではやや乱高下し,5月が最多で7月が最少だった。最も少なかった小金井ではほぼ常に最低値であった。その結果多くの月で小平,三鷹,杉並,小金井の順であったが,9月だけは4カ所の値が接近した。

C. 玉川上水沿いの樹林帯内外の鳥類
玉川上水沿い樹林帯の内側と外側で記録された鳥類数を図8に示した。樹林調査により鳥類の生息環境としての樹林の多様度は小平,三鷹,杉並,小金井の順に小さくなることがわかったので,図8ではこれに対応して鳥類の個体数の合計値をこの順に並べた。


 樹林帯の内側の個体数は小平が非常に高く,三鷹と杉並が半数程度で,小金井が最少であったが,外側は小平で少なく,三鷹は内側以上であった。杉並は内側の8割程度,小金井では内側とほぼ同じであった。なお,4カ所全体で樹林帯の内側と外側の個体数を比較すると(付表2),内側が多かったのはウグイスCettia diphone,エナガAegithalos caudatus,メジロZosterops japonicus,コゲラDendrocopos kizuki,シジュウカラParus minor,などであり,外部の方が多かったのはハシボソガラスCorvus corone,スズメPasser montanus ,ホンセイインコPsittacula krameria manillensisなどであった。ドバトColumba livia,ハシブトガラスCorvus macrorhynchosなどは内外の違いが小さかった。

D. 鳥類群集のタイプ分け
次に鳥類群集の内訳を鳥類の生息地利用のタイプによって類型別に比較した(図9)。


 各タイプで個体数の多かったのは次の通りである。樹林型:エナガなど,非都市型:ウグイスなど,都市樹林型:シジュウカラ,ハシブトガラス,メジロなど,都市オープン型:ムクドリ,スズメなど,ジェネラリスト:ヒヨドリ,キジバト,ハシボソガラスなど,その他:オオタカなど。
個体数が最多であった小平では都市樹林型が最も多く,ジェネラリストがこれに次いだ。三鷹もほぼ同じであったが,都市オープン型が小平よりやや少なく,樹林型がやや多かった。杉並では都市樹林型が三鷹の半分ほどで,ジェネラリストも少なかったが,都市オープン型は小平,三鷹の2倍以上と多かった。小金井では都市樹林型が杉並の半分以下になり,ジェネラリスも少なかったが,都市オープン型は杉並と同程度であった。杉並と小金井には樹林型はほとんどなかった。
 相対値では,小平と三鷹では都市樹林型が49%前後を占めたが,杉並では36%,小金井では23%と少なくなったのに対して,都市オープン型はこの順で12%,5%,26%,36%と多くなった。ジェネラリストはどこでも30%台であった。つまり樹林の幅が狭くなり,樹木の胸高断面積合計が小さくなり,種数が単純になるという樹林の貧弱化に伴い,鳥類の個体数は少なくなり,内訳は都市樹林型と樹林型は少なくなり,都市オープン型が多くなった。
以上は7回の調査の合計数であるが,繁殖期と越冬期では鳥類の生活の意味も違うので,繁殖期の5, 7月と,越冬期の1, 12月とを取り上げて図9と同様の比較をした(図10)。


繁殖期は通年の結果と似ており,小平と三鷹では都市樹林型が多く,杉並と三鷹で都市オープン型が多かった(図10A)。越冬期は小平が目立って多く,内訳を見ても都市樹林型が非常に多く,都市オープン型も多かった(図10B)。三鷹はこれら(都市樹林型と都市オープン型)は少なかったが,ジェネラリストはやや多く,相対値は過半数となった(図10B)。杉並では三鷹よりも都市オープン型が多かった。小金井では都市樹林型が非常に少なく,都市オープン型がこれを上回った。全体としては季節分けをしても通年と基本的には似ていたが,越冬期には小平で都市樹林型が目立って多いという点が違った。

玉川上水の植生状態と鳥類群集 方法

2022-12-20 09:44:03 | 研究
方法
調査地の概要
 玉川上水は江戸時代(1652年)に造成された水路である。多摩川の羽村で取水して東進し,もともとは四谷大木戸までの43 kmの長さがあったが,現在は杉並区までの30 kmが開渠で,それより下流は暗渠になっている。玉川上水は東京都が管理しており「史跡玉川上水保存管理計画」(東京都水道局2007)を土台とする「史跡玉川上水整備活用計画(東京都水道局2009)に基づいて管理されている。この計画は玉川上水が遺跡であることから現状維持を基本とするが,水路・法面の壁面の崩壊を抑止し,良好な状態で保存するとしている。また小金井においてはサクラ並木の保存を目的とし,サクラの樹勢が劣化してきたので,サクラ以外の樹木の抑制が必要であるとし,実際2020年までに1.6 kmほどの範囲でサクラ以外の樹木はほぼ皆伐された。
調査地とした場所は上流の西側から,小平市,小金井市,三鷹市,杉並区の4カ所で(図1),東側ほど都市化が進んでいる。




 玉川上水沿いの緑地は基本的に上水の両側に樹林帯があり,その外側は道路や宅地であって樹林がアーケード状となっているが,その状態はこれら4カ所で異なっている。小平では樹林帯幅が約35 mと広いため後述する鳥類のセンサスルート範囲の多くを占め,その外側には宅地が多いが,玉川上水に隣接する津田塾大学のキャンパスに樹齢100年前後のシラカシ林や小平市中央公園の樹林もあるほか,雑木林や農地もある(図2A, 図3A)。


 小金井では「史跡玉川上水整備活用計画」によって1.6 kmほどの範囲でサクラ以外の樹木は伐採され,樹林帯の幅は20 mほどしかなく,サクラが間隔をおいて植えられているので調査範囲に占める樹林(サクラ植林)の占める割合は小さく,上水部分には広いオープンスペースがある(図2B, 図3B)。周辺には小金井公園の広い緑地や屋敷林があるが,玉川上水は五日市街道と上水通りに挟まれており,これらの緑地とは隔離されている。三鷹でも樹林幅は約20 mであるが,このうち井の頭公園では樹林に連続して周辺にも樹林があるので,調査範囲の多くは樹林が占める(図2C, 図3C)。井の頭公園以外では樹林外はオープンな場所がある。杉並は最も都心寄りであり,上水の両側に交通量の多い道路があり,樹林幅は15 m前後で,調査地範囲に占める樹林の割合は小さい(図2D, 図3D)。


 調査地の周辺の緑地は小平では玉川上水の樹林帯に隣接した公園や大学キャンパスがある場所とこれらの緑地がないところがある(図4A)。小金井では都道である五日市街道を挟んで広大な小金井公園がある(図4B)。三鷹では玉川上水は井の頭公園を通過するのでそこでは樹林が連続的だが,その下流では樹林帯だけになる(図4C)。杉並ではほぼ玉川上水の樹林帯だけで,周囲の緑地は乏しかった(図4D)。


生息地の樹林調査
 都市鳥類は調査地の樹林面積の影響を受けることが知られているが(樋口ら 1985; 一ノ瀬・加藤 1994; 加藤1996),玉川上水では樹林が連続的なので孤立緑地としての面積は測定できない。しかし樹林帯の幅には影響を受けると想定されるから,空中写真をもとに鳥類センサスルート(長さ1 kmあまり)の中にランダムに5カ所の幅60 m,長さ60 mの区画をとり,樹林の植被率を出した。
 また都市鳥類は樹林構造の影響も受けることが知られているので(樋口ら 1985; 一ノ瀬・加藤 1994; Callaghan et al. 2018など),ルート内の樹木の本数と胸高断面積,樹高,低木層の植被率を測定する樹林調査をおこなった。この調査では,ルート内に長さ100 mの帯状区をとり,生育する樹木の胸高周(高さ1.2 m)を精度1 cmで測定した*1。帯状区は場所により3カ所から6カ所とった*2。これら帯状区の幅は場所ごとに2 mから5 mほどの違いがあった*3。低木類の植被率はルートセンサス内にランダムに10カ所の2 m四方の区画をとり,目視により植被率を推定した。これらの調査は被度の評価に適した2021年の6月から9月にかけておこなった。サクラ類にはヤマザクラCerasus jamasakura,ソメイヨシノCerasus × yedoensis,イヌザクラPadus buergerianaがあったが,交雑が起きていて判別ができないものもあったので,イヌザクラ以外は「サクラ類」Cerasus spp.とした。測定値から胸高断面積を算出し,その合計値に対する各種の相対値をもとに2つの多様度指数を算出した。一つは次式で定義されるシャノン・ウィーナーの多様度指数である。

H’= -Σ (pi × ln pi)

ただしpiは種iの相対値
もう一つは次式で定義されるシンプソンの多様度指数である。
         D = 1 – Σ(pi2)
ただしpiは種iの相対値

 樹高はルートセンサス内でランダムに10本の樹木を測定した。測定には角度測定器(ミツモト,アングルファイダーレベル)を用い,角度と水平距離から樹高を求めた。樹高測定は2022年の4月下旬におこなった。

鳥類調査
 鳥類の調査はルートセンサス法により同じ日の同じ時刻(午前7時00分から)に4カ所で同時に開始し,センサスには約1時間をかけた。調査は2021年1月から11月までの奇数月に1日を選んで6回おこない,12月の1回を加えて合計7回おこなった。ルートセンサス法は一定の見落としは避けがたいものの(濱尾 2011),標準的な方法とされている(大迫 1989; Diefenbach et al. 2003; 環境省自然環境局生物多様性センター 2009)。上記の4カ所にセンサスルートをとり,1人から5人が1班として上水沿いの歩道のルート(長さ1.3-1.6 km)をゆっくり歩きながら左右それぞれ約30 m,全体で約60 m幅の範囲内で発見した鳥類の種類と個体数を記録した*4。調査員は20年以上の経験を積んだベテランであり,各自が日頃調査している場所を担当した。
 本調査では玉川上水沿いの樹林の状態と鳥類の関係に着目し,上水沿いの樹林内にいた鳥類とその外側にいた鳥類を区別して記録した(図3参照)。鳥類群集の多様度は種ごとの個体数をもとにシャノン・ウィーナーの多様度指数H’とシンプソンの多様度指数Dを算出した。

 都市化あるいは緑地の状態と鳥類の関係を理解するため,個々の種だけでなく鳥類の生息地利用の傾向のタイプで比較することが有効である。都市鳥類についてはこれまでいくつかの類型が試みられているが(濱田・福井 2013; 加藤・吉田 2011),本論文ではセンサスで記録された鳥類をJAVIAN Database(高川ら 2011)をもとに類型した。JAVIAN Databaseには各種の生息地利用が,市街地,農耕地,草地・裸地,森林のほか水辺環境などに類型されて示されているので,その組み合わせで以下の6タイプに分けた。
1)樹林型:環境利用がほぼ森林に限定的な種
2)非都市型:市街地以外を利用する種
3) 都市樹林型:市街地と森林を利用する種。ワカケホンセイインコはJAVIAN Databaseにないが,このタイプとした。
4) 都市オープン型:市街地と森林以外の環境を利用する種
5) ジェネラリスト:市街地,農耕地,草地・裸地,森林のほぼ全てを利用する種
6) その他:以上の類型に当てはまりにくい種で,具体的にはオオタカ(冬はジェネラリストだが,夏は農耕地と森林を利用),ツミ(冬は草地・裸地以外,夏は農耕地と森林を利用)である。これらはジェネラリストに近いが,典型的とはいえないタイプである。
 このタイプ分けによる個体数比較を繁殖期と越冬期それぞれで比較した。
なおカモ類,サギ類など水辺を利用する鳥類は発見が断片的であり,樹林との関係という調査目的とも直結しないので,本稿では解析から外した。

玉川上水の植生状態と鳥類群集 はじめに

2022-12-20 09:38:42 | 研究
高槻成紀・鈴木浩克・大塚惠子・大出水幹男・大石征夫

摘要
はじめに
方法 こちら
結果 こちら
考察 こちら
謝辞 こちら

摘要
玉川上水は東京の市街地を流れる水路で,その緑地は貴重である。玉川上水の樹林管理は場所ごとに違いがある。本調査は2021年に玉川上水の樹林管理が異なる4カ所(小平,小金井,三鷹,杉並)で鳥類の種ごとの個体数の調査(7回)と樹林調査(18地点)を実施した。鳥類群集は上水沿いの樹林帯と周辺の樹林も豊富な三鷹と小平で豊富であった。緑地が両側を交通量の多い大型道路に挟まれた杉並では,鳥類の種数と個体数が少なかったが,オナガ,ハシブトガラス,ドバトは比較的多かった。サクラ以外の樹木を皆伐した小金井では,近くに広い小金井公園があるにもかかわらず,鳥類群集は最も貧弱であった。とくに森林性の鳥類が少なく,都市環境でも生息するムクドリ,スズメなどがやや多いに過ぎなかった。玉川上水での鳥類群集の季節変化は都心の皇居や赤坂御所などと共通しており,夏にヒヨドリや他の森林性鳥類は減少した。これらの結果は,玉川上水の鳥類群集が植生管理の影響を強く受ける可能性を示唆する。今後の玉川上水の植生管理においてはこのような生物多様性の視点を配慮することが重要であることを指摘した。

はじめに
 都市緑地は必然的に面積や形状に制約があり,人の利用や管理の仕方によって生育する植物や生息する動物も影響を受ける。このため自然状態に比べて動植物の種数や個体数が貧弱になりがちである(Elmqvist et al. 2013; Alberti et al. 2017; Kondratyeva et al. 2020)。例えば行動圏の広い中大型の哺乳類などは生息できないことが多い(McCleery 2020; 園田・倉本 2003; 岩澤ら 2021など)。それに比較すれば鳥類は飛ぶことで分断された緑地をつなぐように利用できるため,全体の種数は非都市環境に比べて限定的ではあるものの(上田ら2016),哺乳類に比較すれば豊富である。
都市緑地と鳥類群集の関係については樋口ら(1985)以来の研究蓄積がある。樋口ら(1985)は東京周辺の面積の異なる51カ所の樹林で鳥類の種数を調査し,面積が広いほど鳥類の種数が多いことを示し,その要因として面積の他にも樹種,被度,孤立の程度などの可能性を指摘した。一ノ瀬・加藤(1994)はこれを発展させ,鳥類群集と樹林地を群集学的に類型し,要因の中で樹林面積が最重要であることを確認した。また加藤(1996)は東京都心で同様の調査をおこない,樹林面積とともに樹林の構造が重要であり,とくに低木層の発達するほど鳥類の種数が多くなることを示した。同様の傾向は神奈川県の丘陵地でも得られた(森田・葉山2000)。またMaeda(1998)は東京の住宅地において同様の調査をし,樹高8 m以上の樹木密度と樹高が増加すると鳥類個体数を多くなることを示した。
一方,2000年以降になると個々の緑地の大きさや構造だけでなく,景観レベルで緑地の孤立度や距離などに着目した研究も進んだ。森本・加藤(2005)は横浜の緑地の鳥類群集を調査して,緑地の面積や低木の被度とともに,緑地をつなぐ緑道があることで鳥類群集の豊かさが高くなることを示した。また岡崎・加藤(2005)は都市緑地の鳥類群集を調査し,孤立樹林の周辺での土地利用のあり方が鳥類群集に影響を与えることを示した。一方,鵜川・加藤(2007)は関連の研究を総説し,都市の鳥類にとっては緑地以外の場所(マトリックス空間)のあり方も重要であることを示唆した。加藤・吉田(2011)は景観レベルでの影響に注目し,東京周辺のマトリックス空間に農地や草地が多いと自然度の高い環境を好む鳥類が増えることを示した。
同様の研究は海外でもおこなわれ,都市化により生物多様性が減少することの例として鳥類を位置付けることが多い(Melles et al. 2003; Pauw & Louw 2012; Serres & Liker 2015; Hensley et al. 2019)。すでに1970年代に都市では鳥類群集が貧弱化することが指摘されていたが(Emlen 1974; Lancaster & Rees 1979など),この年代には景観レベルの視点はなかった。その後,景観レベルの解析がおこなわれるようになった(Trzcinskiwt et al. 1999; Austen et al. 2001; Fahrig 2001など)。これは日本でも同様である。この中で注目されるのは世界の51の都市を対象にしたCallaghan et al. (2018)の調査で,これによれば初期から指摘されてきた緑地面積が最重要であり,景観レベルでの要因はさほど重要ではないとされた。そして都市に残された大面積の緑地の保全が重要であるとした。また最近では鳥類の食性など生態学的特性と都市緑地との関連を解析した例がある(Leveau 2013; Lim & Sodhi, 2004; Kark et al. 2007など)。ただしこれは我が国ではほとんどない。
本調査で対象とした玉川上水は緑地が乏しい東京を流れる水路で,上水沿いの緑地は鳥類の貴重な生息地となっている(奥村・加藤 2017)。この緑地の大きな特徴は幅が狭いながらも30 kmもの長い範囲を連続していることにある。森本・加藤(2005)はこのような緑地を「緑道」と呼び,都市緑地をつなぐ機能を評価した。琵琶湖疏水も一種の緑道であり,都市的な鳥類はいるが,森林性の鳥類は乏しいという報告もある(宮本・福井 2014)。米国ノースカロライナ州の緑道ではその幅が鳥類の種類に影響するとされ(Mason et al. 2007),玉川上水でも同様の傾向があるとされる(奥村・加藤 2017)。玉川上水の緑地はもともとの樹林の状態や管理の仕方などにより,場所によって植生が大きく違う。例えば樹林の幅が30 m程度ある場所もあれば,20 m未満の場所もあるし,サクラだけが点々と植えられた場所,樹林周辺に連続的な林がある場所もある。こうした植生の違いは,上記のようにそこに生息する鳥類にも影響するはずであり,玉川上水は都市緑地の状態が鳥類群集に及ぼす影響を知る上で好適な条件を備えているといえる。
この調査はこのような視点に立ち,玉川上水の異なる管理を受けた緑地と鳥類群集との関係の解明を目指した。開渠部30 kmのうち樹林が豊かな場所の代表として小平と三鷹,最も都心寄りの杉並,樹林が伐採されてサクラしかない小金井の4カ所を選んだ。特に小金井では1.6 kmほどの区間で樹林帯が伐採されて玉川上水の緑地の連続性が途切れ,鳥類の生息への影響が注目される。調査地を4カ所としたのは主に調査者数が限定的であったからであり,このため都市緑地と鳥類群集の関係についての一般性を解明するのではなく,具体的な緑地の違いと鳥類群集の事実関係の記述をすることで,この分野への貢献をすることを目指した。

さいたま市の浦和商業高校のタヌキの食性

2022-12-15 10:11:50 | 最近の論文など
さいたま市の浦和商業高校のタヌキの食性
高槻成紀・小林邦夫

<各月の結果はこちら 2022.1-3月4−6月7-9月10−12月

摘要
 市街地のタヌキの食性分析例として、埼玉県さいたま市の高校の敷地に隣接する雑木の木立ちのタヌキの糞分析を行った。この木立ちは白幡沼という沼に隣接している。サンプルは2021年の1月から12月まで毎月採集し、ポイント枠法で分析した。ここのタヌキの食性は、冬は食物組成が多様で、春はアズマヒキガエルと昆虫が増え、夏はエノキの果実、昆虫、アメリカザリガニが増え、秋はエノキ、ムクノキの果実が優占した。特徴的なこととしてヒキガエルとアメリカザリガニが検出された。このことはタヌキの食性の日和見的性質を示している。検出された種子はカキノキ、ウメ、ビワなどの栽培種を含め7種にすぎず、関東地方の里山環境で検出されるキイチゴ類、クワ属、ヒサカキなどがなく、種数が貧弱であった。さまざまな人工物が検出されたが平均占有率は4.0%にすぎなかった。これらの結果は緑地に乏しい市街地にある学校の敷地とその周辺という、生育する樹木の種数が限定的で、沼に隣接する環境をよく反映していた。
キーワード:アズマヒキガエル、アメリカザリガニ、食性、タヌキ、都市

■ 序
 東京周辺のタヌキの食性はかなり明らかになってきた(山本・木下1994酒向ほか2008,手塚・遠藤 2005、Hirasawa et al. 2006、Sakamoto and Takatsuki 2015、Akihito et al. 2016、高槻 2017、Takatsuki et al. 2017、Enomoto et al. 2018、高槻ほか 2018、高槻・釣谷2021)。この地域のタヌキの食性は基本的に果実を主体にしており、特に秋と冬は果実をよく食べる。ただし夏には果実が少なくなるので、食物中に昆虫が多くなり、食物が最も乏しい冬の終わりから早春には鳥や哺乳類の羽毛、毛、骨などが検出されるようになる。これらの調査は主に郊外や山地で行われたが、市街地のものもある。ただし市街地の調査地のうち、皇居(酒向ほか 2008,Akihito et al. 2016)、赤坂御用地(手塚・遠藤 2005)、明治神宮(高槻・釣谷2021)などは都市としては例外的な森林があり、都市的緑地を代表するとはえない。市街地での調査事例としては川崎市(山本・木下1994)と小平市の津田塾大学の事例(高槻 2017)がある。川崎市では果実とともに人工物が非常に多かったが、津田塾大ではそうではなかった。これは家庭ゴミの回収の仕方が変化し、2000年以前にはゴミ回収法が不徹底だったためにタヌキが利用できたが、その後家庭ゴミはボックスなどに入れて回収されるようになったためにタヌキは残飯類などを利用しにくくなったものと考えられる。このように市街地のタヌキの食性分析例は少なく、さらなる分析事例が必要である。
 本調査の調査地である浦和商業高校は埼玉県さいたま市にある。ここは交通の要所でもあるために開発が進み、緑地は非常に限定的である。そしてビルや住宅地に囲まれているため、市街地のタヌキの食性調査事例として適している。ただし沼に接している点が特徴的である。

■方法
 調査地は旧浦和市、現在のさいたま市南区で(図1)、西側には新幹線、埼京線、東側に東北本線、南側に武蔵野線が走り、線路に囲まれている。

図1. 調査地の地図。●:タヌキの糞採集地

 また西側には首都高速大宮線、南側には東京外環自動車道があるなど交通の要所であり、開発が進んでいる。浦和商業高校の西側500 mに武蔵浦和駅があり、その周辺はビル街であるが、浦和商業周辺は学校が多く、住宅地が広がる。農耕地はなく、自然には乏しいが、学校の西側には白幡沼があり、弁天神社の小さな祠があって周囲に木立があり、限定的な緑地となっている(図2)。

図2. 調査地を白幡沼の西側から見た景観

 タヌキはこのあたりに生息し、高校生のクラブ活動が終われば明るいうちでも複数の個体が観察される。このように調査地は交通要所にある市街地に囲まれた高校の敷地に隣接する樹林であり、沼に隣接している点が特徴的である。
 ため糞はこの樹林内にあり、そこから糞サンプルを回収した。採集にあたっては,糞の大きさ,色,つや,新しさなどから同一個体による1回の排泄と判断されるタヌキの糞数個を1サンプルとし,それを複数採取した.
糞サンプルは0.5 mm間隔のフルイで水洗し,残った内容物を次の15群に類型してポイント枠法(Stewart 1967)で分析した.

哺乳類,鳥類,脊椎動物の骨,昆虫(鞘翅目,直翅目,膜翅目,幼虫など),節足動物(多足類など),甲殻類,その他の動物質,果実,種子,葉(イネ科,スゲ類,単子葉植物,双子葉植物、枯葉),支持組織(繊維、稈など)、植物その他(コケなど)、作物(農作物、栽培果樹)、人工物(輪ゴム,ポリ袋,紙片など),その他.

 ポイント枠法では,食物片を1 mm格子つきの枠つきスライドグラス(株式会社ヤガミ,「方眼目盛り付きスライドグラス」)上に広げ,食物片が覆った格子交点のポイント数を百分率表現して占有率とした.1サンプルのポイント数は合計100以上とした.また、食物カテゴリーの占有率を大きい順に並べた線グラフで表現する占有率–順位曲線(高槻ほか 2018)を描いた。
また、採食行動を記録するため調査地内に3台のセンサーカメラ(トレイルカメラPH770ー5S、Abask社)を設置してタヌキの出没や採食行動を記録し、糞分析の参考にした。

■結果
食物内容の季節変化
 各食物カテゴリーの占有率(%)の月変化を図3に示した(付表3も参照)。

図3. タヌキの糞組成の月変化(2022年)

 哺乳類の毛は1月から5月は微量、6-8月には10%前後となり、その後また少なくなった。カエルの骨は3, 4月に多く、特に4月には22%を占め、その後は数%で8月以降はほとんど検出されなかった。ザリガニは5月までは少なかったが6月には19.9%となり、その後10月までは数%から10%以上までの値をとった。
 昆虫は4月から8月までほぼ10%以上を占めた。4月の25.8%は最大値だったが、この月には節足動物も最大値(22.7%)をとった。これは昆虫の足や翅と違う細片で昆虫である可能性は大きく、そうであれば合計で50%近くを占め、非常に重要であった。
 果実と種子はここのタヌキにとって最重要な食物であった。1,2月はあわせて30%、3-6月には30-40%と少なかったが、7月以降に増加し、9月には最大の75.0%に達し、その後も70%前後を維持し、12月にはさらに増加して80%以上になった。
 葉は1-3月に多く20-30%を占めたが、その後は少なかった。
人工物は多い月でも10%未満で、8-10月には全く検出されなかったが、検出されたものは多様で次の通りであった。アルミホイル、プラスチック、ポリ袋、ポリエチレンの袋(いわゆる「レジ袋」を含む)、化学繊維、ゴム製品、輪ゴム、紙、皮革製品、糸、ひも

季節類型
 このような結果から、占有率の大きいカテゴリーをもとに季節区分をすると次のようにするのが妥当だと思われた(図4)。


図4. タヌキの糞組成の月変化(2022年)

 冬(1-3月):1月、2月は果実・種子がやや多く、葉、農作物、種子などもある程度多く、組成が多様という点で共通し、4月以降とは違った。3月は1月、2月より果実・種子が少ないが、人工物と葉が多い点で2月に似ており、昆虫が少ない点と脊椎動物(アズマヒキガエル)が多い点で4月と違った。3月と隣り合う月との百分率類似度を求めると、2-3月間は51.4%、3-4月間は47.6%で2月の方が大きかったので3月は冬とした。

春(4-6月):昆虫が多く、果実・種子は少ない点で共通していた。
夏(7,8月):昆虫と果実・種子が多い点で共通していた。
秋(9-12月):果実・種子が独占的である点で共通していた。

主要種の占有率-順位曲線
 食物カテゴリーごとの占有率-順位曲線を描いた(図5)。

図5. 主要食物カテゴリーの占有率-順位曲線

 果実は果肉と果皮(「果実」とする)と種子に加えて、その合計値(「果実合計」とする)を示した。占有率-順位曲線のパターンには安定的に豊富にあって動物がよく利用する高い占有率からなだらかに減少する「高値漸減型」、食物資源が局在するため一部のサンプルが占有率が多く低値も多い「L字型」、低値が少ない「I字型」、供給量は多いが動物が好まないために占有率は小さいが高頻度な「低値高頻度型」などがある(高槻ほか 2018)。「果実合計」は高い値から直線的に減少し、典型的な「高値漸減型」であった。果実、種子はカーブが下にやや窪む形をとった。動物質は最大値が中程度で低頻度なものが多く「I字型」が多かったが、昆虫だけは頻度が高く「L字型」をとった。葉は「L字型」、繊維は低い値である程度高頻度な「低値高頻度型」だった。作物と人工物は最大値が大きいか中程度で低頻度の「I字型」だった。

果実の推移
 果皮、果肉からは種の同定は困難なので、種子の占有率を示した(図6)。

図6. 主要種子の占有率の月変化. A:冬から夏に出現した種子、B: 夏以降に出現した種子. 縦軸は一定でない.

 センダンが1-4月に出現し、サクラ属が5月、ビワが6月、クワ属が6, 7月に5%前後からそれ未満で検出された(図5A)。エノキとムクノキは多く、ここのタヌキの非常に重要な食物となっていた(図5B)。エノキは1–3月は少なく4月には出現しなくなったが、5月から出現し始め、8月には35%に達し、その後10月には一時的に下がったが、その後再び増加した。ムクノキは1月から5月までは少なく、6–8月には出現しなくなったが、9月以降は20%前後を占め、12月には29.3%に達した。このようにタヌキは季節に応じて推移する果実を利用していた。

■考察
 関東平野の大都市の一つである旧浦和市(さいたま市南区)の市街地にある高校一帯に生息するタヌキの食性を糞分析によって調べた。この場所は周辺に農耕地がないこと、昼間は高校生がいるが夕方から夜は無人になること、一般の市街地よりは廃棄物などが得にくいこと、樹木や草本類が限定的であること、白幡沼という沼が隣接し、小規模な樹林があることが特徴的である。
 食物はエノキ、ムクノキなどの果実が主要であったが、春にアズマヒキガエルが、夏にアメリカザリガニが食べられる点が特徴的だった。都市、あるいは郊外で果実食傾向があることはこれまでも東京都小平市(高槻2017)、新宿御苑(Enomoto et al. 2018)、東京都日出町(Hirasawa et al. 2006; Sakamoto and Takatsuki 2015)、皇居(酒向ほか 2008; Akihito et al. 2016)、赤坂御用地(手塚・遠藤 2005)、明治神宮(高槻・釣谷2021)などで確認されているが、カエルやザリガニの利用は知られていない。タヌキが日和見的な食性を持つことはこれまでにも指摘さてきたが(山本・木下 1994; Hirasawa et al. 2006; Takatsuki et al. 2021)、この結果もそのことを裏付ける。
 エノキとムクノキの果実は特に重要であったが、これらの結実時期は夏以降であるにもかかわらず1–4月の分にも含まれていた。この時期のエノキ、ムクノキ、センダンは前年の夏から秋にかけて結実して落下したものをタヌキが探して食べたものと考えられる。同所的に生息するタヌキとテンの食性を調べた研究では、テンは結実期に果実を食べたが、タヌキは長い期間食べ続けたことが知られている(Takatsuki et al 2017)。カキノキは高校の敷地内にもあり、9月の結実初期には枝についたカキノキの果実を食べようと後肢で立ち上がり、何度か挑戦して最終的に果実に噛みついて枝を折ることに成功して、地面で食べるのがセンサーカメラに撮影された(図7)。

図7. 枝についたカキノキ果実を食べようと後肢立ちになったタヌキ(2022年9月18日).

 3月に「脊椎動物」が18.6%を占めたが、その大半はアズマヒキガエルの骨であった。この時期はアズマヒキガエルの繁殖期であり、警戒心がなくなっているためにタヌキが捕食しやすい可能性がある。調査地に設置したセンサーカメラにはヒキガエルを発見し、前肢でコントロールしながら噛みついて引きちぎったシーンが撮影された(図8)。

図8. アズマヒキガエルを捕食するタヌキ。A: アズマヒキガエルを見つけて右前肢でコントロールし、B: 引きちぎって食べる(2022年5月12日)

 糞中のアメリカザリガニは4月に多く(19.9%)、その後も10月まである程度出現したが、調査地のタヌキによるカエルやザリガニの利用は食物に占める割合は大きくはなかった。特にヒキガエルは利用も短期的であり、アメリカザリガニも出現頻度は35%程度で、高いとはいえない。これらのことから、ここのタヌキは基本的に調査地の木立や高校の敷地内の樹木の果実などを軸に、時々白幡沼を訪問してこれらを利用するという程度であると推察される。しかし、そのことはタヌキが生息地にある食物を順応的に利用してメニューを拡大する潜在力を持っていることを示す好例といえよう。
 人工物はアルミホイル、プラスチック片、ポリエチレンの袋、化学繊維、ゴム製品、輪ゴム、包紙、皮革製品、糸、ひもなど多様であったが、出現頻度は全体で23.0%、平均占有率は4.0%にすぎず、食物としての重要度は小さいといえる。人工物が20%以上であったのは果実も昆虫も乏しい2月だけで、これを除けば平均占有率は0.5%にすぎない。これは市街地の緑地に生息するタヌキとしては人工物への依存度が低いといえる。その背景として、高校の敷地であり、タヌキが利用する残飯や捨てられた菓子類などの袋などの供給が一般の公園などより少ないという事情があると思われる。
 食性とも関連するが、本調査地のタヌキの状況を考えてみたい。旧浦和市(現在はさいたま市の一部)は、1960年代から1970年代にかけて急激に発展し、人口は敗戦の1945年には94,000人ほどであったが、1960年には倍増して160,000人ほどになり、1988年(平成元年)には410,000人ほどで、敗戦年の4倍以上になった。さいたま市の土地利用の変遷を見ると、1906年には畑と田が広く、両方で60%以上であったが、1969年には田はやや増えたが、畑は8割ほど、樹林は7割ほどに減り、宅地が7割増えた(付表1)。

付表1. 旧浦和市(現さいたま市)の1906年, 1969年, 2006年の土地利用の推移(国土交通省 2012より)


 そして2003年になると、田畑を合わせても3割ほどに減少し、樹林は5%になったのに対して宅地は62%に達した。調査地周辺の土地利用の1961年と2022年を取り上げると、1969年には南西部は田畑が広がっていたが、現在は新幹線が通り、武蔵野線もあるので、ビル街となっている(付図1)。


付図1. 調査地周辺の1961年と2022年の土地利用(空中写真より作図)

 また北東部に多かった宅地が全体に拡大した。そしてこの範囲では田畑は消滅した。北部から東部には樹林がかなりあったが、この半世紀に減少し、現在はわずかに社寺や公園、学校などにしか残されていない。こうした中で白幡沼と隣接する樹林は貴重な緑地となっている。調査地はこの緑地帯の一角にあり、周辺には樹木のあるような広めの庭のある宅地もある。タヌキはそれらをつなぐように利用している可能性はあるが、人口数万人程度の小都市にあるようなまとまった樹林や農耕地はない。したがっていわば島のように孤立した状態で生息していると考えられる。そのことは食性にも反映しており、タヌキが利用していた食物に農作物と特定できるものは少なく、わずかにコメの籾殻、ソバ、ミカン種子が微量に検出されたにすぎない。調査地周辺に水田やソバ畑、ミカンの果樹園などはなく、何らかの理由で落ちたものを食べたものと思われる。強いて農地的な食物といえばカキノキの果実で、カキノキは高校敷地にもあり、タヌキがそれを食べるところもセンサーカメラに撮影された(図7)。しかしカキノキ果実の利用期間は短く、占有率も小さかった。したがってここのタヌキは農作物をほぼ利用していないといってよい。
 そうした中にあって高校の敷地内や周辺にエノキとムクノキが比較的多くあり、タヌキはこれらの果実に依存的である時期が長かった。ただし、タヌキが利用した果実の種数は少なく、これまでのタヌキの食性分析では種子は20種前後検出されることが多かったが、本調査地では7種にすぎず、非常に乏しいといえる。関東地方の里山のタヌキの食物からは、キイチゴ、クワ属、ミズキ、サルナシ、ヒサカキなどが高頻度で検出されるから(Hirasawa et al. 2006; Sakamoto and Takatsuki 2015; 高槻ほか 2020)、これらがなかったことは孤立した市街地にある高校とその周辺という、植物相の単純な環境を反映したものと考えられる。そのことを含め、本事例はタヌキの食性が日和見的であるという見解(Hirasawa et al 2006, Takatsuki et al. 2021)を支持するものであった。

■文献
     Akihito, Sako, T., Teduka, M. and Kawada, S. 2016. Long-term trends in food habits of the raccoon dog, Nyctereutes viverrinus, in the imperial palace, Tokyo. Bulletin of National Museum, Natural Science, Series A (Zoology) 42: 143–161. 
     Enomoto, T., Saito, M. U., Yoshikawa, M. and Kaneko, Y. 2018. Winter diet of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides) in urban parks, central Tokyo. Mammal Study 43: 275–280. 
     Hirasawa, M., Kanda, E. and Takatsuki, S. 2006. Seasonal food habits of the raccoon dog at a western suburb of Tokyo. Mammal Study 31: 9–14. 
 Sakamoto, Y. and Takatsuki, S. 2015. Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal. Zoological Science 32: 157–162. 
 酒向貴子・川田伸一郎・手塚牧人・上杉哲郎・明仁.  2008. 皇居におけるタヌキの食性とその季節変動. 国立科学博物 館研究報告 34: 63–75.
 Stewart, D. R. M. 1967. Analysis of plant epidermis in faeces: a technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology 4: 83–111. 
 Takatsuki, S., Miyaoka, R. and Sugaya, K. 2017. A comparison of food habits between the Japanese marten and the raccoon dog in western Tokyo with reference to fruit use. Zoological Science 35: 68–74.
 高槻成紀・岩田 翠・平泉秀樹・平吹喜彦. 2018. 仙台の海岸に生息するタヌキの食性  - 東北地方太平洋沖地震後に復帰し復興事業で生息地が改変された事例 -. 保全生態学研究 23: 155-165.
 高槻成紀・山崎 勇・白井聰一. 2020. 東京西部の裏高尾のタヌキの食性―人為的影響の少ない場所での事例―. 哺乳類 科学 60: 85–93. 
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・野々村 遥・菅谷圭太・宮岡利佐子・箕輪篤志. 2018. 動物の食物組成を読み取るための占有率 − 順位曲線の提案−集団の平均化による情報の消失を避ける工夫 −. 哺乳類科学, 58: 49-62.
 Takatsuki, S., M. Inaba, K. Hashigoe, and H. Matsui. 2021. Opportunistic food habits of the raccoon dog – a case study on Suwazaki Peninsula, Shikoku, western Japan. Mammal Study, 46: 25-32.
 高槻成紀. 2017. 東京西部にある津田塾大学小平キャンパスにすむタヌキの食性. 人と自然 28: 1–10.
 高槻成紀 ・釣谷洋輔. 2021. 明治神宮の杜のタヌキの食性. 鎮 座 百 年 記 念 第 二 次 明 治 神 宮 境 内 総 合 調 査 報 告 書 第 2 報 : 91-100.
 手塚牧人・遠藤秀紀. 2005. 赤坂御用地に生息するタヌキの タメフン場利用と食性について. 国立科学博物館専報 39: 35–46. 
 Whittaker, R. H. 1952. A study of summer foliage insect communities in the Great Smoky Mountains. Ecological Monographs, 22: 1-44.
 山本祐治・木下あけみ. 1994. 川崎市におけるホンドタヌキ Nyctereutes procyonoides viverrinus個体群の死亡状況と生命表. 川崎市青少年科学館紀要 5: 35-40.


ヤマネ

2022-12-14 09:04:22 | 最近の論文など
2022年11月27日に八ヶ岳自然クラブからフクロウの巣箱から確保した巣材が送られてきました(12月10日)。巣材は樹皮のチップが入っていて、フクロウの食べ物がその中に入っているので、ネズミの骨を調べています。そのうちの一つの中にヤマネの死体がありました。食べ跡はなく、骨も壊れていませんでした。

側面 体重17g、オス

背面





ゴマについて

2022-12-05 12:20:41 | 研究
9月くらいから目に付く種子が出ていました。私はイネ科の何かだと直感して色々調べてみましたが、どうも該当しません。そのうちわかるだろうと思っていましたが、11月にはこれが大量に出てくる分がいくつもありました。これはなんとかしないといけないと思っていたのですが、糞を回収してくれている稲葉さんとやりとりをしていたら「おむすびでも食べてそのゴマが出てきたんでしょうか」というコメントがあり、ハッと思いついて我が家のゴマを見たらピッタリです。写真の左側がゴマそのもので、右側はタヌキの糞から出てきたものです。


稲葉さんに聞くと、ゴマの畑は見当たらないとのことですが、残飯で確保できるような量ではないので、家庭菜園でもあるのかもしれません。
 いずれにしても一件落着でホッとました。