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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

5月7日のシンポジウム

2023-05-07 22:26:02 | その他
玉川上水の自然と分断道路

高槻成紀(玉川上水みどりといきもの会議代表)

私は 玉川上水の 動植物を調べてきた。そして、小平の玉川上水が上水全体の中でも、もっとも豊かであるということがわかってきた。その小平の玉川上水に、昭和の時代に計画された328号線道路がつけられることが実現化しそうだということを知り、黙っていられない気持ちになった。そこで 同じ思いを持つ人たちとシンポジウムを開催することにした。このシンポジウムでは二つの講演と、意見交換の時間を設けた。

最初の話題は水口和恵さんによる10年前の住民投票活動と、その後の経緯に関するものだった。 この道路の話は新しいものではない。十年前にも問題とされ、計画に対して立ち上がったのが水口さんたちのグループであった。今回はその時のことと、その後の経緯について話してもらった。それによると、2013年2月に小平市長に、道路計画の見直しについての住民投票をするための条例の制定を直接請求し、それが市議会で可決されたこと、4月に市長選があって小林市長が再選された後、投票率50%以上が必要という条件を「あと出し」し、投票率35%で不成立されたことは、知ってはいたが、フェアでないことに憤りを感じた。その後の投票用紙の開示を求めた裁判の提起と敗訴、最高裁判決の翌日の投票用紙の破棄など、誰のための判決であり、誰のための行政なのかと思った。
続いて私が小平の玉川上水の豊かさについて話した。ここではその内容について紹介したい
 一つは 玉川上水花マップについてである。私は 2015年に大学を定年退職し、時間が取れるようになったので 玉川上水の動植物を調べることにした。手始めに行ったのは、野草を記録することだった。というのは 都市緑地は、植生の管理の仕方によってそこに生える植物が常に変化しているからである。 玉川上水には 96の橋があるので、十人余りの仲間に声をかけて毎月、指定した植物を確認してもらった。その結果、約100の区画について 200種の 野草の「ある、なし」が記録された。この膨大なデータを元に代表的な植物について花マップの冊子を作った(図1)。この調査で分かったのは、かつて広がっていた畑や雑木林にあった野草が、開発によって失われ、玉川上水に逃げ込むような形で生き延びているということだった。また、このような調査が、ビギナーを含む市民によって実施されたということの意味も大きいと思った


図1. 完成した玉川上水花マップの冊子

 次に紹介したのは タヌキについてである。私は玉川上水と、そこから少し離れた孤立した緑地でセンサーカメラによるタヌキの生息状況を調べた。その結果、緑地が連続している玉川上水の方が、公園など孤立した緑地よりも撮影率が高い、つまり緑地が連続していることがタヌキの生息に好都合であるということがわかった(図2)。


図2. 玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率

小平には 津田塾大学がある。津田塾大学のキャンパスは玉川上水に接しているから、タヌキが生息しているに違いないと踏んでいた。そこでセンサーカメラを設置したところ、すぐにタヌキが撮影された。キャンパス内に少なくとも3ヶ所の「ため糞場」を見つけることができた。その糞を分析し、タヌキは秋から冬にかけて果実をよく食べ、夏には 昆虫をよく食べることがわかった(図3)。


図3. 津田塾大学のタヌキの糞組成(「人と自然」誌, 高槻 2017より)

ただし 果実の内容はほかの里山のタヌキと違い、エノキ、ムクノキ、ギンナンなどに限られ、低木類の果実はほとんどみられなかった。そこで 津田塾大学の林と 玉川上水の林で樹木を比較してみたところ、玉川上水ではコナラやクヌギを中心とする落葉広葉樹が多いのに対して、津田塾大学ではシラカシが多いことがわかった。また林の下に生える植物を比較すると 玉川上水では落葉広葉樹の低木が多いのに対して 津田塾大学ではアオキを主体とする常緑低木が多いことがわかった。津田塾大学の 歴史を記した本によると、津田塾大学は1931年に麹町から小平に移転したことが分かった。 春になると畑から砂埃が飛んでくるので防風林としてシラカシを植樹したという記述があった。つまり、現在の津田塾大学の鬱蒼とした林は、約90年前に植えられたシラカシが育ち、そのために 明るい場所を好む低木類が少なく、それがタヌキの食性に影響していることがわかった。
このため糞場には 春になるとエノキやムクノキの芽生えがたくさん見られ、タヌキがこれらの木の種子散布をしていることもわかった。また、タヌキの糞にはコブマルエンマコガネという小型の甲虫がたくさん来ることも分かった。こうしたことを考えると、良い林があることでタヌキが生息し、タヌキは果実を食べて種子散布をし、糞をしてエンマコガネを養うという具合に、生き物のつながりがあることが分かってきた(図4)。


図4. タヌキと他の動植物とのリンク(つながり)

次におこなったのは 樹林の状態と鳥類の関係についての調査である。樹林調査を行ったところ、小平、三鷹、杉並、小金井の順で樹林の豊かさがなくなることがわかった。これは 小平では樹林幅が広いため、三鷹の井の頭公園では樹林幅は狭いが、周りに連続的な林があるため、小金井は桜以外の木を伐採したためであることがわかった。これら4カ所で 一年を通じて鳥類調査を行ったところ、鳥類も小平、三鷹、杉並、小金井の順で種数、個体数が少なくなることがわかった。その内訳は多くのタイプの鳥がこの順で少なくなったが、エナガなど樹林型で特に著しく、逆にスズメなど都市オープン型は杉並、小金井の方が多かった(図5)。この調査により、鳥類は樹林のあり方に強い影響を受けることがわかった。


図5. 玉川上水沿い4カ所における鳥類のタイプごとの個体数比較(「山階鳥類学雑誌」, 高槻ほか印刷中より)

我々の仲間が玉川上水開渠部分の最下流である杉並の久我山で同じように鳥類調査を行っている。2017年から行った調査によると、2019年に鳥類の個体数が大幅に少なくなった(図6)。この場所は 2019年に「放射五号線」という大型道路ができ、玉川上水を両側から挟む形になった。これにより 交通量が大幅に増え、鳥類には住みにくい環境になったものと思われる。


図6. 杉並区久我山における2019年の放射5号線開通前後の鳥類の個体数変化(「Strix」誌, 大塚ほか、印刷中より)

この調査で示されたのは、道路開通は鳥類の生息に非常に大きい影響を与えるということである。にもかかわらず、東京都建設局が工事前に予測した文章では、玉川上水の樹林は一部失われるが、大半は残っているので、動植物への影響は全くないと決めつけている。このような根拠のない説明で道路工事が決定されたとすれば、実質的には生物多様性の保全はまったく配慮されていないと言わざるを得ない。
玉川上水に沿った道路でさえ、これだけの影響があるのだから、玉川上水を横切る幅32メートルもある328号線がつけば、その影響の程度はこれよりもはるかに大きなものとなるであろう。

玉川上水は江戸時代に作られた歴史的遺跡である。1965年に上水の機能を終えてからは、樹木が育つようになった。周辺が市街地化する中で、武蔵野の動植物が逃げ込むように生き延びる場所となり、住民にとっては散策し、その自然を楽しむことの意味が大きくなった。半世紀も前の昭和の高度成長期に、経済発展のために都市の自然が破壊された。328号線は、その時代の空気の中で計画されたものであった。現在はどうであろうか。「人か自然か」という二者択一の基準を置き、自然の犠牲はやむを得ないとしたのが高度成長期の考え方であった。道路がつけば人の生活が便利になることは確かであろう。しかし、本当に「人か自然か」という二者択一の考え方は正しいのであろうか。日本の現状を考え、これから先のことを考えた時、次の世代にどのような玉川上水を残すかは、我々に課された大きな課題であろう。動植物のことを考え続けてきた私には、この分断道路をそのまま開通させることに何もしないのは、自分を許せない気がする。 折しも、神宮外苑の街路樹伐採に対して大きな反対運動がおこっている。私たちの中に、都市に残された自然に対して、もうこれ以上の仕打ちはやめるべきだという気持ちが湧き上がっているのではないだろうか。このことは、行政の決定に対して、住民の意志をいかに反映させるかを考えるという意味でも重要な課題であると思う。

休憩の後、2氏からコメントをもらった。
関野吉晴氏は「グレートジャーニー」の経験からアマゾンの狩猟採集民との交流の話から、ゴミ、排泄物、死体が自然の循環の中にあること、それに対して我々はその循環からはずれてしまった。それは「もっともっと」という欲望が過剰となったからであり「ほどほど」が大切であり、玉川上水の分断道路も同じ過剰欲望の一例だとした。
次に國分功一郎氏は、10年前の住民運動の時に体験した道路建設の説明会での衝撃、つまり誰がどうして決めるかがわからず、住民の声が全く無力であることを知らされたことを話した。また328号線が小平の西のことで、多くの小平市民にとっては直接関わらないにも関わらず、市長選と同レベルの投票率があったことから、市民の関心が高かったことを説明した。次に昭和の高度経済の時代の計画が今も進められていることについては、あの時代の経済は望めないにも関わらず、全く見直されないまま強行されるのは行政だけでなく、資本の動きがあるからであろうとした。そして行政に立ち向かうのは極めて困難であるとしながらも、横浜市の瀬上沢緑地の開発を東急が断念したなどの例もあり、何がどこで役に立つかはわからないので、こういうシンポジウムなども何かの力になるかもしれないと結んだ。

その後、意見交換をした。小平市以外から参加した人に挙手を求めたところ過半数の挙手があるように見えた(アンケートによれば実は46%であった)。このことは多くの人がこの分断道路は小平だけの問題ではなく、玉川上水全体にとっても重大な問題であると考えていることを示す。
多様な意見が出たが、一つの極は道路計画そのものを見直すべきだというものであった。この人は人も自然の一部であるということ、昭和に立てられ得た計画は今は状況が違うので納得できないという意見であった。これに対して問題をそこまで戻すのは非現実的であり、実際に少しでも可能性があるものとしては地下ないし高架に変更させることで、地上(平面)道路による樹林破壊を回避すべきという意見であった。これについて異なる意見も出され、盛り上がりを見せた。
リー智子さんから、 自分は地下化には問題があると考えるが、もしそのことによって計画の見直しがされれば、着工が十年くらい延びるのではないか、その意味で地下化にも意味があると思うという意見が出て、拍手する人もあった。
今回の意見交換によって一つの結論に到達することはないし、そうである必要もないと思う。私たちのできることには限りがある。しかし、玉川上水の自然が貴重であるということを明らかにし、そのことをもっと積極的に発言することによって、多くの人にその価値を知ってもらうこと、そしてそのことをメディアなどを通じて社会に発信することで、行政に見直しを図ることはできるかもしれない。そうした努力を粘り強く進めていきたいと思った。

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