今日はMGの診察で市大病院に来ました。
脊柱管狭窄症による脚の痛みも3ヶ月前の診察の時よりずいぶんと回復し、歩道から受付迄休まずに歩けました。(^.^)
市大病院に来るといつも思い出すのは、ここで白血病と闘っていた高校の同級生の藤本君の事です。
彼は柔道部に属していて身体は均整の取れた筋肉質でしたが、高校を卒業して間もなく不治の病の白血病に犯され、短い人生に幕を閉じました。
当時の僕は名古屋で浪人生活をしていたので、同級の友人達と彼を見舞いに行きました。
その頃の市大病院は古い建物だったので、随分と薄暗いイメージがあります。
病室には彼と彼の母親が居たと思いますが、藤本君が【俺も大学に行きたい】と言った時、彼の母親の顔が寂しそうな表情になった事を覚えています。
間もなく彼は帰らぬ人となりましたが、僕は市大病院へ行く度に彼の事を思い出します。
合掌
脊柱管狭窄症による脚の痛みも3ヶ月前の診察の時よりずいぶんと回復し、歩道から受付迄休まずに歩けました。(^.^)
市大病院に来るといつも思い出すのは、ここで白血病と闘っていた高校の同級生の藤本君の事です。
彼は柔道部に属していて身体は均整の取れた筋肉質でしたが、高校を卒業して間もなく不治の病の白血病に犯され、短い人生に幕を閉じました。
当時の僕は名古屋で浪人生活をしていたので、同級の友人達と彼を見舞いに行きました。
その頃の市大病院は古い建物だったので、随分と薄暗いイメージがあります。
病室には彼と彼の母親が居たと思いますが、藤本君が【俺も大学に行きたい】と言った時、彼の母親の顔が寂しそうな表情になった事を覚えています。
間もなく彼は帰らぬ人となりましたが、僕は市大病院へ行く度に彼の事を思い出します。
合掌
7月8日は 親友の命日でした。
リンパ腺の癌でした。
7月7日がMG記念日なので 尚更 忘れる事が出来ません。
病院に行くたびに 7月が来るたびに・・・。
心の中で彼女に話かけてしまいます。
今の自分は 彼女に認めてもらえる生き方ができているのか? 自問自答しては 反省します。
大切な人の死は 埋められない大きな喪失感がありますね。
合掌。