著者:西村淳 新潮文庫刊 定価:514円(税別)
初版:平成16年10月1日発行
7刷:平成17年6月10日(入手版)
その昔。
厳冬期の北海道を旅行したことが有る。
宿で宴会をしていて氷が無くなったときに、氷柱を折ってきて!
と頼まれて「あいよ」と二つ返事で取りに表に出たときの気温が
-20度くらいだったと思う。
酒で火照った体に冷気が心地よく(一瞬で冷えたが)、
夜空に煌くダイヤモンドダストが綺麗だった。
その昔。
上野の国立科学博物館に行った際に立ち寄った南極展で。
南極の世界を貴方も体験!みたいなブースがあって。
そこで疑似体験できた気温が、-20度だったか、30度だったか…。
厳冬期は-70度を越える、僕の見聞したレベルなんぞを遥かに凌駕した、
酷寒という言葉すら生ぬるく感じるような世界に。
一年間9人の男が顔をつき合わせて暮らすとすれば、それはどのような
ものになるのだろう?
少なくとも。
生半な想像なんぞ、及びもつかないことは間違いなかろう。
本書は、著者が1997年に行われた南極観測隊第38次隊に参加し、
かつ設備の充実した昭和基地ではなく、ドームふじ基地で越冬した際の
経験を記したものである。
#地図は、WIKIより。
外気温は、夏場でー20度台。冬場ともなると-70度台にまで下がる。
しかも、標高は3800m。
そこは、ウイルスさえも生存が許されない地。
あるいは、節水のため、8日に1度しか許されない入浴。
それも、使用する水の量は、厳しく制限されている。
湯船のお湯が入れ替えられるのは、一月に1度のみ。
後はひたすら、9人の男が交互に入って煮〆たようになるお湯。
あるいは、食べ物。冷凍した後に、きちん解凍できるもので無ければ
持っていけないところ。
(卵やコンニャクなんかは、全然ダメだそうだ)。
それでも。
そんな環境でも。
人は、その場に行き、そして観測作業を行うことの出来る生き物である。
ドームふじ基地のミッションは様々なものがあるが、ひとつは氷床深層掘削。
数千mまで氷を垂直に掘り進め、様々な時代の(文字通り)空気を探ろうと
いうものである。
その他、本書でもよく取り上げられた大気観測をはじめ、様々な調査が
進められる。
とはいえ、9名しかいない越冬隊員。
自分の専門業務だけやっていればよい訳ではない。
他の人の作業のヘルプに行ったり、建物の造作を行ったり、あるいは
通信、あるいはメカニック、またあるときはシェフと、一人がそれこそ
多羅尾伴内のように(古い!)様々に助け合う必要が出てくる。
著者の主たる業務はコック。
一年間の越冬隊員の食生活を中心に語られるエピソードは、どれも
抱腹絶倒悶絶必死の面白さである。
とにかく、彼らはよく食い、よく飲み、よく宴会をした。
古来、三大遊び心をそそると言われる(笑)、飲む打つ買うのうち、
選択肢が一つしかないとなれば、飲みに走るのもむべなるかなといった
ところだろう。
また、9人の集団生活である。
どうしても軋轢や感情の衝突も出てくる。
その緩衝材となってくれたのがアルコールなのだ。
#点火材となったこともあったが(笑)。
ただ。
ひたすらに。
彼らは観測し、作業をし、そして、飲む。食べる。
その繰り返しの営みがこれほどまでに面白いのは、本書に書き表された
様々な出来事が正に人間社会の縮図、というよりも、デフォルメされた
構図だからとも言えるだろう。
リーダーで有りながら、今一要領を得ない男。
体力お化けと称せられ、この環境においても屋外でジョギングをする男。
自分の都合を優先させ、共同作業中の周囲の顰蹙を買う男。
節水がモットーの基地において、ハリウッドシャワー(普段僕達がやって
いる水浴び放題シャワーである)をしてしまう男。
酒に弱いのに、饒舌さではどの酔っ払いにも負けない関西男(笑)。
実に様々な男達が、本書には登場する。
彼らを見る著者の目線は、ほんとに普通のその辺りの暖簾をくぐれば、
上司や部下に対して管を巻いていそうなおっさんのそれである。
それでも。
時に、他者に対して冗談めかしながらも鋭い切り込み(もっと言えば文句)を
浴びせかける著者に対して読み手が共感してしまうのは、人は誰も聖人君子で
ある訳も無く、自分勝手な目線で怒り、笑い、共感する生き物であり、それを
率直に表現出来る著者に羨ましさを感じるからに他なるまい。
逆に言えば、これほどの極限環境である。
感情を腹の中に抱え込んでいては、1年もの長帳場をもつ訳も無いのだ。
きちんと抜くべきときにガスを抜き、遺恨を残さない。
それができない人は、間違っても南極観測隊に参加すべきではないだろう。
勿論、本書に描かれた人々が皆、著者のように感情を積極的に発露したと
いう訳ではない。
だが、そうした人も、その人なりに合ったやり方で、自分の感情の迷宮と
折り合いをつけていたのだろうし、だからこそ1年の越冬生活を終える
その時、涙を流して別れを惜しむ情景も現出したと思いたい。
そんな男達を、在る時は微細に、在る時は大雑把に、あくまで著者の
目線で語ってくれるこの本。
公式の記録集等では見ることの出来ない、リアルな越冬隊の姿がそこに
ある。
今年もまた。
2月1日から始まった越冬隊は、ようやく折り返し点を迎えた頃だ。
日本とは気候が逆故に、今は厳冬期の最中にあって。
それでも黙々と、時にはバカを言い合って日々の業務に勤しんでいる
彼らに。
1万5千Km彼方から、密やかなるエールを送りたい。
(この稿、了)
(付記)
しかし、この連中(失礼!)、よく遊ぶなあ。
ときに-50度の最中、屋外焼肉やジンギスカンパーティーを行い、
またあるときはドラム缶で露天風呂を設営し、温度差100度の
お風呂と洒落込んでいる。
こういうノリって、殆ど学生時代の合宿のようで、読んでいる方も
楽しくなってくること請け合いである(笑)。
最初、越冬隊員に選ばれて、食料調達にかかるところからして、既に
笑いが止まらない。
某乳業に「南極越冬隊ですが、凍っても大丈夫な牛乳はありますか?」と
電話をして、本物と信じてもらえず電話を切られたりね。
本書の中で、随分と的にされていた不肖宮嶋氏。
本書と合わせて読むと、面白さは倍増するに違いない!
初版:平成16年10月1日発行
7刷:平成17年6月10日(入手版)
その昔。
厳冬期の北海道を旅行したことが有る。
宿で宴会をしていて氷が無くなったときに、氷柱を折ってきて!
と頼まれて「あいよ」と二つ返事で取りに表に出たときの気温が
-20度くらいだったと思う。
酒で火照った体に冷気が心地よく(一瞬で冷えたが)、
夜空に煌くダイヤモンドダストが綺麗だった。
その昔。
上野の国立科学博物館に行った際に立ち寄った南極展で。
南極の世界を貴方も体験!みたいなブースがあって。
そこで疑似体験できた気温が、-20度だったか、30度だったか…。
厳冬期は-70度を越える、僕の見聞したレベルなんぞを遥かに凌駕した、
酷寒という言葉すら生ぬるく感じるような世界に。
一年間9人の男が顔をつき合わせて暮らすとすれば、それはどのような
ものになるのだろう?
少なくとも。
生半な想像なんぞ、及びもつかないことは間違いなかろう。
本書は、著者が1997年に行われた南極観測隊第38次隊に参加し、
かつ設備の充実した昭和基地ではなく、ドームふじ基地で越冬した際の
経験を記したものである。
#地図は、WIKIより。
外気温は、夏場でー20度台。冬場ともなると-70度台にまで下がる。
しかも、標高は3800m。
そこは、ウイルスさえも生存が許されない地。
あるいは、節水のため、8日に1度しか許されない入浴。
それも、使用する水の量は、厳しく制限されている。
湯船のお湯が入れ替えられるのは、一月に1度のみ。
後はひたすら、9人の男が交互に入って煮〆たようになるお湯。
あるいは、食べ物。冷凍した後に、きちん解凍できるもので無ければ
持っていけないところ。
(卵やコンニャクなんかは、全然ダメだそうだ)。
それでも。
そんな環境でも。
人は、その場に行き、そして観測作業を行うことの出来る生き物である。
ドームふじ基地のミッションは様々なものがあるが、ひとつは氷床深層掘削。
数千mまで氷を垂直に掘り進め、様々な時代の(文字通り)空気を探ろうと
いうものである。
その他、本書でもよく取り上げられた大気観測をはじめ、様々な調査が
進められる。
とはいえ、9名しかいない越冬隊員。
自分の専門業務だけやっていればよい訳ではない。
他の人の作業のヘルプに行ったり、建物の造作を行ったり、あるいは
通信、あるいはメカニック、またあるときはシェフと、一人がそれこそ
多羅尾伴内のように(古い!)様々に助け合う必要が出てくる。
著者の主たる業務はコック。
一年間の越冬隊員の食生活を中心に語られるエピソードは、どれも
抱腹絶倒悶絶必死の面白さである。
とにかく、彼らはよく食い、よく飲み、よく宴会をした。
古来、三大遊び心をそそると言われる(笑)、飲む打つ買うのうち、
選択肢が一つしかないとなれば、飲みに走るのもむべなるかなといった
ところだろう。
また、9人の集団生活である。
どうしても軋轢や感情の衝突も出てくる。
その緩衝材となってくれたのがアルコールなのだ。
#点火材となったこともあったが(笑)。
ただ。
ひたすらに。
彼らは観測し、作業をし、そして、飲む。食べる。
その繰り返しの営みがこれほどまでに面白いのは、本書に書き表された
様々な出来事が正に人間社会の縮図、というよりも、デフォルメされた
構図だからとも言えるだろう。
リーダーで有りながら、今一要領を得ない男。
体力お化けと称せられ、この環境においても屋外でジョギングをする男。
自分の都合を優先させ、共同作業中の周囲の顰蹙を買う男。
節水がモットーの基地において、ハリウッドシャワー(普段僕達がやって
いる水浴び放題シャワーである)をしてしまう男。
酒に弱いのに、饒舌さではどの酔っ払いにも負けない関西男(笑)。
実に様々な男達が、本書には登場する。
彼らを見る著者の目線は、ほんとに普通のその辺りの暖簾をくぐれば、
上司や部下に対して管を巻いていそうなおっさんのそれである。
それでも。
時に、他者に対して冗談めかしながらも鋭い切り込み(もっと言えば文句)を
浴びせかける著者に対して読み手が共感してしまうのは、人は誰も聖人君子で
ある訳も無く、自分勝手な目線で怒り、笑い、共感する生き物であり、それを
率直に表現出来る著者に羨ましさを感じるからに他なるまい。
逆に言えば、これほどの極限環境である。
感情を腹の中に抱え込んでいては、1年もの長帳場をもつ訳も無いのだ。
きちんと抜くべきときにガスを抜き、遺恨を残さない。
それができない人は、間違っても南極観測隊に参加すべきではないだろう。
勿論、本書に描かれた人々が皆、著者のように感情を積極的に発露したと
いう訳ではない。
だが、そうした人も、その人なりに合ったやり方で、自分の感情の迷宮と
折り合いをつけていたのだろうし、だからこそ1年の越冬生活を終える
その時、涙を流して別れを惜しむ情景も現出したと思いたい。
そんな男達を、在る時は微細に、在る時は大雑把に、あくまで著者の
目線で語ってくれるこの本。
公式の記録集等では見ることの出来ない、リアルな越冬隊の姿がそこに
ある。
今年もまた。
2月1日から始まった越冬隊は、ようやく折り返し点を迎えた頃だ。
日本とは気候が逆故に、今は厳冬期の最中にあって。
それでも黙々と、時にはバカを言い合って日々の業務に勤しんでいる
彼らに。
1万5千Km彼方から、密やかなるエールを送りたい。
(この稿、了)
(付記)
しかし、この連中(失礼!)、よく遊ぶなあ。
ときに-50度の最中、屋外焼肉やジンギスカンパーティーを行い、
またあるときはドラム缶で露天風呂を設営し、温度差100度の
お風呂と洒落込んでいる。
こういうノリって、殆ど学生時代の合宿のようで、読んでいる方も
楽しくなってくること請け合いである(笑)。
最初、越冬隊員に選ばれて、食料調達にかかるところからして、既に
笑いが止まらない。
某乳業に「南極越冬隊ですが、凍っても大丈夫な牛乳はありますか?」と
電話をして、本物と信じてもらえず電話を切られたりね。
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本書と合わせて読むと、面白さは倍増するに違いない!
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