壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

センス

2010年05月20日 22時15分12秒 | Weblog
         使至塞上(使いして塞上に至る)   王 維

       単車辺(たんしゃ へん)を問わんと欲して
       属国居延(ぞくこく きょえん)を過ぐ
       征蓬漢塞(せいほう かんさい)を出で
       帰雁胡天(きがん こてん)に入(い)る
       大漠弧烟直(だいばく こえん す)ぐに
       長河落日円(ちょうがらくじつ まど)かなり
       蕭関候騎(しょうかん こうき)に逢えば
       都護(とご)は燕然(えんぜん)に在りと

      たった一台の車で、辺境を視察しようとして、
      典属国を拝命した私は、匈奴の地、居延のあたりにさしかかった。
      風に吹かれ、転がっていく蓬(よもぎ)は、漢の砦(とりで)を出発し、
      北へ帰る雁は、異国の空の下に入って行く。
      大砂漠の彼方には、ただ一条(ひとすじ)の煙がまっすぐに立ち上り、
      遙かに流れゆく大河の果てに、まあるい大きな太陽が沈んでいく。
      蕭関で斥候(せっこう)の騎馬兵に出会ったら、
      都護どのは、燕然山まで前進しておられるとのことだ。


 この詩は737年、王維(おうい)が節度判官(せつどはんがん)に転任となり、初めて塞外(さいがい)へ出たときの印象を詠じた、一種の辺塞(へんさい)詩である。したがって、通例のごとく、漢代に時代を借りている。
 この詩の見どころは、なんといっても王維の画家としての抜群のセンスにあろう。広大な砂漠地帯の風物を、一幅の近代的かつモダンな幾何学模様の絵画に構成している、3・4行目と5・6行目の対句部分である。
 3・4行目では、地上を転がる蓬と、天空を飛ぶ雁の上下の対比、同時に「出」と「入」の対比により、奥行きがとらえられる。
 5・6行目では、まず際限もなく広がる砂漠と、真っ直ぐに上る一条の煙。面の広がりと直線の構図。この「直」の字が、絵でいえば、画面の中央にスーッと描かれるように、この詩のアクセントになっている。
 つぎは、長河とまあるい落日。幅のある横の線と円である。そしてこれは、モノクロームではない。原色の世界である。黄色というより、黄金色の砂漠、真っ赤な夕日、青い煙、白い河。こういった組み合わせは、強烈な印象を持つ立体的幾何学模様の極致を示すといえよう。雄大にして迫力あるパノラマを見る心地がする。王維の情熱の一端を垣間みる作品でもある。
 

      狛犬の阿吽に夕日 楠落葉     季 己