壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

鹿の袋角

2008年05月21日 21時53分57秒 | Weblog
 お気に入りの散歩バッグの一つに、特別に注文したショルダーがある。
 大きさを指定し、金具は一切使わず、できるだけシンプルな革のショルダーバッグということで、神戸の「ATELIER FISK KOBE」さんにお願いした。
 出来上がってきた鞄は、“作品”と呼んでもいいくらい、素晴らしく、斬新なものであった。“被せ”を止める、止め具に鹿の角が使われている。これがアクセントとなり、大いに気に入った。聞けば、奈良公園の鹿の角とのこと。

 大陸と地続きであった大昔には、日本にも、マストドンのような巨象も棲んでいた。今でもしきりに恐竜の化石が発掘されている。
 やがて日本海が陥没して、離れ島となってからは、巨大な獣や恐ろしい猛獣が、大陸との間を行き来することもなくなった。狭い土地に多くの人間が増加するに及んで、いよいよ、大型の獣や猛獣は棲みにくくなってきた。
 熊・狼・鹿・猪などが僅かに生き残ったのだが、中でも、人間と最も深い交渉を保っているのが鹿である。

 奈良の春日大社や、安芸の厳島神社の境内などで飼育されている鹿が、私たちに最もたやすく野生の姿を見せてくれている。
 鹿といえば、先ず第一に眼に浮かぶのは、その角である。
 牡鹿の角は、常盤木の落葉と同じく、抜け落ちて、五、六月ごろ新しい角と生えかわる。新しく生える角は、固い角ではなく、表面に皮をかぶって、血管がわかるくらい透き通った感じの、柔らか味のある一握りほどの突起に過ぎない。
 これが「鹿の袋角」で、茸状なので鹿茸(ろくじょう)ともいう。触れると柔らかく、温かい。非常に鋭敏なので、物の触れるのを嫌い、雌鹿さえ近づけない。
 
 袋角は、鹿茸といわれて薬用となる。『和漢三才図会』には、「筋肉を旺んにし、精を生じ、髄を補ひ、血を養ひ、陽を益す」という強壮剤であると、説明している。
 袋角は、やがて枝分かれして、九月か十月ごろには立派な固い角に成長する。
 芭蕉もそのことを、
      二股にわかれ初めけり鹿の角     芭 蕉
 と詠んでいる。

 ちなみに、“袋角”“鹿の子”“親鹿”は、夏の季語で、“鹿”“鹿の角切り”は、秋の季語である。


      鹿の子の夕日あびたる耳聡し     季 己