滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

「ミネルギーの日」:新基準ミネルギー・Aの快適住宅訪問

2011-11-14 12:47:07 | 建築

ご無沙汰するうちに木の葉がすっかり落ちて、朝は霧深く、いよいよ冬まであと一歩という季節になりました。こちらスイスの秋の庭の紅葉です。



●近況より
先月末には建築デザイン誌「コンフォルト12月号」で、拙著のスイスの製材所エルレンホフの木資源カスケード利用についての記事が掲載されました。木造仮設住宅の特集もとても面白い号ですので、是非ご覧になってみてください。
http://www.amazon.co.jp/CONFORT-%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%88-2011%E5%B9%B4-12%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B005SGXGAM/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1321266454&sr=8-3

また、ドイツ語の「フクシマニュース11月号」を下記のスイスエネルギー財団のサイトから読むことができます。ドイツ語が母語のご家族をお持ちの方は是非ご覧になって下さい。
http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2011/11/03/fukushima-news-im-november.html


●11月11~13日はミネルギーの日
先週末は、国際パッシブハウスデイでした。中央ヨーロッパの国では、各地のパッシブハウス建築がオープンハウスになり、自由に見学できます。スイスでも数年来、ミネルギー連盟とスイスパッシブハウス振興会の共同で「ミネルギー・Pの日」を開催していました。

それが、今年から「ミネルギーの日」として、ミネルギー・P基準だけでなく、それ以外の基準(ミネルギーやミネルギー・エコ)も参加することになりました。全国で300の住宅やオフィスが開放され、最寄の住宅をミネルギーのホームページで探すことができます。市民にとってはミネルギーやミネルギー・P住宅に触れる貴重な機会です。

私たちも以前から気になっていた近所のミネルギー・P・エコ住宅を見学に行きました。パッシブハウス基準に相当するスイスのミネルギー・P基準と、環境と健康に害のない建材や構法を認証するエコ建築基準の両方を満たす家です。それだけではなくて、今年の春にミネルギー連盟が新しく導入したミネルギー・A基準の認証の第一号ということで、気になっていたのです。


ケンプフ邸の南ファザードと北・西ファザード


●「ミネルギー・A・エコ」のケンプフ邸
2年前に竣工したケンプフ夫妻の住宅の入口には、ミネルギー・A・エコとミネルギーP・エコの両方の認証プレートがついています。もともと後者の認証を受けていたのですが、今年ミネルギー・A基準が新導入されるにあたり、A基準もクリアするテスト建築として連盟よりこの認証を受けたのです。


認証プレートと施主夫妻のケンプフさん

ケンプフ邸は木造二階建ての二世帯住宅で、住面積は230㎡です。地下室、階段室、バルコニーはコンクリート製になっています。外壁の厚さは45cmで、セルロース断熱材が吹き込まれています。窓は断熱三層の木窓。室内に入って、まず空気の良さ、暖かさ、明るさが印象的でした。室内気温は20度なのに、壁・床・窓が暖かいので、我が家よりもずっと暖かく感じます。床はどっしりとしたオークの無垢材で旦那さんは裸足でした。暖かな色合いの綺麗な粘土壁はご夫妻が施工したそうです。







またケンプフ邸は、旦那さんのご両親が電磁派に敏感だそうで、電磁派対策を行っています。建物には直流と交流のコンセントの両方が敷設されていて、照明機器には直流コンセントが使われます。それにより蛍光灯でも電磁派が生じず、光がちらつかず、照明器具が長持ちするというお話。また普通のミネルギー・P住宅ではIHC電磁調理器が一般的ですが、これも電磁派の影響を考慮してガス調理器を選んでいました。オーブンについても直流で対応できる機材でした。家電はエネルギーラベルでA以上の省エネ性能のものです。




左が直流用コンセント  右は給気口





LEDのダイニング照明

室内を案内頂いた後、地下室の12㎡ほどの機械室を見に行きます。この家の暖房は低温床暖房なのですが、驚いたのは床暖房の送水温度が24度であること。戻ってくる温度は22度でした。これで室温20度を保っています。暖房と給湯の熱源は、9㎡の太陽熱温水器と4.5kWという小さなペレットボイラー。ペレットの消費量は1年2世帯で1.5㎥だそうです。暖房・給湯にかかるペレット代は二世帯で年420フラン(4万円弱)!ミネルギー・Pならではです。


小型ペレットボイラーと一年二世帯分のペレット(1.5㎥)

通常、全館暖房用のペレットボイラーはペレットサイロから自動的に燃料の供給を行うのですが、ケンプフ邸では消費量が少ないので、週に2回ほど袋詰めペレットをボイラー付属の小タンクに入れています。機械室には、容量1200ℓの太陽熱温水器が接続したタンクが置かれています。このタンクにペレットボイラーも接続されていて、太陽熱で足りない時にペレットで熱を供給します。もちろん熱回収付きの機械換気設備も付いています。給気を地下に敷かれたヒートチューブを通してから取り入れていました。


熱交換式の機械換気設備と太陽熱温水器の蓄熱タンク

地下室では洗濯機も見せてもらいました。スイスでは洗濯物は30度、60度、90度に仕分けして洗いますが、従来的な洗濯機は電気でこの温水を作っており、電気浪費源になっています。エコな家庭では太陽熱温水器の給湯ボイラーから直接温水を洗濯機に取り入れる配管になっており、ケンプフ邸でもそうしていました。



最小限の熱・電気消費のこの家は、屋上に9㎡の太陽熱温水器と4.2kWの太陽光発電が乗せられています。それにより、一年の収支では家で使う以上のエネルギーを生産しています。もちろん家電も調理も含めて。電気は全量買取制度を利用して売電しています。スイスでプラスエネルギーハウスの研究を行なうエネルギークラスター連盟の定義によると、ケンプフ邸は「年間収支で外部から取り入れる以上のエネルギーを生産」するプラスエネルギーハウスと呼べることになります

●ミネルギー・Aはゼロ熱エネルギー建築基準
ここでミネルギー・Aについてちょっと説明します。ミネルギー連盟の新しい基準である「A」は、アクティブのA、つまりエネルギーを作る家です。基本的に熱エネルギー消費量(暖房・給湯・換気)がゼロであることを求めます。これには木質バイオマスに関して後述する例外が設けられています。また建物の建設にかかるグレーエネルギーに制限値が儲けられていることと、厳しい家電と照明の規制も特徴です。

ミネルギー・Aの特徴をまとめると下記の通りです。
・躯体の断熱性能:ミネルギー基準と同じ(法規規制値の90%)
・気密性:ミネルギー・P基準と同じ(50パスカルの圧力差で漏気回数0.6以下)
・建物の建設にかかるエネルギー:1年1㎡あたり50kWh以下(太陽光発電の余剰電力を差し引き可能)
・家電と照明:エネルギーラベルでトップクラスのもの
・熱回収型機械換気:義務・熱エネルギー消費量制限値:ゼロkWh/m2年、バイオマス利用時15kWh/m2年以下

熱源については主に2つの選択肢があります。
① 太陽光発電+ヒートポンプ
この場合、太陽光発電がヒートポンプと換気の電力消費を自給しなくてはなりません。(太陽光発電、太陽熱温水器、ヒートポンプを組み合わせる例も有り。)ただし全量買取制度で売電している電気については、ミネルギー・Aに加算することができない規則になっています。

② 太陽熱温水器+木質バイオマス
この場合、例外的に木質バイオマスと換気を合わせて一年一㎡あたり15kWhまでの熱エネルギー消費が許されます(ゼロにしなくても良いということ)。ただし熱需要の半分以上は必ず太陽熱温水器でまかなわなくてはなりません。

もともとミネルギー・Aの開発では、ミネルギー・Pが基盤となり、ドイツのパッシブハウス基準のように家電の電気消費量にも制限値がかけられるという触れ込みでした。しかし基準の導入にあたり、ミネルギー連盟が建設業界に聞き取りを行ったところ、現在の妥協形に収まったというわけです。さらに建物の生産エネルギーに関しても、伝統的なレンガ構造が許される程度となっています。

ミネルギー・Aは、始まったばかりの基準ですから今後改善が重ねられていくことでしょう。しかし、EUが2020年までに義務化するニアリーゼロエナジーに関して、スイスにおける定義への一歩となったことは間違いありません。私としては、家電分もちゃんと自給する定義にして欲しかったのですが、それはミネルギー基準開発の次の一歩になりそうです。

政治的には、スイスの州のエネルギー大臣会議は「2020年までに新築では通年して可能な限り熱を自給し、自家による電力供給に貢献すること」という姿勢をとっています。いづれにしても建物の省エネ規制は2020年までに、あと1~2度は厳しくなるでしょう。それがミネルギー・Pとミネルギー・Aのどちらに近くなるのか、あるいはもっと進歩的な次の展開があるのか楽しみなところです。


最近の福島効果

●緑リベラル党の躍進
随分と前の話になりますが、スイスでは10月23日には国会の下院の選挙がありました。この選挙で議席を大幅に増やしたのが中道の小さな2政党、ブルジョア国民党(+9議席)と緑リベラル党(+9議席)です。
ブルジョア国民党は福島第一原発事故後にいち早く方向転換して「学べる政党」を印象づけました。また、もう1つの緑リベラル党は、環境・エネルギーに関しては元から徹底してグリーン、ですが社会や経済に関してはリベラル・中道派です。どちらもフクシマ後に脱原発を推進した比較的新しい小さな政党で、既存大政党の硬直関係に変化を求める国民の希望が現われたようです。
ただしこの選挙では、長年に渡り第二党の社会民主党(+3議席)と共にスイスの脱原発運動を支え続けてきた緑の党が5議席も失ったのは残念でした。また、原発推進派の姿勢を変えなかった第一党のスイス国民党(-8議席)と自由民主党(-5議席)は議席数を減らしています。
この様子ですと下院では、脱原発は無事に進められそうです。とはいえ、より重い決定権を持つ上院の二次選挙と年末の内閣選出までは気が抜けません。
私と視察に行ったことのある方の何人かはご存知のヨシアス・ガッサーさん(ガッサー建材会社)が、この選挙で緑リベラル党の政治家として初出馬・当選しました。パッシブハウスやプラスエネルギー建築、地域の再生可能エネルギー推進の広告塔のような人です。今後のご活躍に期待します。

●黒塗り資料「福島第一原発事故の結論としてのスイスでの対策」
現在販売されているスイスの雑誌「ベオバハター(観察者)」に、福島第一原発事故に関する情報公開について、スイスのエネルギー庁と原子力安全委員会を批判する記事が載っています。同誌の編集部では、エネルギー庁に2011年度のスイスの原子力安全委員会の会議議事録の閲覧を要請しました。2週間後に届いた資料は手数料が400フランした上に、98ページ中33ページが全て黒塗り、52ページが一部黒塗りだったそうです。特に3月23日の福島原発第一事故の背景の情報収集から8月末の事故影響によりスイスで必要な対策の議論に関しては、タイトル以外は脚注を含んで黒塗りされていました。これに対して、原子力安全委員会のブルーノ・コベッリ委員長の「全てが公開されたら一定のことについては議論ができなくなる、あるいは議事録をとらないようにするしかなくなる」というコメントが同誌に掲載されており、スイス原子力村の隠蔽体質に愕然としました。
参照:Beobachter誌


ニュース

★スイス:エネルギー・シュバイツのホームページリニューアル
国のエネルギー庁による省エネ・再生可能エネルギー促進プログラムであるエネルギー・シュバイツの国民向けホームページがリニューアルされた。住い、建物、企業、モビリティ、行政、エネルギー生産、教育の分野ごとに、効率的エネルギー利用の様々な側面が分かりやすく説明されている。特にエネルギーホットラインは面白い。これまでも、各州のエネルギー専門局や州に委託を受けた中立の専門家が、住民のエネルギーにまつわる相談を受けてきたが、その電話番号を国で一本化。ホットラインに電話すると最寄のアドバイザーに繋がる仕組み。下記のリンクから新しいサイトを是非ご覧下さい。
www.energieschweiz.ch

★スイス:大ブームの電気自転車、フライヤー社
坂の多いスイスでは近年電気自転車が大人気で、既に自転車市場の市場の約15%を占めるようになっている。ベルン州にあるBiketec社のフライヤーという電気自転車は、スイスの市場シェア・ナンバーワンだ。同社の従業員数は160人で年5万台の高品質な電気自転車を生産。シティバイク、マウンテンバイク、スポーツバイク、タンデム、輸送用バイクなど様々な需要に応えられる製品を揃える。特に160kg積載可能な輸送用バイクは最近ヨーロッパの自転車メッセで金賞を受賞した。同社が8万人の顧客を対象に調査したところ、顧客の6割が自動車の代わりに電気自転車を使っていると答えたそうだ。自動車移動の3割が3km未満のスイスでは、電気自転車による自動車の代替は今後も期待できそうだ。
メーカサイト:
www.flyer.ch
参照:DerBund誌

★スイス:アールガウ州のリサイクリング・エネルギーセンター
10月末にアールガウ州にリサイクリング・エネルギーセンターがオープンした。生ゴミ・緑のゴミからはバイオガスを、使用済みの植物油からはバイオディーゼルを、剪定材や木のゴミからはチップを作る。バイオガス・コージェネで作った電気はチューリッヒ市営電力会社に20年間に渡り、全量を販売する。
http://www.recycling-energie.ch/
参照:プレスリリースEWZ

★11月24日~27日ベルン住宅建設エネルギーメッセ
11月末にベルン市で毎年恒例の住宅建設エネルギーメッセが開催される。住宅での省エネ構法による建設会社や設計会社、建材メーカ、設備メーカ、エンジニアオフィスなどが出典する。小さなスペースで濃い内容が見られるのが魅力。メッセと並行して開催される会議は「省エネにより100%再生可能エネルギー」がテーマ。
http://www.hausbaumesse.ch/

★ドイツ:ソーラーコンプレックス社が6つ目のバイオエネルギー村
市民出資のエネルギー会社であるソーラーコンプレックス社では、ボーデン湖地方で、毎年2村の農村をバイオエネルギー村化している。基本的に農業バイオガスと木質バイオマスの組み合わせで熱と電気を自給する村のことだ。今回運転を開始したのはヴァイターディンゲン村。1.2MWのチップボイラーと6kmの地域暖房網が130の建物に接続された。熱の基礎負荷はバイオガス・コージェネの廃熱が担う。これにより年40万ℓの灯油が代替された。バイオガス発電は年300万kWhを生産。さらに数多くの太陽光発電も設置されている。投資額は300万ユーロで、3分2が地元の銀行経由でドイツ復興銀行(KfW)の融資、4分1がソーラーコンプレックス社の自己資金による出資である。
参照:プレスリリースSolarkomplex社

★ユーヴィ社、南西ドイツに53MWの風力パーク
ライン・フンズリュック郡キルヒベルグ町では23基の風車設備の建設が進む。各風車の出力は各2.3MW。これは年末までに南西ドイツで最も大きな出力のウィンドパークとなり、3.5万世帯分の電気を生産する予定だ。ウィンドパークを運営するのは、再生可能エネルギーに特化した会社のユーヴィ社と、地域の市営エネルギー会社によるジョイント企業。「このプロジェクトでは、エネルギーが消費される場所の近くでエネルギーを作ります」と、ユーヴィ社代表のマティアス・ヴィレンバッハー氏は語る。ユーヴィ社はライン・フンズリュック群に今年末までに7箇所51基のウィンドパーク、計114MWを建設。昨年までに建設された50基を合わせると同地方には200MWの風車が15万世帯の電気を作っており、この地域は電力輸出地帯になっているという。
出典:プレスリリースJuwi社

★ドイツ:風力設備の運転停止69%増える
ドイツ風力連盟がコンサルタント会社Ecofysに依頼した調査によると、ドイツでは送電網の容量不足を理由とする風力発電機の運転停止が増えている。送電網運営者が発電機の運転を停止したために、2010年度には150GWhまでの風力が失われ、前年度比で69%も増えた。「これは警鐘を鳴らす値です。何年も送電網増強が遅延しているというだけの理由で、貴重なCO2フリーの電力が失われている。2010年が風の少ない年だったことを考えると、これからはもっと(停止が)増加する傾向が予測される。」と、ドイツ風力連盟の会長のヘルマン・アルバー氏は語る。停止回数は2009年には285回であったのが2010年には1085回に増えた。停止回数の4分の3は、E.ON送電網会社の管轄地域で行なわれている。一部のウィンドパークでは年生産量の4分1が失なわれたという。
出典:プレスリリースBWE

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