滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

ジュネーブ:低所得の世帯にこそ省エネ促進・助成を

2011-07-21 16:19:13 | 政策

 ■ 我が家の大家一家がエネルギー農家に・・

我が家の大家の長男がエネルギー農家になりました!
私たちはベルン州の伝統的な農家建築の離れに住んでいます。そこから50mほど離れた母屋に農業を営む大家の長男家族が住んでいます。庭には大きな南向きの屋根を持つ旧豚小屋(今は奥様のホビー室)とトラクター置き場があります。先週、その屋根一杯に350㎡の太陽光発電パネルが設置されたのです。



出力は50kW。年間では、スイスの平均的消費量ですと約11~12世帯分の電気を発電する予定です。 長男のクリスティアンさんは、この大屋根を経済的に活用するために、昨年12月ごろからいくつもの見積もりを取り寄せていました。しかし、スイスでは経済的に興味深い金額による国の全量買取制度が予算不足に陥っており、買取希望者の長いウェイティングリストができています。太陽光発電では3年待ちという現状です。

そのため悩んでいたそうですが、福島第一原発事故を受けてこれ以上待てない、と大決心。5月15日に発注したのです。ベルン州では、太陽光発電や太陽熱温水器には建設許可が要りませんので、発注から僅か2ヶ月後には竣工。ケーブル系の工事も今月末には終わります。施工スピードの速さに、日本で孫正義さんがまずはメガソーラーから着手されたのも納得できます。

設備コストは250000フラン(2425万円)ということで、kWあたりの施工価格は50万円弱。再生可能エネルギーへの融資なので、銀行が最初の5年間は利子を0.5%引いてくれたそうです。国の全量買取制度では、2011年度に実現された太陽光発電には、出力50kWですと、kWhあたり42.2ラッペン(約40円)で買い取ってもらえます。例え2~3年後からの買取でも、経済的に興味深い投資だとクリスティアンさんは判断しました。もちろん秋の上院の脱原発関連の決議次第で、国の買取制度の改善が早期実現することを願っているそうです。

それまでの間は、クリスティアンさんはベルン州電力に8~11ラッペン(約8~11円)/kWhという低価格で、全量販売するそうです。ミューレベルグ原発を運転するベルン州電力は、太陽光発電事業者に対して不親切なことで地元では有名です。太陽光発電を設置した人が、ケーブルやメータなどの設置に対して、異常に高額な料金を請求されたという話を何度も耳にしました。ちなみにベルン州電力が顧客に売っている、自社設備からの太陽光電力の料金は68ラッペン/kWhです。

コンサバな私の住む村では、電力を「輸出」するエネルギー農家はクリスティアンとリディア夫妻が第一号です。ちなみに国の買取制度にスイスのような予算制限のないドイツでは、エネルギー農家は沢山あります。またエネルギー農家には様々な種類があり、太陽光発電やバイオガス発電、風力発電という発電業務や、木質バイオマスやバイオガスによる地域暖房業務、ペレット製造業務などを行う農家があります。


ジュネーブ市営エネルギー会社:貧しい家庭にこそ省エネ促進・助成を

低所得者層や移民など、社会的に不利な階層の人は、省エネまで気が回らないし、省エネ機器も買えないという問題。それに対してジュネーブ市営エネルギー会社SIGは、「省エネをぜいたく品にしない」ために、低所得者向けプロジェクトを実施しています。それが、先進事例としてエネルギー庁の雑誌に載っており、興味を持ちましたので紹介します。

ジュネーブ市営エネルギー会社SIGでは、節電促進プロジェクト「Eco21」の枠内で、Vernier市との協働により生活保護団地「LesLibellules」の住人を対象とした省エネキャンペーンを2009年に実施。住民に省エネ方法をアドバイスし、省エネ機器を助成・促進しています。モットーは「節約したエネルギーは節約したお金」です。

具体的には、後述のアドバイザーが各住宅を訪問して、電気を消す、スタンバイを無くす等の簡単な省エネ方法を指導。希望者に対しては、電球・ハロゲンランプを省エネ電球に無料交換したり、複数のコンセントの元スイッチをまとめて切れるエコタップを配布。そして「A++」という最高の省エネクラスの冷蔵庫・冷凍庫の購入用に400フランの商品券を与えました。この商品券は地元の家電店が提供したもので、助成金による追加値引きを加えると、定価1150フランの冷蔵庫を175フランで購入できたそうです。

キャンペーンでは社会的側面を重視しています。450世帯の住民のうち336世帯を訪問し、個別にアドバイスを行ないました。8人のアドバイザーたちには、失業中の住人や若者で見習い中の人を教育。中にはこの団地出身の人も居り、職業訓練としても役立ちました。こういった家庭訪問に対して、普段社会から見放されていると感じている低所得層の住民は、とても感謝したそうです。

訪問を通じて、2900個の省エネ電球、90個の照明を省エネ型のものに交換、400個のエコタップや90枚の割引券を配布。それにより団地には-13.5%の節電効果がありました。コストは14.8万フラン(約1400万円)で、そのほとんどをSIGが負担しています。6年間ベースで計算すると、電気1kWhあたりの省エネコストは20ラッペン(約19.6円)。これは他プロジェクトの省エネコストと比べると高額ですが、それ以上に社会的に有意義なプロジェクトであると評価されています。

「持続可能な発展とは、エコロジーと経済の側面だけでなく、社会的な側面も含んでいることをこのキャンペーンは模範的に示している」と、プロジェクトチームはまとめています。 この団地での成功を受けて、SIGとVernier市は、2010年秋に別の地域でも同様なプロジェクトを実施しています。単に助成するのではなく、住民を主体的に省エネ行動に導くのが目的です。

今後、石油や電力価格が大幅に高騰していくなか、国内の社会的な格差のさらなる広がりを防ぐためにも、再生可能エネルギーへの転換だけでなく、社会全体の省エネ化が欠かせません。

参照・出典: Energaia1,2011、プロジェクトサイト:www.eco21.ch


■ オーストリア土産4

今日はスイスのお隣のフォーアールベルグ州より。この州は最先端の省エネ建築であるパッシブハウス建築の宝庫と言われています。そして社会的に安定した豊かな未来社会を作るために、2050年までに全エネルギー消費量を60%減らすための政策を、盛んな住民参加により実施しています。

★ 省エネ改修率3%!
現在フォーアールベルグ州では省エネ改修が大ブームで、改修率が3%を達成しているそうです。これは33年で建物ストックを一通り改修することを意味します。ブームの背景には同州のエネルギー研究所が中心となって進めてきた、長年の省エネ改修助成やアドバイス、職人養成などがあります。ですが何と言っても魅力的なのは、2011年に省エネ改修する施主には、「無利子20年間の融資」という政策です。この他に省エネ改修の省エネ度・エコ度が高まるほど金額が多くなる助成金制度も実施されています。

★ 貧しい家庭にこそパッシブハウスを
オーストリアでは公の助成金を得て、低~中所得層のための賃貸集合住宅を建設する公益建設組合が盛んです。住人の中には生活保護を受けている世帯なども混ざっています。フォーアールベルグ州では公益建設組合の建物に、パッシブハウスレベルの省エネ対策が義務づけられています。生活保護世帯は暖房費も助成されるのですが、今後エネルギー価格が高騰していくなか、暖房費を補助するよりも、暖房の要らない建物を補助する方が社会的にも経済的にも得策だといいます。パッシブハウスの一年の暖房・給湯費は本当に僅かです
。例えばフォーアールベルグ州エネルギー研究所に勤めるクラップマイヤーさんのお宅はパッシブハウスの集合住宅ですが、今年は1年の熱費用(暖房給湯換気)が260ユーロだったそうです。熱源はペレットです。


■ 今週のフクシマ効果

スイスのラジオや新聞では、日本の節電対策、日本政府の脱原発と脱・脱原発発表、セシウム汚染肉、柏町の主婦達の活動などが、まばらに耳に入ります。しかし、日本のネット新聞に出ているような、被災地の社会の様子や事故原発での作業状況などは、ほとんど報道されていません。

★スイスの原発周辺でも小児の白血病のリスクが40%高い
フクシマとは無関係に進められていたものですが、原発関連の重要な調査結果が発表されたので、ご報告します。2007年にドイツでは、「原発の5km内での小児の白血病の発病率が倍以上」という結果の報告書が発表されました(ブログ2010年3月10日)。それを受けて、スイスの健康庁とスイス癌連合は、ベルン大学社会予防医療研究所にスイスの原発周辺の小児癌リスクについての調査を行うよう依頼しました。「CANUPIS」と名づけられたこの調査は、2008年から2010年に渡り実施されました。その概要と結果は下記の通りです。
www.canupis.ch

● 原発の近くで誕生、あるいは居住する5歳以下の小児の白血病や癌の発症リスクを、原発の遠くに住む小児のそれと比較した。研究の対象は1985年以降にスイスで生まれた子供。1985~2009年まで観察された0~15歳の130万人が含まれる。その際にスイスを4つのゾーンに分けた。ゾーン1は、最寄の原発5km以内。ゾーン2は、原発から5~10km。ゾーン3は、10~15km。ゾーン4は、15km以上。癌リスクは各ゾーンごとに計算され、ゾーン1~3のリスク数をゾーン4のリスク数と比較している。
5歳以下の小児の白血病の診断数は、1985~2009年の間に573件ある。

● 白血病に罹患した5歳以下の子供の出生時の居住地(3000人の子供が対象)
ゾーン1 :通常なら6.8人のところが8人(+20%)
ゾーン2 :通常なら20.3人のところが12人(-40%)
ゾーン3 :通常なら28.3人のところが31人(+10%)

この差は、件数が非常に少ないこともあり誤差の範囲である、と社会予防医療研究所の所長は述べています。そしてCANUPISはプレスリリースで、「この結果からは原発と小児癌の発生リスクの関連性は認められない」と結論づけています。これに対して、IPPNW(核戦争防止医師会)スイス支部は、プレスリリースに載っていないがCANUPISで調査されたもう1つの結果を指摘します。それは誕生時の居住地ではなく、診断時の居住地を調査した結果です。

● 白血病に罹患した5歳以下の子供の診断時の居住地(4000人の子供が対象)
ゾーン1 :通常なら7.8人のところが11人(+41%)
ゾーン2 :通常なら23.5人のところが20人(-15%)
ゾーン3 :通常なら32.4人のところが34人(+5%)

ドイツの報告も診断時の居住地についての研究結果であるため、ドイツの調査と比較するならこちらの結果の方が適切だ、とIPPNWは発表しています。まとめると、5歳以下の白血病リスクは、原発5km圏内だと出世場所で+20%、居住場所で+40%ということです。

以前よりCANUPISについては、狭いスイスで5基の原発周辺の白血病患者数を調べるだけでは、統計としては明確な結果を得るのは難しいだろうと予測されていました。また、調査のスポンサーが原発を運営する大手電力のAlpiqとBKW社であるところが微妙です。調査内容には全く影響を与えていないとCANUPISの報告者は言っていますが。
参照:www.ippnw.ch


■被災地の再生可能エネルギーによる復興に携る人々1

知人の方々で、被災地の再生可能エネルギーによる復興に献身的な活動をされている方々のご活動を、何回かに分けてご紹介します。第一回は深澤光さんの「復興の薪」です。

深澤さんは、「薪割リスト」として数々の著書を書かれ、森と社会を元気にする木質バイオマスエネルギーの研究や推進に取り組まれてきた方です。普段は遠野農林振興センターで林業行政の仕事をされています。今は、津波で甚大な被害を受けた三陸沿岸の大槌町吉里吉里というところで、避難所の隣に設置した瓦礫木材を燃料とする「薪風呂」を沸かしています。

そこで使われているのは、岡本利彦さん率いるトモエテクノ社の「薪ボイラー風呂」です。お風呂に入る子供達の明るい笑顔がとても印象的です。
「この薪ボイラは昔から巴商会が扱っていたタイプのボイラで、まったくの手動制御のみで基本的には水以外は電源も灯油もガスも要らないボイラです。」(岡本社長)トモエテクノ社はスイス製のペレット、チップボイラーも扱われており、日本では現代的な木質バイオマスボイラー利用のパイオニアです。


(写真提供:岡本利彦さん)

話を戻しますと、 この深澤さんが取り組んでいるのが「復興の薪プロジェクト」です。被災者の方々が、瓦礫から集めてきた木材を釘などを抜き、薪にして10kg袋を500円でインターネットで全国に販売。それを被災者の方々の収入に当てているそうです。プロジェクトへの反響は大きく、

「廃材からの薪づくりは順調で、それを「復活の薪」として全国に売り、被災地の漁業が復活するまでの生活費を稼いでもらおうとしたところ、これが大ヒットして、大変なことになっています。現在50トン(10㎏×5千袋)近い受注をかかえ、現地では記録的な猛暑が続く中、必死に生産を続けています。徐々に瓦礫廃材から森の間伐材へと原材料を切り替えるべく、毎月、「吉里吉里国林業大学校講座」を開講しながら、永続的に薪生産を続けていく覚悟です。」(深澤さん)


(写真提供:岡本利彦さん)

下記のサイトより「復興の薪プロジェクト」の詳細や、被災地の再生可能エネルギー支援「つながり・ぬくもりプロジェクト」の詳細が見られます。 http://homepage2.nifty.com/masatoshi/f_makinet/index.html
こちらから「復興の薪」を注文できます: http://homepage2.nifty.com/masatoshi/f_makinet/osirase/2303fukazawa30.htm

■ ニュース

★ スペインの波力発電所が運転開始、300kW
スペインのバスク地方海岸にある港町Mutrikuでは、エネルギー会社Ente Vasco de la Energia(EVE)の報告によると、波力発電所Mutrikを運転開始した。世界初の商用波力になるという。技術を提供したドイツの会社VoithHydroは、この設備のために総出力300kW、16台のウェルズタービンを納入。250世帯の電力を発電する予定だ。同社の経営代表者であるローランド・ミュンヒ博士は、「我々の波力利用技術は既に商用利用が可能で、世界市場でのさらなる実用できる状態にある」と、述べている。同社の波力技術は、既存の防波堤や港壁に増設することもできれば、新築することも可能。同社のOWC技術(発振水柱技術)は今日、商用条件でも実証されている。スコットランドのIslay島で同社は、既に10年以上Limpet波力発電所を運営しており、65万時間送電実績を持つ。下記サイトからVoithHydro社の波力発電のビデオが見られます: http://www.voithhydro.com/vh_en_pas_ocean-energy_wave-power-stations.htm
出典:EE-News.ch

★ スイスの生協コープ、世界一サステイナブルな小売店
ミュンヘンにある中立のレーティング機関OekomResearchが行なった、2010・11年度の小売店ランキングによると、スイス生協COOP社は、世界で一番サステイナブルな小売業者だという。理由は、COOP社がソーシャルでエコロジー的な要求に応える、魅力的な品揃えを充実させていること。そして、あらゆる事業分野で、ロジスティックから生産会社、事務所から販売店まで、総合的なサステイナビリティ戦略を実施していることが評価された。出典:Coop新聞No.27

★ ユースソーラープロジェクト~今年は環境アレーナのPV施工
環境団体グリーンピースが13年前より毎年実施しているユースソーラープロジェクト。中高生や会社の見習い生が合宿し、プロの指導を受けながら太陽熱温水器や太陽光発電を施工する。これまでに180のソーラー設備を実現してきた。今年は、大手電力会社のAXPOの、技術・事務部の見習い生100人が参加して、チューリッヒ近郊に建設が進む「環境アレーナ」の太陽光発電パネルを渡り施工する。太陽光発電パネルが建材としてアレーナの屋根を覆う設計で、規模は720~750kWと巨大。施工は何週間にも渡るため、AXPOでは8つのキャンプを準備している。「環境アレーナ」は、選りすぐりの環境技術を常設展示する新しいタイプの展示場で来年オープン。建物は、消費量よりも多くのエネルギーを生産するプラスエネルギー建築となる予定だ。出典:http://www.greenpeace.org/switzerland/de/Kampagnen/Jugendsolar/

★ ルフトハンザがバイオ燃料飛行の長期テスト
ルフトハンザ
のエアバスA321は、一日に4回のハンブルグ-フランクフルト間の定期飛行便に、6ヶ月間に渡りバイオ燃料を利用する。燃料の半分がバイオ人造ケロジンである。燃料の原料は、ヤトロファやカメリーナという植物性油や動物性油。燃料の取得においては持続可能な生産・納入工程に配慮する。納入元は工程の持続可能性を証明し、ヨーロッパ議会と政府により提示された持続可能性基準を満たさねばならない。ルフトハンザは、バイオマス資源生産が食糧生産と競合せず、熱帯雨林伐採に関わらないことを保証する。ルフトハンザが利用するバイオ燃料の生産者はフィンランド製。Neste Oil社は長年に渡るバイオ燃料生産の経験を持つ。ルフトハンザにとってのプロジェクト総コストは660万ユーロ。250万ユーロが連邦経済技術省から助成される。これは総合プロジェクト「未来航空機調査(FAIR)」の一部であり、このプロジェクトではバイオ燃料への耐性のほか、新モーターや飛行機コンセプトや液化ガスといった他燃料についても調査が行なわれている。
出典:ルフトハンザプレスリリース

★チューリッヒ州が「エネルギー計画報告書2010」を取下げ
内閣と下院の脱原発決断を受けてチューリヒ州は、昨年末に発表した「エネルギー計画報告書2010」を取り下げた。この報告書の中で、チューリッヒ州は2基の既存原発の更新(新設)に賛成していた。チューリッヒ州は(注:チューリッヒ市とは異なります)、1人頭のCO2排出量を2050年までに2.2tに減らすことを目標とし、それをエネルギー法に記入している。
今後、州のエネルギー政策を新に検討し、多くの不明確な点について調査した上で「エネルギー計画報告書2012」にまとめる予定。チューリッヒ州政府の気候目標と、国の内閣の新しいエネルギー政策を実施するには、チューリヒ州では省エネと再生可能エネルギーのさらなる促進が必要だ。
これまでチューリヒ州では人口1人頭年6フランをエネルギー助成金に使ってきた。2009~2013年までの予算は3200万フランである。州の財政改革プログラムによりこの予算は半減される予定だったが、州はこの予算を維持し、助成プログラム継続に努力する。さらに2013~14年用には、年1000万フランをパイロットプロジェクト用に確保。革新的・効率的な電力利用技術が助成される予定だ(既存電気暖房の低コスト交換、ヒートポンプの効率向上、建物自動化技術、高効率照明等)。
出典:チューリッヒ州


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木資源のカスケード的な利用のお手本、エルレンホフ

2011-07-06 17:36:13 | 建築

暑中お見舞い申し上げます。
スイスは採れたてのさくらんぼが美味しく、庭ではユリが輝いています。
私は庭-来客-視察-締切りに走り回り、ブログを更新できずに悶々としていました...。



■ 近況より・・

NHKの「プロジェクトウィズダム」
という番組のウェブサイトにビデオ参加しました。様々な市民の方が、いくつかの設問に対してビデオで意見を述べるコーナーで、下記から見られます。テーマは、日本のエネルギーシフト。私よりも、ドイツ在住のジャーナリストの村上敦さんや、デンマークのフォルケセンター代表のプレーベン・メガードさんの声が面白いですので、是非ご覧になって下さい!
http://www.nhk.or.jp/wisdom/110625/timeline_jp/movie/index.html

7月5日に発売された建築デザイン誌「コンフォルト」(建築資料研究社)は、省エネ改修が特集です。そこに、チューリッヒにある集合住宅のゼロ熱エネルギー改修事例のルポと、建物省エネ化政策についてのコラムを寄稿しました。建築関係者の方々にご覧になって頂きたいです! http://confort.ksknet.co.jp/

6月30日発売の環境誌「オルタナ」(㈱オルタナ)に、世界のエネルギー事情の一環として、スイスの脱原発事情の小さな記事を紹介しています。
http://www.alterna.co.jp/5989

オルタナ誌のウェブサイトは、日本のエネルギー関連のニュースが盛んに更新されておりお勧めです。そこに先月、チューリッヒ市営電力会社を紹介する短い記事を寄稿しました。電力の基礎商品を、100%再生可能エネルギーの商品に切り替えた事例です。チューリッヒ市営電力が、大きな水力発電の余力を持っていたからできたこととも言えますが、仕組み自体は日本にも役立つと思います。同社では、2018年までに310GWhの再生可能電力を増産するために国内や国外(スペイン、ノルウェー等)の設備に投資しています。
http://www.alterna.co.jp/5953

また先週は、日本からの都市計画の専門の方とシャフハウゼン市の環境部を訪ねる機会がありました。人口3万人強の小さな町ですが、都市発展計画から、交通計画、エネルギー計画までをコーディネートして計画・実施しています。ヨーロッパでは珍しくはありませんが、90年代より徒歩と自転車に優しい「移動距離が短い町づくり」を行い、近年では村や地区の間を自転車(専用)道で直結する計画も進んでいます。自動車よりも自転車道や公共交通が主体となる2000W社会、あるいはCO2-85%社会という大転換に備えて、着実に歩みを進めていることが感じられました。


 木資源のカスケード的な利用のお手本、エルレンホフ

今週の月曜日には、視察で東スイスにあるエルレンホフという木資源の産業クラスターを見に行きました。とても良い事例だったので、皆さんにもご紹介します。 エルレンホフでは、木資源を利用する4つの会社が1つの敷地に集まり、木を余すとこなく使う産業構造を形成しています。



1つ目の会社は、ブルーマー・レーマンという木造会社。木造の住宅やオフィスビル、農業建築、特殊構造などを設計・建設する会社です。2つ目は、レーマンホルツ製材所で、一年10万フェストメートルの丸太を加工しています。3つ目はペレットとブリケットを生産するベニウッド㈱。そして4つ目は、木質バイオマスから熱と電気を作るエルレンホフ・エネルギー㈱になります。施設全体では150名が働いています。

資源利用の流れは次のようになっていました。

 出発点:地域の山から下りてきた木を製材し、乾燥。材はブルーマー・レーマン木造会社に卸したり、外部に販売しています。

 樹皮:
製材所で出るバーク(樹皮)は、敷地内のブリケット工場に移動。バークはふるいにかけて、細かなものからブリケット(樹皮を圧縮した人工薪)を生産。あるいはペット用の敷き藁商品として袋詰めして出荷。バークの大きなものはもう一度裁断したり、造園業者に出荷します。

 おが粉・かんな屑:
対して、おがくずは製材所からパイプで、お隣のペレット工場のサイロに送り込みます。ペレット製造のキャパシティは、製材所で生じるおが粉やかんな粉の量に合わせられています。

 チップ: 製材所や木造工場から出る端材からのチップは、ふるいにかけられて、適したサイズの良質材は製紙工場などに販売。低質材はベルトコンベアで、敷地内の木質バイオボイラーのある建物に送り込まれます。

 エネルギー: このチップを燃料とした木質バイオボイラーでは、ORC(オーガニックランキンサイクル)方式で電気を作り、全量買取制度を利用して売電。廃熱は、製材所で材の乾燥と、ブリケットとペレット製造、冬には施設の暖房にも使います。冬の熱需要ピーク時には、昔から使っていた3.8MWの木チップボイラーを用いて、バックアップしています。

これら全ての設備が隣り合っているため、無駄な輸送が避けられます。
特に印象的だったのが、木質バイオマスエネルギーの本当に無駄なく活用している点です。エネルギー効率は、発電が18%、熱利用が70%以上ということで、総合すると90%近くになります。製材所やペレット工場での熱需要に合わせて、ボイラーの稼動出力を変える「熱主導式」設備で、それによって発電量も上下します。

ボイラーは燃焼出力8MWと中型のサイズで、暖房出力は6MW、ORC式発電の出力は1MW。一年のチップ消費量は5.5万㎥です。通年すると5GWh、約1200世帯分の電気を作っています。熱については20~24GWhを生産。エレクトロフィルターもついていて、排気中の煤塵量は法律で定められているよりもずっと低く抑えられています。

水蒸気を利用するタービンと異なり、ORCでは気化温度の低いシリコンオイルを蒸発させてタービンを回します。蒸気タービンと比べたメリットは設備コストが低いこと、そして熱需要に合わせてフレキシブルに発電出力を調整できることだそうです。

エルレンホフで面白いのは、高価なORC発電設備の部分は地元の州営電力会社に属していること。発電と売電に関しては電力会社にまかせ、発電設備の運転も遠隔管理させています。それ以外の熱利用部分の設備はエルレンホフ・エネルギーが運営しています。

エルレンホフでは、長い時間をかけてこのような産業構造が育ってきたわけですが、日本にも参考になるモデルだと思いました。
http://www.zuendholz-erlenhof.ch/cms/


オーストリア土産その3

★ラース村の太陽熱温水器で冷暖房する病院
オーストリアとスロベニア・イタリア国境近くの谷、標高900mにあるケルンテン州営地域病院Laasでは、太陽熱温水器で冷房・暖房・給湯を行なっています。
屋根の改修をきっかけとして、南側の屋根材の代わりに364㎡の太陽熱温水器を設置。収穫した温水で夏の間は、給湯水を供給し、余った熱を吸熱式冷媒を用いて病院の冷房に使います。冬の間は、給湯と暖房補助に熱を用います。



これにより年3.5万リットルの灯油を節約。設備の寿命は25年で、償却期間は10年。総投資コストは32万ユーロですが、この設備により一年3.2万ユーロの灯油を節約できる計算です。同病院には135床があり、200人が勤務します。
スイスの場合、トゥン市にあるベルン州銀行でも5年前より、太陽熱温水器を用いた冷暖房を行っており、冷房時のエネルギーの36%を節約しています。
http://www.wolfnudeln.at/index.php?option=com_content&view=article&id=21&Itemid=18

★ ギュッシング市のバイオガスでエネルギー自給するパスタ工場
ギュッシング市の工場地区にあるパスタ工場Wolf社では、自社の生ゴミや、農場の鶏糞、牧草、飼料用トウモロコシなどを混ぜて発酵させたバイオガスのコージェネ設備で、エネルギーを自給します。熱はパスタの乾燥などの工業熱に利用し、電気は全量買取制度を利用して売電。またバイオガス発酵後の残滓は、契約農家に肥料として戻しています。
スイスでもビール工場や食肉工場などでバイオガス・コージェネを行い、産業熱と電気を生産している例があります。
http://www.wolfnudeln.at/index.php?option=com_content&view=article&id=21&Itemid=18


最近のフクシマ効果

最近スイスでは、東日本大震災とフクシマの被災者や被災地に関する情報が、一般メディアからはほとんど入ってこなくなりました。ドイツやスイスの知人からどうなっているのかと訪ねられることしばしばです。日本の原発54基中37基が運転停止中で、再稼動への地方の反対が大きいことや、大型消費者に15%の節電義務が実施されていること、節電キャンペーンなど、スイスの人は全く知りません。

● スイス経団連による原発推進派の巻き返し
スイスでは、原発推進派の大手電力3社と経団連や商工連、原発ロビー団体が中心となり、巻き返しキャンペーンが始まっています。
例えばDerBund新聞によると、ロビー団体は60人ものジャーナリストをロンドンに招待、原発推進国イギリスを視察するツアーを実施しています。また秋の上院での脱原発を巡る決議で、原発技術を禁止させず、原発というオプションを残すよう、議員の説得活動を行なっているとのこと。
秋に上院が原発禁止を決めても、脱原発法を議会が決めるのは2013年で、その一年後に国民投票が行なわれるというスケジュール。原発推進派には、民意を覆すためにまだ3年の時間があるというわけです。

● プロの原発延命戦略
スイスの原発推進ロビーは以前より、国際的なPR会社のバーソン・マーステラー社にPRを委託しています。Der Bund新聞によると、同社のアドバイスを受けてスイスの経団連らは、長期PRキャンペーンの戦略を決めたそうです。
そのポイントは、公に直接に原発推進するのではなく、次の2~3年の間に「再生可能エネルギーがいかに困難か」を社会的議論の場で畳み掛けていくこと。それを裏付けるための「新しい調査」も予定していると、キャンペーン担当者が新聞に発言しています。
チェルノブイリの後にも同様な対策により、1990年の国民投票では脱原発案が否決に持ち込まれています。大手電力はエネルギーシフトにより市場シェアを失うことが確実であるため、ガスであれ、原発であれ、一極集中供給の手法を断固手放さない姿勢です。

● ミューレベルグ原発、突如の運転停止
6月29日にベルン州電力は、ミューレベルグ原発の運転を予定されていた定期メンテナンスより5週間も早く、突然、自発的に停止させました。ミューレベルグは、スイスで一番危ないと言われている高齢原発です。
しかも6月30日は、スイスの原発が連邦核安全監視委員に対して、1万年に一度の洪水に耐えうるという証明を提出する期日だったのです。ベルン州電力がミューレベルグ原発を停止させた理由は、チューリヒ工科大学の調査により、川から冷却水を取水する管が洪水時には詰まりうることが判明したため修繕作業を行なうとのこと。
本来ならば、連邦核安全監視委員に修繕作業への許可を得てから作業を始める手順ですが、ベルン州電力は作業を始めてから許可を申請。ベルン州電力の怪しい行動に批判が集中しています。

● 25都市の市営エネルギー会社も脱原発を支持
人口100万人の地域を供給する、25都市の市営エネルギー会社が集まった「スイスパワー」社は、6月22日、内閣と下院の脱原発決定を支持すると発表。同時に、スイスが2050年までに、総エネルギー需要を100%再生可能エネルギーで供給することを目指すといいます。
具体的には9月までに「マスタープラン・エネルギー2050」を発表し、その中でエネルギー生産、送電、インフラ、効率化、ヨーロッパ市場への進出などについての戦略をまとめる予定。
この発表の中で、スイスパワーが深層地熱利用を再生可能エネルギー増産の中心的要素として力説しているのには驚きました。スイスでは成功事例がまだないのですから。市営エネルギー会社としては、今後協力して深層地熱の実現に取り組んで行きたいと考えている、という市民へのメッセージだと私は考えます。
スイスの市営エネルギー会社は、地域暖房、ガスや電気、水の供給に関して、地域に密着したサービスを提供しており、エネルギーシフトが行なわれていく際には、将来の勝ち組に属するグループと考えられます。

● アールガウ州とベルン州がクリーンテク産業政策?
スイスの原発銀座であるアールガウ州。スイスに5基ある原発のうち、州内に3基、州境に1基が立地し、さらに放射性廃棄物の中間保存庫や原子力関連の研究所が立地する州です。
アールガウ州の内閣は6月16日に、国の内閣と下院の原発を更新しない方針を支持。アールガウ州をクリーンテク産業の中心地に育てて行くために国の支援を要請すると発表しました。とはいえ、原子力技術を法律で禁止することには反対というスタンスです。
アールガウ州では、既存原発の廃炉により州内の職場が減少します。それよりも多くの職場が再生可能エネルギーや省エネ技術「クリーンテク」により国内に生まれますが、その職場をアールガウ州に誘致しようという狙いです。
同じような動きが、1基の原発が立地するベルン州でも見られます。ベルン州には既に、再生可能エネルギー関連の国際的な機材メーカがいくつも立地しています。ベルン州内閣は、2025年までの経済戦略の中でベルン州に「クリーンテククラスター」を作り、スイスのクリーンテク産業中心地になるという目標を打ち出しています。

● ベルン州、住民発議案「再生可能なベルン」
ベルン州の緑の党が、2009年に提出した住民発議案「再生可能なベルン」について、州議会が対案を出しました。住民発議案は下記を求めています。
ベルン州の総電力需要を、2025年までに75%以上、2035年までに100%を再生可能エネルギーで供給すること。既存の建物の暖房給湯エネルギーについては、2025年までに50%を、2035年までに75%を、2050年までに100%を再生可能エネルギーで供給すること。新築される建物では再生可能エネルギーのみの使用を許可すること。
対して、州議会の対案は、電気、暖房・給湯エネルギーを基本的に30年以内に100%再生可能エネルギーで供給することとしていますが、住民案にあった細かな分野別の中間目標は削除しています。
対案と住民案は2012年に投票される予定です。


ニュース

★スイス、再生可能エネルギー19.4%に
エネルギー庁より2010年度のエネルギー統計が発表された。それによると2010年度、スイスの最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合は、19.4%。09年は18.9%だった。再生可能エネルギーの割合は、熱生産で15%、電力消費量で54%となっている。また、電力の国内生産量の57%が再生可能エネルギーだが、その大半は水力。それ以外の新エネは2.2%で、昨年度比では7.1%の伸びとなっている。熱分野では、再生可能な熱の54%が木質バイオマス、18%がゴミ焼却場からの廃熱(半分を再生可能としてカウント)、22%がヒートポンプによる環境熱利用となっている。

★スイス、エネルギー消費量が史上最大に
エネルギー庁によると2010年度スイスの総エネルギー消費量は前年度比で4.4%伸び、史上最高の91.1万テラジュールを記録した。理由は、寒冷だった冬(暖房ディグリーデイが12.7%増)、経済成長(GDP成長率2.6%)、そして人口増加(+1%)だという。温暖化防止と持続可能なエネルギー利用のためには、2050年までにエネルギー消費量を3分2減らす必用がある。そのためには年2%~の省エネが必要だが、トレンドの転換はまだ起こっていない



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