滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

工場建築:省エネ+PVでCO2フリーの生産プロセスへ

2012-12-23 15:07:32 | 建築

スイスでは毎年のことながら、クリスマス休暇の直前には、多くの人が家族や友人の訪問を喜ぶというよりも、ストレスいっぱいで喘いでいるように見えます。そんな人々の様子と比べて全くちぐはぐなのが最近のお天気で、今日など12度にもなりとても年末とは思えない温かさです。

さて、今日は(やっと)2012年度のスイスソーラー大賞について報告します。今年も10月中旬に、人物・建物・設備の3部門30プロジェクトが、先進的なソーラーエネルギー利用例として、スイスソーラー機関により表彰されました。

建物分野では、新築や改修によるプラスエネルギー建築の表彰が、珍しくなくなりました。表彰された建築部門の16棟の建物のうち、11がプラスエネルギー建築で、106~634%の電熱自給率を示しています。基本は、ミネルギーやミネルギー・Pの省エネ性能の躯体に、太陽光発電と再生可能熱源を組み合わせた建物です。新築戸建てだけでなく、改修物件や小規模な集合住宅から産業建築まで見られるようになってきました。

恒例のスター建築家ノーマン・フォスター卿による「ノーマンフォスターソラーアワード」は、このブログでも紹介した展示場建築の「環境アリーナ」が受賞。電熱の自給率は203%です。クリーン技術の展示場だけあって、技術的な見所は一杯です。高断熱の躯体に加えて、太陽熱冷房、地下水によるフリークーリング、大型蓄熱タンク、地中蓄熱体と地中熱ヒートポンプ、レストランの生ゴミを利用する小型バイオガス・・・等々。屋根面は、スイスで最大の建材一体型の太陽光発電パネルの利用例(760kW)となっています。
http://www.umweltarena.ch/

今回興味深く思ったのは、工場建築での受賞例が増えてきていることです。省エネ対策と太陽光発電の組み合わせにより、中小規模の産業や工業の建築では、電熱の分野で高度な自給率を達成している企業たちがトップランナーを形成しています。この分野でも、スイスソーラー大賞のプロジェクト選定の特徴は、単に設置量の多さだけでなく、省エネ対策と建築への綺麗な収まりを重視しているところです。

特に木工や製材、木造関連の工場の受賞が目立ちます。木産業は大屋根があり、木屑が生じるという点から太陽光、木質バイオマスを利用した電熱自給には最適の条件を備えているのでしょう。今日は、受賞例の中からそういった工場建築を3つ紹介します。

 ●大賞:シェーツ村の木造会社レンクリの新工場

ルツェルン州にある木造会社のレンクリは、省エネ・高層・持続可能な建物づくりのパイオニアです。工場で木造の壁パネルを作り、それを現場で組み立てる構法を採っています。今回受賞したのは同社の新しい工場建築。建物の省エネ性能については、断熱材は壁が18cm(U値0.22W/m2K)、屋根が27センチ(U値0.16W/m2K)、窓が三層断熱ガラス(U値0.98W/m2K、日射透過率58%)となっています。暖房熱需要は9.2kWh/m2年、電力消費は16.7kWh/m2年、生産用機械の電力消費が34.5kWh/m2年です。

この工場建築では、建材として太陽光発電を使っているのですが、東向きと西向きの屋根にそれぞれ137.5kWずつを、南向き屋根に23.1kW、南ファザードに4.9kWを設置しています。合計した年間の生産量は28万5441kWhで、工場と事務所等での電力消費量30万kWhの95%を生産している計算になります。足りない5%の分は、敷地内にある小水力発電でまかなっています。この消費量には、生産用機械が消費する17万2000kWhも含まれます。また、工場や事務所の熱供給は、端材を燃やすチップボイラーで行っています。


写真:Renggli AG / www.renggli-haus.ch

●大賞:シュテーグ村の断熱ガラス工場、ショルガラス社

ヴァリス州に建てられた、ショルガラス社の新しい工場建築も、今年のソーラー大賞に輝きました。高度な断熱ガラスのメーカですから、自社工場の窓ももちろん3層断熱窓です。窓U値は0.80で、日射透過率は55%のものを使っています。外壁の断熱材は16~20㎝(U値0.16~0.18)、屋根は24~37センチ(0.10~0.15)、床は20㎝(U値0.16)と、経済性優先の工場建築とはいえ、優秀な断熱性能です。熱源には空気ヒートポンプを利用。建設時のCO2排出量の削減にも取り組み、建材の輸送を貨物鉄道で行うことにより、トラック輸送を380台分減らしたそうです。

新しい工場の緑化された屋上には、2580㎡の太陽光発電(383kW)が設置され、年50万kWhを生産しています。ガラス生産に必要なエネルギー量73万7500kWhの68%を、太陽光発電で生産している計算になります。大型消費産業での自給努力が高く評価されています。写真は下記リンクから見ることができます。

http://www.solaragentur.ch/dokumente//G-12-09-24%20Klein-Solarpreispublikation%202012-DEF_Schollglas_kleinste.pdf

●副賞:サンモリッツの木工工場マローツ社の改修

アルプスの高級リゾート地サンモリッツにあるマローツ木造会社は、築1968年の事務所・工場・住宅建築を断熱改修することによって、熱のエネルギー消費量を73.6万kWから31.2万kWに42%削減しました。その上で、建物の屋根面に太陽熱温水器44㎡を設置して、給湯需要の62%を生産(3万kWh)。残りの暖房・給湯熱は、建物内で生じる木屑を燃やすチップボイラーで供給しています。電気については、屋根とファザードに設置した太陽光発電63.8kWが年8万kWhを生産し、建物内の電力需要の7割を供給しています。 サンモリッツの豊富な日射量を活用し、デザイン的にもおさまりが綺麗な省エネ・ソーラーエネルギー改修の好事例です。写真は下記のリンクから見られます。

http://www.solaragentur.ch/dokumente//G-12-09-24%20Klein-Solarpreispublikation%202012-DEF_Malloth_kleinste.pdf


次回は、ソーラー大賞の設備・人物部門で受賞した工場を紹介したいと思います。年末までに更新したいという気持ちはありますが、出来なかった場合のために、この場でご挨拶しておきます。 2012年に日本や欧州でお世話になった皆さん、そして読者の皆さん、どうもありがとうございました!! 2013年も日本のエネルギーシフトのために、各々の地域から、一人一人が出来ることを実現していきましょう!


ニュース

●スイス:フリブール州農家が運営する森林材ペレット工場
スイスではペレット製造には製材所で生じるおが粉が原料として用いられるのが通常だ。しかし、林業で生じる端材や残材からペレットを作る方法もある。その際、原料を乾燥させるエネルギーの種類が製品の環境性を左右する。フリブール州農家のオスカー・シュヌービュリ氏は、排熱を用いておが粉を乾燥させる製法により、エネルギー消費量の少ない森林ペレット製造手法を開発、高品質なペレットを生産してきた。
今年、新たにこの手法を用いて、4人の農家が共同出資してペレット製造を始めた。工場では、隣接するバイオガス発電設備の排熱を用いて、ペレット原料となるチップを乾燥させている。また、ペレット工場の屋根は太陽光発電パネルで覆われているが、その背面通気層で温まった空気も、チップの乾燥に利用する。こうして乾燥したチップを粉にし、接着剤や水を一切用いずペレット化する。最大で年1万トンを生産できる予定だ。農家たちはBestPelletWarme株式会社を設立し、同社の主要株主になっている。残りの株は地域のエネルギー会社であるGroupeEGreenwattAGが保有する。
出典:www.hier-ist-energie.ch

 ●スイス:下水処理場が地域のエネルギーパークに
スイスの規模の大きな下水処理場では、汚泥消化ガスを利用した電熱併給が普及している。東スイスにある5万㎡を有するモルゲンタール下水処理場では、汚泥消化ガスとバイオマス熱源の組み合わせにより、地域の熱供給センターを建設するプロジェクトが開始した。下水処理場から10㎞の熱供給網を伸ばし、アルボン、シュタイナッハ周辺の建物に熱供給が行われていく予定だ。
汚泥消化ガスをサポートする熱源となるのは、隣接する建物取壊し会社で分別された木廃材を燃料とした2.4MWのチップボイラー。ボイラーと熱供給網への出資は、バーゼル地方のエネルギー会社であるEBM社がコントラクティングで行う。冬の厳寒時のピーク用には灯油ボイラーがサポートする。
このエネルギーセンターでは、汚泥消化ガスによる電熱併給、処理後水からの排熱利用(ヒートポンプ)、木チップボイラー、ピーク時用の灯油ボイラーの4熱源を組み合わせて熱供給が行われていく。この他、下水流の高低差を利用した小水力や太陽光発電も行われている。
出典:プレスリリースEBM

 ●スイス:サンクトガレン都市公社がバイオガス販売開始
スイスでは、数多くの自治体所有の都市公社が、地域の総合的なインフラ供給を行っている。その中には熱、電気、ガス等も含まれる。サンクトガレン市の都市公社は、2013年よりガス販売においても再生可能エネルギーの割合を高める方針だ。顧客は、生ゴミ堆肥化施設で生じるバイオガスを購入することが出来るようになる。
具体的には、2013年からガス顧客は、バイオガス割合の異なる4種類の商品を選ぶことが出来る。全ての顧客に自動的に供給されるスタンダード商品は、天然ガスに「5%バイオガス」を混ぜた商品で、値段はこれまでの天然ガスと同様。「20%バイオガス」の商品はkWhあり1.4ラッペンの上乗せ価格で購入できる。「100%バイオガス」の商品はkWhあたり8.1ラッペンが上乗せされる。対してバイオガスの入らない天然ガスを注文する顧客は、別途注文しなければならない。
出典:サンクトガレン市プレスリリース

 ●スイス:エネルギーパイオニア、ガッサー社長が3MW風車を建設
東スイスのエネルギー・パイオニアとして有名な建材会社社長のヨシアス・ガッサーさん。このガッサーさんが中心となり、ハルデンシュタイン村に、スイス最大規模の風車の建設が始まった。モデルは内陸向けに開発されたVestas社のV112 で、ローターの直径は112m、出力は3MW。このモデルは弱い風でも効率的に発電することができ、毎秒10mの風速で既に最大出力に達する。予想発電量は年4.5GWhで1300世帯分に相当する。2013年3月には試運転が開始する予定。
出典:スイスエオル・ニュースレター Suisse Eole

 ●スイス:エネルギー都市の数が300に、人口の半分が住む
先進的で総合的なエネルギー政策を実施する自治体を認証する「エネルギー都市制度」。現在スイスの人口の半分がそのような自治体に住む。今回第300のエネルギー都市となったのは、チューリッヒ州にある人口1.7万人の町レーゲンスドルフ。同町は、以前より自治体のエネルギー計画を策定し、着実に実施してきた。今後は、居住地の高密度化、建物の省エネ改修、そして交通緩和と自転車・徒歩交通の促進にいっそう力を入れていく予定だ。レーゲンスドルフは周辺自治体とエネルギー地域「Furttal」を構成し、地域単位でのエネルギー自立の方向にも歩みを進めている。
出典:エネルギー都市ニュースレター www.energiestadt.ch

 ●スイス:フリブール州住民が電気暖房交換義務にNo
脱原発を実施する上で欠かせないのが、冬の電力浪費源になっている電気暖房の交換だ。スイスでは州の管轄になっており、州のエネルギー法の改訂によりこれを禁止したり、交換を義務付けたりすることが出来る。今後、多くの州では10年以内に電気暖房を環境に優しい熱源により交換することが義務付けられていく。
しかし、その先駆けとなったフリブール州では、新しいエネルギー法が住民投票において僅差で否決された。原因は電気暖房交換義務について猛反対する建物所有者たちのキャンペーン。同州には6000棟の建物で電気暖房が使われている。同州は来年度、エネルギー法案を再度見直す。脱原発のための重要項目が州別に決議されるという点、それが住民投票で覆されうるという点がスイスの制度では難しいところである。

●ドイツ:ヘッセン州でエネルギー未来法可決
ヘッセン州議会は昨11月20日にエネルギー未来法を可決した。同州が目指すエネルギーシフトを進める法的なツールとなる。法に定められた目標は2050年までに熱と電気の最終エネルギーの100%を再生可能エネルギーで賄うこと。そのために毎年建物の2.5~3%を省エネ改修していくことを定めている。州は模範として、州が所有する建物を2017年までに1.6億ユーロかけて省エネ改修していく。また、地域計画の中で州域の2%を風力優先値として指定する。州としてのモットーは「義務でなく自発性」ということで、「情報提供・アドバイス・助成」対策が中心となる。
出典:ヘッセン州プレスリリース www.hessen.de

 ●ドイツ:再エネで化石エネ輸入を60億ユーロ削減
2011年ドイツは、再生可能エネルギーの生産により、化石エネルギーの輸入代金を60億ユーロ削減できた。環境省が助成した再生可能エネルギーのコスト対効果の調査により分かった。同年にドイツが化石エネルギー輸入に支払った額は、812億ユーロに上る。再生可能エネルギーの生産量が増えるほど、化石エネルギーの輸入代金として国外に流出する富が減る。
出典:ドイツ再生可能エネルギー機関www.unendlich-viel-energie.de

●ドイツ:エネルギー組合設立ブーム、1週間3件
住民によるエネルギー組合の設立が、ドイツでブームになっている。住民が組合を作り、住民出資で再生可能エネルギーの発電設備や熱供給施設を建設、運営するものだ。9割は太陽光発電設備の運営に関わる。ドイツでは今年、毎週3件のペースでエネルギー組合が誕生しており、合計600のエネルギー組合がある。過去3年間でその数は4倍に増えた。ドイツ組合ライフアイゼン連盟らの調査によると、過去数年に設立された500のエネルギー組合には、8万人の市民が組合員として参加、彼らにより8億ユーロが再生可能エネルギーに投資された。
出典:ドイツ再生可能エネルギー機関 www.unendlich-viel-energie.de

 ●ドイツ:農家からの再生可能エネルギーへの出資
ドイツの再生可能エネルギーによる発電容量の11%は農家の所有だ。ドイツの農家連盟によると、農家の再生可能エネルギーへの出資額は過去3年間で160億 ユーロに及ぶ。農村部での出資を支えるのは農業年金銀行で、2012年の上半期だけでも同銀行は、再生可能エネルギーに8.5億ユーロの新規融資を行っている。これは同銀行の総融資額の3割を占める。
出典:ドイツ再生可能エネルギー機関 www.unendlich-viel-energie.de

 ●ドイツ:5人に一人が太陽光発電に投資する意志
ドイツでは今年の10月末までに6.8GWの太陽光発電が設置された。LGエレクトロニックスが依頼した市場調査の結果によると、電気代が17%上がり、kWhあたり30ユーロセントになったことを受けて、市民の3分1が省エネ機器の購入を考えている。また、高騰し続ける電気代から解放されるために、ドイツ人の5人に1人が太陽光発電への投資を考えている。LGエレクトロニックスでは電気代の高騰は、再生可能電力の買い取り制度が原因ではなく、化石エネルギーの高騰が主な原因だと分析している。ドイツでは、設置出力4kWの太陽光発電設備の価格は2006年以来65%下がり、現在7000ユーロとなっている。20%を自家消費すると、年600ユーロの儲けが出て、約10年でコストが回収できる。
出典:LG Electronicsプレスリリース、EE-News

●最近の掲載誌
ビオシティ2012年53号 欧州中部のビオホテル探訪 「シュタイナー農場から生まれたエコホテルとコミュニティ」
http://www.bookend.co.jp/biocity/index.html

Webronza 2012年12月11日 「欧州ドイツ語圏で盛り上がる、地域のエネルギー自立運動」
http://webronza.asahi.com/global/2012121100001.html


Schweizer Energiestiftung „Energie&Umwelt“ 2012年第4号 (ドイツ語)
„Stromsparen in Japan – eine einzigartige Erfolgsgeschichite“
http://www.energiestiftung.ch/files/textdateien/aktuell/magazine/2012_4_eu.pdf

 


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脱原発と脱化石を追う、スイスのエネルギー戦略2050について

2012-12-04 09:01:51 | 政策


写真:標高2300mのギュッチュ・ウィンドパーク、今年一基が増築された。 Foto:EW Ursern

●遅ればせながら、「エネルギー戦略2050」について


ベルンも本格的に冬らしい気温になってきました。11月は視察や〆切に加えて、お客様の庭の冬仕舞いが忙しい月でした。9月末に発表されたエネルギー戦略2050に関する法案改訂のパブコメ期間中ということもあってか、再生可能エネルギー関係の記者会見や講演会、シンポが多い一月でした。

エネルギー戦略2050は、脱原発と脱化石エネルギーを目指す、長期的かつ総合的なエネルギー政策のロードマップです。もちろん電気だけでなく、熱と交通も含まれます。この戦略の概要については、10月に私が執筆した記事が、先月Webronza(下記リンク)に掲載されましたのでご覧ください。
 http://webronza.asahi.com/global/2012112200001.html

今日は、この記事の中では字数の関係で触れられなかった点についていくつか補足します。

エネルギー戦略2050には目標となるシナリオがあります。その目標の一部を達成するために、「第一対策パッケージ」というのが策定されました。そして、これを実施するために必要な、エネルギー法やCO2法といった諸法規の改訂案が、9月末から州や関係団体、国民からの意見聴衆にかけられています。そして来年には修正案が議会で審議されます。

ただし、対策の効果分析によると、「第一対策パッケージ」だけでは目標を半分しか達成することができません。ですので2020年に発行となる、エコロジー的な税制改革を主眼とした「第二対策パッケージ」の開発が既に着手されています。

 ●目標の特徴はエネルギー消費量の半減

現在、スイスの最終エネルギー消費量(熱、交通、電力)は一年236TWhです。エネルギー戦略2050の特徴的な目標は、これを2035年までに152TWh(目標1人頭-35%)、2050年までに125TWh(目標1人頭-50%)に減らすという点です。さらに再生可能エネルギーへの転換により、エネルギー由来のCO2排出量が今日は一人頭5tのところ、2050年には一人頭1~1.5tの社会となることを目指しています。

電力消費量については、今日は60TWhですが、目標では、人口増加をもってしても2020年までに安定、2050年までに53TWh(揚水ポンプの消費を入れると57.6TWh)に減らすこととあります。結果として、脱原発を考慮した、増産が必要な発電量は2035年に27.5TWh、2050年に23.7TWhとなります。

再生可能電力の増産についても、エネルギー法改定案の中に目標が記されています。水力以外の再生可能な電力の増産量は、2035年までに11.94 TWh、2050年には24.22TWh以上に増やすこと、とあります。電力増産量に関しては「第一対策パッケージ」にある対策で達成できる予定です。増産の主力は11TWh以上を担う太陽光発電です。これに加えて水力の生産量は、2035年までに37.4TWh、2050年までに38.6TWhに増やすこと、とあります。

つまり、政府の目指すシナリオ通りの電力消費量となれば、2050年には国内消費量については、年間収支で再生可能電力で賄える計算になります。

●第一対策パッケージの中心は建物分野

こういった脱原発と脱化石エネルギーの目標を達成するための「第一対策パッケージ」については、エネルギー庁のサイトからダウンロードできます。
http://www.bfe.admin.ch/themen/00526/00527/index.html?lang=de&dossier_id=05673

エネルギー戦略2050の背景には、「エネルギー展望2050」というPrognos社によるシナリオ計算があります。この中で、「現行継続」「政治対策」「新しいエネルギー政策」という3種の政策シナリオが計算されています。スイス内閣がエネルギー戦略2050で目指すのは、「新しいエネルギー政策」のシナリオです。ただし、「第一対策パッケージ」で実施されるのは「政治対策」のシナリオです。ただ、今後継続的に更なるパッケージを実施していくことで、「新しいエネルギー政策」のシナリオに近づくという方針です。

昔からスイスのエネルギー政策ではそうでしたが、「第一対策パッケージ」でも、建物分野の省エネ、中でも断熱改修が最重要対策分野と定義されているところが興味深い点です。これらの対策については別の機会に紹介するとしましょう。

●スイスインフォの記事との違いの説明

スイスインフォというニュースサイトでも、編集部の方が執筆されたエネルギー戦略2050についての記事が11月中旬に紹介されています。
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=33958990

私の記事と比べると数字や発言が多少異なります。この場を借りて、違いの理由を説明させて頂きます(興味のない方はこの部分は読み飛ばしてください)。私の記事はエネルギー戦略2050の目標と対策を紹介していますが、その際に2050年の電源については、目標シナリオの電力消費量に対する、再生可能エネルギー生産量を年間収支で比較しています。

対して、スイスインフォの記事は私が調べたところ、「第一対策パッケージ」のみを実施した際に、2050年の「電力生産」に占めるエネルギー源別の割合を紹介した数字になっています。そのためガスの割合が大きくなっています。 また水力の増産量についても数字の違いがありますが、私の記事では揚水発電の分は入れない数字(+3TWh程度)を採用していますが、後者の記事では揚水発電の分を含む数字を採用しています。

●ガス発電は輸入電力と解釈すべき?

スイスのエネルギー大臣は、脱原発の過渡期にはガス発電が必要だと発言しています。しかし、内閣や議会はCO2法により、ガス発電のCO2排出量を全量相殺することを義務づける姿勢を変えていません。ですので、現在の条件では、ガス発電を設置する経済的な魅力は電力会社にとっては一切ないという意見が、スイスの電力業界のメインストリームです。

むしろ、ガスと書かれている部分は、輸入電力という風に解釈すべきだ、とエネルギー専門家で元国会議員のルエディ・レヒシュタイナー氏は言います。というのも、スイスの電力会社は周辺国の多数のガス発電や風力パーク等に以前から出資してきました。大手電力Axpoの経営開発部の方が先日、ある講演会で、Axpoの今後の電力市場でのビジネス分野は、国の輸入戦略を助けることだと語っていました。小規模分散型発電の苦手な大手電力も、輸入戦略という方向性を望んでいるようです。

●まだまだ太陽光発電苛めは続く

現段階でのエネルギー戦略2050にはいくつかの問題がありますが、その一つが将来的に電力需要の20%を担うべき太陽光発電への「苛め」が改められていない点です。今のシナリオは、全原発が廃炉になるはずの2035年頃まで太陽光発電の伸びは遅々とし、その後急激に伸びるという、非常に不自然なものになっています。

スイスではエネルギー戦略2050と並行して、再生可能電力の全量買取制度が改善され、これまで再生可能電力の成長を妨げていた課徴金の上限額がなくなる予定です。しかし、太陽光発電については相変わらず、一年に買い取りを受けられる総出力に制限がかけ続けられることになっており、2020年までの設置量目標は僅か600MWと信じられないくらいに小さいのです。

2012年の現在のスイスでの太陽光発電の新規設置量は150MWで、総量は350MW、年の電力消費量の0.5%を生産しています。今のペースでも2014年には600MW(年消費量の1%)に達します。スイスソーラー連盟ではドイツやイタリアの前例から、スイスの太陽光発電の2020年までの現実的な目標は、電力消費量の8~10%であるとしています。

スイスの全量買取制度では、課徴金に上限額があることにより生じた予算不足により、ウェイティングリストの数が2.2万件に達しています。そのうち2.1万件が太陽光発電です。リストにある太陽光の出力は944MWにも及びますから、すごい民意の無視ですね。

今日、小水力やバイオマス発電の方が、場合によっては太陽光よりも発電コストは高くなっています。にも関わらず、太陽光のみに年間の買い取り制限量がかけられています。原発や水力といったスイス電力業界の既得権プレイヤーが、太陽光を一番恐れているための扱いです。

スイスソーラー連盟によると、2035年以前に太陽光発電が電力消費の20%を担うことは可能だといいます。しかし内閣としては、政策へのコンセンサスを得るために、素早い市場の構造改革は避けているというのが現状でしょう。とはいえ、パブコメと議会審議を通じて、エネルギー戦略2050にはまだ改善のチャンスがあります。

 ●風力は2035年までに10%が現実的

それからエネルギー戦略2050では、風力のポテンシャルも、技術の発展を考慮していない古い数字に基づいた計算になっています。戦略によると、2050年までの生産目標が4TWhです。

しかし、この数年間の間に、内陸用の風力技術は発展し、より大きなローターや高いタワーにより、発電量が格段に増えました。また以前の環境庁の示すポテンシャルの数字では、風車の間隔が非常に大きく採られていました。経験値により、この間隔は以前の計算に使われていたよりもずっと小さくても問題がないことが分かっています。

スイスの風力促進連盟スイスエオルは、このような状況の変化を反映させた新しいポテンシャル計算を行わせました。その結果、スイスでは風力が2035年までに需要の少なくとも電力の10%は担えるそうです。2020年までに2TWh、2035年までに6TWhの生産が、景観や自然の面でも問題なく実現できるといいます。スイスにとって風力は、電力需要ピークの冬の生産が主体となるため、夏に生産量の多い太陽光を補う、非常に貴重な電源となります。

再生可能電力の促進政策に遅れてきたスイスでは、今日国内に僅か32基の風車しかありません。同じく内陸のドイツのラインランド・プファルツ州は、スイスの半分の大きさで人口密度も高いにも関わらず、今日既に1200基の風車が電力の10%を供給しています。

スイスエネルギー財団の調査によると、太陽光発電と風力発電の一人頭の設置出力について、スイスは欧州中部9か国の比較ではビリという恥ずかしい位置づけになっています。ドイツはスイスの27倍、フランスですら7倍。一番大きな理由は、原発議論を背景に全量買い取り制度の導入が大幅に遅れたことでしょう。反対に言えば、まだまだ成長する幅は大きいということです。

●エネシフのコストはアルコール消費量3年分


スイスのエネルギーシフトのコストですが、エネルギー庁長官によると年10億フラン、30年で約300億フランかかるといいます。これは、いづれにしても必要な送電インフラの更新費用などを差し引いたコストだそうです。このコストについて、11月中旬に開かれた再生可能エネルギー国家会議で、エネルギー庁の長官が、「スイス人は年110億フランをアルコールに支出している。それに比べたら年10億フランは多くない」と発言していたのには、笑ってしまいました。

現在スイスが毎年エネルギー代金として支払っている額は、毎年310億フラン(約2.7兆円)にもなります。8割のエネルギーを輸入していますから、大半は外国に流出してしまうお金です。エネルギーシフトにより、毎年310億フランの大半が国内に留まり、省エネや再生可能エネルギーに投資されることの国民経済的な効果を考えれば、エネルギーシフトのコストなど大したことはないように思われます。

スイスでもコストに関しては様々な数字が飛び交っていますが、化石燃料の価格高騰を含めて、2050年までのエネルギーシフトの追加コストを正確に予測するということは、不可能に近いことです。


 ●分かりやすいリンク(ドイツ語)

エネルギー戦略2050の概要については、9月28日のドリス・ロイトハルト大臣の記者会見のヴィデオがとても分かりやすいです。 
http://www.tv.admin.ch/de/archiv?video_id=506

また、パブコメの対象となっている資料は下記からダウンロードできます。 エネルギー戦略2050と第一対策パッケージについて説明する資料(140ページ)
http://www.admin.ch/ch/d/gg/pc/documents/2210/Energiestrategie-2050_Erl-Bericht_de.pdf

エネルギー戦略2050の実行に必要な法改訂案
http://www.admin.ch/ch/d/gg/pc/documents/2210/Energiestrategie-2050_Vernehmlassungsvorlage_de.pdf


ニュース

●スイス: ツェンダー社、真空管式の太陽熱温水器で塗装の工程熱
温水暖房器や換気システムのメーカとして有名なツェンダー社。同社は、グレンヒェン市にある倉庫ホールの屋根に400㎡の大型の太陽熱温水器を設置した。この設備により、ラジエータ塗装工場で必要な工程熱の需要の50%を、太陽熱で供給していく予定。採用されたのは高効率の真空管式温水器で、メーカはRitter XXL Solar社。少ない日射でも高温水を作ることができる。同設備では110度の高温水を暖房センターの蓄熱タンクに供給。暖房センターでは2台の暖房ボイラーが、太陽熱温水器による工程熱と暖房熱の生産をサポートする。最良の日射条件の時には、太陽熱だけで工程熱を供給できる。メーカにより最低でも年157.6MWhの熱獲得が保証されており、これは灯油2万リットル分に相当する。
出典:EE-News、Zehnder

●スイス: エミ・グループ、チーズ製造に小型のパラボラ式太陽熱温水器
ジュラ地方名物のチーズ「テート・ド・モワンヌ」を製造するEmmiグループの工場で、工程熱を生産するためのパラボラ型太陽熱温水器が導入された。採用されたのは、NEP-Solar社のPolyTrough1800。出力は360kW、工場の屋根に設置されている。設備は17台のトラフ式(パラボラ型)太陽熱温水器から成り、集熱面積は627㎡。集熱は不凍液により行い、熱はプレート型熱交換器を通じて蓄熱タンクと暖房用温水に移される。「NEP⁻Solarの温水器により化石エネルギー消費量を年3万ℓ減らし、CO2を79t削減できる」とチーズ工場長は語る。NEP-Solarの技術は海水の塩分除去、太陽熱冷房、そして食品加工分野で利用されており、200度以上の温水を生産することが出来る。今回採用されたモデルはラッパースヴィル市のソーラー技術研究所SPFとのコラボにより開発され、以前のモデルよりもより頑丈で、経済的、高効率になっている。
出典:EE-News、NEP Solar

●スイス:2035年までの太陽熱温水器のポテンシャルは6TWh
スイス内閣のエネルギー戦略2050年では、2050年までに建物のエネルギー消費量を半減させることを目指す。さらに太陽熱温水器が4TWhの熱を供給できるというポテンシャルを認めている。これに対し、ソーラーエネルギー産業の連盟であるスイスソーラーでは、2035年までにスイスでは6TWhの太陽熱を生産することが可能であるとし、それを目標に掲げている。これは住宅分野では暖房・給湯需要の20%に相当する。現在スイスソーラーではこの目標を達成するためのマスタープランを作成中だ。
出典:Swissolar

●オーストリア: 太陽熱温水器、オーストリアがトップ
太陽熱温水器の一人頭の設置出力に関して、オーストリアはイスラエルとキプロスに続く世界トップの座を誇る。これまでに500万㎡の太陽熱温水器が設置され、年50万トンのCO2を削減。それにより、年1億5千万ユーロのエネルギー支出を節約している。オーストリアの太陽熱温水器産業は、年4億2千万ユーロを売上げ、4000人の雇用を創出している。輸出率は79%である。9月末には500万㎡目の太陽熱温水器が、環境大臣ニキ・ベルラコビッチ氏の同席の下、ニーダーオーストライヒ州で祝われた。この温水器は食肉工場ベルガ―社に設置されたもので、大きさは1087㎡。「2020年までに我々はオーストリアので陽熱温水器の面積を倍増し、1000万㎡にしたい」と大臣は語った。オーストリアでは近年、工業・産業建築用の太陽熱温水器の促進に力を入れている。
出典:Solarmedia

●スイス:ヨーロッパ最高地点のウィンドパーク増設
アンデルマット村の上部の標高2300mの場所では、2002年から風力生産が行われている。その風車パークを運転する地元のウルセルン電力は、今年、一台の風車を増築した。それにより合計4基の風車、3.3MWが運転されるようになった。増築で採用されたのはエネルコン社のE44 。山地での毎時200㎞にも及ぶ突風にも適したタイプだという。ローター中心までの高さは55m、ローター直径は44m。出力は900kWと小さい。この風車パークは一年に4.5GWh(1300世帯分)の電力を発電する。ウルセルン谷には700世帯が住んでいるので、谷は風力輸出地帯である。増築された風車のコストは140万フラン。風力は電力需要のピークである冬の発電量が多いため、スイスの脱原発にとって貴重な電源である。
出典:EW Ursern

●スイス:ランドクアート町、LED街灯で電力消費52%削減
3つの自治体が統合したランドクアート町では、全ての街灯をLEDに交換、合計680台を施工した。それにより自治体全体の街灯の照明の質が向上し、環境への光害が減った。さらに街灯による電力消費は52%減った。LED自体による電力消費の削減量は40%。さらに夜間の照明量を20%落とすことで、52%まで減らした。照明量の20%削減は視覚的には全く感知できない程度であることが分かった。そのため、今後、更なる照明量の削減が考えられる。ランドクアート町は、スイスの先進的なエネルギー政策を実施する自治体に与えられるエネルギー都市認証を受けている。
出典:EE-News、Energiestadt

●スイス:カーシェアリング団体モビリティの顧客が10万人に
スイスで1997年に生まれた、先進的なカーシェアリング組合「モビリティ」の顧客数が10万人を超えた。ルツェルンに本社を置く同社は、スイスの人口1万人以上の全ての自治体(470自治体)に共用車を配車している。それによりスイス人の3分2が共用車を居住地にて利用できる環境が作られている。同社では今、若い顧客層の獲得に力を入れており、学生には会費を大幅に割り引いている。スイスの発展した公共交通網とカーシェアリングの組み合わせにより、モビリティは大変快適で経済的な移動手法を住民に提供している。
出典:EE-News、Mobility


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