滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

エネルギー農家への道③、文化財指定の古民家と建材一体型ソーラー設備

2010-08-25 00:50:00 | 再生可能エネルギー
スイスはきのこ狩りの季節。昼間は暑いとはいえ、とても過ごしやすい気候です。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

さて今日は、今年三度目になりますがエネルギー農家の話です。
農家の主要な役割は食物生産ですが、スイスでは景観や自然保全も農家の仕事の一部です。また今後は再生可能エネルギー生産も、一部の農家の重要な副収入源になっていくと思われます。そして、2008年にスタートした再生可能電力の全量買取型のフィードインタリフ制度によって、エネルギー農家の数は近年急に増えてきました。

我が家から近いミューリスヴィル村の農家、ヘルマン家もそんなエネルギー農家です。12ヘクタールの農地と6ヘクタールの森林を有し、有機栽培・飼育で卵、羊、様々な穀物、果物、亜麻油などを、生産しています。暖房は2006年から森の間伐材を利用したチップボイラーを使って母屋と離れを暖房・給湯。そして2009年から母屋と畜舎にかかる屋根全面を利用した太陽光発電パネルによる売電事業を行なっています。


写真)へルマン家の文化財保護の対象になっている古民家

そのヘルマン家で、昨土曜日に地域の住民や農家を対象とした「ソーラー農家」イベントが開かれたので行ってきました。主催はスイスソーラーエネルギー協会SSESの「ソーラー農家」部門。SSESはソーラーエネルギーの業界団体で、政府の委託を受けて普及啓蒙活動を行なっています。その一貫として、農家での太陽光発電設備の実現を、ノウハウの面でサポートし、普及させる活動も行なっているのです。


(写真左)有機無農薬農家のヘルマン家の若い夫妻、カスパーさんとマリアさんは企業家精神旺盛。(右)ベルン州の名物、長さ1mの美味しいツォプフパンと自家製サラミでおもてなし。

この日の見所は、歴史的な建物にどのように太陽光発電パネルを統合し、成功するプロジェクトを作るかという点でした。ヘルマン家の古民家は、文化財として指定されている木造建築です。スイスの行政は日本人には想像できないほど文化財や景観保全に厳しいのですが、この建物で建設許可を得られたのは、模範的な建物一体型の設計のおかげだといいます。


(写真)屋根材として用いられているソーラーパネル「メガスレート」の美しい収まり。

太陽光発電パネルはスイスのパネルメーカ3S社の国産品「メガスレート」。屋根材を兼ねており、縁なしの強化ガラスを用いたパネルが屋根の形にぴったりと収まっています。屋根の斜線になっている部分には、同じ色のガラスパネルで覆われているので、全体が均一な仕上がりです。「メガスレート」は建材として開発されているので、屋根建材としての機能と強度、耐久性を持つそうです。350㎡の発電パネルの設置出力は46.8kW、年間発電量は5万kWhで14世帯の電力消費量に相当します。
http://www.3-s.ch/de/3s-startseite/(3Sのサイト)


(写真)ソーラーパネルの収まりのディーテール。

この日はヘルマン家の庭で、ベルン州のエネルギー専門職の人、事業主のヘルマンさん、パネルメーカの3Sの人、施工を行った地元の屋根会社の人から、政策や体験談、製品の説明などの話しがあり、近所の農家の人たちが熱心に聴いていました。スイスでは、2.5年前に国の法律で、建物に最良に統合されたソーラーパネルに対して自治体は建設許可を与えなくてはならないと定められたそうです。そのため事業者のヘルマンさんは、自治体の文化財保護の担当者と何度かやりとりしながら、プロジェクトの改善を重ねていくことで、最終的にはスムーズに建設許可を得られたという話でした。


(写真)農家の庭で州のエネルギー専門職の話を聞く人たち

そしてイベント参加者が一番気になっていた経済性。
ヘルマン家では、国のフィードインタリフを利用し、全量を売電しています。2009年度の屋根材一体型のソーラーパネルからの太陽光発電の買取価格はkWhあたり74.9Rp(約61円)で、買取期間は25年です。太陽光発電パネルの中でも建物一体型の買取価格が一番高く設定されています。 フィードインタリフにより、ヘルマン家には一年37450フラン(約307万円)の売電収入があります。

対して設備コストはkWpあたり9000フラン(73.8万円)ということで、計34万5400フラン(約2830万円)になります。設備設置に際しては、ベルン市営エネルギー会社EWBが(供給地域ではないのにも関わらず)、助成金を出してくれたそうです。これらを差し引きすると、約15年で売電収入により設備投資が回収できます。残りの10年分の買取期間はヘルマン家にとって収入となります。ちなみにヘルマン夫妻は、自宅で使う電気は地域の電力会社からソーラー電力を購入しています。

興味深いのは銀行の親切さです。サステイナブルな金融のために環境団体らが設立したオルタナティブバンクという銀行がスイスにあります。ヘルマンさんはこの銀行に融資を頼みましたが、自己資金が少ないのが心配でした。しかし、オルタナティブバンクはなんと自己資金なしで費用の100%を融資してくれたそうです。
https://www.abs.ch/(オルタナティブバンク)


本日の発電量は午後3時頃、202kWhでした。

畜舎の軒下に設置された5台のパワーコンディショナー

リアルタイムでネットで自家発電量のグラフをチェック、近所の人たちに説明するご主人

現在スイスでは残念ながら、フィードインタリフ制度が予算不足でストップしています。今後、予算枠が拡大される予定ですが、それでも今あるウェイティングリストを消化するだけで数年かかるそうです。そのような状況の中、どうやってエネルギー農家として経済的な設備を実現するのかというのが論点でした。1つの方法として、設備を実現してしまい、フィードインタリフが復活するまでエコ電力証書として販売するという手法も紹介されていましたが、証書には売れないリスクが伴います。

このイベントでも農家の人たちには、フィードインタリフさえ復活すれば(あるいはもう少しコストダウンすれば)、エネルギー農家になりたいと思っている人が少なくないということが確認されました。


(写真)大きな窓面をとり現代的に改修されたヘルマン家の古民家。


短信

酪農家のためのバイオガス設備講座
スイスエコ電力組合は、家畜の屎尿や生ゴミからバイオガス発電を行なう70の農家たちが集まって立ち上げられた団体で、農家によるグリーン電力証書を販売するプラットフォームとして機能している。このスイスエコ電力協会では、この9月に「農家型バイオガス発電設備の運営者のための講座」を開講。対象は、農家、州の農業アドバイザー、農業学校教員、州の設備許可組織の職員などである。2日間の講義では、酪農家がバイオガス設備を運営するのに必要な実践知識が教えられる。例えば、法律、法人形態、クオリティマネジメント(構想、設計、実現、運転、発酵物、コージェネ、安全対策・・)、発酵生物学と発酵データの解釈や測定、さらにはフィードインタリフの申込み方法やグリーン電力認証方法など。エネルギー農家の団体が、農家の視点から普及活動に携っているところが面白い。
http://www.oekostromschweiz.ch/(スイスエコ電力組合)

シュピーツ市でバイオマスセンターの建設が進行中
シュピーツ市では、市の堆肥生産施設をこの秋にバイオマスセンターとしてオープンするべく建設が進む。事業者は地域のゴミ処理会社と電力会社の合同会社である。バイオマスセンターでは、廃材木・端材を燃料とした木質チップの地域暖房(2011年春竣工)と、地域の生ゴミと緑のゴミを原料としたバイオガス発電(2010年秋竣工)が1つ屋根の下に運営される。チップボイラーでは蒸気を作り、近くの薬品工場に生産熱を販売、年260万ℓの灯油の節約に繋がる。バイオガス発電設備は年3000MWhを発電。排熱は近くのスイス軍の不動産の暖房熱として販売し、年16万ℓの灯油節約に繋がる。将来的には現在計画中のシュピーツ市の地域暖房網にも接続する計画だ。もちろん堆肥生産施設であることは変わりないので、バイオガス発酵後の「緑のゴミ」は堆肥として加工され、有機栽培でも利用できる高品質の堆肥として販売される。

●節約すると安くなるガス料金と電力料金、ベルン市
8月21日付けのベルナーツァイトゥング新聞によると、ベルン市営エネルギー・水道会社EWBでは、新しいガス料金システムの導入を発表。これまでのように基礎料金+kWhあたりの料金を取りやめる。新しくは基礎料金が設備の出力に応じて変わる出力料金に代わる。これにより「古い、効率の悪い、過剰出力で設計された設備が高くなる」そうで、適正サイズのエネルギー効率の高い新しい設備への交換を促していくことが目的だ。こういった対策を行ない、ガス利用料が減れば、最終的に顧客が払うガス代は高くならないという。同時にガス料金を全体として値上げしている。また、新しくは顧客はバイオガスを注文できるようになった。さらにEWB社では、ガス暖房とソーラー温水器を組み合わせる顧客には、安いガス料金を提供する。また電力に関しても今年から、10%節電する顧客には、次の年にボーナスを与える仕組みを導入した。こういった取組みはEWB社がベルン市が100%株を所有する会社であり、同市のエネルギー・気候政策が経営に反映させられているためである。

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日常の中のビオ&フェアー

2010-08-13 18:40:38 | その他

このところ、スイスでかなり普及してきた水系の再自然化というテーマに没頭(格闘?)するうちに、あっという間に2週間ほどが過ぎてしまいました。気がついたら農家のプルーンの木の枝がどっさりと実をつけて重そうにしなっています。朝晩はすっかり涼しくなり、庭の草花も今年の激しい天候の変化のせいでかなり疲れ気味の様子です。

昨日は気分転換にパンを焼いてみました。とはいえ、前回パンを焼いたのは5年前というような私がその気になったのは、村の生協コープで美味しそうな有機無農薬の全粒粉のミックスを見つけたため。だから実は、この粉と自然酵母と水を混ぜて練っただけなのです。形はちょっと不恰好ですが、種が一杯入っていて、なかなか美味しく出来ました(当たり前か)。粉売り場には、様々な有機無農薬栽培のBIO印の粉やミックス粉の間に、BIO印の蕎麦粉も売っていたので、蕎麦掻が作りたくなりこれも購入しました。

こんな話をするのは、スイスの生協コープにはBIO(オーガニック)原料を用いた便利な食材や加工食品が充実しており、それが消費者にとってはとても有り難く、使い勝手が良いと感じるからです。村のスーパーでも、ほぼ全種類の食品・飲料製品にBIOと従来品の選択肢があります。その背景で生協コープは、こういったBIOやフェアトレードの販促のために消費者の教育に熱心です。毎週家庭に無料配布される「コープ新聞」の今週の特集もBIOでした。

ところでそんなスイスの平和な日常からは信じがたいほど、ここ最近の世界で起こっている一連の天災と人災のニュースは凄惨です。メキシコ湾の原油流出の次には中国の大連新港の原油流出事故。ロシアの森林・泥炭火災は原子力・核施設を脅かし、チェルノブイリ事故の汚染地区も燃え始めたと昨日報道されました。そして東ヨーロッパと東ドイツ、そしてパキスタンの大洪水。被災地の人々の苦しみもさることながら、世界の気候や環境、食糧供給への影響を想像すると暗澹とした気持ちになります。

8月頭にはバングラデシュで起こった縫製工場の労働者による賃上げ要求も記憶に新しいところです。労働者側が現在の賃金が月24ドルで、政府は倍増を約束したが、それでも誰も生活できないので月75ドルへの賃上げを要求。工場主は賃上げにより欧米のメーカがもっと労働力の安い地域に移ることを恐れているという報道でした。スイスのどの町にもあるH&MやZara、カーフアといった安価な量販店の衣料が、低賃金による労働力の搾取により製造されているということを、改めて消費者に意識させる事件としてスイスのメディアでは何度も取り上げられていました。

私も改めて、衣料を買うならば可能な限りフェアトレードの製品だけにしよう、そして衣料品を大切にしようと誓いました。また日本やヨーロッパでの消費者からの圧力がもっと高まり、上記のような大手の衣料品メーカや販売店こそがフェアトレードをスタンダードとし、消費者を教育する日が来ることを願います。


短信

●EU報告書、ウランが2020年には稀少に?

8月10日付けのベルナー・ツァイトゥング新聞で、EUのレポートによるとウラン燃料は今後数年で急激に少なくなり、価格が上がるという記事が小さな掲載されていた。遅くとも2020年以降にはウランは現在採掘されている鉱山だけでは今日の需要をカバーできなくなるという。このような資源減少により2003年から2007年の間急激に価格が高騰した。

●応募殺到の省エネ改修プログラム
 2010年1月よりリニューアル・スタートしたスイスの建物の省エネ改修への助成制度。6月末までに1.4万件、約101億円の助成額に相当する予想を超える応募数があった。助成される対策は外壁・屋根・窓・床下の断熱で、平均的な申請助成額は約72万円。再生可能エネルギー源などに対しては別途、州から助成金が出る。この制度では、10年間に渡り毎年、国が灯油へのCO2税の収入を用いた約110億円により躯体の省エネ改修が助成される。また同財源により約55億円が再生可能熱源の助成に用いられる。同時に州は一般財源より年約66~82億円を用いて建物の高効率設備や再生可能エネルギー、排熱利用、ミネルギーへの助成を行う。

●スイス最大規模のソーラー温水器設備が兵舎に
スイスのソーラー温水器メーカであるErnstSchweizer㈱の発表によると、同社はスイスの防衛・人民防護・スポーツ省より、DaillyLaveyの兵舎施設に国内では最大規模の743㎡の太陽熱温水器設備を設置する依頼を受注した。323枚のソーラー温水器は12の系統から成り、一つの系統がメンテナンス中でも別の系統は600kWの最大出力で運転できるという。温水タンクには90万ℓの地下水槽を使うとか。今年の10月に竣工予定で、これにより給湯と暖房補助を行なう。

●MSC認証を受けたイワシ缶詰
スイスの生協コープでは、持続可能な漁業からの魚介類を認証するMSC(Marine Stewardship Council)を持つ大西洋東北部のイワシの缶詰の販売をスイスではじめて開始した。コープ社では10年前より過剰漁業の問題への取組みの一貫として天然魚についてはMSCの魚介類を販売しており、これまでは生鮮魚、冷凍切身、缶詰などを販売してきた。また、養殖魚については、オーガニック飼育のマスやシャケ、エビなどの生鮮品や冷凍品を扱っている。(個人的にはスイスで海の幸は食べたいとは思いませんが・・)

●FSC認証の紙おむつ
上記の生協コープは、スイスで初めてFSC認証を持つ紙おむつの販売を開始した。環境に優しいノンフードの製品ライン「エコプラン」で取り扱われている。紙おむつに求められる品質においては最高の性能を求め、環境負荷は従来品よりも30%以上小さい上、手ごろな価格である。原料のセルロースは北欧産で、FSC認証を受けた、持続可能な運営がなされている森林からのもの。生産はスイス国内のコープ社の配送センターから50km離れた場所で行なわれているため、輸送路が比較的短い上、生産は100%再生可能電力で行われているそうだ。


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