滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

CO2課徴金、交通燃料にも導入なるか?

2019-01-01 07:11:56 | 政策


写真:
2018年のスイスソーラー大賞ノーマンフォスター・ソーラーアワード第一位を受賞したピラトゥス社の飛行機製造工場。木造のプラスエネルギー率114%のZEB建築。屋根には1.05メガワットの太陽光発電がきれいに収まっている。写真 ©Schweizer Solarpreis 2018

スイスの排出量削減の問題児、交通分野
スイスに住んで長くなりますが、住民として、ガーデナーとして、2018年ほど温暖化の影響が日常的に差し迫って感じられた年はありませんでした。アルプス北部では150年の観測史上、最も暖かい年となったそうです。スイスの一年の平均気温は、すでに2度も温暖化しています。

そのような中、温暖化防止対策には待ったなしの全力投球が必要であることは、スイスの大多数の住民が頭と体で理解しているはずです。しかし年末の国民議会(下院)では、パリ協定の目標を達成するための具体的な対策を定めるCO2法の改訂の審議にて、右派と左派の政党の間で全くコンセンサスを築くことができず、法案が否決されてしまいました。

スイスのCO2排出量の削減目標は2030年までに90年比でマイナス50%。閣僚案では、国内削減は30%以上とされています。現在の排出量を分野別で見ると、熱分野が36%、交通分野が33%を占める二大重点分野になっています。(ちなみに発電分野の占める割合は電源構成が水力と原子力であるため8%弱です。)全体としては、スイスでは90年比で人口が毎年1%前後成長を続け、GDPが50%近くも成長していますが、同時にCO2排出量は11%減っています。とはいえ2020年までの目標はマイナス20%ですから、目標は達成していません。

達成できない大きな理由が交通です。上記のような成長にも関わらず、熱分野では目標路線で3割近くの削減が行われていますが、交通分野では5%も増えてしまっており、熱分野での成果を相殺してしています。そして道路交通に関する削減対策は、昔から最も合意が難しい分野です。

CO2課徴金(炭素税)という優れた制度
このような削減成果の差が生まれる理由の一つとして、熱分野では進歩的な規制強化と並んでCO2課徴金(CO2税)が導入されているのに、交通燃料は規制も遅くCO2課徴金もない特別扱いがなされてきたという事情があります。

CO2課徴金は、スイスでは削減目標を達成するための最も重要な政策ツールの一つです。化石熱源(暖房用オイル、天然ガス等)には、2008年から導入されており、現在、暖房用オイルでは1リットルあたり25ラッペン(27.5円)が課金されています。削減量が目標路線でないと課徴金額が上がる仕組みです。当初はCO21トンあたり12スイスフランで始まりましたが、現在では96スイスフラン、最大で120スイスフランまで上げられる法律です。今回の改訂では、この上限がさらに上がる予定です。CO2課徴金が導入されてから10年間に、化石熱源分野からの排出量は15%減りました。

化石熱源からのCO2課徴金収入は、一年で12億スイスフラン(約1320億円)になります。基本は税制中立を旨とする制度なので、企業には年金費用経由で、国民には健康保険経由で還付されています。ただ収入の3分1は、建物の省エネ改修への助成金財源に用いられてきました。また、政府の機関と省エネ協定を結び、実際に約束した省エネを実施している企業に対してはCO2課徴金の減免処置がとられます。このような仕組みにより、企業排出分の半分にあたる企業が、省エネ協定を結んでいます。省エネする世帯や企業は損をせず、企業・住民への還付により公平感のある制度として、スイスでは今のところ広く受容されています。

交通燃料を巡る20年来の議論
この優れた制度やそれに類似したものを交通分野にも導入しようという政治的な動きは、この20年来に何度かありましたが、右派やネオリベラル経済派の反対によりことごとく撃沈されてきました。その過程については、昔の拙著「サステイナブル・スイス」にも紹介しました。その後、効果的なCO2課徴金の代替策として、交通燃料の輸入業者が排出量の一部(今は10%)を相殺する義務が課されました。相殺のための費用は、ガソリンやディーゼルに上乗せされています。

今回のCO2法改訂では、その相殺義務量が90%に嵩上げされる案となっています。そのために上乗せ額が上がるわけですが、それに9円程度の上限額を設ける案が議論の的になりました。それでは少なすぎるという左派と、それでは多すぎるという右派の間で。CO2法改訂案については、来年の上院での審議に持ち越されます。総選挙を控える中、交通分野に効果の高い課徴金が導入されることはあまり期待できませんが、少なくとも上乗せ金額が上がることは確かでしょう。

増加する太陽光の自家消費コミュニティ
このように国レベルでは相変わらず発展が遅々としていますが、今年も地元、地域、中小企業レベルではたくさんの勇気づけられる新しい発展が見られました。例えば太陽光発電の自家消費コミュニティの数が2000にも増え、各地で普及してきていること。これまでは集合住宅地や商業ビルにて、屋根からの電気を建物内・敷地内の消費者に販売するタイプが多かったのですが、2018年からは所有者の異なる隣り合う敷地間でも、太陽光発電からの電力を売買することができるようになりました。

地元シャフハウゼンの州営電力会社では、大きな体育館の屋根に太陽光を設置して、周辺の集合住宅地にその電気を販売するだけでなく、その電気で地中熱ヒートポンプを動かして、熱も契約販売するプロジェクトを実現しました。また別の事例では、小さな地区単位で複数の太陽光設備から複数の電力消費者に、相互に電力を融通するタイプのコミュニティも出てきました。電気自動車や蓄電池も投入しながら自家消費を最良化するコミュニティも増えています。

現在、各州で施行が進められている建物分野の州の省エネ規制改訂では、新築では熱に100%の再エネが義務化されているほか、太陽光発電の利用が基本的に義務化されていることも、こういった自家消費コミュニティの普及に貢献する要素となっています。

2018年も多数の方々に、スイス・南ドイツ・オーストリアでの視察セミナーにご参加頂きました。これらの参加者の皆様の、地域に密着した持続可能な地域づくりやエネルギーヴェンデの取り組みを、2019年もスイスから応援しております。


● 最近の記事
建築知識ビルダーズ 2018年34号巻頭特集スペシャル解説1・2
「H.カウフマン 持続可能な木造建築の先駆者」
「フォアアールベルクが木造・エコ建築の最先進地域である理由」
長年通い続けているフォアアールベルク州の取り組みを紹介した記事です。
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●ソーラーコンプレックス社のニュースレター翻訳

南ドイツの市民エネルギー会社であるソーラーコンプレックス社の2018年のニュースレターを日本語で読むことができます。下記リンクをご覧ください。
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エネルギー戦略2050がレファレンダムによる国民投票へ

2017-05-18 11:32:08 | 政策

大変ご無沙汰しております。北スイスの山の上にも、ようやく再び新緑まぶしい季節が訪れました。今年に入ってからブログを更新することがないままに、早くも5月中旬になってしまいました。

 

昨年は、11月末に行われた早期脱原発を求める国民イニシアチブの投票が残念な結果に終わった後、夫が体調を崩してしまいました。幸運にも深刻な病気ではありませんでしたが、冬の間は家と執筆や翻訳の仕事で手一杯な状況が続いていました。夫の体調が回復した傍らで、春の訪れと共に視察とガーデン・プロジェクト、菜園のシーズンが到来。というような事情で、ブログの更新が手つかずとなっていました。

 

エネルギー戦略2050へのレファレンダム

そのような中、この1月にスイスではエネルギー戦略2050へのレファレンダムが提出されました。憂鬱な出来事なので書きたくないが、書かない訳には行かない、というテーマです。スイスのエネルギー戦略2050は、福島第一原発事故を受けて開発されたスイスの長期的なエネルギー戦略で、今回のレファレンダムはその第一対策パッケージに関する諸法案改訂に対して起こされました。

 

この第一対策パッケージは、2013~2016年という長い時間をかけて、スイスの国会の上院と下院の間で擦り合わせを重ねて仕上げられた妥協の産物です(概要は下記参照)。このブログでも報告してきた通り、効力の強い対策は長い審議の間に除去され、幅広い政党が支持できる内容に収まっています。既存の政策を少し発展させたり、継続させたりしたもので、飛躍的な変化はありません。そのようなものであっても、脱原発を含む持続可能なエネルギー未来への基本戦略として、スイスにとっては非常に重要な意味を持ちます。

 

しかし、石油販売業者と原子力産業の代弁者であるスイス国民党は、昨年末からこのエネルギー戦略に反対する署名を集め、レファレンダムを成立させました。そして5月21日に国民投票が行われる運びとなったのです。

 

大量のフェイクニュースの流布

このような状況ですので、国会の主要政党のうちスイス国民党を除いたすべての主要政党が、エネルギー戦略2050の可決を推薦しています。その他のメジャーな産業・手工業・農業の業界団体や、自治体や州の団体、環境団体の連合も可決を推薦しています。「お金がここに残る」、「手工業と農業のために」といったスローガンを掲げて、広範囲かつ熱心な可決推進キャンペーンも行われています。エネルギー大臣であるドリス・ロイトハルトさんも、各地のイベントで説明を行い、国民の質疑に応えています。このように幅広い政治家や団体が可決「Ja」を推薦し、当初のアンケート調査では、過半数を大きく超えた国民層が可決を支持していました。

 

しかし、たった一つの政党しか指示していないはずの否決「Nein」側のキャンペーンはずっと巧妙・狡猾で、確実により巨大な資金力に支えられています。原子力産業と石油販売産業の双方が背後にあることを考えれば納得できることです。その反対推進キャンペーンの主張内容は、昨年の早期脱原発の反対キャンペーンに輪をかけた惨さです。何が惨いかというと、エネルギー戦略を正面から否定する論点がないので、これでもかとばかりに大量のフェイクニュースを流布している状況です。

 

投票内容について良く理解していない住民に漠然とした恐怖感や嫌悪感を植え付けるためであれば何を言っても構わないという姿勢で、意図的な嘘・極解・妄想を混合させた広告ばかりが見られます。「3200フラン払って、冷たいシャワー?」、「石炭電力?ノー!」といったスローガン。あるいは誰も知らない環境・景観保護団体の名による名所風景に風車を貼り付けた写真や、バードストライクをイメージさせる写真の広告。さらには「バナナが食べられなくなる」、「コーヒーが飲めなくなる」という主張まで。フェイスブックでは、ユーザーのプロフィールに合わせた広告が何十種類も準備されており、私の手元には「自然保護者や脱原発支持者はエネルギー戦略2050を否決しましょう」という広告の傍らで、「原発や化石エネルギーの存続を願う人はエネルギー戦略を否決しましょう」という正反対の広告も来ました。こういった煽動的な情報が非常にプロフェッショナルな手法で広げられています。ポピュリズムによる直接民主主義の乱用です。

 

 

可決推進派は逃げ切れるのか

可決推進側は、否決推進側の嘘を証明することだけで精一杯の印象を受けます。そして投票1週間前のアンケート調査では、可決側はぎりぎり過半数を保っているものの、否決キャンペーンの追い上げは激しく、可決を危ぶむ声も多く聞こえてきます。ここで否決されますと、福島第一原発事故から5年間もかけて積み上げられてきた国のエネルギー政策の柱が白紙撤回となります。そしてスイスのエネルギー大転換と脱原発は無計画なものになり、世界の趨勢に乗り遅れることが危惧されています。

 

エネルギー戦略2050の第一対策パッケージは、その要素の一つ一つはごく普通の政策内容なのですが、石油産業と原子力産業にとってはパッケージを国民投票でまとめて覆せば、お金を稼げる時間を引き延ばせるチャンスです。スイスは総エネルギー消費量の77%を輸入しており、そのために毎年100億スイスフラン(1.2兆円)を国外に流出させています。化石エネルギー業界にとっては、この売上を保持するためならば否決キャンペーンの資金などは安いものです。また環境団体によると、反対派の一番の狙いは、原発の新設禁止を覆し、再エネ増産を阻むことで、長期的に「新世代」の原発を建設することであると言います。

 

資金力が市民社会や一般産業とは桁違いな石油産業や原発産業を相手に、当たり前のレベルの政策を求めて戦わなくてはならないのは悲しいことです。しかし、スイスにおけるエネルギー大転換は、最後まで市民社会が戦い抜かねば成就できない進歩であるようです。そのような中、昨年のキャンペーンに引き続き、エネルギーを途切れさせることなく可決推進キャンペーンに尽力している地域社会のリーダーたち(主に企業家が多いようです)には頭が下がります。前回の投票と同様に、どれくらいの人を投票に動員できるのかが決め手となりそうです。

 

 

【エネルギー戦略2050の第一パッケージの概要】

 

今回投票が行われるのはエネルギー戦略2050の第一対策パッケージです。この対策パッケージには、省エネ、再エネ、脱原発の3 つの柱があり、各柱ごとに諸対策が講じられています。

 

省エネに関しては、エネルギー法の中で1 人当たりのエネルギー消費量を2035年までに2000年比で-43%減らすことをエネルギー法に目標値として書き込みます。電力に関しては1人当たり-13%を目標としています。これは一見ハードルの高い目標に見えますが、現実にはスイスでは経済成長にも関わらず、人口1 人当たりのエネルギー消費量は2000年から2015年までの間だけでも約15%、つまり毎年約1 %ずつ減っています。

 

再エネ電力については、2035年までに水力を除いた再エネ生産量を11.4TWh に増やすことを目標としています。水力は37.4TWhに増やします。スイスの現在の電力消費量は60TWhで、将来的に省エネが進んでも、人口増加とヒートポンプや電気自動車の普及により、消費量はあまり変わらないと言われています。2035年までに、そのうちの50TWh(約83%)を再エネにするという目標です。今日スイスでは6割が再エネ電源であることを考えると、これもそんなに高い目標ではありません。

 

また電力消費に課される1kWhあたりの課徴金額を2.3ラッペン(現在1.5ラッペン)に増やします。そのうち0.2ラッペンは、ヨーロッパ電力市場の価格暴落で苦労していると言われる大型水力のマーケットプレミアムとして使います。その他、この課徴金は水系の再自然化や省エネ助成にも使われます。基本的に買取制度のための課徴金なのですが、このように僅かな増額では、実際には今ある買取待ちのウェイティングリストすらも解消されません。買取制度は、ドイツのようにFITからFIPによる直売制度に移行されていゆき、法律の施行から6年後(2023年頃)には終了します。また国家レベルでの重要性を持つと定義される再エネ(特に風力)プロジェクトについては、自然・景観保護と同等の位置づけが与えられるようになります。

 

熱分野ではオイルとガスへのCO2課徴金といった既存のツールを用いて、省エネ改修の助成財源を今後も維持します。温暖化防止目標が達成できない場合には、CO2課徴金を現在の1トンあたり84スイスフラン(暖房用オイル1リットルあたり22ラッペン)を、最大で120スイスフラン(暖房用オイル1リットルあたり30ラッペン)まで増額できるようにします。

 

今日ではCO2課徴金収入の3分1に相当する3億フランが建物の省エネ対策に用いられ、残額は国民に健康保険経由で還付されています。将来的にはCO2課徴金の増額により、省エネ改修の助成資金が4.5億フラン(約540億円)に増え、それにより省エネ改修率を上げていきます。その他、電熱による電気暖房と電気ボイラーを15年以内にヒーポンや再エネに代替することを義務化します。省エネ改修の費用は、2年間に分割して課税所得額から控除、(省エネ建築への)建替えのための取り壊し費用も課税所得額から控除することができるようになります。そして(既に州が実現していることですが)新築はニアリーゼロエナジーになります。

 

自動車のCO2排出量についてはEUと足並みをそろえて2020年までに1kmあたりのCO2 排出量を95gに減らします(ガソリン車で100㎞あたり4リットルの燃費)。

 

脱原発については、新しい原発の建設を禁止しています。ですが、既存の原発は安全性が保持されている場合には運転を続けることができます。運転終了期間は政治的には決められていませんので、いつ脱原発が終了するのかは残念ながら不明です。燃料の再処理は現在のモラトリアムから禁止へと移行します。

 

これらの対策パッケージについては、現在、法令レベルでの諸改訂のパブコメが進行中であり、2018年1月に法律と法令が施行される予定です。これらの諸法規とは別に、電力系統戦略が並列進行しており、分散型の電力生産構造に合った系統へのリニューアルが進められていきます。また第一対策パッケージが終了する将来には、助成制度から税制中立による気候・エネルギー課徴金制度に移行すると言われています。

 

参照:https://www.uvek.admin.ch/uvek/de/home/energie/energiestrategie-2050/uebersicht-massnahmen.html

 

 ©Schwerizer Solarpreis 2016
写真: 1785年に建設されたベルン地方の古民家を省エネ改修し、屋根材として太陽光発電を利用。二世帯住宅で345%のプラスエネルギ率。2016年にスイスソーラー大賞を授賞した建物の一つ。



● 新エネルギー新聞への寄稿記事より

 

下記リンクより、新エネルギー新聞(新農林社)に私が寄稿したニュース記事の一部を読むことができます。

「スイスソーラー大賞の集合住宅(上):賃貸人に太陽光電力を直売」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/49810443.html

 

 

「スイスソーラー大賞の集合住宅(下)~ プラスエネルギー、電力直売、高度な省エネ」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/50053545.html

 

 

「スイスアルプス:標高2500㍍、欧州最高のウィンドパークが運転開始」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/49549913.html

 

 

 


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11月27日、計画的脱原発案の開票を控えて・・

2016-11-27 02:15:59 | 政策

前回のブログにも書きましたが、今週末は「計画的脱原発」を求める国民イニシアチブ案の投票日です。この投票についてブログでも紹介したいと思ってはいたのですが、私たち自身がここ数か月に渡り、「Ja.」(可決)キャンペーンに尽力していたのでブログどころではありませんでした。

 

スイスでは、この秋にようやく「エネルギー戦略2050」の審議が終了しました。長年に渡る審議の中でかなり骨抜きになっているものの、スイスのエネルギーヴェンデ・温暖化対策の柱となる重要な政策方針です。しかし原発について、この戦略の中では、新設の禁止が法制化されたものの、ドイツと異なり運転の終了時期が明記されていません。それがスイスの脱原発政策の最大の弱点です。

 

運転終了年がないという弱点

オフィシャルには原発の寿命50年なら2034年に原発利用が終了するように伝えられていますが、実際には「安全である」限り運転して良いことになっています。そのため原発を運営する大手電力のいくつかは、60年、あるいはそれ以上運転することすら夢見ています。

 

しかし原子力ロビーの影響下にある国会は、高齢原発の安全性の確保のために連邦核監督庁が求めていた長期運転計画の策定義務化を却下しました。原子力村としては、安全対策への投資を最低限に絞り、対策実施を引き延ばしながら、できる限り長く運転して、できれば次世代の原発技術が登場するまで時間稼ぎをしたい、というのが本心でしょう。

 

ただ、欧州電力市場では電力が有り余り、価格が暴落している今日。スイスでは古い原発であっても発電するだけ損をする赤字運転が常態化しています。原発を運転する大手電力(特にAlpiqとAXPO社)の経営状況は深刻で、倒産寸前と言われる中、安全対策に十分な投資が行われるとは考え難くなっています。

そのような状況でも、三社ある原発運営会社のうち、具体的な運転終了年を自ら設定した企業は、ミューレベルク原発を運転するベルン電力のみ。残りの二社は運転終了計画を発表していません。ベルン電力は小売りを行っている他、再エネ熱事業や再エネ電力開発にも以前より取り組んでおり、原発以外のビジネスモデルの構築を順調に進めています。対して後者は原発のないビジネスモデルをまだ見つけられていません。

 

45年終了を求める国民イニシアチブ案

そのような中、今回スイスの緑の党が発議した国民イニシアチブ案「計画的脱原発」は、運転開始から45年で運転を終了することを義務付けることを求めるものです。実際に、スイスに5炉ある原発のうちの3炉は運転開始からすでに45年前後も経っていますので、イニシアチブが可決すると2017年末までに3炉は運転終了となります。その後はゲスゲン原発が2024年、ライブシュタット原発が2029年に運転を終了することになります。同時に省エネと再エネ拡張により、これまでの原発供給分を代替していくことで計画的に脱原発を行うという内容です。(現在は5炉で電力の4割弱を供給、残りはほぼすべて再エネで供給)。

 

古い、出力の小さな3炉の原発については、以前から圧力容器の金属の劣化・欠陥問題が批判されていました。その1つであるベッツナウ一号炉は世界で一番古い「現役」原子炉(47年)となりますが、こちらは安全性の問題からもう1年半も止まったままです。さらに一番新しく、出力の大きなライブシュタット原発も今年の秋に燃料棒に問題が見つかって停止。春先まで動かない予定です。

 

このように無計画に止まっている2炉だけでもスイスの原発発電量の半分に相当し、すでにイニシアチブが求めるよりも多くの出力が投票前に止まってしまっています。もちろんブラックアウトを起こすことなく。

 

断末魔的な反対派のキャンペーン

今回の投票戦とそれに関わる議論やキャンペーンは、社会的にもメディア上でも、稀なほど激しいものだったと感じます。イニシアチブの反対派というのは、右派の保守政党であるスイス国民党、エネルギー大臣を筆頭としたキリスト教民主党、自由民主党。企業では大手電力、経団連エコノミースイス、手工業者連盟らが取り仕切っています。

 

ちなみにスイス全国の政治家に密なネットワークを持つ原発ロビー団体のAVES(スイス理性的エネルギー政策アクション)の理事はスイス国民党の党首で、もう一つの強力な原発ロビー団体ニュークリアフォーラム・シュヴァイツの理事は手工業者連盟の代表、さらに経団連の理事長は大手電力Axpoの元CEOです。

 

潤沢な資金源があるとは言え、今回の反対派(原発ロビー)の抗いようは、断末魔的なものを感じさせます。反対キャンペーンでは、どこかの国の大統領選ではありませんが、これまでの原発関連の投票戦以上に平然と嘘の多い主張が繰り返され、非常に見苦しいものでした。これまでとは異なり、時代や技術、市場や経済性が、再エネ・省エネに明らかに有利、原発に不利に変化したことの証拠なのかもしれませんが。

 

ブラックアウトと石炭電力の輸入という主張

反対キャンペーンの主張は、2017年に3基が「大急ぎで」廃炉になると「ブラックアウトする」というものと、「石炭電力を大量輸入しなければならなくなる」というもの、加えて「大混乱が起こる」、「電力会社に高額な補償金を要求される」、「電気代が高くなって企業が外国に流出」、「電力を輸入すると国内における経済的な付加価値創出が減る」、「エネルギー戦略2050こそが計画的脱原発である」、といったところが主なものです。

 

現実には、ヨーロッパ市場では電力が有り余っており、スイスの高圧系統には輸出入のための巨大なキャパがあるため、可決されても一部の変圧施設や系統の強化、運用の努力が必要になるものの、安定供給は不可能ではないことを国家的な系統運営会社のスイスグリッドが示しています。また、輸入電力の環境性能は選べる上、既に国内の新再エネおよび周辺国に都市エネルギー公社が出資した再エネ電源によって、はじめの3炉分は生産できる能力を有しています。石炭電力の輸入を防ぐためには、既に灯油やガスに導入しているCO2税を拡張する手法が有効です。さらに、国内の再エネ電源の開発は、4万軒以上が買い取り待ちの状態ですから、これらが実現されれば経済的な付加価値と雇用がさぞ増えることでしょう。

 

駄目もとでも渾身の賛成キャンペーン

そもそも反対派とは資金力のレベルがまったく違い、政府や大臣が反対を表明している中で、賛成キャンペーンはなかなか健闘してきたと思います。新聞もかなり積極的に反対派の間違った論点を暴く記事や読者投稿を掲載しています。

 

賛成しているのは、主に緑の党と社会民主党、多くの環境団体や市民団体、一部の手工業者たちや州。さらには原発がなくなることで電力市場回復を期待する山地の水力所有自治体の連盟など。賛成キャンペーンを勧める委員会も2億円以上の費用を集め、多くの市民を動員して分散型キャンペーンを展開しています。多くの友人が「駄目もとでも、できる限りのことをする」、と言って心血を注いでいました。

 

夫と私も、新聞に投書する、記者の取材に協力する、講演する、地元の村への全世帯パンフレット投函をスポンサリングする、3回に渡るエネルギーヴェンデ映画鑑賞会を村で開催する、ポスターを貼る、イベントや講演会に来ている人たちと議論する、フェイスブックで情報を拡散する、知人に個別メールを出す等々・・考えられる限りのことを行いました。スイスの人が、お金も再エネ資源にも恵まれた自国のポテンシャルを活かし、子供たちへの負の遺産を減らし、高齢原発による災害から自国を守ってくれることを願います。

 

脅し文句に弱い市民

スイスで国民が発議する国民イニシアチブ案が、国民投票により可決されること自体が稀です。さらに私が応援するエネルギー関連のイニシアチブ案が可決されたことはほぼ皆無です。

 

今回の投票前のアンケート調査では、イニシアチブを可決すると答えた人の割合が、否決すると答えた人の割合よりも僅かに多くなっています。しかし住民の多数派が可決するだけでなく、過半数の州が可決しないことにはイニシアチブは通りません。保守派の政党の影響力が強烈な農村部の州を可決にもっていくのは難題です。

 

スイスの人は、投票前キャンペーンで「自由が制限される」、「もっとお金を払わなくてはいけなくなる(少額でも)」という脅し文句に(はったりであっても)大変弱いのが心配な点です。またこれだけ相反する情報があふれる中、一般市民が自分で考え、判断することはとても難しくなっていると思います。

 

開票の後は・・

今回の国民イニシアチブ案の反対派の一部には、エネルギー戦略2050を覆したいと思っているグループがあります。スイス国民党が中心となったグループで、やっと国会で決議されたエネルギー戦略2050に対するレファレンダムを起こすための署名を集めています。今回の国民イニシアチブ案を否決に持ち込むことで、原発の運転終了時期だけでなく、新設禁止すらを覆すきっかけを得ることを狙っています。

 

そういう意味でも重要な投票ですので、可決されることを願ってなりません。
しかし万が一、否決された場合には・・?エネルギーヴェンデの映画鑑賞会に来た村のある住民が言いました。
「今回の投票では負けるかもしれない。でも負けても次の日にはまた署名収集を始める。そして2年後にはまた同じ案件を国民投票に持ち込むさ。」
私には、経済的にも、リスク的にも、そんな悠長に取り組んでいる暇はないように思われます。

 

投票結果に関わらず明らかなのは、スイスの場合は大手電力の株主が州ですから、補償金が要求されても、大手電力たちが破産しても、廃炉費用や核のゴミの処分費用の積み立てが全然足りなくても、原発の後始末の費用はスイスでは(スイスでも)国民が負担することになるということです。

 

※ 11月27日晩の追記

 とても残念なことですが、「計画的脱原発案」は否決されました。可決票46%、否決票54%。今週末の投票率は他の投票事項も合わせて約45%だそうです(低くて残念ですね)。保守的な農村部では「左」という目で見られる緑の党のイニシアチブにしては、健闘した結果なのかもしれません。西スイスの4州やバーゼル都市州・田園州では可決されたそうです。
この結果は、脅し文句が功を奏して早期の脱原発が否定されたものであって、市民社会の脱原発への意思自体を否定するものではないと私は考えます。
また、今回のイニシアチブの反対派は、石炭や原発電力の輸入への反対を論点の一番上に挙げていました。今後はこれらの政治家や企業が、自らの発言を本当に政策や経営において実践していくのか見届けたいと思います。また市民社会としては、世界最高齢のベッツナウ一号炉の安全審査への監視の目を強めること、そして今後も政治とは関係なく安くなった再エネを企業や市民ベースでどんどん広げていくことが大事だと思いました。


 




 

●新エネルギー新聞への寄稿記事より

下記リンクより、新エネルギー新聞に寄稿したニュース記事を読むことができます。

「ドイツ:再生可能エネルギー法改訂 ~ 再エネ業界、さらなる縮小への懸念」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/48815166.html

「スイス:農家による地域熱供給事業~糞尿・残渣バイオガスと木質バイオの組合わせ」

 http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/48815450.html

 

短信

●スイスのエネルギー地域に参加する自治体数が235

エネルギー庁の自治体用のエネルギーヴェンデ推進プログラムで、広域で再エネ・省エネをコーディネートすることでエネルギー自立を目指す「エネルギー地域」の数が24に増えた。これらの地域に含まれる自治体の数は235になる。このプログラムに参加する自治体は、総合的なエネルギー政策の品質管理ツールである「エネルギー都市」制度の認証を受けることが条件だ。エネルギー地域には専門アドバイザーが付けられ、地域間の経験交換が促進される。エネルギー地域は、エネルギー都市制度の一部であるが、エネルギー都市制度の認証を受けている自治体数は現在400になる。スイスの人口の半分がエネルギー都市に住んでいることになる。エネルギー都市制度は、省エネや都市計画、交通など総合的かつ体系的な実施に重点を置いた認証だが、エネルギー地域では広域でのレベルアップ、そして再エネ生産に重点を置いている。

参照:Energiestadtプレスリリース

 

●建物の省エネ改修助成金、2015年は約200億円

スイスでは暖房用オイル・ガスに二酸化炭素課徴金が課せられており、その収入の一部が建物の断熱改修と熱源交換、省エネ対策への助成「建物プログラム」の財源として使われている。2015年には1.79億フラン(約200億円)がこのプログラムの枠内で助成された。対策の寿命の間に節約されるCO2は310万トン。省エネ効果は1.6万ギガワット時となっている。躯体の断熱強化については、360万㎡の外皮がこの助成を受けて改修された。屋根と外壁の改修が主である。それ以外の助成金としては、ミネルギー・P新築、太陽熱温水器、ヒートポンプへの助成金が多かった。

参照:DasGebäudeprogrammプレスリリース


 

 

 


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「エネルギー転換ライト」決定~来年から再生可能電力は大幅増産に?

2013-06-29 15:13:52 | 政策

露地もののいちごが美味しい季節となりました。先週までは夏の太陽が、大家さんの旧豚小屋の上に設置された大きな太陽光発電パネルに燦々と降り注いでいましたが、今週末は生憎の雨です。

BNEW(Bloomberg New Energy Finance)の予測によると、日本では魅力的な買取制度により、今年の太陽光発電の新規設置量が、6.1~9.4GWにも上るということ。爆発的な普及速度に感激します。是非ともこの好機を利用して、多くの市民や自治体の方々に「市民エネルギー転換」への基礎体力を構築して欲しいと願っています。

スイスでも亀の歩みですが、太陽光発電の推進に明るい変化がありました。6月中旬にスイスの国会両院は、通称「Energiewende Light (エネルギー転換ライト)」と呼ばれる法案を可決させました。正式名称は「大型消費者を罰することなき再生可能エネルギーへの投資解放」です。これにより、2014年から現行の買取り制度が改善され、再生可能電力の増産に弾みがつく予定です。

スイスでは、現在、脱化石と脱原発のエネルギー政策の大改革であるエネルギー戦略2050と、それに伴う様々な関連法の改訂が進められています。ただし、直接民主制というテンポの遅い政治制度にのため、これが実施されるのは早くても2015年以降。そのため、国民議会の環境エネルギー委員会が、本格対策までの暫定的対策として発案したのが、上記の「エネルギー転換ライト」でした。

内容は簡単で、2009年来ずっと問題になっている買取制度の改善を前倒しで、ちょっとだけやるということです。だから「ライト(お手軽版)」なのです。これまで問題だったのは、賦課金に低い上限額があることによる万年的な買取予算の不足。そして、それに伴う買取希望者の長大なウェイティングリストです。エネルギーシフトを進めたい勢力と阻みたい勢力の間で、ハンドブレーキをかけたままアクセルを踏む形になっているのが、スイスの買取り制度です。

環境団体や再生可能エネルギー団体は、賦課金の上限を取り除くことを当初より求めてきました。 今回の改訂では、上限は取り除かれませんが、1.5倍に上げられます。これまで法律で最大0.9ラッペン/kWhと定められていたのが、2014年から最大1.4 ラッペン/kWhになるのですた。買取り予算は年300億円(3億フラン)増えます。こうして、買取り待ちになっている2.5万の物件のうち、太陽光については半分が、それ以外の技術については全てが、買取りを受けられるようになります。

ウェイティングリストの内訳は、太陽光が約2.3万件でダントツ多くなっています。風力は490件、水力も480件、バイオマスが270件となっています。申請物件の総出力は2.8GW、年間予測生産量は5.7TWhです。スイスの電力消費量は約60TWhですので、申請生産量だけでも年間の電力需要量の10%に相当します。とはいえ、太陽光発電以外については建設許可を得ない段階で申請できるので、リストにあるプロジェクトの全てがすぐに実現されるわけではありません。さらに、今あるリストが解消できても、毎月1000件の新たな買取り希望者がリストに加わるので、リストが完全に解消できる訳でもありません。

今回の改訂での焦点は、小規模な太陽光発電の扱いでした。小型を今後は買取制度の対象外とするという条件で、賦課金値上げへのコンセンサスが見いだされたのです。具体的に、10kW以下の設備所有者には、設備投資の30%に対して補助金が出る代わりに、買取制度は適用されなくなります。また、10~30kWの設備の所有者は、設備投資への補助金か、買取制度かのどちらかを選べることになります。自家消費の大きな工場やオフィスでは、設備投資への補助金の利用が有利で、自家消費の少ない農家や集合住宅では、買取制度の利用が有利になるそうです。このように小規模な発電者を買取制度から外すことは公平でない、と批判する環境団体もあります。対して、ソーラーエネルギーや再生可能エネルギーの業界団体では、この妥協案に賛成しています。

こういった買取制度の改善が両院を通過したのは、産業界を味方につけるための更なる妥協が準備されたからです。それは数百の大型消費産業に対して、賦課金を免除する対策です。免除には、節電対策を実施することが条件になります。しかし、こういった産業の免除対象を広げることは、ドイツでもそうですが、産業の賦課金を一般住民が肩代わりするという不公平感を強めます。さらに、環境団体のスイスエネルギー財団では、大型消費者を免除する制度は市場競争をゆがめ、大型消費者を推進することに繋がると批判しています。

このように、スイスの買取り制度は再び、ほんの少し改善されることになりました。スイスでも太陽光発電は、再生可能な電力の中で、長期的には一番の増産量が期待されている技術です。それゆえに反対勢力からの政治的圧力も猛烈です。この改訂では、ドイツや日本のような飛躍的な普及には繋がりませんが、少なくともエネルギー転換への実質的な貢献への小さな一歩に繋がることを期待しています。


ニュース

●ビオシティ誌55号発売
6月27日にビオシティ55号「次世代のサインデザイン~防災とまちづくりの視点から」が発売されます。日本サインデザイン協会とのコラボ特集の他、拙筆の欧州中部のビオホテル探訪シリーズでは、今回は拙著の連載で北イタリアのホテル・タイナースガルテンを紹介しています。詳細は下記より: http://www.bookend.co.jp/biocity/bn/outline/55.html

●フクシマニュース6月号配信
スイスの環境団体スイスエネルギー財団が季刊で配信している拙著の「Fukushima News」(ドイツ語)の6月号が、遅ればせながらアップされました。下記のリンクからドイツ語で見ることができます。 http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2013/06/26/juni-news-aus-fukushima-2.html

●ドイツ:ミュンヘン市、部分影の太陽光発電の改善技術を導入
2025年までに100%再生可能電力を目指すミュンヘン市。その一環として、同市は市が出資するミュンヘンソーラーイニシアチ有限会社を通して、市内の建物に太陽光発電設備の設置を促している。ミュンヘンソーラーイニシアチブではソーラーエッジ社と共同で、同社の技術により都市部の部分日陰の問題に悩む太陽光発電設備の効率改善に着手。ミュンヘン市ライム地区にあるシュテルン家では、同社のオプティマイザー設置後の測定によると、これまでに収穫量を30%増やすことができている。
出典:SolarEdge社プレスリリース

●ドイツ:風力と太陽光で電気の60%を生産
6月18日の14時~15時にかけて、ドイツでは風力と太陽光の発電出力が48’500MWに達した。これは出力需要の60%に相当する。ドイツの電力市場、最高記録の割合を達成したことになる。風力が9’300MW、太陽光が20’300MWの出力で発電した。従来電源は、同時期に18’900MW運転されたのみだ。産業大国ドイツでも、問題なく大量の再生可能電力を送電できることが証明された。
出典:IWR国際経済フォーラム再生可能エネルギー

●スイス:自治体パイェルン、太陽光で100%電力自立を目標
スイスのパイェルン市と、フライブルク州が主要株主であるエネルギー供給会社グループEは共同で、スイス最大の太陽光発電プロジェクト「ソーラーパイェルン」を実現することを6月中旬に発表した。10万㎡の太陽光パネルを、自治体や州の建物や産業用地に設置し、パイェルン市の住民9500人分の電力(16GWh)を生産することが目標だ。同市は自治体内の屋根のソーラーエネルギー利用への適性度を分析する「ソーラ屋根台帳」を作成。適した屋根の施主にコンタクトを採り、太陽光発電の設置を進めていく予定。グループE社の子会社Greenwattは、再生可能エネルギーの経験が豊富で資金力もあるため、この事業の開発・実現・運営のパートナーとなっている。
出典:グループE、Payerneプレスリリース

●スイス:フェルドシュレスヒェン社、ビール工場に太陽光発電
ビールメーカのフェルドシュレスヒェン社では、ラインフェルデン町にあるビン詰め工場の屋上に大型太陽光発電パネルを設置する。大きさは2.3万㎡で、出力は2.04MW。スイスの400世帯の電力消費量に相当する年1.9GWhを、この秋から生産する予定。設置と運転を行うのはスイスの大手の太陽光発電ゼネコンであるTRITEC社。フェルドシュレスヒェン社は長年、持続可能を目指す企業戦略を実施している。
出典:フェルドシュレスヒェン社プレスリリース

 ●スイス、ヴァリス州:製材所屋根に1.6MWの太陽光発電
西スイスのEvironnaz町にある製材所Rabotage du Rhone SAの屋根にヴァリス州で最大の、1.6MWの太陽光発電設備が設置された。一年で製材所の需要を上回る1.6GWhを発電する予定。これは350世帯分の電力需要に相当する。製材所の建物の屋根全面を用いたこの設備での発電コストはkWhあたり約18円である。同施設は、家族営業の製材所と、地域の電力会社Groupe SEIC-Télédis社、そして地元の金属構造会社のElioweld R.D.Vが共同で実現した。
出典:EE-News

●スイス:ミグロス社の屋根にスイス最大の太陽光発電(5.2MW)
小売業界大手のミグロス社は、ノイドルフにあるロジスティックセンターの屋根上に、5.2MWの太陽光発電を設置する。7月末に竣工するこの設備は、年4.84GWh、1100世帯分の電力を生産する予定だ。モジュールは外国製だが、パワコンはスイスのSolarmax社製。施工・運転を手掛けるのは、スイスの大手太陽光ゼネコンであるTRITEC。しかし、同社は屋上緑化を撤去し、太陽光パネルと砂利屋根に交換。太陽光発電と屋上緑化を両立させる環境的な技術が確立される中、安易な撤去を選んだ同社を、スイス建物緑化協会の代表は批判している。 出典:Sonnenseite、SFG


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ドイツなら運転が許されないスイスの高齢原発

2013-06-22 21:01:29 | 政策

5月にブログを書きかけたまま、イギリスとスコットランドに旅立ってしまいました。夫の庭園調査の付き合いで、ロンドン北部からスコットランド北西部にかけて車で走りました。道中、あちこちで陸上風力パークが見られ、オフショアパークにも出くわし、風力に関しては(スイスよりもずっと)エネシフ進行中なことが肌で感じられました。6月頭にスイスに戻ってからは、溜まった仕事に埋もれ・・・今やっとブログにたどり着いたところです。

先月、書きかけていたのは「ドイツなら運転が許されないスイスの高齢原発」についてです。
5月6日のことになりますが、環境団体スイスエネルギー財団の主催で、スイスの原発の運転終了年に関する公開議論「安全に脱原発」が、チューリッヒで開催されました。2人の講演者のうち1人は、連邦核安全監督局(ENSI、スイスの原子力規制局)の代表者であるハンス・ヴァンナー氏。もう一人は、ドイツの連邦環境省で規制を担当してきたディーター・マイヤー氏。講演後には、緑の党の議員で、国民議会のエネルギー委員会に属するバズティヤン・ジロ氏を交えてのパネルディスカッション。最後に、開場からの質問が講演者にぶつけられるという構成でした。200人弱を収容する会場は満席で、年配の方が目立ちました。

マイヤー氏は規制代表者として、15年前にドイツのヴューガッセン原発とオブリグハイム原発を、安全基準をクリアできないことを理由に廃炉にさせる決断を行いました。前者の原発はスイスのミューレベルク原発(沸騰水型、1972年運転開始)、後者はベッツナウ原発一号・二号基(加圧水型、1969年、72年運転開始)と全く同じモデルです。ミューレベルクやベッツナウを熟知するマイヤーさんは、スイスのこれらの原発は危険なので即時廃炉にすべきだ、と明言しました。理由は、古いモデルであり改善しようのない構造的なミスが多い、安全性の向上に限りがある、素材の経年劣化も激しく、様々な事故の発生が増える時期にある等です。

またマイヤー氏は、スイスの連邦核安全監督局(ENSI)が、電力会社の経営を配慮した安全審査の決定過程をとっているとしか思えない、とも発言しました。これに対してENSI代表のヴァンナー氏は一度反論しましたが、その後、経済性を考慮しての対策のみを運転会社に義務付けている旨を自ら発言していました。

ヴァンナー氏はプレゼンで、ENSIが法律で決められた運転許可の最低基準の上に安全マージンを上乗せして、より高い安全性を運転者に維持させていると説明。そして、長期運転に際しても、(高額な投資を厭う)運転者に最後の日まで安全マージンを保たせることを求めると言いました。様々な安全性の問題が指摘されているミューレベルク原発でも、まだこの安全マージンを下回っていないため、新しい安全対策の実施には2018年までの猶予を与えても(法律的に)問題ないのだと弁明します。

しかし、この安全マージンや最低基準というのが理不尽で、一つの基準が全原発に適用されるのではなく、各原発ごとにクリアしなければいけない安全性のレベルが異なるのです。つまりミューレベルク原発にとっての安全は、ライプシュタット原発にとっての安全とは違う、ということです。さらに、ミューレベルクやベッツナウといった古いモデルの原発は、どんなにお金をかけて安全対策を講じても、比較的新しい(とはいっても80年代の)ゲスゲン原発やライプシュタット原発の現状レベルすらにも安全性を高められません。ヴァンナー氏すらも議論の中でそのことを認めていました。

スイスでは以前より、すべての原発に無期限運転許可が与えられています。ヴァンナー氏は、連邦核安全監督局(ENSI)の任務は唯一、スイスにある原発が原子力法の基準にかなっているか否かの判断であり、それ以上の責務はない、とあっけらかんと言いました。そして、原子力法にかなっている限りは、運転許可をはく奪する理由も権利もないと。

その原子力法は、2003年に改訂されたものとはいえ既に古びており、脱原発や原発事故に備えるようなものとなっておらず、現在も改訂中です。この原子力法を改訂するのは、政治(国会)の役割です。しかし、国会も連邦閣僚も専門知識の不足を理由に、判断をENSIに一任。実質的にENSIが独裁的で不透明な機関になってしまっています。そのため緑の党の議員のジロ氏は、ENSIを監視する、国会の核安全委員会の予算と人材増強が不可欠であると強調しました。

またジロ氏は、原発のリスクがない社会を作るために新設禁止を決めたのに、大きなリスクを持つ古い原発をずるずる動かし続ける非論理的な現状を厳しく批判しました。ジロ氏は、確立性の計算からするとミューレベルク原発を1年運転する際に生じるリスクは、新しい原発の数十年分のリスクに相当する、と言います。マイヤー氏も「こんなに低い安全基準で運転されているのは理解できない」、「スイスのような先進国にはもっと別の方法がある」、「(ENSIが行動できるように)法律を変えるべき」とまとめました。質疑応答では多数の質問が寄せられましたが、中にはあまりにも悠長な脱原発と不透明なENSIにブチ切れてしまった方も何人かいました。

スイスエネルギー財団では寿命を40年に制限する国民イニシアチブ案の署名を集めています。しかし、6月12日に国民議会は、エネルギー委員会が提案したスイスの原発に最長50年の寿命を導入する案すらを否決しました。

ドイツではリスクが大きすぎて運転できないという、世界最高齢の原発3基を抱えるスイスでは、事故が起これば首都機能が失われる可能性もあります。高密度な居住地域に原発が立地しているため、大量の避難民が生じ、被害はすぐお隣の国々にも広がります。エネルギー戦略2050の目標は立派ですが、スイスの脱原発政策は、運転終了年が決まらない限り、事故のリスクを増やすだけでなく、エネルギーシフトへの投資や政策の計画性を困難にし、勢いを削ぐため、エセ脱原発なのではと勘ぐられても仕方のないところがあります。


イベントのリンク:http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2013/04/02/ses-veranstaltung-raus-aber-sicher.html#post_content_extended


ニュース

・風力で電力自立したハルデンシュタイン村
クール市の隣町ハルデンシュタインに竣工した風車が、5月半ばよりフル稼働での運転を開始した。この風車は、同村に拠点を置くガッサー建材社の社長で緑リベラル党の国会議員であるヨシアス・ガッサーさんと、元村長のユルク・ミヒェルさんの2人が出資して建設したもの。風車はヴェスタス社製のギアなしの3MWの製品で、中レベルの風量のある内陸部での使用に適したデザイン。毎秒の風速2~3mから発電を開始し、10mで最大出力に到る。人口1100人の村の産業を含めた全電力消費量に相当する電力量を発電する。立地は村の居住地から離れた、工場地帯や砂利採掘場と高圧電線と高速道路が近い場所で、景観や騒音の問題はない。実現にあたっては、コウモリの棲息地であることもあり、自然保護側からの制約が多く、コウモリが飛ぶ季節には朝晩にそれぞれ3時間運転を停止することが義務付けられている。そのような厳しい条件にも関わらず、経済性はとれるという。 小さいながら勇気付けられる事例だ。
www.calandawind.ch、Suisse Eole

●スイスの風力設置量はヨーロッパでビリ
EUプロジェクト「EurObserv‘ER」は、2012年度のEU内の太陽光発電量を比較したデータを発表した。スイスエネルギー財団は、このデータとスイスの風力・太陽光の発電量を一人頭の発電量に換算して、欧州9か国を比較。同財団によると、このランキングにおけるスイスの座はビリ。ドイツと比べると風力・太陽光の発電量は一人頭15倍も違う。チェコではスイスの4倍の太陽光からの発電量があり、オーストリアではスイスの26倍の電気を風力から生産している。これらの問題の根は、風力や太陽光のポテンシャルではなく、政治制度にある。スイスの買取制度には買取予算に上限が設けられているため、現在2.3万軒のウェイティングリストができており、プロジェクトの実現にブレーキをかけているのが現状だ。ランキングはこちらから見られる。 http://www.energiestiftung.ch/files/textdateien/energiethemen/erneuerbare/ses_laendervergleich_balken_2013_druck.pdf 参照:SESプレスリリース

●欧州中部でも「エネルギー難民」が増える?
イタリアの統計庁によると、不景気で失業率が高いことが理由で、イタリア人の5人に一人が既に居室内を十分に暖房できなくなっている。こういった「エネルギー難民」はオーストリアでも増えており、主に灯油の価格高騰により、既に33万人が冬の間に住居内を適切な温度に暖房することができなくなっているという。オーストリアの場合は、この問題を解決するために低所得者向けの省エネプログラムの実施に力を入れる。また、同国フォーアールベルク州では、以前から「暖房難民」を予測しており、低所得者向けの公益集合住宅には高度な省エネ仕様を義務付けている。この仕様では、20度を保つのにごく僅かなエネルギーしか必要としない。建物の省エネ改修は、エネルギーシフトだけでなく、生活保障の面においても緊急の課題である。
参照:SRF2ニュース、オーストリア気候・エネルギー基金新聞

●ドイツの「エネシフ~エネルギーを市民の手に」キャンペーン
ドイツでは市民が中心となったエネルギーシフトの継続・推進を求める環境団体連盟のキャンペーンが展開されている。自治体や住民レベルでキャンペーンに参加できる。参加の種類は、エネルギーカルタへのオンライン署名、そしてエネシフ現場の写真投稿による参加の二つ。キャンペーンに必要な横断幕やパネルは主催者より無料で提供される。署名・参加はこちらから:
http://www.die-buergerenergiewende.de/
既に参加した人や地域たちの沢山の投稿写真がこちらから見られる。
http://www.die-buergerenergiewende.de/energiebuergerinnen/
私も省エネ建築の視察団の皆さんと参加し、プラスエネルギー建築の前で撮影した写真を投稿。横断幕は「私達がエネルギーシフト」。
http://www.die-buergerenergiewende.de/energiebuergerinnen-beitrag/energiewende-weltweiter-austausch/
写真や署名はドイツの連立政府に提出される。


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