滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

ミネルギー・P・エコ基準、クレディスイス銀行の新オフィスが「金のワット賞」に

2013-04-22 22:36:53 | 建築

私の住むベルン近郊にも、ようやく春がしっかりと到着したようで、野原の素朴な花や樹木の芽吹きが目に沁みます。

この2週間は、スイスで普及している有機農業や農村での木質バイオマスの利用、省エネ・木造建築といったテーマの視察が続き、スイスの北東部を縦横に走りました。改めてスイスを走ってみると、ここ2年くらいの太陽光発電の大幅な普及が目に見え、南ドイツにはまだまだ追いつかないものの、やっとスイスのPVも飛躍期に入ったか、と感慨深く思いました。酪農家や産業建築の大屋根一杯に設置された太陽光発電は、つい3~4年前まではまだ珍しいものでしたが、今ではあちこちで見られます。

省エネ建築では、パッシブハウス基準やミネルギー・P基準による木造建築を中心に、7階建てのビルや、ベルン市に現在建設中のカーフリー集合団地などを見学しました。そこで、久しぶりにミネルギー連盟の会長バイエラーさんに会いました。バイエラーさんによると現在、ミネルギーの普及率は住宅分野で25%、産業分野で20%だそうですが、チューリッヒ州の住宅分野では50%にもなるそうです。

それよりも重用なのは、2014年頃に現在のミネルギー基準が、ミネルギー・P基準(スイスのパッシブハウス基準)に底上げされるということ。これは、2014年に州のエネルギー雛形法の改訂が予定されており、その中で現行の建物の省エネ規制基準が底上げされることと関連しています。

4月10日~12日には、南ドイツのフライブルク市で、「第三回エネルギー自立自治体会議」が開催されました。私は残念ながら、最終日の自治体見学ツアーにしか参加できませんでしたが、参加者の話によると会議は非常に盛り上がっていた上、北や東ドイツやスイスからも参加者があったそうです。

私が参加した見学ツアーでは、ミュンスタータールという、黒い森の観光が盛んな山間の田舎町を訪れました。ごく普通の自治体ですが、ごく普通にエネルギー自立を目指し、バランス良く太陽光、バイオマス地域暖房、飲料水発電、風力などに取り組んでいます。中でも風力開発が目下の課題。地元のアジェンダ21から生まれた住民出資の会社が風力開発計画を策定し、適性地を割出していました。現在は、地域の都市公社の協力を得て組合を作り、住民出資を交えて実現していく段階にありました。


●2013年度「金のワット賞」より

さて、今日は2013年にスイス・エネルギー庁による「金のワット賞」を授賞したプロジェクトの中から、いくつか興味深いものについて紹介します。

社会部門では、ジュネーブ州の都市公社(SIG)の節電事業が授賞しました。SIG社は州の決断を受けて、1986年から原子力のない電力供給を行っています。また2008年からは、売上の2%にあたる年5300万フラン(約53億円)を、節電事業「エコ21」に投資。家庭、中小企業、大口消費者向けに、様々な省エネプログラムを実施してきました。それにより、2014年までに125GWhの節電を目指し、これまでに70GWhの節電を達成しています。これはジュネーブ州の電力消費の僅か2%ですが、ジュネーブ州では人口が増え、経済が成長していることを考慮して、良好な成果とされています。

「エコ21」に参加する顧客の、一件あたりの平均的な省エネ対策への助成コストは900スイスフランです。それにより平均4500スイスフランが節電される上、1800フランが地域産業への投資として循環します。SIG社にとっても、高価な発電設備や送電網への投資や外国からの電力輸入が避けられるため、経営的なメリットが大きいそうです。同社は省エネを契約販売するESCO事業にも熱心。顧客に正確な省エネ量を販売するために、IPMVPという国際的に認められた省エネ測定記録方法を導入しています。
http://www.eco21.ch/eco21.html

 

「金のワット賞」建物部門では、クレディスイス銀行のオフィス建築が授賞しました。2012年3月にチューリッヒ市の郊外に竣工したこの建物は、既存オフィスへの増築棟で9階建て、床面積は38000㎡にも上ります。2500人が働くこの建物は、ミネルギー・P・エコ基準で建てられたものとしては最大規模になります。クレディスイス銀行は、2006年から気候保全戦略をスタートし、カーボンニュートラルであることを義務付けています。同社のCO2排出量の4分3がオフィスとデータセンターによるものなので、建物分野での省エネと再生可能エネルギー利用は欠かせない対策でした。

結果、建物は高度な断熱と気密性能を持つ躯体となり、暖房熱需要は70年代に建てられた建物の10分の1となりました。熱源には、データセンターの排熱を活用しています。自然光を上手に取り入れた空間には、周辺の照明に合わせて照明量を自動調整する機能の付いたLED照明も取り入れています。また、エコ基準を満たし、質の高い仕事環境を作るために、環境と健康に害のない建材の利用にも徹底しています。施工現場では、使われている建材、塗料等の検査が定期的になされました。交通に関しても、新しい駐車場を増設せず、チューリッヒ市営交通と協力により、通勤時におけるバスやトラムの運行を充実させたそうです。

http://stuecheli.ch/projekte/detail/uetlihof/

https://www.credit-suisse.com/responsibility/de/environment/

 
建物部門での2件目の授賞は、グリーン・データセンター株式会社の、アールガウ州ルプフィッグにある施設です。このデータセンターでは、2012年3月より、ABB社の高圧直流技術を活用して、20%の節電を達成しています。送電網から1.6万ボルト・交流で届く電気を、380ボルトの直流に転換し、ダイレクトにHP社のサーバーに供給しています。それにより、何度も電圧転換する従来的なデータセンターで生じる転換損失と、転換の再に生じる排熱を冷却するエネルギーが節約されます。グリーン・データセンターの電気代は、年間10億円。その2割が節約できたため、この省エネへの投資は僅か3.5年で回収できるそうです。
http://www.greendatacenter.ch/deCH.aspx


その他、2013年度の「金のワット賞」では、エネルギー技術部門では、このブログでも紹介した熱回収型のシャワー床「Joulia」が授賞。エネルギー技術輸出部門では、世界一省エネ型の紡績機メーカであるリター機械技術社の新しい省エネ技術「suction tube ECOrized」が授賞。交通部門では、スイス郵便バス社の2011年から5年間に渡る「再生可能電力による水素燃料電池バス」の実証運転が授賞しています。

参照:Energeia、2013年1月号他

  

●最近の福島効果~ミューレベルク裁判で住民団体敗訴

遅ればせながら、ミューレベルク原発の安全性と無期限運転許可を巡って、地元住民の団体と運転会社らが最高裁で争っていた裁判についての結果報告です。3月28日に最高裁は、住民団体の訴えを正当とした連邦行政裁判所の判決を覆し、ベルン電力とUVEK(連邦環境交通エネルギー通信省)が裁判に勝ちました。

審議に一年かかったこの裁判の判決の理由は、最高裁は原発の安全性について判断する能力がなく、連邦核安全監督局(ENSI)が唯一の判断を行う能力のある機関だからというもの。原発産業と癒着したENSIの安全性審査に疑いがあるから訴訟されているのに、この理由です。ENSIを唯一絶対、間違いを犯さない規制機関とみなし、中立の第三者機関からの意見も認めない姿勢です。負けた133人の住民団体には、裁判の費用16万フラン(1600万フラン)がのしかかり、グリーンピース経由で我が家にもカンパ要請が回ってきました。とはいえ、ミューレベルク原発を巡ってはまだ数々の訴訟が進行中な上、2014年にはベルン州のレベルで即時廃炉を求める住民投票も行われます。

この判決に調子に乗ったベルン電力の理事ガシェ氏は、国の規制局が2017年までにミューレベルク原発に実施を求める安全対策を行うならば50年以上運転しなければ元が取れず、反対にそれよりも早く運転終了する場合には「事故の確率が減る」ので(!)、規制局が同社に求める安全対策を軽減すべき、と考えているそうです(Der Bund地元誌)。ミューレベルク原発は安全性に関してドイツでは運転許可が得られない代物。それが首都のすぐ脇にあるというのに、ガシェ氏の発言は我が家を含む地元住民にとっては無責任を超えて、正気を疑わせるものです。

国のレベルでは、4月に入ると国会下院の環境都市計画エネルギー委員会(UREK)が、原発の寿命を50年に制限する案を決議しました。これは、原発の寿命を40年に制限し、長期運転コンセプトの提示により最大10年間延長可能にする、という緑の党の議員立法案を審議した結果です。これまでのスイスの脱原発の大問題は、原発の寿命制限がないことでしたので、制限を取り入れることに同意できたこと自体は大きな進歩です。UREKは、内閣にこの案を原子力法改訂に取り込むように要請しています。

とはいえ隣国ドイツでは、1981年以前の原発は既に廃炉にされています。例えば、環境団体のスイスエネルギー財団では、安全性のためにスイスでも原発の寿命を40年に制限することを求めています。また緑の党でも、妥協案として寿命45年を求める国民投票を仕掛けています。(ただしその中で、ミューレベルクについては安全性の問題から、即時の運転停止を求めています。)この国民投票は2014年に行われる予定で、上記のUREK案が対案として投票されます。

政治家たちの脱原発を巡る関心は、今のところ、いかに電力会社への損害賠償額を最小限に済ませるかという点に、そして電力会社側の関心は、いかに少ない安全対策で長く運転するかという点に、集中しているようです。

参照:Der Bund誌、スイスエネルギー財団、緑の党プレスリリース他



お勧めのヴィデオ・写真リンク

 

★映画「第四の革命」が4月22日からインターネットで無料公開(ドイツ語)

少々古いですが、カール・フェヒナー監督作のドイツのエネルギーシフトの映画「第四の革命」のドイツ語版が、4月22日より下記リンクから無料公開されています。寄付金も受付している様子です。http://fairload.de/movie/1/4-Revolution/

 

市民や企業からの出資で製作を進めているというフェヒナー監督の次作「ドイツのエネルギーメルヘン」も楽しみです。下記よりトレーラーが見られます。

http://www.energiewende-hohenlohe.de/index.php

 

★オーストリア、ドルンビルン市に竣工した木造7階建てビルTLC⁻One

構造開発はCREE社、設計は有名な建築家ヘルマン・カウフマンさん。木とコンクリート造のハイブリッドによるプレファブパネル構造方法。パッシブハウス基準を満たす設計。地域の木材を地域で加工した省エネ建築で、ライフサイクルのCO2排出量-90%。施工の様子がヴィデオで見られる(英語)。

http://www.youtube.com/watch?v=AVzfDoKernk

 

★チューリッヒ市に竣工間近の木造7階建てビル「タメディアハウス」

チューリッヒ市に5月に竣工予定の、メディアコンツェルンTamediaの新しいビルは、日本人建築家の伴茂さんの設計する木造7階建ての建物。施工は、東スイスの環境的な木造会社のブルーマー・レーマン社。木造の構造体の接合部に金具をほとんど使っていない。下記リンクの記事から建設途中の写真が見られる。

http://www.blumer-lehmann.ch/cms/img/pool/2013_0102_Mikado_Tamedia_oI.pdf

 

 

ニュース

●ミット・エナジー・ビジョン社の7月セミナー参加者募集!

私も参加しているミットエナジーヴィジョン社では、エコ建築とエネルギーシフトをテーマとした、南ドイツ・西オーストリアでの視察セミナーを、7月13日~20日に渡り開催します。詳しい行程およびお申し込み方法は、下記のリンクからご覧ください。

http://www.mit-energy-vision.com/fileadmin/content/MIT-japanisch/Seminar/MITSeminar201307F.pdf

 

●濱田ゆかりさんの新しい共著本「くさる家に住む」

長年お世話になっている、日本のひと・環境計画代表の濱田ゆかりさんが、2月末に新しい共著本「くさる家に住む~人と人、人と自然が共生する10の暮らし方」(六輝社)を出版されました。私は新著をまだ入手できていませんが、濱田さんの前共著の「健康な住まいづくりハンドブック」は大変勉強になりました。下記リンクから購入できます。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8F%E3%81%95%E3%82%8B%E5%AE%B6%E3%81%AB%E4%BD%8F%E3%82%80%E3%80%82-%E4%BA%BA%E3%81%A8%E4%BA%BA%E3%80%81%E4%BA%BA%E3%81%A8%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%8C%E5%85%B1%E7%94%9F%E3%81%99%E3%82%8B10%E3%81%AE%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97%E6%96%B9-%E7%A5%9E%E7%94%B0-%E9%9B%85%E5%AD%90/dp/4897377323

 

●ドイツ:4月18日、原発30基分を再生可能エネルギーで生産

IWR(国際経済フォーラム再生可能エネルギー)によると、4月18日にドイツでは再生可能エネルギー源による発電量の記録を更新した。風力と太陽光発電により、出力36000MW分の電気を発電した。これは30基の原発に相当する。それにより一時的にドイツの送電網では、再生可能電源が従来電源の量を上回った。IWR代表のNorbert Allnoch博士によると、平日日中のピーク時に50%を風力と太陽光が供給するのはドイツでは初めてのことだという。ピーク時の需要は約70000MWなのに対し、36000MWが供給された。

出典:Sonnenseite、IWR

 

●ドイツ:電力市場で4ユーロセントを下回る記録的安値

4月16日のIWR(国際経済フォーラム再生可能エネルギー)のプレスリリースによると、ドイツの電力取引市場で、大型消費者が2015年に供給を受けるベース負荷用の電力価格が初めてkWhあたり4ユーロセントを下回り、3.99ユーロセントとなった。2016年向けのフューチャー価格も3.998ユーロセントとなった。価格低下の理由は、ドイツにおける電力の過剰供給である。ドイツでは、2011年に廃炉にされた8基の原発の発電量だけでなく、2015年と17年に廃炉になる原発の分までも既に代替発電されている。IWR代表のNorbert Allnoch博士は、大手の電力供給会社が再生可能エネルギーの増産スピードを過小評価して、石炭発電の新設により市場を過剰供給状態にしたことを理由に挙げている。しかし、安い電力の恩恵を受けるのは、電力市場で直接仕入れられる大手消費者。一般市民や中小企業の電気料金に上乗せされる賦課金は、市場価格の低下により高くなる。固定価格買い取り制度の賦課金は、電力市場価格と買い取り価格の差額から決まるからだ。

参照・出典:IWR Internationales Wirtschaftsforum Regenerative Energien

 

●スイス:チューリッヒ州電力、1MWバッテリーでピークカット

チューリッヒ州の所有する電力会社EKZでは、1年前よりABB社と協働で、1MW規模のバッテリー蓄電を既存の送配電網に統合する実証実験を行っている。将来的に、分散型の太陽光発電や風力を蓄電することにより、送配電網を安定化させる。バッテリーはチューリッヒ州ディエティコン市にある、州営電力の中圧電線に接続されている。一年目の実験の目的は、バッテリーによる電力需要のピークカットとピークシフトで、期待通りの機能が確認された。2年目の実験の目標は、バッテリーの投入により、送電網への高額な投資を部分的に回避する可能性を検査することである。

参照・出典:チューリッヒ州電力EKZ

 

●スイス:安定した一人頭の電力消費量の推移

2012年度、スイスの電力の最終消費量は前年度比で0.6%増え、59TWhとなった。理由は、人口が0.9%増加したこと、経済が1.0%増加したこと、さらに寒冷な天候により前年度より暖房ディグリーデイ(暖房温度・日数)が11.7%増加したことにある(スイスでは電力需要の10%が暖房熱に利用されている)。これらを合わせると、電化が進むスイスでも、一人頭の電力消費量は安定していると言える。同時に、止まらないスイスの人口増加はエネルギー政策にとっても大きな課題である。2012年は水力の発電量が多く、水力が58.7%を発電、原発が35.8%、その他の電源が5.5%を発電した。ヨーロッパとの輸出入に関しては、2012年度は86.8TWhの輸入に対して、89TWhを輸出しており、2.2TWhの輸出超過だった。

参照・出典:スイスエネルギー庁BFE

 

●スイス:スイス郵便の仕分けセンターに1.5MWの太陽光発電

チューリッヒ近郊、ミューリンゲンにあるスイス郵便の手紙仕分けセンターの屋上に、1.5MWの太陽光発電が設置された。同設備は年150万kWh(330~430世帯分)の電気を発電する。スイス郵便では、20の不動産に同様な設備を設置する計画で、年内に計8設備が完成する予定。20設備の中では、ミューリンゲンが一番大規模なものとなる。2008年よりスイス郵便では、100%再生可能な電力を利用している。その他、郵便配達に4000台の電気スクーターや156台のバイオガス自動車を実用している。2012年からは、国内の手紙郵送で生じるCO2排出量の全量をカーボンオフセットしている。

参照・出典:www.ee-news.ch, Die Post

 

●スイス:エネルギー都市が309自治体に、人口の半分が住む

スイス・エネルギー庁の自治体向けプログラムの代表的なものは「エネルギー都市認証制度」であるが、その姉妹的な存在として、「2000W社会」、「スマートシティ」、「エネルギー地域」といった、重点の異なるプログラムも進行中だ。例えば、2012年にスタートした「エネルギー地域」は、エネルギー自立を目指す地域を国がサポートするプログラムで、現在11地域が参加している。対して、既に25年の歴史を持つのが「エネルギー都市」。交通を含む総合的なエネルギー政策のマネジメントを実施している自治体を認証する制度で、400万人が住む309自治体が参加している。この中には、ヨーロッパの「ヨーロピアン・エナジー・アワード」のゴールドマークを授賞している自治体も24ある。

参照:www.energiestadt.ch

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