会津八一&団塊のつぶやき

会津八一の歌の解説と団塊のつぶやき!

会津八一 1664

2018-01-14 18:58:39 | Weblog
会津八一に関するブログ 571

南京余唱・第37首(会津八一) 2015・8・10(月) 解説

 奈良の町をあるきて
                       
  まち ゆけば しな の りはつ の ともしび は 
           ふるき みやこ の つち に ながるる

      (町行けば支那の理髪の灯火は古き都の土に流るる)

 古都奈良の夜の一風景、味わいのあるよい歌である。

会津八一 1663

2018-01-13 20:14:22 | Weblog
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南京余唱・第36首(会津八一) 2015・8・5(水) 解説

 東伏見宮大妃殿下も来り観たまふ(第2首)
           
  まつ たかき みくら の には に おり たたす 
             ひがしふしみのみや の けごろも

     (松高きみ倉の庭に下りたたす東伏見宮の毛衣)

 毛皮のコートを着た宮の姿が印象的だった。皇室への深い尊敬の念があった八一は直立不動でお迎えしたのだろう。


会津八一 1662

2018-01-12 17:11:11 | Weblog
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南京余唱・第35首(会津八一) 2015・7・28(火) 解説

 東伏見宮大妃殿下も来り観たまふ(第1首)
         
  あさ さむき みくら の には の しば に ゐて
            みや を むかふる よきひと の とも

     (秋寒きみ倉の庭の芝にゐて宮を迎ふるよき人のとも)

 官吏(よきひと)達が迎えるこの宮(依仁親王妃)は美しい人で加山雄三の大伯母にあたる。

会津八一 1661

2018-01-11 16:41:45 | Weblog
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南京余唱・第34首(会津八一) 2015・7・24(金) 解説

 正倉院の曝涼に参じて  
                    
  とほ つ よ の みくら いで きて くるる ひ を  
            まつ の こぬれ に うちあふぐ かな

   (遠つ代のみ倉出で来て暮るる日を松の木末にうち仰ぐかな)

 なかなか許可が下りなかった正倉院での感想を詠う。曝涼(ばくりょう)とは虫干しのことである。

会津八一 1660

2018-01-10 16:25:04 | Weblog
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南京余唱・第33首(会津八一) 2015・7・18(土) 解説

 法隆寺東院にて(第2首)
                    
  ぎそ の ふで たまたま おきて ゆふかげ に  
           おり たたし けむ これ の ふるには

  (義疏の筆たまたま置きて夕光に下り立たしけむこれの古庭)

 聖徳太子が夢殿での研究の手をとめて、時おり庭に降り立たれた姿を想像して詠む。

会津八一 1659

2018-01-09 16:22:54 | Weblog
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南京余唱・第32首(会津八一) 2015・7・14(火) 解説

 法隆寺東院にて(第1首)
                    
  ゆめどの は しづか なる かな ものもひ に
            こもりて いま も まします が ごと

  (夢殿は静かなるかなもの思ひに籠りて今もましますがごと)

 八一の聖徳太子への思慕の念が、今も静かな夢殿に籠っておられるようだと詠う。

会津八一 1658

2018-01-08 16:26:23 | Weblog
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南京余唱・第31首(会津八一) 2015・7・9(木) 解説

 三笠山にて  
                           
  やま ゆけば もず なき さわぎ むさしの の 
           にはべ の あした おもひ いでつ も

   (山ゆけば百舌鳴き騒ぎ武蔵野の庭辺の朝思ひ出でつも)

 大正14年11月に奈良を読んだ一首。若草山の自然の中で、武蔵野にある自宅・秋艸堂の朝の情景を想う。

会津八一 1657

2018-01-07 21:22:47 | Weblog
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南京余唱・第30首(会津八一) 2015・7・4(土) 解説

 春日神社にて
                         
  みかぐら の まひ の いとま を たち いでて
            もみじ に あそぶ わかみや の こら

   (み神楽の舞ひの暇に立ち出でて紅葉に遊ぶ若宮の娘ら)

 神社で見る白い着物と赤い袴姿の巫女は印象深い。それが奈良の春日大社(神社)の紅葉の境内であればなお一層である。

会津八一 1656

2018-01-06 19:20:24 | Weblog
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南京余唱・第29首(会津八一) 2015・6・25(木) 解説

 奈良に向かふ汽車の中にて (第2首) 
          
  あさひ さす いなだ の はて の しろかべ に 
             ひとむら もみぢ もえ まさる みゆ

   (朝日さす稲田のはての白壁にひとむら紅葉燃えまさる見ゆ)

 汽車の窓から見た明るい朝日の下での黄、白、赤の光景である。

会津八一 1656

2018-01-05 18:14:50 | Weblog

会津八一に関するブログ 562 

 南京余唱・第28首(会津八一) 2015・6・21(日) 解説

  奈良に向かふ汽車の中にて (第1首)
           
   かたむきて うちねむり ゆく あき の よ の 
             ゆめ にも たたす わが ほとけ たち

   (かたむきてうち眠りゆく秋の夜の夢にも立たすわが仏たち)

 “夢にも立たす仏たち”こんな心境になってみたいものだ。素空の夢に現れたものにろくなものは無い。

会津八一 1654

2018-01-04 19:02:09 | Weblog
会津八一に関するブログ 561

南京余唱・第27首(会津八一) 2015・6・14(日) 解説

 笠置山にのぼりて
                       
  のびやかに みち に より ふす この いは の 
          ひと なら まし を われ をろがまむ 

(のびやかに道に寄り伏すこの岩の人ならましを我をろがまむ)

 木津川の南岸にそびえる笠置山は、古くからの修験道場、信仰の山として、また、歴史上のさまざまなドラマの舞台として知られ、奇岩や怪石が数多くある。

会津八一 1653

2018-01-03 19:09:09 | Weblog
会津八一に関するブログ 560

南京余唱・第26首(会津八一) 2015・6・8(月) 解説

 木津川の岸に立ちて
                      
  み わたせば きづ の かはら の しろたへ に 
          かがやく まで に はる たけ に けり 

    (見渡せば木津の川原の白妙に輝くまでに春たけにけり)

 この歌を思い浮かべながら、浄瑠璃寺(京都府木津川市)から観音寺(京都府京田辺市)へ国宝十一面観音を求めて車で木津川沿いを走った時を思い出す。

会津八一 1652

2018-01-02 18:45:51 | Weblog
会津八一に関するブログ 559

泰山木の花2 2015・6・7(日)

 4日にもらった蕾は6日に開いた。大きさは10cmぐらいである。期待した割には小ぶりであでやかさも無い。「同じ一日花でも月下美人の方が大きいし、いいね」、「月下美人は夜だけど、泰山木は昼に咲いてくれるからいいけど」と話してその翌日起きてくると大輪に変化していた。
 花弁の艶やかな白が素晴らしいとは思っていたが、開ききった花の大きさにはびっくりした。大きさを測ってみると23cmある。実物は下の写真の2倍近くの大きさである。びっくりの一語だ。子犬・くるみの顔が三つほど入る。




会津八一 1651

2018-01-01 00:39:00 | Weblog
会津八一に関するブログ 558

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

泰山木の花 2015・6・4(木)

 仏像作りの先輩・Nさんの家には大きな泰山木がある。「どうですか!」と言って下の方の蕾を切ってくれた。奥さんが「あの高いところで咲いてもいい匂いがするのですよ」と10m以上ある蕾をさして言っていた。
 泰山木の切り花は初めてなので喜んでもらってきたが、とても嬉しいのは会津八一が斜め向かいに住む日本画家・大沢恒躬(つねみ)から泰山木の蕾を一つもらい花瓶に活け、短い花の命を詠った歌(寒燈集・泰山木5首)があるからだ。それを追体験できそうなのでわくわくしている。
 泰山木は一日花、「月下美人と同じね」と言いながら連れ合いが活けていた。くるみと一緒に開花を楽しもうと思う。

 泰山木(第1首)     解説

   きぞ の よひ さして いねたる ひとえだ の 
            たいさんぼく は さき いで に けり

   (昨夜の宵挿して寝ねたる一枝の泰山木は咲き出でにけり)