「美濃部の赤字垂れ流しが、歴代最悪だったわけですよ」と喝破していたのは、石原慎太郎だった。かつて都立の日比谷両国高校などは100人以上を東大に合格させて、高校教育の見本でもあった。もちろん戦後の話で、生徒の男女比が、2対1。この都立特有の比率が女子少数主義で、これが男子の教育効率を最大化させると、埼玉あたりじゃ、うらやましく思っていたほどだった。
ところが、こうした偏差値区別の序列教育を、共産党主義で都知事になった美濃部亮吉という男が「学校群制度」などの改革をしたために、みるみる偏差値が崩壊して、その隙間に出てきたのが私学の開成高校である。その親が、都立日比谷などの、崩壊学校に息子を通わせたくない。日比谷から東大には一人も行けなくなった。美濃部の親の美濃部達吉にしても、そう、甲子園100年、五輪100年、駅伝100年と言われる100年前には、ロシア革命があって、あれが(共産主義)が世界の理想郷のように思われた、その権化でもある。この革命とは世界史の最悪といってもいいほどの勘違いである。言い換えれば大正デモクラシーである。大いなる間違いだった。江戸のお伊勢参りのきちがい時代の再来だったんじゃないかと思う。
都立高は、つい最近になって、中高6年とやらを始めて、どうにか復権してきた。正当に育っているものを、わざと共産化して改悪する者が世間に多い。
埼玉川越、浦和の高校をいまあえて共学にするという愚劣な話もまさに同じことだ。しかも通っている高校生(未成年)にその意見を聞くなど、あんな未成年に意見があるという、教職の子供に媚びるこの時勢も、どうしようもない。ならば80年前の徴兵に、国民の意見を聞いたのか。100%反対のなかで、政府と軍部が翼賛主義で、弾圧を押し通したんじゃなかったっけか。政治改革は、合法的な議会で決めるのであって、民衆に媚びてどうする。歴史的な反省の方がまず先だ。
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