1.オコパー・タコパーの日
「オコパー・タコパー」とは「お好み焼きパーティー・たこ焼きパーティー」のこと。お好み焼きとたこ焼
きはみんな調理を楽しめて食卓が盛り上がるだけでなく、食材費も安くできる素晴らしい団欒メニ
ューであることから、お好み焼き粉・たこ焼き焼き粉を製造・販売する日清フーズ株式会社が制
定。日付は家計にやさしい料理なので給料日前になることが多い毎月の第3土曜日としたもの。
2.国産なす消費拡大の日
冬春なすの生産6県(高知園芸連、全農ふくれん、熊本経済連、全農岡山、佐賀経済連、全農徳
島)で構成する冬春なす生産県協議会が制定。4月17日の「なす記念日」とともに毎月17日をな
す消費を増やす日にすることが目的。
3.いなりの日
日本の食文化の中で多くの人に親しまれているいなり寿司。いなり寿司の食べる機会を増やすき
っかけを作ろうと、いなり寿司の材料を製造・販売している長野県長野市に本社を置く株式会社
みすずコーポレーションが制定。日付は17をいなりの「い~な」と読む語呂合わせから毎月17日
に。
4.将棋の日
日本将棋連盟が1975年に制定。江戸時代、将棋好きな8代将軍徳川吉宗が11月17日に「お
城将棋」という年中行事を行っていた史実から。
5.ドラフト記念日
1965年のこの日、第1回プロ野球新人選択(ドラフト)会議が開かれた。
6.蓮根の日
茨城県土浦市で1994年のこの日に全国の蓮根産地が集まって開催された「蓮根サミット」で制
定。
7.島原防災の日
長崎県島原市が制定。1990年のこの日、雲仙普賢岳の山頂部で水蒸気爆発が起こり198年
ぶりに噴火。
8.肺がん撲滅デー
2000年9月に東京で開催された国際肺癌学会で制定。アメリカで11月の第3週が「たばこ警
告週間」になっていることから。
9.安全の日
兵庫労働基準局が制定。阪神淡路大震災の後は復旧・復興現場で事故が多発し、震災前に比
べて死亡事故が2年連続して50%増える事態が続いたため、労働災害多発を防止する対策と
して震災発生日の毎月17日を「安全の日」に定めた。
10.しし座流星群
毎年11月17日ごろ、しし座流星群が観測できる。
獅子座流星群(Leonids)は、しし座に放射点を持つ流星群である。毎年11月14日頃から11月
24日頃にかけて出現が見られ、17日頃極大を迎える。母天体はテンペル・タットル彗星である。
普通の年には1時間に数個の流星が観測できるが、過去には何度も大出現が見られ、流星天文
学の発展に重要な役割を持った流星群である。
※2012年の11月の観測展望
11月はしし座流星群が極大期を迎える。2002年の素晴らしい活動を最後に、希に活動レベル
は上がるものの、当時のような華やかな活動はここ数年見られていない。この傾向はしばらく続く
と思われる.18日の未明(午前0時~夜明け)に注目。もしかしたら20日の未明にも可能性あり。
お好み焼きの歴史
1.戦後のお好み焼きの始まり
戦後の食糧難の時代、空腹を癒す食べ物を求め必死に探し求めていた頃、にわかに脚光を浴び
た食品があった。その食品とは、子供達の間で人気のあった駄菓子屋の「一銭洋食」である。戦
前の大人たちは、この一銭洋食の存在を、子ども騙しのおやつぐらいにしか考えず見向きもしな
かったのであるが、背に腹はかえられないと、大人たちも子どもたちの一銭洋食を国民的な食品
に格上げしたのである。戦後のお好み焼きの歴史はこうして始まったのである。
2.お好み焼き店の先駆者
闇市場や盛り場にいち早く店を開いた先駆者たちは、子どもたちに人気のあった一銭洋食の上に
、申し訳程度のブタ肉をのせ、呼び名を「一銭洋食」(実のところ10円ぐらい)から「お好み焼き」と
変更し、大人の食べ物として通用するものにしたのである。
このようにして新しい世界に踏み出したお好み焼きだったが、、まだ昭和20年(1945年)代初頭
のころは、空腹をおさえる手頃な食べ物といった軽い評価しか得られず、街の片隅でほそぼそと
焼かれる程度だった。
3.お好み焼きの地位確立
昭和30年代に入ると、お好み焼きは食欲を満たす食べ物のイメージから一転して、大人の味覚
に充分応えうるものとして、あらゆる層から圧倒的支持を得るに至ったのである。それにしても、
「お好み焼き」とは上手く名付けたもので、お好み焼きはそれを食べる人の好みによって、どのよ
うにも焼くことができる。これでもかと目を見張るほど大量にネギを使用するネギ焼きからイカ、
エビや高級食材まで、食べる人の好みに仕上げることができることがお好み焼きの良さであり、
深さでもある。
4.なぜ戦前に流行らなかったのか
その主な要因は、ご飯に対する日本人の思い入れの度合いと考えられる。戦前の食事はあくま
でご飯が中心であって、とにかくご飯を食べなければ食事をした気分になれないのが日本人の
気質であったと考えられ、おかずでもなく主食でもないお好み焼きは、どっちつかずの食べ物で
あったのである。
5.お好み焼きの栄養
多くの食材を使って作るお好み焼きは、健康食である。栄養の分類から見ても4つの食品群が
まんべんなく入っておりバランスが取れている。
(1)ミルクグループ(栄養を完全にする)・・・牛乳および乳製品・卵
(2)肉グループ(肉や血をつくる)・・・魚介・肉類とその加工品
(3)野菜グループ(体の調子を整える)・・・緑黄色野菜・淡色野菜類、果実・きのこ・海藻
(4)穀物グループ(力や体温となる)・・・穀物(小麦)・砂糖・油脂
栄養面からも1日で必要とされる30品目のうちお好み焼き1枚のの中には12品目が使われる。
また、成人男女の栄養所要量(1日当り)と比較しても、お好み焼きはバランスに優れた食べ物と
言うことができる。
たこ焼き
大阪のたこ焼きは、昭和8年創業の会津屋のラヂオ焼きが原点とされている。ラヂオ焼きは、小
麦粉を水で溶かして肉、葱、蒟蒻などを入れて焼いたもので、これが発展してタコを入れた物が
たこ焼きの始まりである。ちなみに大阪のたこ焼きの店舗数は約650店以上、東京は約160店
だそうで、大阪のたこ焼き文化の根強い人気と底力を感じる。
大阪のたこ焼きを語るのに会津屋(西成区玉出)は外せない。ソースも鰹節も青海苔もマヨネー
ズも何もない、生地んい入れ込んだ出汁の旨みだけで勝負するというたこ焼きである。
元来、大阪の食文化というのは、こうした「はんなり」とした上品な食文化だったのである。また、
会津屋のたこ焼きのご先祖様「ラヂオ焼き」は、タコの代わりにじっくり煮込んだスジ肉とネギが
入っていて、独特のフワフワ感がある。
たこ焼きの激戦区はやはり大阪ミナミで、「網掛けマヨネーズ発祥の店」として知られている甲賀
流や、第1回大阪コナモン博覧会の粉もん王座決定戦で優勝した道頓堀くくる、準王座の夏場
にたこ焼きの上にカキ氷を載せた「氷ゃ氷ゃ(こりゃこりゃ)」など、バラエティ豊かなメニューが人
気の道頓堀赤鬼は、いずれも「行列が出来る店」として有名である。
大阪名物のたこ焼き有名であるが、実は「いか焼き」も大阪発祥。関東で「いか焼き」といえばイ
カに醤油をつけて焼く「姿焼き」のことであるが、関西では小麦粉の生地にイカを入れて焼いた
ものである。