世界の中銀、ドルから金へ 保有量が31年ぶり高水準
チャートは語る
2021年12月26日 2:00
世界の中央銀行や公的機関が外貨準備資産として金の保有量を積み増している。2021年の総保有量は1990年以来31年ぶりの高水準に膨らんだ。大規模な金融緩和などでドルの供給量は膨らみ続け、金に対する価値は大幅に切り下がった。米連邦準備理事会(FRB)は金融引き締めに動くものの、各国中銀のドルに対する疑心暗鬼は拭えず、ドルから金への流れが続いている。
「金はどの国の経済にも直結せず、世界の金融市場の混乱に耐える」。ポーランド国立銀行(中銀)のグラピンスキ総裁は9月、地元メディアに金買いの理由を話した。19年に100トン程度を購入し、足元でも買い増している。
金は米国債などのドル建て資産と比べ金利がつかないデメリットがある。それでも21年春に金準備を3倍の90トン超まで増やしたのがハンガリーの中銀。「金には信用リスクやカウンターパーティーリスク(取引相手の破綻リスク)がない」(同中銀)からだ。
従来、金を大量に買う中央銀行は米国と政治的に対立してドル依存からの脱却を図るロシアなどに限られていた。最近は自国通貨安に見舞われやすい新興国や、経済規模が大きくない東欧の中銀による買い入れが目立つ。自国通貨の下落が続くカザフスタンは外貨準備に占める金の比率を大きく高めた。
中銀などによる金の保有量が増え始めたのは09年ごろ。それまでは金を売って米国債などのドル建て資産を積み増す動きが目立っていた。東西冷戦終結後に1強体制を築いた米国は90年代に好景気を謳歌し、ドル資産が生む収益力は魅力に映った。
ところが08年のリーマン・ショックでは米国債からも資金が流出して値下がりした。これをきっかけにドル建て資産に対する「信頼が揺らいだ」(マーケットアナリストの豊島逸夫氏)。危機以降は大規模な金融緩和で米国の長期金利が低下。ドル建て資産を長期保有する利点は薄れた。信用力の弱い新興国の中銀は「金で資産保全を図るようになった」(金融・貴金属アナリストの亀井幸一郎氏)。
国際調査機関ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると直近10年間で世界の中銀が積み増した金の量は4500トン超。21年9月時点の総保有量は10年前比15%増の約3万6000トンとなり、31年ぶりの水準に膨らんだ。
準備資産で金の存在感が増すのと対照的に、ドルの存在感は低下している。世界の通貨別の外貨準備比率をみると、ドルの割合は20年に四半世紀で最低の水準となった。
金に対するドルの価値の長期的な低落も影響している。1971年に当時のニクソン米大統領が金とドルの交換停止を表明して以降の約50年でドルの価値は約50分の1になった。ドルが金の足かせを解かれ、米国の通貨供給量が50年で約30倍に増えた結果だ。
足元でも新興国を中心とした金買いは収まっていない。21年は9月までにタイが約90トン、インドが約70トン、ブラジルは約60トンを購入した。
FRBは量的緩和の終了を明確にし、2022年から利上げする想定を示したが新興国中銀は「ドルより金」の姿勢を変えそうにない。世界経済が緩和に慣れきっており、膨張した通貨の縮小は難しい。利上げでインフレを制御できるかも定かではない。
金利上昇に弱いはずの金価格は底堅さを保つ。現物の金相場は12月24日時点で1トロイオンス1808ドル台。FRBが量的緩和の縮小を加速すると表明した15日の直前から2%上昇した。「ドルを持っていても報われないのでは」。ドルから金への流れは、ドルを基軸とした通貨体制への不安を映している。
(北川開、グラフィックス 佐藤季司)
金とドルの交換停止とは 変動相場制の契機
1971年8月に当時のニクソン米大統領が金とドルの交換停止を発表し、為替市場が金と交換できるドルを前提とした固定相場制から変動相場制に変わるきっかけとなった。「ニクソン・ショック」と呼ばれる。それまでの「ブレトンウッズ体制」では1トロイオンス(約31グラム)の金を35ドルの固定したレートで交換していた。
金は希少性や劣化のしにくさから万人に価値が認められた実物資産で、紙幣の信用を裏付ける存在として使われてきた。ところが米国など世界の経済成長が加速するにつれて金の産出が追いつかなくなる。さらに米国で国際収支が悪化し、金の流出が深刻になると、金の裏付けが通貨発行の制約として意識された。
金・ドル本位制の崩壊後も米国の経済力を背景にドルは基軸通貨の座を維持した。通貨発行などを通じた金融政策の自由度も増した。米国の通貨供給量(M2)、現金や預金など)はニクソン・ショック前の約30倍に拡大。金に対する通貨の価値が薄まっただけでなく、マネーの膨張で金融危機が増幅されやすくなった側面もある。