INSIDE SORAMAME

私の頭の中のキオクを綴っていくつもりです・・

シューテングスター(44)

2010年01月07日 |    ┣ シューテングスター
(つづき)
福岡市中央区の「福浜」バス停。

中央ふ頭(博多港国際ターミナル)」「博多ふ頭(ベイサイドプレイス)」「那の津四丁目」とともに、都市部の沿岸部の「狭義の終点」のひとつ(←「の」が多いですけど)である。

現在ここからは「61番」と「68番」のバスが発車する。

61番」はもともと、今はなき「西公園下」が終点であり、「西公園下行き」は「→港二丁目→荒戸二丁目→西公園下」、「西公園下発」は「西公園下→港銀座通り→港二丁目→」というルートで運行していたが、那の津通りの西への延伸(西公園下交差点~当仁小学校前交差点間の開通)により、「~港二丁目~九州女子高校前~唐人町三丁目~」を経由してここ「福浜」まで運行されるようになった。

「61番」は、昔から都心側の行先のバリエーションが多く、天神から先は西(西公園下、福浜、西公園など)、北(那の津四丁目)、東(九大前)の全く違う方向に進むにも関わらず全て「61番」であり、都心部からバスに乗る人にとっては特にわかりにくい路線であった。
そのことは以前にも書いたのだが、その後、天神地区から先については行先番号の統一が進んでおり、幾分改善されている。

かつては、「62番」が「福浜」まで来ていたこともあった。
「62番」も、「61番」と同様、福浜、博多駅、九大前など、天神から先でいろんな方向に向かう路線が設定された経緯があるが、なぜか「61番」ほどは長続きしない傾向にあるようだ。

「68番」は、「61番」「62番」よりも以前から「福浜」に乗り入れている。
もともとは「給油センター」までの運行だったものが、福浜団地ができたことにより「福浜」まで延長されたようだ(その頃のことはリアルタイムでは知りません)。
「給油センター」止めだった頃は、付近に「波止場通り」というバス停があって、そこを使ってループをしていたようだ(これも推測です)。
福浜行きができた後も、しばらくは「波止場通り」バス停は残っていて、郊外のバス停などに残っている古い路線図などでは今でも目にすることがある。
「68番」は、「西新行き」「能古渡船場行き」「国立医療センター行き」など、ここ「福浜」より先まで向かうものもあったが、現在は廃止されている(西新行きは福浜の折り返し場を使って「複乗」していたが、医療センター行きは福浜には乗り入れず)。
また、反対側の終点も、「駅東三丁目行き」「板付七丁目行き」など、「博多駅」から先まで向かっていた時代もあったが、現在は「博多駅」までの運行となっている。
業務拡大で異業種にも進出してみたけど失敗して本業に専念…という感じだろうか。
(つづく)


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6 コメント

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Unknown (Tokyo Chikushi)
2010-01-06 13:43:42
68番は、以前は確かに港郵便局前の先でループを作り、給油センター付近が終点でしたが、バスの行き先表示は「給油センター」ではなかったような気がします。かと言ってどう表示されていたのかがどうしても思い出せない。(地図を見てもそれらしい地名はないので、やはり「給油センター」行きと表示されていたのかもしれません。)路線名称は「福浜線」ではなく、「長浜線」で、行き先番号も5番でした。
当時、「簀子小学校前」でバスを降りて塾に通っていたので、よく乗っていました。天神からそこへは、(市内)電車で行く、五十米道路(昭和通り)経由のバスに乗る、などの行き方もあったのですが、5番または3番(今の61番屋形原線)で長浜通り経由で行くほうが、天神バスセンター前(電車南口)からバスに乗れるので、(急行)電車からの乗り換えがスムーズだったのです。
その塾も西公園下に移ったので、今度は屋形原線だけに乗るようになり、西公園下で降りるのでした。子ども運賃とは言え、天神から西公園下まで10円でした。
当時の3番(今の61番)は西公園下ではループ運転はしておらず、転回場でバックして向きを換え、来た道を引き返していました。
いつのまにか気づいてみると、61番に西公園下行きの他に、那ノ津営業所行きができており、その後、電車の廃止とともに一気に都心側の行き先が増殖しました。
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[68]西新発 (Kassy)
2010-01-06 22:11:02
こんにちは。

あれは平成7年のことだから 今から15年前、通学に黒門バス停を使っていた時でした。黒門から明治通経由のバスで天神に行くルートなので、[1][3][6]など系統や本数は豊富にあるわけですが、たまにはということで西新まで地下鉄で移動し、西新から[68]系統で天神に帰ったことがありました。
いつも乗る黒門バス停の直前の「黒門交差点」をヒョイッと左折したときは、ほとんど小躍りしましたね。黒門バス停から見れば、バスが来るぞ来るぞ…と思わせておいて、「そこには行かないよん♪」と言わんばかりに左折しますからね。

何やってるんだか(*^▽^)
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Unknown (晃太郎)
2010-01-07 16:49:18
初めまして。いつもこのブログを読んで勉強させて頂いています。

今回の記事で思わず反応してしまいました。というのも、かすかに(小学生になるかどうかぐらいでしたから、もう10年以上前…)天神から「長浜・福浜」経由のバスで西新まで帰ったという記憶がありまして、それが「61番」だったのか、それとも「68番」だったのか分からずにモヤモヤしていたのです。この記事ですっきりしました。

私にとって「61番」と「68番」は兄弟路線の印象を強く持つ路線で、実際よく混同してしまいます。個人的には「福浜行きで、給油センターを通るか(←68番)、九女:九州女子高校を通るか(←61番)」といった位置付けをしています。
ちなみに「61番」の経由地である「九州女子高校前」バス停について、来春以降名前はどうなるのか(九女が「福岡大学附属若葉高校」になるため)話題にしたら、九女出身の知人から「なぜ九女を話題にするのか」とクレームが来てしまいました…

最後は「福浜」バス停から話題が外れてしまいましたね。失礼いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。
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Unknown (soramame)
2010-01-07 18:13:44
Tokyo Chikushiさん、こんにちは。
貴重なお話をありがとうございます。
68番がかつて5番だったというのは、私も聞いたことがありました。
5番→68番に変わったのは、市内電車の代替バスとして5番を使うからということなのでしょうか(20番→26番も?)。
でも長浜線(福浜線)には5番のほうがしっくりくる感じもしますね。
>その後、電車の廃止とともに一気に都心側の行き先が増殖しました。
なるほど。
「都心側の行先の増殖」は、電車の廃止も大きな要因といえそうですね。

Kassyさん、こんにちは。
68番の西新発には、私も何度か「敢えて」乗ったことがあります。
>黒門バス停から見れば、バスが来るぞ来るぞ…と思わせておいて、「そこには行かないよん♪」と言わんばかりに左折しますからね。
たしかに。
黒門でバスを待っている人からすれば「えーーっっ!!」という感じだったかもしれませんね。
黒門橋の交差点を曲がるバスは珍しいし、それに、方向幕を遠目にみると「天神」とか「博多駅」とか書いてあるのがなんとなくわかる訳で、「まさか曲がるとは!」という感じかも。

晃太郎さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
へぇ~!九女って福大附属になるんですね~。
私たちの時代からは想像もつきません…。
そういえば、九女には、英検の試験監督のバイトで中に入った記憶があります。
ほんと、バス停名はどうなるんでしょうね?
「九州女子高校」はバスの行先表示の経由地としても使われているので、いきなり「若葉高校」に変わったら混乱しそうですね。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
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Unknown (レパード乗り)
2010-01-07 23:59:00
> 業務拡大で異業種にも進出してみたけど失敗して本業に専念…

上手いたとえで笑ってしまいました。
自分は乗る事がなかったのですが、福浜⇔西新というのは、あまり人の流れはなかったのですかね?
日常品の買い物とか、ありそうな感じなのですが・・・


子供の頃、大濠の祖母と西公園に遊びに行ったり初詣に行ったりしてましたが、よく見る「西公園」行きではなく、「西公園下」行きのバスを見るたびに、不思議な感じになったものです。

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Unknown (soramame)
2010-01-09 01:41:51
レパード乗りさん、こんにちは。

>自分は乗る事がなかったのですが、福浜⇔西新というのは、あまり人の流れはなかったのですかね?
>日常品の買い物とか、ありそうな感じなのですが・・・

う~ん、どうなんでしょうね。
福浜はもともと、西の方は海で、東からのアクセスがメインだったので、あまり西には目が向いていなかったのかもしれませんね。
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