白雲去来

蜷川正大の日々是口実

有田芳生氏の常識を疑う。

2014-02-06 12:25:39 | インポート

二月六日(木)曇り。

新右翼の指導的団体「一水会」と、私たち野村一門は、いわゆる「新右翼」としてひとくくりにされることが多い。野村先生は、生前、一水会を正に物心両面で支援していた。その昔は一水会と私たちは「表裏一体」で運動を展開してきた時期もある。マスコミ関係者で、少しでも左右の政治運動に関心のある人ならば、こんなことは常識的な基礎知識でもある。

 

昨年の、野村先生の追悼集会「群青忌」の折に配布したパンフレットには、長谷川三千子先生のみならず、一水会の元会長の鈴木邦男さんや現会長の木村三浩さんも原稿を寄せて頂いた。その原稿の中で、鈴木さんは、

 

「『腹腹時計と<狼>』(三一書房)は野村さんとの対談の二ヶ月前に出た。僕の生まれて初めての本だ。「右翼が左翼を絶賛した」「左右接近だ」とマスコミに言われ、右翼からはもの凄い批判、バッシングだった。「何で新左翼を持ち上げるんだ」「変節した!」と。自分でも落ち込んでいた。もう本を書くことなんかないだろうな、と思っていた。評価してくれたのは唯一、の村さんだけだった。それに、「三島事件のことだまが…」は考えてもみなかった。野村さんのこの一言がなければ、その後、僕はもう本を書くことはなかったと思う。」と書いている。

 

更に、現会長の木村三浩氏も「野村大人から学んだことと」して、「私は、野村大人から多くのことを学ばせていただいた。対住友不動産抗議行動では、裁判闘争を闘う蜷川正大先輩らへの支援はもちろん、住友側との民族派交渉団の責任者を命じられ、暴力団対策法の制定で騒然としていた浜松の一力一家問題では、解決のための現地調査責任者も任された。実にさまざまな活動を通して鍛えていただいた。また、「戦闘的ナショナリスト」の権化でもある葦津珍彦先生宅に、大人からお誘いを受けて伺ったときのことは、いまでも明確に覚えている。野村大人を、師である葦津先生が懐深く温かみのある禅問答ならぬ思想問答で激励されている一瞬に立ち会えたことは、私の生涯でも貴重な経験であった。」と書いている。

 

このように、野村先生は、一水会の鈴木、木村両氏にも影響を与えている。このことは、決して両氏も否定はしないだろう。かくいう私も、一水会の同志の方々はもとより、結成に関わった故阿部勉さんや鈴木邦男さん、犬塚博英さん、四宮正貴さんの諸先輩には随分とお世話にもなり影響を受けた。新右翼と称する人たちの好き嫌いは別として、一水会とその関係者と私たち野村一門が親しい関係であることを否定する人はいないだろう。

 

昨日の参議院の予算質問の場において民主党の有田芳生という男が、毎日新聞が報道した長谷川三千子先生の記事に関して、こういう質問をした。「委員長(山崎力君) 次に、有田芳生君の質疑を行います。有田芳生君。
有田芳生です。一九九三年に朝日新聞の社内で野村秋介さん、暴力団の幹部ですが、拳銃で自殺をしました。そういう事件、記憶におありの方もいらっしゃると思いますけれども、今朝の毎日新聞に、「新聞社拳銃自殺事件」、「NHK経営委員が礼賛 対メディア圧力黙認」と、新聞社に対する暴力行為それに対してNHKの経営委員が礼賛していると、そういう大きな記事が出ております。」(平成26年2月5日 予算 【未定稿】参議院記録部)

 

この有田という男は、野村先生を「暴力団幹部」と発言をしたのだ。どういった意図があるのかは分からないが、言語道断。国会議員と言うよりも人間の資質を疑ってしまう。

 

長々と、野村先生や私たちと一水会との関わりを書いたのにはわけがある。有田芳生は、一水会の会合や式典には必ずと言ってよいほど出席している。例えば、平成12年の2月26日に行われた「一水会を鼓舞する会」では、長谷川先生や私たちと一緒に発起人に名を連ねている。

「一水会を鼓舞する会」 発起人名簿

代表発起人

恩田 貢     (内外タイムス社社長)
小林 節     (慶應義塾大学教授・弁護士)
清水信次     (ライフコーポレーション会長)
高花 豊     (テイケイ社長)
朝堂院 大覚   (世界空手道団体連合総裁)
中村武彦     (直毘塾塾長)
福田和也     (慶應義塾大学助教授・文芸評論家)

発起人

アブドル・ガフール・イブラヒン(NASYO本部事務局長)
有田芳生     (ジャーナリスト)
池田剛久     (自由連合常任幹事)
市村清彦     (青年思想研究会議長)
伊藤好雄     (野分祭実行委員長)
犬塚哲爾     (八千矛社代表)
井上聖志     (創価学会広報室渉外部長)
猪野健治     (ジャーナリスト)
猪瀬直樹     (作家)
魚谷哲央     (維新政党・新風代表)
遠藤 誠     (弁護士)
大原康男     (国学院大学教授)
香村啓文     (月刊「タイムス」主幹)
佐藤治彦     (経済評論家)
塩見孝也     (自主日本の会代表)
篠田博之     (月刊「創」編集長)
四宮正貴     (四宮政治文化研究所代表)
柴田泰弘     (「よど号事件」メンバー)
セーフディン・アル・マシュハダニ(NASYO本部書記長)
高野 孟     (「インサイダー」編集長)
高宮 壇     (文筆家)
頭山興助     (頭山事務所代表)
徳田虎雄     (徳洲会理事長)
永井与史満    (政界出版社編集担当取締役)
中台一雄     (大悲会前会長)
中山嶺雄     (中学校教諭)
西垣内堅佑    (弁護士)
蜷川正大     (二十一世紀書院社長)
長谷川三千子   (埼玉大学教授)
長谷部 壽    (自由連合選対次長)
長谷百合子    (元衆議院議員)
原 正壽     (「ゼンボウ」前編集長)
兵頭二十八    (軍事評論家)
平井 隆     (アルファプロジェクト会長)
藤本隆之     (展転社編集長)
二木啓孝     (月刊「ゲンダイ」編集委員)
ブラカシュ・グルーン(ネパールボクシング協会会長)
古瀬俊和     (ジャーナリスト)
方 淳      (中和情報社編集長)
三上 寛     (歌手)
南丘喜八郎    (月刊「日本」発行人)
宮崎哲弥     (評論家)
宮崎 学     (作家)
宮台真司     (東京都立大学助教授)
村山紘一     (照コンサルタント社長)
森田忠明     (歌詠)
山浦嘉久     (無窮社代表)
山口敏夫     (元労働大臣)
山平重樹     (作家)
山中幸男     (救援連絡センター事務局長)

御来賓

ラドスラブ・ブライッチ (駐日ユーゴスラビア大使)
ムフシン・シロ・アリ  (駐日イラク代理大使)
駐日リビア人民局書記

また民族革新会議の犬塚博英議長が仲人を務めた木村氏の結婚式の折には、出席して祝辞を述べている。(私も出席しており、その出席者名簿も持っている)更に、私も出席した二年前の一水会の結成40周年の記念式典では、有田は国会議員として紹介され壇上に登っている。平成24年の9月24日の鈴木邦男さんのブログ「鈴木邦男をぶっ飛ばせ」には、登壇した有田の写真が掲載されている。その場で上映された「一水会の歩み」の映像の中に野村先生の「経団連事件」の映像も使用されているので、これを有田が見ているはずだ。(ユーチューブにアップされています)

120924021※左から二番目が有田芳生。(鈴木さんのブログより転載)

 

その他、有田は一水会の機関紙「レコンキスタ」に原稿を載せている。勘違いしないでほしいのは、有田と一水会との交際をけしからんと言っているのではない。そんなことに目くじらを立てるほど器量は狭くない。問題は、恐らく有田は、野村先生と一水会、すなわち鈴木邦男さんや木村三浩会長との関係を知っていて、野村先生を「暴力団関係者」と言ったのだ。とするならば一水会と野村先生及び我々一門とどう違うのか有田の見解を聞いてみるつもりでいる。野村先生が、河野邸焼き討ち事件、経団連事件、朝日新聞社での自決事件を引き起こしているから「暴力団」とするならば、一水会も様々な非合法事件を引き起こしているし、木村三浩会長も「Wikipedia」での紹介欄に、「昭和59年に東郷健襲撃事件において傷害罪にて逮捕される」とある。


自分の付き合いのある右翼は良くて、付き合いのないのは「暴力団関係者」では筋が通らないだろう。そうじゃないかい有田さん。

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