Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「沖縄全戦没者追悼式」の「平和の詩」

2024年06月23日 17時06分09秒 | 読書

 平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が営まれ、県立宮古高校3年の仲間友佑(ゆうすけ)さん(18)が「これから」と題した「平和の詩」を朗読する。全文はこちら。

    平和の詩「これから」
              沖縄県立宮古高校3年 仲間友佑

短い命を知ってか知らずか
蟬(せみ)が懸命に鳴いている
冬を知らない叫びの中で
僕はまた天を仰いだ
あの日から七十九年の月日が
流れたという
今年十八になった僕の
祖父母も戦後生まれだ
それだけの時が
流れたというのに
あの日
短い命を知るはずもなく
少年少女たちは
誰かが始めた争いで
大きな未来とともに散って逝った
大切な人は突然
誰かが始めた争いで
夏の初めにいなくなった
泣く我が子を殺すしかなかった
一家で死ぬしかなかった
誰かが始めた争いで
常緑の島は色を失(な)くした
誰のための誰の戦争なのだろう
会いたい、帰りたい
話したい、笑いたい
そういくら繰り返そうと
誰かが始めた争いが
そのすべてを奪い去る
心に落ちた
暗い暗い闇はあの戦争の副作用だ
微(かす)かな光さえも届かぬような
絶望すらもないような
怒りも嘆きも失くしてしまいそうな
深い深い奥底で
懸命に生きてくれた人々が
今日を創った
今日を繋(つな)ぎ留めた
両親の命も
僕の命も
友の命も
大切な君の命も
すべて
心に落ちた
あの戦争の副作用は
人々の口を固く閉ざした
まるで
戦争が悪いことだと
言ってはいけないのだと
口止めするように
思い出したくもないほどの
あの惨劇がそうさせた
僕は再び天を仰いだ
抜けるような青空を
飛行機が横切る
僕にとってあれは
恐れおののくものではない
僕らは雨のように打ちつける
爆弾の怖さも
戦争の「せ」の字も知らない
けれど、常緑の平和を知っている
あの日も
海は青く
同じように太陽が照りつけていた
そういう普遍の中にただ
平和が欠けることの怖さを
僕たちは知っている
人は過ちを繰り返すから
時は無情にも流れていくから
今日まで人々は
恒久の平和を祈り続けた
小さな島で起きた
あまりに大きすぎる悲しみを
手を繋ぐように
受け継いできた
それでも世界はまだ繰り返してる
七十九年の祈りでさえも
まだ足りないというのなら
それでも変わらないというのなら
もっともっとこれからも
僕らが祈りを繋ぎ続けよう
限りない平和のために
僕ら自身のために
紡ぐ平和が
いつか世界のためになる
そう信じて
今年もこの六月二十三日を
平和のために生きている
その素晴らしさを嚙(か)みしめながら



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (angeloprotettoretoru)
2024-06-23 18:24:28
こんにちは。
素晴らしい詩です。最近の若い世代には、バブルに踊った我々よりも地に足をつけて未来を考えている人の割合が増えているような気がします。
でも戦争することを決め、マスコミなどを利用して世論、社会の雰囲気を誘導し、実際の戦闘に持っていくのは若者ではなく中高年です。長幼の序だか何だか分かりませんが未だにこの国ではそうなっています。(それが経済的停滞の一番の原因でしょう)
そしてその中高年はといえば権威主義が染み付いていて、正しい若者の言葉は響かないけれど、〇〇ホールディングス代表だの、学長だの、成功者や権威者の言葉には簡単に騙されます。
そして大半の中高年はマスコミや有名人に弱い。
個人的には20年以上前から安保法制が通ったときまでの10年余り、署名、集会、デモ、勉強会、街頭宣伝、本を書くこと、メディアで喋ること、ネットで訴えることなど、非暴力の手段で考えつく限りの反戦のための活動をしてきました。でも戦争をさせたい連中のタイムテーブルをちょっと動かすことさえも出来ませんでした。
事ここに至り、大多数の国民の心を本当に動かして、戦争への道から逸れる具体的な行動をしてもらうためには、一体何をすればいいのでしょうか。誰か教えてほしいのです。
返信する
angeloprotettoretoru様 (Fs)
2024-06-23 21:06:21
コメントありがとうございます。またいつもご訪問、感謝申し上げます。

「事ここに至り、大多数の国民の心を本当に動かして、戦争への道から逸れる具体的な行動をしてもらうためには、一体何をすればいいのでしょうか。誰か教えてほしいのです。」
 私も同じ思いですが、「即効性の特効薬」はないと思います。これまで私たちがそれぞれの立場や位置で考えてきた方法と行動を地道に繰り返すしかないのではないでしょうか。問題はひとりよがりにならず、常に相手の意見を真摯に聞きながら、相手の意見を飲み込んで私たちの思いを伝える努力だと思います。
 私は、諦めていません。かえって私たちの仲間内の独りよがりや、相手の意見を聞かずに「説得」してしまおうという思い上がりが相手をいっそう向こう側に追いやってしまうことの方がこわいです。
 詩の作者も「それでも世界はまだ繰り返してる/七十九年の祈りでさえも/まだ足りないというのなら/それでも変わらないというのなら/もっともっとこれからも/僕らが祈りを繋ぎ続けよう」
 祈りという手段はとらずに「言葉による表現」「行動による表現」等々を選択している私に「まだまだ足りない」という覚悟を18歳の若い人が教えてくれているのではないでしょうか。
 同じようなことを地道に繰り返していると思っても、時代が変わり、社会の年齢構成が変わり、若い人の考えの変化があれば、それに合わせて、私たちもまだまだ表現方法も少しずつおのずと変わっていくのではないでしょうか。少しずつ変わっているはずの私たち自身を信じたいものです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。