京都所司代板倉重宗の裁判に関する資料「公事留帳」と板倉家に伝わる「板倉政要」に記述されている江戸時代初期の京都の絵師が当事者となった3件の裁判を題材として、それぞれの絵師とその一族の画業や人間関係、裁判の経緯とその影響等を探求した本。
元資料の「公事留帳」にしても「板倉政要」にしても、それぞれの裁判の記載は「概要」というか、概要というにも簡単すぎる記載であることに加え、著者が法律関係者でもない近世絵画史が専門と思われる学者であることから、裁判の内容や当時の法制、法的な思考に関する記述は、それがテーマとされているもののこの本の多くを占めるわけでもなく推測によるところも多いので、そちらを極めたい者には隔靴掻痒感と不満感が残るでしょう。それにしても、裁判の結果主張が誤りと判断されると訴えた者が牢屋に入れられる(64~65ページ、77ページ、78~79ページ等)というのは、今でも言いがかりをつけて裁判を起こされるとそういう制度の方がいいという意見も出そうというか、裁判業界以外の世論はそうかも知れませんが、手荒いですね。それでは本当は正しい/権利がある者も萎縮して裁判を起こせなくなってしまいます。まぁ、民事裁判なんて裁く側には面倒で起こして欲しくないものでしょうから、萎縮させて裁判件数を減らした方がいいという考えかもしれませんが。
著者の専門と興味もあり、実質は江戸時代初期の京都の絵師の生涯や画業、人間関係等の研究の方が中心で、そこに裁判が大きな影響を及ぼしたということから裁判が取り上げられているというくらいの位置づけで読んだ方がいいかなと思います。

五十嵐公一 吉川弘文館 2021年12月1日発行
元資料の「公事留帳」にしても「板倉政要」にしても、それぞれの裁判の記載は「概要」というか、概要というにも簡単すぎる記載であることに加え、著者が法律関係者でもない近世絵画史が専門と思われる学者であることから、裁判の内容や当時の法制、法的な思考に関する記述は、それがテーマとされているもののこの本の多くを占めるわけでもなく推測によるところも多いので、そちらを極めたい者には隔靴掻痒感と不満感が残るでしょう。それにしても、裁判の結果主張が誤りと判断されると訴えた者が牢屋に入れられる(64~65ページ、77ページ、78~79ページ等)というのは、今でも言いがかりをつけて裁判を起こされるとそういう制度の方がいいという意見も出そうというか、裁判業界以外の世論はそうかも知れませんが、手荒いですね。それでは本当は正しい/権利がある者も萎縮して裁判を起こせなくなってしまいます。まぁ、民事裁判なんて裁く側には面倒で起こして欲しくないものでしょうから、萎縮させて裁判件数を減らした方がいいという考えかもしれませんが。
著者の専門と興味もあり、実質は江戸時代初期の京都の絵師の生涯や画業、人間関係等の研究の方が中心で、そこに裁判が大きな影響を及ぼしたということから裁判が取り上げられているというくらいの位置づけで読んだ方がいいかなと思います。

五十嵐公一 吉川弘文館 2021年12月1日発行