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伊東良徳の超乱読読書日記

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五月の独房にて

2009-04-08 21:44:32 | 小説
 福岡美容師バラバラ殺人事件をモデルに受刑中と仮釈放後の元被告人の様子を推測でふくらませて貶めた小説。
 事件の設定はほぼ福岡美容師バラバラ殺人事件のままで、場所を岡山にして固有名詞を少し変えただけです。それでいて、「本書はあくまでもフィクションであり、実在する団体・個人とは一切関係ありません」だって。ノンフィクションを書けるほどの調査をするわけでもなく、事実をきちんと書こうとする気概もなく、「フィクション」だなどと逃げを打つこの姿勢に吐き気がします。
 では、小説として作者が創作した部分はどれだけあるのでしょう。事件の関係はほぼ現実の事件の報道を引き写しています。語られる主人公の主張は結局のところ、嘘と妄想、自分勝手と読めるように構成されています。これを読んでも、主人公が身勝手なヤツだというイメージしか持てません。作者が独自に創作したと考えられる仮釈放後の様子など、反省の色は全くなくただ老いたことを指摘されたことに大きな衝撃を受け美容整形に走り金を浪費していくという始末で、ますますそう感じられます。端的に言えば、事件の元被告人について、週刊誌が書いたことと週刊誌の視点からの評価をふくらませて書き連ねているだけです。書いている媒体も週刊誌ですし。その意味で小説になって加えられた新たな視点はないと思います。
 ノンフィクションが書けるほどの調査と責任感もなく、物語を一から構想する努力もなく、実在の事件の設定とその知名度を利用して大した創作の努力もなく安易に原稿料を稼ぐ、志の低い執筆姿勢に呆れます。
 主人公の気持ち・心理を語る場面で「だろうか」というような問いかけの語尾がずいぶん目につきます。主人公の内心でさえ自分で創作した作品と言えないことを象徴しているように思えます。
 「変な人達は今も時おり、何か言ったり訪ねてきたりします。彩子のことを書いて本を出したいとか、その際のお金の取り分はネタ提供者と折半でどうのこうの、とか。なんなのでしょうね、ああもお金に困る人達って。そりゃお金は誰でも欲しいし、大切なものですよ。でも、あんな剥き出しにした欲しい欲しいという気持ちを少しも恥じず、掠め取るような真似をしても手柄に数えたりする。きっと、人の種類が違うのでしょう。私ももう金輪際、関係を持ちたくないあの人や、変な物書き。」(353頁)という言葉が主人公の姉の手紙に出てきますが、作者自身まさにこの「変な物書き」だという自覚がないんでしょうか。
 事件から15年が経ち、元被告人の出所も近い時期になって、わざわざ、こういったノンフィクションとしての価値も文学作品としての価値もない、関係者、特に元被告人を貶める文章が執筆され掲載されることは、日本社会の民度と人権感覚の低さをよく表しているようで大変残念です。


岩井志麻子 小学館 2009年2月2日発行
「週刊ポスト」2007年5月4・11日号~2008年4月11日号連載
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