昔から花見で賑わった上野の山、明治6年開園、総面積52万㎡、江戸時代は、寛永寺の境内、上野戦争(彰義隊と官軍)でほとんど焼失、
園内、高台の桜ヶ丘に動物園と文化施設と桜、低地に不忍池と広がる。
上野動物園 明治15年開園、国立博物館の付属として誕生した。現在は、都立で約13万㎡有る。
今年の「桜祭り」は、中国からパンダがいるので多くの人出が予想される。
東京芸大音楽学部の前身である旧東京音楽学校奏楽堂は、日本で最初の洋式音楽ホールとして建てられ、日本の音楽教育に重要な役割を果たしてきた。
昭和47(1972)年には、役目を終えたとして解体の計画が持ち上がったが、文化財として保存されることとなり、昭和62年(1987)
台東区によって現在地に移転、一般公開されている。
建物の竣工当時は、正面に両翼が山の字状につらなり、幅78mに及ぶ大きな建物だったといわれる。
コンサートホールは二階にあり、日本で初とされるパイプオルガンが取り付けられている。
このホールは滝廉太郎や山田耕作の発表の舞台ともなり、また三浦環が日本人としてはじめてのオペラ公演を催した。

都は、上野動物園で今月の22日から予定していたジャイアントパンダ2頭の一般公開を延期すると発表した。
新たな公開時期は未定。東日本巨大地震の余震などが続く中、「多数の来園者の安全を確保できない」という理由、上野動物園、多摩動物公園、
葛西臨海水族園、井の頭自然文化園の計4園は17日から当面の間、休園となった。
パンダ2頭は、今年2月、中国から上野動物園に来園。公募でオスはリーリー(力力)、メスはシンシン(真真)という日本名がつき、
約3年ぶりの一般公開となる予定だった。
旧上野動物園正面口 休園中の今の正面口


工事中の都美術館(2012年4月完成予定) 公園中央通り桜並木


上野寛永寺の大仏は、寛永8年(1638年)に設置され、地震で倒壊、火災による被害、大地震(1855年)で頭部が倒壊、関東大震災で面部が落下、
第二次世界大戦の金属供出令で体脚部を供出。現在頭部の正面のみ。
上野東照宮入口 寛永寺大仏のあった所


五条天神社 鳥居、右はお茶屋


早咲の「コヒガン桜」

「桜まつり」を待つ提灯


上野公園内の清水堂は、周辺に訪れる人もまばらである 。現在の堂は、寛永寺の子院・大慈院のあった敷地に、明治12年(1879年)、
川越喜多院 の本地堂を移築したもので、寛永寺本来の建物ではない。内陣には厨子内に秘仏本尊がある。
中央通りから見た清水堂 弁天堂と不忍池方面


上野のシンボルになっている西郷像は、高村光雲の作(傍らの犬は後藤貞行作)、鋳造は岡崎雪聲。発起人は吉井友美、宮内省より500円を下賜され、
さらに全国2万5千人余の有志の寄付金で建立された。除幕式は西郷の死後21年を経た明治31年。身長:370.1cm、胸囲:256.7cm、足:55.1cm。
彰義隊慰霊塔と西郷象 上野の山から見た「東京スカイツリー」


JR日暮里駅から上野駅までのウオーキングは終わります。
ワーグナーの曲が聞えていたことを
思い出します。
不忍池近くに下町資料館もありましたね。
少し離れますが岩崎邸も・・・
そろそろ桜ですね。日本列島も災害多発で東海方面も心配ですね。
少しでも明るく桜を楽しみたいと思って居ます。