城と歴史歩きを楽しむ

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武蔵・滝山城 信玄の猛攻に耐えた北条流の大規模山城。遺構の残りが抜群!

2020-10-17 | 歴史

滝山城は東京都八王子市丹木町にあります。 過日、東海古城研究会の特別見学会で訪れた時の記事です。
 滝山城は大石氏によって大永元年(1521)に築かれた伝わり、その後永禄二年(1559)に大石氏の養子として入った北条氏照によって大改修され、今見る姿はその時のものとされます。
 永禄十二年(1569)武田信玄に攻められ三の丸まで破られながら持ちこたえたと伝わります。北条氏は後により堅固な八王子城を築いて移ったとされます。 八王子城の記事は→ こちら
 今回の資料は、見学会当日の資料、現地案内板、Web情報などです。


滝山城と周辺 滝山城と付近の多摩川の渡し 信玄は配島に陣したとされる
 関東へ北から侵入した武田信玄軍は拝島に陣し、多摩川を大神の渡しで渡河し、城下を焼き払いながら三の丸まで進軍しましたが、堅い守りに阻まれたため自軍の損傷を避けて、小田原方面へ転進したとされます。
 滝山城の名称破北側の「瀧」の地名からきているのでしょうね。なお多摩川と城址河岸の高低差は50m程ありますので、信玄は大きく下流の渡しに迂回して攻撃したと思われます。


滝山城 概略図 大規模な山城で広範囲に曲輪が配置されている
 見学会では、一時間ちょっとの見学時間でしたので、見学できたのは駆け足でも全体の半分ぐらいでした。隅々まで見学するには少なくとも半日はかかりそうでした。機会があればもう一度じっくり見学したい城郭でした。


滝山城 小宮曲輪を右手に見ながら見学路を進む
 小宮曲輪の裾を通る道を奥に500m程進むと山の神曲輪があるようですが、今回は本丸方面の見学路を千畳敷に進みました。


滝山城 大手口付近の案内板 滝山城跡群・自然と歴史を守る会さん の解説と図が分かりやすい
 「滝山城跡群・自然と歴史を守る会」の解説と図が掲載された案内板が随所に多数立てられていました。現地と図を見比べながら見学すると、とても分かりやすいのですが今回はじっくり見る時間の余裕がありませんでした。
 なお、滝山城跡群・自然と歴史を守る会さん のHPがあり 「よみがえる滝山城」 のタイトルで詳しく滝山城を紹介していますのでお出かけ前にご覧になると、滝山城をさらに楽しめると思います。
 ※滝山城跡群・自然と歴史を守る会 のHPは→ こちら


滝山城 千畳敷の角馬出 これも北条龍の築城遺構
 
北条流の築城術と言えば角馬出が有名ですが、滝山城でも何ケ所か見ることが出来ました。残りの良い馬出遺構が多く見ごたえあり!でした。


滝山城 本丸の大堀切と再現された橋(引橋) ここも見どころ!
 本丸には、この引橋の架かった枡形虎口と南側の枡形虎口がありました。引橋は実際には引橋としての装置が見つからないようで、戦時には焼いて落とすのではないかと考えられているようです。それにしても大堀切の深さと幅、そこに架かる橋の景観はカッコいいですね。


滝山城 引橋から本丸 枡形虎口を見る 奥に枡形の土塁 
 引橋を渡って本丸の枡形虎口に入ります。発掘調査によると、敷石の通路があり枡形はもっと深かったようです。写真奥を右に曲がって本丸に入ります。


滝山城 本丸井戸と本丸曲輪 
 本丸は2段になっていました。全体で南北100m程ありそうな大きな曲輪でした。


滝山城 本丸南側の枡形虎口 ここも見どころ!
 本丸の虎口は、引橋のある枡形虎口とこの枡形虎口の2ヵ所ありました。坂虎口が折れて規模も大きくて見ごたえあり!の遺構でした。

滝山城は雨の中ということもあり、城郭の規模も大きくて全てを見ることはませんでしたが、遺構の残りも良く、わかりやすい解説付きの案内板もあり、大いに楽しめました。