城と歴史歩きを楽しむ

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近江・小池城 下馬杉地区三城の一つ。改変はあるが遺構が良く残る山城

2020-03-29 | 歴史

小池城は滋賀県甲賀市甲南町下馬杉にあります。
 かつては南の伊賀、東の柑子地区へ抜ける重要な街道を扼する位置の尾根上にありましたが城主などの伝承はなく築城の経緯なども不明とされています。
 今回は「甲賀市史 第七巻 甲賀の城」甲賀市2010 を資料として出かけました。

GoogleMapで事前に付近の駐車場を探しましたが、適当な場所がなさそうだったので少し離れた下馬杉集会所の駐車場を利用させていただきました。初めて訪れる場所で安心できる駐車場所探しは案外大変です。


小池城 付近の駐車場が見つからないが、城址を遠望しながら訪れるのも楽しみの一つ
 下馬杉集会所に駐車させていただいて曲輪Ⅲを見ながら小池城に向かいましたがここにも最近の山城の「難敵」害獣フェンスが有りました。しばらく歩きまわって図1の害獣ゲートを見つけた時にはホットしました。
 ゲートを開け閉めして見学に入りました。     なお※図1のⅡ、Ⅲは資料の記述に従っています。


小池城 西端の曲輪Ⅲ 今は茶畑。茶畑は現役のようなので別の道があるかも
 害獣ゲートから溜池の細い堰堤を通り城址の法面に取り付きましたが、道はないのでエィヤッ!とⅢの曲輪へ這い上がりました。Ⅲの曲輪は今は茶畑となっていて、茶畑は現役のようでした。
 この曲輪の足下に街道が通っていました。


小池城 一番広い曲輪Ⅱ 写真奥に東辺の土塁 土塁は曲輪Ⅱを削り取った尾根の削り残しのようだ
 曲輪Ⅱは今は竹林になっていました。土塁の最高所は平面になっていましたが、築城前の尾根の地山だった部分ではないかと思いました。今竹林になっている場所は耕作地だった場合も多いので、ここもそうかもしれないと思いながら見学しました。
 

小池城 土塁と間の堀切 右側に曲輪Ⅱの土塁 ここまでが資料による城郭遺構
 小池城は後世に城址遺構の一部を墓地として利用したと見える地形がいくつもありました。資料では慎重な見方で墓地を城郭遺構と関連付けていませんが、個人的には多少の改変を受けた城郭遺構と見ても良いのではないかと思いましたがどうでしょう。


小池城 尾根上を広く掘り切った地形の前後には墓地跡の平坦地形①と②が残る
 尾根上の山城で時々見かける小屋掛けが出来そうな幅の広い平坦地が①と②の間に設けられていました。
資料では①、②共、墓地となっていますが、墓地は最近では里に下りたのか、いかにも墓地跡の印象でした。城が稼働していた時にここが曲輪だったかどうかは発掘調査をすれば確認できるかもしれませんが、今のところは「のような」ということになりそうです。


小池城 東端の堀切状地形 今は切通道として使われているようだ。左手に②がある
 尾根の城域と思われる東端部分は堀切状地形で区切られていました。少し前まで集落から山間の田地へ向かう道の切通道になっているように見えました。


小池城 東側(反対側)から見ると堀切状地形との関係が違って見える
 往時からこの地形だとすれば、堀切状地形は切通道としか見えず、②も曲輪と見ることが難しそうでした。
墓地として使う時に手を加えたとすれば曲輪の可能性もありそうですが、現況では判断が出来ませんでした。
 
墓地によって城郭遺構が改変を受けたのか、もともと城郭遺構ではなかったのかわかりにくい部分もありましたが、想像力を掻き立てられる小池城でした。
 ※隣接の谷出城、西出城も面白い城址でしたので別の機会に掲載したいと思います。