故郷≪新潟≫の日々

満65歳で中国・黒龍江大学を定年退職した後、生まれ故郷の新潟に戻り、日々の生活を写真とともに日記風に綴っていくもの。

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No.243 「2度目の住吉行列」のお話。

2014年08月31日 | 日記

この日は早朝6時に信濃川河畔の「やすらぎ堤」に青いビニールシートを敷くために我が家をを出発した。ここではすでにビニールシートが敷かれてあり、多くの人が午後7時15分から開始される花火見物の《場所取り》を完了していた。

 

私も早速、ビニールシートを我が家から持ち出し、「やすらぎ堤」の芝生の上に敷いてきた。お昼のニュースで台風11号の影響でこの日の夜、開催される花火大会の≪中止≫が決定されたという報道が流れた。

 

残念であったが、私は「やすらぎ堤」に敷いたビニールシートをはがして我が家まで持ってきた。中には強風でまくり上げられたビニールシートや飛び去ったものも散見された。この後、私は我が家から徒歩1分の場所で午前10時から行進が始まる「住吉行列」を昨日に続きゆっくりと鑑賞することにした。

 

早朝6時「やすらぎ堤」にはビニールシートが敷かれていた。

我が家から徒歩1分の場所で「住吉行列」を昨日に続きゆっくりと鑑賞した。

 

 

 

 

 

 

 

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No.242 「2日目の花火大会」のお話。

2014年08月30日 | 日記

初日の花火は至近距離で見たせいで、花火の音、光にはなかなかの迫力があった。僅か5分程度の打ち上げ時間であったが、私はこの花火に感動させられた。「2日目の花火大会」は午後7時45分から8時30分まで約45分間にわたって打ち上げられた。

 

あいにくこの夜は台風11号の影響で小雨が降り続いていた。多くの市民が傘を持参して信濃川河畔の万代橋上流付近に続々と集まってきた。この花火大会の正式な名称は「音楽付き花火ショー(サウンドスぺクタル~光の旋律2014)」といい「市民みこし」がクライマックスを迎えた頃、音楽に合わせた花火が始まった。

 

ラジオのディスクジョッキースタイルで男女の対談から開始された。そして音楽がスピーカーから流れるとその曲に合わせて信濃川の中央に係留された四艘の台船から一斉に色とりどりの花火が打ち上げられた。大きな花火の音と色とりどりの光、それに花火の煙の迫力に一緒に連れていった孫が「帰ろう」と言い出した。

 

雨で中止にならず、なんとか「2日目の花火大会」を楽しむことができた。

 

 

 

 

 

 

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No.241 「住吉行列」のお話。

2014年08月29日 | 日記

新潟まつりの2日目は「住吉行列」から始まる。「住吉行列」は平安の昔(794年から約400年間)をしのばせる古式ゆかしい衣装を身にまとい、太鼓、みこし、獅子、稚児、神職騎馬、御座船などが1㎞にも及ぶ行列をつくり、新潟市内を練り歩きながら見物人に祭りの伝統を伝える行事である。

 

猛暑の中、汗をかきながら昔の衣装を身に着けての行進は大変である。この日のイベントとしては、この「住吉行列」のほかに“ブラスバンド”の演奏、“バトン”や“鼓笛隊”の行進、小学生や中学生も参加している“新潟万代太鼓”、200年の伝統を継承する“新潟古町芸妓”による踊りなどがあり、新潟市民の目を楽しませてくれた。

 

また、幼稚園児や小学生が参加する「手づくり子供みこし」も年々、盛んになってきている。そのほかに伝統の法被を身に付けた「神輿」の担ぎ手が元気のいい掛け声とともに町内を練り歩く「市民みこし」はなかなか勇壮で迫力がある。「万代太鼓」の軽快なリズムや「住吉行列」の太鼓や笛の音は私に故郷≪新潟≫を思い出させてくれる。

 

 

 

小学生や中学生も参加している“新潟万代太鼓”。

200年の伝統を継承する“新潟古町芸妓”による踊り。

「市民みこし」はなかなか勇壮で迫力がある。

「手づくり子供みこし」も年々、盛んになってきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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No.240 「初日の花火大会」のお話。

2014年08月28日 | 日記

日本最大級の「大民謡流し」が終了する午後9時の10分前から≪新潟まつり≫の始まりを知らせる花火の「スターマイン」が新潟市のシンボルである「萬代橋」の上流に係留されている大型の台船から豪快に打ち上げられた。

 

柾谷小路や万代橋周辺で「大民謡流し」を見ていた人々が続々と信濃川河畔の「やすらぎ堤」に集まってきた。私も孫の手を引いて「スターマイン」がよく見える場所まで徒歩で移動し始めた。小雨のため「やすらぎ堤」の芝生はかなり濡れていたため、私達は座って花火を見ることができなかった。

 

私の場所からはライトに照らされた「萬代橋」の上で≪新潟甚句≫を踊っている姿がよく見えた。花火は定刻より少し遅れたが、豪快に打ち上げられた。わずか5分程度の短い時間であるが、至近距離から見る花火の後半部分は光、音、煙とも迫力満点であった。

 

至近距離から見る花火は迫力満点で見物客から大きな拍手を浴びていた。

ライトに照らされた「萬代橋」。

「萬代橋」の上で≪新潟甚句≫を踊っている姿がよく見えた。

至近距離から見る花火の後半部分は光、音、煙とも迫力満点であった。

 

 

 

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No.239 「大民謡流し」のお話。

2014年08月27日 | 日記

今日から港町である新潟市最大の「夏祭り」のお話をしたい。この「新潟まつり」は初日に「大民謡流し」2日目は「住吉行列」そして3日目は「花火大会」と3日間にわたって行われる。初日は台風11号の影響で朝から雨が降り、開催が危ぶまれた。しかし開始時刻の午後7時には雨も上がり約14.000人の踊り子が浴衣姿で柾谷小路や万代橋の上に集合した。

 

新潟市中央区本町6番町に停車した大型トラックの上には“三味線”を弾く人、“樽きぬた”を叩く人、それに「新潟甚句」を歌う人が揃いの浴衣姿で乗り込んだ。元気のいい歌声・掛け声と軽快なリズムを踊り子たちに送り込み、日本最大級といわれる「大民謡流し」が始まった。

 

私は偶然にもそのトラックの前で中国・黒龍江大学に勤務されていた大島先生にお会いした。大島先生の奥様はトラックの上で“三味線”を弾いているという。また、すぐ近くには「新潟市国際交流協会」の外国人グループが踊っており、そこには私と黒龍江大学で一緒に仕事をした韓春紅先生が青い色の浴衣姿で元気よく踊っていた。

 

世間は広いようで狭いものだ。途中、小雨がパラついたが、飛び入りで踊る人や会社の仲間と踊る人、大学生、小学生など若い人からお年寄りまで「大民謡流し」を楽しんでいた。

私の母校の白山小学校の生徒や父兄なども参加。

いろいろな「ぬいぐるみ」も登場。

新潟市の国際交流員で黒龍江大学の韓春紅先生(左)と大島先生。

衣装も趣向を凝らしている。

大会警備本部の温度計も30度を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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No.238 「スイカ」のお話。

2014年08月26日 | 日記

今年、私は友人の畑での野菜の収穫を10回ほど楽しんだ。特に天候に恵まれ「ナス」「トマト」「シシトウ」「ピーマン」の出来がいい。1週間前には早朝6時過ぎに畑に出て「ナス」13個「トマト」5個「シシトウ」約20個「ピーマン」7個「ミニトマト」10個を収穫してきたばかり。

 

この日も「ナス」17個「トマト」3個を始め「シシトウ」ピーマン」「ミニトマト」などを収穫してきた。そしてこの日は待望の「スイカ」を2個収穫することができた。我が家に持って帰り、早速、包丁を入れてみた。みずみずしくて赤い美味しそうな色をしていた。

 

種が少なく「スイカ」の香りが台所全体に広がった。収穫したばかりの「スイカ」はまだ温かいため、冷蔵庫に入れて冷やしてから食べることにした。勿論、市場で売っている「スイカ」よりも甘くはないが、十分食べられる。昔の懐かしい「スイカ」の味がした。

 

野菜の実や花の付き方からして、もう少しの期間、家庭菜園を楽しめそうである。

 

1週間前の収穫。

この日の収穫。スイカを2個、収穫できた。

 

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No.237 「古希野球大会」のお話。

2014年08月25日 | 日記

私の所属している「還暦野球チーム」は≪60歳以上≫の選手で構成されている。しかし、この日私が応援した野球の試合は≪70歳以上≫の選手で構成されている「古希野球大会」であった。この日は気温が35度近くまで上昇し、猛暑の中で試合が開始された。選手の最高齢は≪80歳≫という。元気のいい中高年はどこにでもいるものである。

 

会場は新潟市から車で約1時間ほどのところにある新潟県燕市「吉田第一球場」。この大会の正式名称は「平成27年度全日本古希軟式野球大会・新潟県予選大会」といい、来年の全国大会の出場権を争う試合である。試合は新潟県内にある6チームによるリーグ戦で行われた。

 

試合開始前、≪70歳以上≫の選手の皆さんは、外野の芝生の上で入念にストレッチなどの準備運動と水分補給をこまめに行っていた。 私の応援した「新潟エージレス野球クラブ」は「オール新潟」チームと対戦した。3回裏に2点を取られる苦しい試合展開となった。打線も相手投手のアウトコースに決まる変化球に苦しめられた。

 

5回まで無得点に抑えられていた我がチームは、6回に打線が爆発し、5点をとり逆転した。7回にも6点を入れ、結局≪11対3≫で勝利した。本当に暑い中での試合であったが、グランドの中にいる選手は≪70歳以上≫という年齢を感じさせない動きをする選手も多い。普段から身体を鍛えておく必要性を感じた試合でもあった。 

 

監督から指示を受ける選手の皆さん。

いよいよ試合開始。

相手チームの好投手に苦戦を強いられる。

我がチームも打線が爆発した。

5回に5点、6回に6点を取り、結局≪11対3≫で勝利した。

試合終了後、相手チームにエールを送る選手の皆さん。

 

 

 

 

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No.236 「ビアガーデン」のお話。

2014年08月24日 | 日記

連日、気温が30度を超える暑さが続くと、行きたくなる場所が冷たいビールの待っている「ビアガーデン」。この日の夕方、私たち家族は我が家から徒歩10分程度のところにある「新潟三越スカイビアガーデン」に到着した。地上7階にある屋上庭園には、既に家族連れなど多くのお客さんが飲食を楽しんでいた。

 

会場が地上7階にあるといっても爽やかな風が吹いているわけではない。あまり広くない庭園に多くのテーブルが並べられているビアガーデンである。冷たい「ビール」を何杯飲んでもなかなか涼しくならない。新潟市内では「飲み放題・食べ放題」コースの時間を「2時間」と決めているお店が多い。

 

しかしここ「飲み放題、食べ放題」コースは≪時間無制限≫となっている。午後9時の閉店まで飲んでいても追加料金は取られない。料金も消費税込みで1人≪3.600円≫と割安な料金が設定されている。そのためか多くの人々で賑わいを見せていた。

 

この日、私は「ビール」のほか「日本酒」「赤・白ワイン」などを飲んで料金の≪3.600円≫以上は楽しんだようだ。

 

 

「新潟三越スカイビアガーデン」のホームページから抜粋。

今年も大人気!飲み放題!食べ放題! 新潟三越2014 スカイビアガーデン ■6月20日(金)~9月7日(日)<営業時間>午後5時30分~午後9時(ラストオーダー/お料理:午後8時30分、ドリンク:午後8時45分)■新潟三越7階 屋上庭園(受付:7階 屋上庭園前)※三越閉店後は1階柾谷小路側エレベーターをご利用ください。

 

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No.235 「トンボとり」のお話。

2014年08月23日 | 日記

幼稚園や小学校などが夏休みに入った。この日の午後、小学校3年生の私の孫と近くの子供達を連れて信濃川河畔の≪やすらぎ堤≫に「トンボとり」に出かけた。気温が30度を越える暑さの中であるが、遊びに熱中する子供達は元気がいい。この日は「赤トンボ」「あぶら蝉」「バッタ」をつかまえることが目標であった。

 

私も子供の頃は「赤トンボ」をこの周辺でよくつかまえたものである。しかし最近の「赤トンボ」の動きをよく観察すると、前後・左右、それに上下に動き回り、俊敏な動きでなかなか子供の持つ「虫とり網」の中に入らない。私自身も網を持って「赤トンボ」とりに挑戦してみたが、これが簡単にとれないのだ。

 

「赤トンボ」のスピードに私の網が追いつかないのだ。昔に比べ私の方が素早く動くことが出来なくなったのだろう。幸運にもようやく私は1匹の「赤トンボ」をとることに成功した。一方、動きのいい子供達は約10匹ほどの「赤トンボ」と5匹ほどの「バッタ」そして1匹の「あぶら蝉」をとることができた。

 

我が家に戻り、子供達は捕獲した「赤トンボ」などを狭い≪虫籠≫から1匹ずつ名残惜しそうに空に向かって放してやった。「赤トンボ」は青空の彼方へ元気よく消えていった。

 

私は子供達を連れて信濃川河畔の≪やすらぎ堤≫に「トンボとり」に出かけた。

捕獲した赤とんぼとバッタ。

 

 

 

 

 

 

 

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No.234 「町内花火大会」のお話。

2014年08月22日 | 日記

私の故郷≪新潟≫は連日、気温30度以上の日が続いている。最近は35度近くになる日も多い。夜になっても気温が下がらず、クーラーをつけて寝る日も多くなってきた。こんな気温の中、猛暑を吹き飛ばそうと私の住む町内で「花火大会」が近くの≪他門川公園≫で開催された。

 

夕食後、この公園に集まってきたのは、幼稚園児や小学生を中心にその親や家族の皆さんなど総勢30人ほど。昼間は「ブランコ」「滑り台」「鉄棒」「ジャングルジム」「砂場」などがあり、子供たちの元気な歓声が聞こえ、格好の遊び場になっている公園である。

 

町内会の役員の方から子供たちに向けて「花火を人に向けない」「振り回さない」「終わった花火は水の入ったバケツの中に入れる」などの注意事項が伝達された後、一斉に「花火」に火が付けられた。思ったより風もなく「花火」から出てくる煙が公園内に充満する場面も見られた。

 

街灯が少ないため、夜間は少し暗い公園となっているが、この日は多くの子供が持った「花火」の光と大きな声が響き渡り、明るい公園となった。子供たちも「花火大会」を楽しんでくれたようだ。

 

思ったより風もなく「花火」から出てくる煙が公演内に充満する場面も見られた。

 

 

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No.233 「気温36度」のお話。

2014年08月21日 | 日記

私の故郷≪新潟≫も連日気温が「30度」を超える日が続いている。特にこの日は気温が「36度」の猛暑を記録した。60歳以上の選手が参加できる還暦野球「新潟エージレス野球クラブ」に所属している私は、来年度の全国大会の出場権をかけた公式戦(予選リーグ)に臨んだ。

 

会場は新潟市の隣りにある阿賀野市の水原球場。球場に午前9時に到着すると早速、外野で試合前の準備運動を行なった。芝生の上は暑い絨毯が敷いてあるような熱気に包まれていた。ストレッチをやり始めると汗が滴り落ちてきた。ダッシュやキャッチボールを終了する頃にはアンターシャツがビショ濡れとなった。

 

午前10時に試合が開始された。相手は地元・阿賀野市の「野球の子」チーム。我がチームは第1試合に勝利を収めると午後1時からの第2試合が待っていた。対戦相手は「胎内市還暦野球部」。このチームにも勝利したが、炎天下の中、60歳以上の選手に1日2試合もさせるのは酷な話である。案の定、我がチームにも「熱中症」の症状を訴える選手も出た。

 

生涯スポーツとして健康の維持・増進ために行う野球で、逆に野球をやって病気になっては本末転倒である。準備運動と水分の補給を十分行い、まだ続く来週の公式戦(予選リーグ)に備えたい。

 

 

 

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No.232 「勝てないアルビ」のお話。

2014年08月20日 | 日記

中国から新潟へ戻ってきた私の楽しみの一つに「サッカー観戦」がある。サッカーJ1リーグに所属している「アルビレックス新潟」チームを熱烈に応援することが私の日課になっている。J1リーグの「年間観戦パス」を購入している私にとって「アルビレックス新潟」の勝利を信じて、毎回スタジアムに駆けつけている。

 

しかし最近は勝てない。いや敗戦が続いている。7月19日(対「浦和レッズ」)23日(対「FC東京」)27日(対「川崎フロンターレ」)と3連敗。最近の5試合では≪0勝4敗1引分け≫と惨敗している。このままのペースで行くとJ2リーグへ降格してしまう危機感が漂い始めてきた。

 

この日は私が参加している「中国語教室」が午後7時に終了した後、同級生の船見さんと一緒に「アルビレックス新潟」の応援に駆けつけた。この日の≪FC東京≫との試合は定刻の午後7時に開始されていた。デンカ・ビッグスワン・スタジアムに到着した私の耳に“悲鳴”とも“ため息”ともつかない歓声が飛び込んできた。

 

電光掲示板を見たら私の不安が的中した。≪FC東京≫に先取点を取られていた。その後、会場を沸かすようなプレーもなく、前半戦を終了した。会場が盛り上がったのはハーフタイムで新潟名物の≪花火≫が打ち上げられた時だけであった。後半戦に入っても見せ場もなく、結局≪0対1≫で敗れてしまった。

 

これまでにない盛り上がりのない試合で、この先が心配な「アルビレックス新潟」の選手達の動きであった。

 

 電光掲示板を見たら不安が的中した。≪FC東京≫に先取点を取られていた。

会場が盛り上がったのはハーフタイムの≪花火≫が打ち上げられた時だけであった。

 

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No.231 「新潟の地酒を楽しむ会」のお話。

2014年08月19日 | 日記

先日、私は人気のお寿司屋さん≪寿司割烹・いかだ≫で開催された「新潟の地酒を楽しむ会」に久しぶりに参加した。主催者は「地酒防衛軍」を名乗っておられる吉川酒店さん。店主で隊長の吉川章大さんは有名・無名に関わらず「うまい!」と感じたお酒を限定して販売されておられる

 

この「楽しむ会」の定員は約30名。前回、この会に出席した私は幸運にも今回は≪4名≫の参加枠を頂戴した。私は英会話教室の講師でイギリス人のスティーブ先生と奥様、そして日本酒に造詣の深い五味先生と参加することになった。今回の地酒は新潟県上越市柿崎区にある頚城酒造さんのお酒。会場は開会時刻前から地酒愛好家で熱気に包まれていた。

 

私は燕市にある「磨き屋一番館」で製造されたステンレス製で盃の内側が≪24金≫のメッキで光り輝く「ぐい飲み」を持参した。「楽しむ会」では先ずは「ビール」で乾杯ということはしない。最初から“特別蔵出し”の非売品の「乾杯酒」が提供され、元気のいい「乾杯!!」の掛け声が部屋中に響き渡った。

 

続いて「純米吟醸酒」「純米酒」「特別本醸造酒」の計4種類がテーブルの上にタイミング良く運ばれてきた。人気のお寿司屋さんの「枝豆」に始まり「ブリ」「生ダコ」「〆サバ」「海老の唐揚げ」など、美味しい≪酒の肴≫が提供された。

 

私は蔵元の製造部の吉崎さんと販売部の伊藤さんから丁寧な「地酒の解説」をお聞きしながら乾杯を重ねた。楽しい時間はあっという間に経過した。

 

蔵元の伊藤さんを囲み、イギリス人のスティーブ先生と奥様で記念写真。

蔵元の吉崎さんを囲み、五味先生(右)と筆者で記念写真。

最後のイベントとしてジャンケンの勝者に蔵元提供の「前掛け」がプレゼントされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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No.230 「萬代橋イルミネーション」のお話。

2014年08月18日 | 日記

日本一長い「信濃川」の両岸を結びつけ、交通の大動脈として新潟市の発展に大きく貢献してきた“橋”が「萬代橋」である。旧新潟市と沼垂(ぬったり)町の合併100周年を記念して、この「萬代橋」に感謝の気持ちを込めて“橋”を光でライトアップする「萬代橋イルミネーション」が現在実施されている。

 

期間は7月18日から9月28日までの約2か月間。実施時間は夕方の7時から10時までの3時間。“橋”の側面に電灯を取り付け、コンビュターで赤、青、黄色と美しい色が動くようになっている。私は先日、夕食後、蒸し暑い我が家を出て、川風が吹く信濃川河畔の「やすらぎ堤」を散歩しながらこの光景を楽しんできた。

 

「萬代橋」は国の重要文化財であり、新潟市のシンボルともなっている。私は信濃川の川面に映る色とりどりのイルミネーションを楽しみながら、ゆっくりと気分転換させてもらった。

 

ちなみに中国黒龍江省ハルビン市にある最大の公園で国家AAAAA級の五ツ星の観光地である「太陽島公園」の中にも、この「萬代橋」のミニュチュア版の“橋”が設置されているが、残念ながらイルミネーションは実施されていない。

 

「萬代橋」に感謝の気持ちを込めて橋を光でライトアップしている「萬代橋イルミネーション」。

昼間の「萬代橋」。

昼間の「萬代橋」。

昼間の「萬代橋」。

昼間の「萬代橋」。

昼間の「萬代橋」。

 

 

 

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No.229 「帰国」のお話。

2014年08月17日 | 日記

私は帰国するために早朝6時に予約していたタクシーに1人で乗り、ハルビン空港へ向かった。高速道路を利用すると45分程で空港に到着する。2年前はハルビン国際空港と国内空港は1つの同じ建物の中にあった。国内線が増えたのだろう。昔の国際線の場所は国内線となり、1階の広いフロア全部が国内線となっていた。

 

国際線のターミナルは国内線の建物から少し離れたやや小さな別の建物に移動していた。国際線の建物は大きなスーツケースを持った多くの乗客でごった返していた。出国手続きをしていて分かったことであるが、多くの乗客は新潟空港行きの5分前に出発する台北空港行きの乗客であった。

 

私は免税店で「お酒」「お茶」「キクラゲ」などを購入し、予定時刻の7時35分に空港バスに乗り込み、8時15分に離陸する飛行機に搭乗することができた。機内放送で約2時間で新潟空港に到着するアナウンスが流れた。帰りは順調でいつものとおり到着予定時刻の約10分前の11時過ぎに無事、新潟空港へ到着した。

 

ハルビンと新潟は本当に近いと実感する。今回、私は黒龍江省人民政府の友人、懐かしい黒龍江大学の先生方、そして教え子達と再会できた。更に初めての「南京の旅」も楽しむことができた。天候にも恵まれ、私にとっては充実した「中国の旅」であった。

 

この宿舎を出て、早朝6時に予約していたタクシーでハルビン空港へ向かった。

2年前まで私が生活していた教職員住宅。

ハルビン市内は早朝6時過ぎのため、車の渋滞はなかった。

ハルビン空港へ向かう高速道路。

国際線専用となったハルビン空港ターミナルビル。

国際線出発ロビー。

免税店で購入したお茶やキクラゲ。

新潟行きの飛行機まで空港で用意した専用バスに乗り込む。

機内で出された朝食。

搭乗率は80%程度。

小雨の降った新潟空港へ到着予定時刻の約10分前に到着。

 

 

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