故郷≪新潟≫の日々

満65歳で中国・黒龍江大学を定年退職した後、生まれ故郷の新潟に戻り、日々の生活を写真とともに日記風に綴っていくもの。

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No.59 「マンガの家」のお話。  

2014年02月28日 | 日記

この日の最後の日程として私達は新潟市中央区古町6にある「新潟市マンガの家」を訪れた。マンガやアニメの町をいつでも体験できる施設として開設された施設で、ここでは新潟市ゆかりのマンガ家の作品に触れることができる。そしていつでもマンガを描くことができる教室を持っている。


黒龍江大学と延辺大学の学生11名は≪マンガ講座・マンガのいっぽ≫に参加した。マンガを自分で書いてみたいけど、どうやって描けばよいか分からない人を対象に講座が開設されている。教室に入るとテーブルには「ペン」と黒の「インク瓶」が置いてあった。マンガの先生から初心者のために「ペン先」の付け方から講義が開始された。


次に数種類の白い紙が配られ、マンガの主人公の顔を書くことになった。白い紙には既に顔の輪郭が薄く描かれていた。学生達は真剣な表情で紙の上に主人公の顔の輪郭をそれぞれ描き始めた。若い学生達は書くのも早い。眼の書き方などを教わった後、私も何とか白い紙の上に顔を書いてみた。


最後に先生が主人公の顔を直接描いた素晴らしいノートを見せてくれた。そこには立体感溢れる素晴らしい絵があった。≪絵は力を入れず、楽しく描くのが一番!!≫という先生の言葉が心に残った。

 

「マンガの家」       黒龍江大学の学生と記念写真。

「マンガの家」    古町5番町の漫画ストリートを散策。

「マンガの家」     黒龍江大学と延辺大学の学生11名は≪マンガ講座・マンガのいっぽ≫に参加した。

「マンガの家」       教室に入るとテーブルには「ペン」と黒の「インク瓶」が置いてあった。

「マンガの家」        ≪絵は力を入れず、楽しく描くのが一番!!≫という先生の言葉が心に残った。

私も何とか白い紙の上に顔を書いてみた。

「マンガの家」   学生達は真剣な表情で紙の上に主人公の顔の輪郭をそれぞれ描き始めた。

先生が主人公の顔を直接描いた素晴らしいノートを見せてくれた。

「マンガの家」

「マンガの家」の展示室。

黒龍江大学の学生の書いた絵。

「マンガの家」   先生の書かれた絵。

「マンガの家」

「マンガの家」の展示会場で記念写真を撮る学生。

「マンガの家」

「マンガの家」

「マンガの家」

 

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No.58 「のぞきからくり」のお話。  

2014年02月27日 | 日記

「のぞきからくり」とは、のぞき穴のある大きな箱の中に物語にした数枚の絵を入れておき、この絵を順次「紐」によって転換させ、箱の前方の凸レンズのある「のぞき眼鏡」から覗かせる装置である。江戸時代の人々にとって、この「のぞきからくり」は評判を呼び、瞬く間に民衆の人気を得たと言われている。


中国では既にこの「のぞきからくり」に似たような物があったと言われている。この日参観に来られた黒龍江大学と延辺大学の学生に「中国で見たことがありますか?」と聞いてみたが、若い学生たちは誰も「見たことがない。」という。新潟市巻郷土資料館にある「のぞきからくり」は、日本に現存する「3台」のうちの「2台」が保存されている。


この日は休館日にも拘らず、館長さんのご配慮により、特別に「幽霊の継子いじめ」と「八百屋お七」を演じていただいた。さすが≪新潟市指定有形民俗文化財≫だけのことはある。「のぞきからくり」の箱の前にある直径10cm程の丸い「のぞき眼鏡」に額をつけてじっと目を凝らして女性館長さんの迫力のある物語を聞いていた学生たちは大きな感動を覚えたようだ。


新潟市巻郷土資料館にある「のぞきからくり」は、日本に現存する3台のうちの2台が保存されている。

この日は休館日。 館長さんのご配慮により、特別に開館していただいた。

「のぞきからくり」は、日本に現存する3台のうちの2台がここに保存されているという。

「のぞきからくり」

館長さん(右上)のご配慮により、特別に「幽霊の継子いじめ」と「八百屋お七」を演じていただいた。

「のぞきからくり」の箱の前にある直径10cm程の「のぞき眼鏡」に額をつけて迫力のある物語を聞く学生たち。

「のぞきからくり」

「のぞきからくり」    直径10cm程の丸い「のぞき眼鏡」から見える光景。7枚の絵が順次、出てくる。

八百屋お七の「のぞきからくり」。

「のぞきからくり」    紐を引くと中の絵が変わる。

「のぞきからくり」

 

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No.57 「酒蔵見学」のお話。  

2014年02月26日 | 日記

≪旧庄屋佐藤家≫を見学した後は、学生たちと一緒に新潟市西蒲区石瀬にある宝山酒造の≪酒蔵≫を見学した。1884年(明治18年)創業という歴史のある小さな≪酒蔵≫であるが、年間約16.000人もの見学者が訪れているという。酒の香りのする薄暗い≪酒蔵≫を案内していただいた女性は、肌がツヤツヤでしっとりとした宝山酒造の社長の奥様であった。


お聞きすれば、顔には化粧品は一切使わず、宝山酒造の「お酒」を毎日顔に塗っているとのこと。ここのお酒は美肌効果もあるようだ。勿論、顔に塗るこの「お酒」も売店で販売していた。もし「お酒」が肌に合わない場合は、飲んでください!!との説明であった。黒龍江大学と延辺大学の学生達は初めて飲む≪6種類≫の日本酒をゆっくりと味わっていた。


説明会場の「畳」の部屋には新潟県出身の政治家・田中角栄首相の直筆の「色紙」が飾られていた。その「色紙」には≪国交途絶 幾星霜、修好再開 秋将到、隣人眼温吾 人迎、北京空晴 秋気深≫ と毛筆で書かれていた。意味は≪国交が絶えて何年過ぎたことだろう。(両国の)国交回復の機が到来した。中国人民の眼は温かく我々を迎えてくれた。北京の空は晴れて秋の気配が深い。≫


天国におられる日中友好条約締結の立役者、田中角栄首相は現在の日中関係をどんな風に感じておられるのだろうか。


新潟市西蒲区石瀬にある宝山酒造の≪酒蔵≫見学の看板。

「酒藏見学」        宝山酒造の玄関。

「酒藏見学」

「酒藏見学」         売店では顔に塗るお酒も販売されていた。

「酒藏見学」

「酒藏見学」    

「酒藏見学」     肌がツヤツヤでしっとりとした説明者。

「酒藏見学」

「酒藏見学」

「酒藏見学」        ここでは「6種類」のお酒を試飲することができる。

「酒藏見学」         真剣に説明を聞く学生たち。

「酒藏見学」

「酒藏見学」

「酒藏見学」        部屋には新潟県出身の田中角栄首相の色紙が掛けられていた。

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No.56 「旧庄屋佐藤家」のお話。  

2014年02月25日 | 日記

≪庄屋≫とは辞書によると「江戸時代の村落の長。地方(じかた)三役の最上位。年貢納入責任を持ち、村の自治一般をつかさどった。」また、別の辞書には「江戸時代、郡代、代官の命を受け、村政を担当した村の長」とも書かれている。私は今回来日された黒龍江大学、延辺大学の学生に対し≪庄屋≫の入口で最初にこの説明をした。


この日訪れた場所は新潟市西蒲区福井地区にある≪旧庄屋佐藤家≫。新潟県でも有名な温泉地である「岩室温泉」に隣接し、江戸後期の茅葺き屋根の民家である。北国街道の脇にあり、近くには≪蛍≫が生息する水のきれいな「矢垂川」が流れている。佐藤家の部屋に入ると暖かい囲炉裏(いろり)があり、そこにこの地区で生まれた80歳の斉藤さんが座っておられた。


斉藤さんは有名な写真家であり、≪旧庄屋佐藤家≫保存会事務局長の要職にある。また≪囲炉裏の火焚きじいさん≫でもある斉藤さんからこの地区の歴史や文化のご説明を聞きながら、男子学生は大豆の乾いた枝を燃料に「釜」でご飯を炊いた。女子学生は炊きたてのご飯を握り、味噌をつけて囲炉裏で「焼きオニギリ」づくりを体験をした。


自然に囲まれた≪旧庄屋佐藤家≫を見学し、大都会から来た中国の学生たちは昔の新潟の農家の生活の一端を理解することができたようだ。


「旧庄屋佐藤家」の入口。

頂戴した≪囲炉裏の火焚きじいさん≫である斉藤さんの名刺。

「旧庄屋佐藤家」の前で学生と一緒に記念写真。

「旧庄屋佐藤家」     囲炉裏(いろり)を囲み、80歳の斉藤さんの説明が始まった。

「旧庄屋佐藤家」      地元で作られた「饅頭」と「ゆべし」が配られた。

「旧庄屋佐藤家」の外に出て、説明をされる斉藤さん。

「旧庄屋佐藤家」は北国街道の脇にあり、近くには≪蛍≫が生息する水のきれいな「矢垂川」が流れている。

「旧庄屋佐藤家」     蛍が生息している川の脇に設置されていた説明看板。

「旧庄屋佐藤家」付近にある「水と土の芸術祭」の参加作品の看板。

「旧庄屋佐藤家」          「水と土の芸術祭」の参加作品。

「旧庄屋佐藤家」          「水と土の芸術祭」の参加作品。

「旧庄屋佐藤家」          「水と土の芸術祭」の参加作品の中。

「旧庄屋佐藤家」     この中国大学生研修旅行の主催者の中川さん。

「旧庄屋佐藤家」

「旧庄屋佐藤家」

「旧庄屋佐藤家」      男子学生は大豆の乾いた枝を燃料に「釜」でご飯を炊いた。

「旧庄屋佐藤家」

「旧庄屋佐藤家」       「焼きオニギリ」と野菜の煮込み。

女子学生は炊きたてのご飯を握り、味噌をつけて囲炉裏で「焼きオニギリ」づくりを体験をした。

「旧庄屋佐藤家」

「旧庄屋佐藤家」

「旧庄屋佐藤家」

「旧庄屋佐藤家」          美味しかった「焼きオニギリ」。

「旧庄屋佐藤家」      学生たちを見送る斉藤さん。

 

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No.55 「中国を体験しよう!」のお話。  

2014年02月24日 | 日記

先日、私は 国際交流基金主催の「中国を体験しよう!」という参加者募集のお知らせを新潟市国際交流協会の高橋様から頂戴した。内容は≪中国の大学生による文化紹介・交流イベント≫という。今回は黒龍江大学の私の教え子も参加されるということで、期待して会場の新潟市中央区礎町の「クロスパルにいがた」まで足を運んだ。

 

会場に到着した私は赤いチャイナドレスなどに身を包んだ黒龍江大学の3年生、4年生、大学院生の総勢7名の懐かしい教え子たちと再会することができた。このイベントには吉林省・延辺大学日本語学科の4名の学生も参加されていた。最初に延辺大学の朝鮮族の学生が「民族衣装の紹介」や正月の「挨拶の仕方」、「双六(すごろく)」や「羽根蹴り遊び」のやり方を説明された。

 

次に登場した黒龍江大学の学生は中国東北部の伝統的な踊りである「ヤンコ踊り」と「歌」を民族衣装を着て披露してくれた。また、学生達はこの日イベントに参加した多くの新潟市民に「切り絵」の作り方や「踊り」を丁寧に教えていた。私も教え子たちのレベルアップした日本語を聞きながら大きな黄色の「扇子」を持って踊りの輪に入った。

 

参加者体験型のイベントで多くの参加者は中国の伝統的な文化を楽しく体験させてもらった。一方、新潟市民との交流を通して、中国の学生たちも貴重な経験を積むことができたようだ。このようなイベントを通し、日中友好交流の輪が一歩ずつ広まっていくことを期待したい。 

 

来体验中国�頑! 

前几天,我从新潟市国际交流协会的高桥女士得知由国际交流基金主办的“来体验中国�頑”这一活动在征集参加者的消息。内容是由中国的大学生来进行文化介绍,和新潟市民们进行交流。这次,{我教过的}龙江大学的学生们也来参加,我很希望见到他们,就来到了{位于新潟市中央区础町的}crosspal新潟。  

 

进入会场之后,我见到了七个{我很想念的}学生。有人穿着旗袍。他们是龙江大学的大三、大四学生和研究生。吉林省延边大学日语专业的四个学生也参加了这个活动。最初,由延边大学朝鲜族的学生给我们介绍了民族服装,说明了春节拜年的方法、双六棋以及毽子的玩儿法。 

 

第二个节目,是{由龙江大学学生穿着民族服装表演的}中国东北传统舞蹈“�神秧歌”。学生们教给{在场的}新潟市民们剪纸的剪法和舞蹈。我一边听着{学生们进步了的}日语,一边手持黄色大扇子加入了跳舞的人群当中。 

 

因为这个活动是让参加者体验的形式,很多新潟市民都体验到了中国传统文化的乐趣。并且,通过与新潟市民之间的交流,中国的学生们也积累了宝贵的经验。我期待着通过这样的活动,进一步扩大中日友好交流的圈子。 

 

新潟市国際交流協会の高橋様から送られてきたポスター。

 

延辺大学の朝鮮族の学生による「民族衣装の紹介」。

「中国を体験しよう!」         正月の「挨拶の仕方」。

「中国を体験しよう!」

「中国を体験しよう!」       黒龍江大学学生による切り絵の説明。

「中国を体験しよう!」      黒龍江大学学生による歌の披露。

「中国を体験しよう!」        踊りの披露。

「中国を体験しよう!」

「中国を体験しよう!」

「中国を体験しよう!」     切り絵の講習会。

「中国を体験しよう!」          踊りの講習会。

「中国を体験しよう!」    私も教え子から「踊り」の手ほどきを受けた。

「中国を体験しよう!」

「中国を体験しよう!」

「中国を体験しよう!」

「中国を体験しよう!」      新潟市民など、参加者も踊りの輪に加わった。

「中国を体験しよう!」

「中国を体験しよう!」     私の「切り絵」の作品。

「中国を体験しよう!」                 (以下の写真は新潟市国際交流協会の高橋様から提供)

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No.54 「企業の海外進出支援」のお話。  

2014年02月23日 | 日記

先日、「新潟・ハルビン友好市民の会」の副会長である賀井さんから企業の海外進出を支援するコンサルティング会社を設立したので「披露パーティー」を開くことになった。是非、出席して欲しいとの電話を受けた。賀井さんとは私が黒龍江大学に勤務していた頃、ご多忙の中、当大学を訪問され日本語学科の中国人学生と懇談する機会を持っていただいた。

 

中国人学生は日本人と直接会話がしたいと熱望しており、インターネットのスカイプを使いながら「新潟・ハルビン友好市民の会」の会員と会話する機会を作ってはどうかというご提案をいただいた。現在、賀井さんのご尽力で、毎月定期的に日中間で会員と黒龍江大学の学生との会話が続いていると聞いている。

 

この日の「披露パーティー」に出席して私は驚いた。国会議員を始め中華人民共和国駐新潟総領事館の代表者、新潟市会議員、新潟県国際課中国室長、新潟市経済・国際部長、新潟大学教授、第四銀行、北越銀行、弁護士、税理士など80人を超えるそうそうたるメンバーが新会社の設立をお祝いして集まって来られた。中にはシンガポールなど東南アジアでの友人・知人の方々もおられた。

 

さすが25年以上、海外ビジネスに携わってこられた賀井さんならではの人脈であった。新会社のビジネスが順調に軌道に乗ることを心からお祈りしたい。

 

「企業の海外進出支援」    「披露パーティー」の日に掲載された新聞記事。

「企業の海外進出支援」

「企業の海外進出支援」      受付に続々と詰めかける参加者。

「企業の海外進出支援」      パーティの冒頭「OHP」で新会社の説明が始まった。

「企業の海外進出支援」      賀井社長様の挨拶。

「企業の海外進出支援」      国会議員のご祝辞。

「企業の海外進出支援」     新潟市経済・国際部長のご祝辞。

中華人民共和国駐新潟総領事館の代表者のご祝辞。

「企業の海外進出支援」     参加者を代表して鏡割り。

「企業の海外進出支援」         新潟市会議員の乾杯の音頭。

「企業の海外進出支援」     新潟県国際課中国室長さん(右)も出席された。

「企業の海外進出支援」

「企業の海外進出支援」      新潟大学教授のご祝辞。

「企業の海外進出支援」

「企業の海外進出支援」スタッフの紹介。       

「企業の海外進出支援」      各テーブルの代表者による挨拶。

「企業の海外進出支援」

「企業の海外進出支援」

「企業の海外進出支援」      中締めのご発声。

「企業の海外進出支援」      三三七拍子でお開きとなった。

 

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No.53 「3度目の冬季練習」のお話。  

2014年02月22日 | 日記

私の所属している還暦野球「にいがたエージレスジレス野球クラブ」の今年「3度目の冬季練習」が、新潟市西区板井にある≪新潟市みどりと森の運動公園≫で始まった。これまでは新潟市西区五十嵐にある≪新潟市西総合運動センター≫で練習を重ねてきたが、「3度目の冬季練習」から場所を変えてこの運動公園の「室内コート」で実施することになった。


この日は朝から雪が積もり、運動公園の道路や駐車場には除雪車が出て、除雪作業を行っていた。午前9時から「室内コート」を半分使用して入念なストレッチ運動から練習が始まった。隣りのコートには揃いの野球のユニホームを着た新潟市内の小学生4年生、5年生の野球クラブ員が練習を開始した。まるで我々の孫のチームの練習を見ているような感じがした。


この運動公園の基本方針にの一つに「幼児からお年寄りまで、各世代の人たちが“健康維持増進”を図り、“楽しく遊べる公園”を実現する」とあるが、正にそれを実践しているような練習風景であった。≪生涯現役≫と言われるくらい「野球」というスポーツは選手生命の長いスポーツであることをつくづくと実感した一日であった。


「3度目の冬季練習」      新潟市西区板井にある≪新潟市みどりと森の運動公園≫見取り図。

 

「3度目の冬季練習」     ≪新潟市みどりと森の運動公園≫の屋内コート。

 

「3度目の冬季練習」     運動公園の道路や駐車場には除雪車が出て、除雪作業を行っていた。

「3度目の冬季練習」

揃いの野球のユニホームを着た新潟市内の小学生4年生、5年生の野球クラブ員が練習を開始した。

 「にいがたエージレスジレス野球クラブ」の今年「3度目の冬季練習」が始まった。

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」

「3度目の冬季練習」


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No.52 「Food 感謝祭」のお話。  

2014年02月21日 | 日記

新潟市中央区古町通6にある≪国際調理製菓専門学校≫が主催する「Food 感謝祭」を見学してきた。会場の入口には白い作業着を身に付けた若い学生たちが見学者に対し、「いらっしゃいませ!!」と元気のいい大きな声で迎えてくれた。


この専門学校は≪本物の“食”人を育てるために、食材教育・実践教育・国際教育・人間性教育を実践している学校です≫というだけあって、学生の挨拶もキチンとしていた。先ずエレベーターに乗り、2階の作品展示会場に案内された。ここでは日本料理、中国料理、西洋料理、カフェ・コースの作品が展示されていた。また≪技能五輪大会≫に参加された学生の見事な作品もあった。


階段の壁には「将来の夢・目標」というコーナーがあり、学生の希望を書いた紙が貼られていた。「多種類のパンが並ぶような自分の店が持ちたい」、「東京で就職し、様々なケーキが作れるバティシェになりたい」など、ハッキリとした具体的な目標に向かって強い意志が表現されているものが多く、私は学生達の前向きな姿勢に頼もしさを感じた。


「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

「Food 感謝祭」

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No.51 「食の陣」のお話。  

2014年02月20日 | 日記

新潟市中央区の繁華街「古町」で“にいがた冬≪食の陣≫”が開催されていた。この≪食の陣≫は「新潟の豊富なおいしい食材を新潟市民を始め、全国の方々にもよく知ってもらいたい」とのことから始まった「食」の一大イベントである。今年で22回目を迎える長い歴史を持つ事業でもある。


≪食の陣≫は新潟市の古町5番町から8番町までアーケード下に、約60ほどの屋台が並んだ。僅か2日間だけのイベントであるが、この日は多くの人々が押しかけていた。新潟市内の野菜、タレかつ丼、お寿司などの「食」だけではなく、新潟県内の糸魚川市から「ブラック焼きそば」、妙高市から「赤倉温泉レッド焼きそば」、五泉市から「五泉名物・鶏のから揚げ」なども販売されていた。


また、「岩の原ワイン」や「エチゴビール」、そして「越乃白銀」などの新潟の有名な地酒も販売されていた。日本バーテンダー協会新潟支部による「日本酒カクテル」の販売コーナーにも長い列ができていた。会場に貼ってあったポスターに書いてあるとおり、≪食の陣≫とは 「」べたい人と うまいも「」が 新潟を「」どる イベントであると感じた。


「食の陣」    会場に貼ってあったポスター。

「食の陣」       古町7にはステージが設けられ、イベントが行われていた。

「食の陣」       安くて新鮮な新潟市内の「野菜市」も人気があった。

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」    越後の「丼ぶり」販売コーナー。

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」       寿司コーナーも人の列ができていた。

「食の陣」


「食の陣」

「食の陣」      新潟の地酒販売コーナーにも多くの人が集まっていた。

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」      新潟の地酒販売コーナーにも多くの人が集まっていた。

糸魚川市のブラック焼きそばの「縫いぐるみ」にも人気が集まっていた。

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」

「食の陣」      「日本酒カクテル」の販売コーナーにも長い列ができていた。

「食の陣」    地元のテレビ局も取材に訪れていた。

「食の陣」    新潟県佐渡市のブリの丼ぶりにも人気があった。

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No.50 「夕日」のお話。  

2014年02月19日 | 日記

早いもので今年の1月1日から開始したこの「ブログ≪故郷・新潟の日々≫」も区切りの第50回目を迎えた。この日私は久しぶりに新潟県庁舎の18階≪展望回廊≫から見える日本海に沈む冬の「夕日」を楽しんできた。ここは地上約67mの高さにあり、ガラス張りの回廊から360度、新潟市内の景色を眺めることができる。


天気が良ければ、日本海に浮かぶ「佐渡ヶ島」と「粟島」の2つの島を見ることもできる。この回廊には東西南北の方向に4枚の「説明看板」がそれぞれ設置されている。例えば東には「鳥屋野潟・二王子岳・飯豊連峰・五頭連峰」、西には「関屋分水・弥彦山・角田山・佐渡ヶ島」、南には「菅名岳・粟ヶ岳・守門岳・浅草岳」、北には「千歳大橋・新潟西港・粟島」などと書かれてある。


私が午後5時過ぎに新潟県庁の≪展望回廊≫に到着した時、タイミングよく日本海の水平線に黄色い太陽がこれから沈むところであった。「ゆっくりと眺望をお楽しみください」と書かれた看板の見学順路に従って、私はゆっくりと18階を一周しながら、角田山の右脇に少しずつ沈んでいく美しい「夕日」を楽しんだ。


ここから見る「夕日」は周囲に高い建物などの障害物がなく、第50回目の「ブログ」を祝うかのように素晴らしい眺めであった。


「夕日」         この回廊には東西南北の方向に4枚の「説明看板」が設置されている。

「夕日」

「夕日」

「夕日」     弥彦山(左)と角田山(右)が見える。手前に流れる川は信濃川。

「夕日」

「夕日」

「夕日」

「夕日」     残念ながら「粟島」は見ることができなかった。

「夕日」           新潟市の中心部を流れる信濃川。

「ゆっくりと眺望をお楽しみください」と書かれた看板の見学順路に従って展望回廊を一周した。

「夕日」       角田山の右脇に少しずつ沈んでいく美しい「夕日」を楽しんだ。

「夕日」   まもなく水平線に沈む太陽。

「夕日」

「夕日」   ここから見る「夕日」は周囲に高い建物などの障害物がなく、素晴らしい眺めであった。


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No.49 「パソコン教室」のお話。  

2014年02月18日 | 日記

新潟市中央区礎町にある「新潟市生涯学習センター」で≪パソコン教室≫が開催された。パソコンの初心者コースを受講した人を対象に、(1)覚えられない、(2)忘れてしまった、(3)聞きたいところだけもう一度教えてくれる、そのような場所として企画された≪パソコン教室≫である。この日は受講料無料の教室に定員一杯の14名の受講者が集まった。 

 

内容はキーボード入力、インターネット検索などを受講生がそれぞれ≪自習≫しながら、不明な点を6人のパソコン指導ボランティアスタッフから教えてもらった。私も自分のカメラで撮った全ての写真を1回の操作での縮小する方法が分らないため、質問させてもらった。毎日「ブログ」に掲載する写真は≪3.500×4.000≫ピクセルの大きさで撮っているが、実際の「ブログ」ではそれぞれ1枚ずつ≪640×480≫ピクセルに縮小してから掲載している。


例えば、20枚の写真を撮ると20回のこの操作をしなければならない。写真をより鮮明にするため、手間暇のかかる作業となる。受講者から難しい質問などもあるため、「ボランティアスタッフの回答できる範囲は初心者レベルに限る。」、「質問の内容によっては答えられない場合があることをあらかじめご了承ください。」と案内パンフに書かれていた。


一人ひとり、懇切丁寧に教えてくださるパソコン指導ボランティアスタッフの皆さんに感謝申し上げたい。


「パソコン教室」

「パソコン教室」     受講料無料の教室に定員一杯の14名の受講者が集まった。

「パソコン教室」


「パソコン教室」



 

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No.48 「ソリ遊びと雪だるま」のお話。  

2014年02月17日 | 日記

「ソリ」とは、私の持っている電子辞書によると『雪や氷の上を滑らせて走る乗り物または運搬具。馬、犬、トナカイなどにひかせる。』と説明されている。先日15cm程降った雪がまだ残っているというので、信濃川の「やすらぎ堤」へ2人の孫と一緒に遊びに行った。ここの堤は広くて少し斜度があり、「ソリ遊び」をするには格好の場所となっている。


赤いプラスチック製の「ソリ」を持参し、早速、堤の上部から信濃川に向かって滑ることにした。新雪の雪質なら滑りもいいが、降ってから数日経過した雪は少し硬く「ザラメ状」になっており、「ソリ」の滑りは良くない。滑りが悪いことで「やすらぎ堤」の一番斜度のあるスロープを利用しても、滑り始めてから約10mの所で「ソリ」は止まってしまう。私も久しぶりに童心に返り「ソリ遊び」を楽しんだ。


孫たちは「ソリ遊び」に飽きると、今度は「雪だるま」作りに挑戦した。硬くて重い雪のため、雪を固めてボールを作り地面に張り付いた雪の上を転がすと簡単に大きなボールになっていった。やや大きめな雪のボールの上に小さな「雪だるま」の顔の部分になるボールを持ち上げた。しかし、これが水分を含んでいる雪のため重く、私はやっとの思いで顔の部分をセットすることができた。


最後に「雪だるま」の顔に葉っぱで「目」と「口」を付けて完成した。手袋をしていたが、それにしても寒さと水で手の指が冷たくなった。


「ソリ遊び」をするには格好の場所となっている。

「ソリ遊びと雪だるま」

「ソリ遊びと雪だるま」

「ソリ遊びと雪だるま」

「ソリ遊びと雪だるま」

「ソリ遊びと雪だるま」   孫たちは「ソリ遊び」に飽きると、今度は「雪だるま」作りに挑戦した。

「ソリ遊びと雪だるま」

「ソリ遊びと雪だるま」      私はやっとの思いで顔の部分をセットすることができた。

「ソリ遊びと雪だるま」




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No.47 「2度目の冬季練習」のお話。  

2014年02月16日 | 日記

この日は私の所属している還暦野球「新潟エージレス野球クラブ」の今年2度目の冬季練習。会場の「新潟市東総合スポーツセンター」は午前9時にオープンするが、定刻前の利用券購入窓口には既に「20人」ほどの利用者が列を作って開館を待っていた。このセンターは大・中・小の3つの体育館のほか、ランニングコース、トレーニングルーム、アーチェリー場、プールなどがある。


私たちが練習する場所は屋根付きの「ゲートボール場」であり、ここでは「テニス」を楽しんでいる人が多い。しかし「ゲートボール」を楽しむ人の姿を最近は見たことがない。センターのロビーには≪運動する前に各自の健康状態をチェックしてください≫ということで「血圧計」や「体重計」などが置かれてあった。


その「血圧計」の前にあった「張り紙」が私の目に止まった。その紙には≪安全に運動するための注意ポイント≫が書かれていた。(1)寝不足や風邪ぎみ、(2)関節痛や胸痛、(3)血圧が高い、のうち「1つ」でも該当する人は勇気を出して運動を控えましょう!! というものであった。


何事も≪健康第一≫である。この「張り紙」は80歳の選手もいる高齢者の多い「新潟エージレス野球クラブ」の選手たちに対する注意のようにも思えた。


既に「20人」ほどの利用者が列を作って開館を待っていた。

健康状態をチェックしてくださいということで、血圧計や体重計が置かれてあった。

血圧計の前にあった「張り紙」が私の目に止まった。

この日の利用状況。

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」        ランニングコースのある体育館。

「2度目の冬季練習」     テニスの大会が行われていた大体育館。

「2度目の冬季練習」    バドミントンの練習に使用される中体育館。

「2度目の冬季練習」      卓球台のある小体育館。

「2度目の冬季練習」        私たちが練習しているゲートボール場。

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」

 

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」      監督を囲み、還暦野球チームのミーティング。

「2度目の冬季練習」      古希野球チームの投球練習。

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」        バドミントンの羽根を使った打撃練習。

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」    監督による内野の守備練習。

「2度目の冬季練習」

「2度目の冬季練習」        練習が終わった時には雪が降っていた。



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No.46 「夕食会」のお話。  

2014年02月15日 | 日記

先日、黒龍江大学日本語教師の大島先生が日本に一時帰国している間を利用して、私の教え子で現在、新潟大学に留学している葛乃禎さんと一緒に「夕食会」を開催した。会場は新潟市中央区川端町にあるオークラホテル新潟の3階にある中華料理「桃花林」という部屋。


入口には≪賓至如歸≫と毛筆で書かれた額が掛けられていた。これは≪客として来てみたら、我が家に帰ったようだ≫という意味。1983年に新潟県と中国・黒龍江省が「友好県省議定書」を締結した際、団長として来日されていた黒龍江省・省長の陳雷先生が揮毫したもの。


当初予定になかった書道の大家である陳雷先生の揮毫のために、当時「友好県省議定書」締結業務に携わっていた私は新潟市の著名な書道家にお願いし、最高級の「筆」と「墨」を用意し揮毫していただいた思い出深い≪書≫のうちの一枚である。この日、私たちは黒龍江省ハルビン市内でよく食べた「火鍋」料理を注文した。


昨年11月に自転車から転倒して左足首を「骨折」し、現在、リハビリに励んでいる葛さんと楽しく懇談しながら、ハルビンの「火鍋」料理の≪肉≫や≪タレ≫の味と少し違う新潟の「火鍋」料理を大島先生と3人で美味しくいただいた。

 

(追伸)   当初、黒龍江大学から新潟大学に留学に来ている3人の学生と一緒に食事をする予定であったが、うち2人が春節(旧正月)で中国に帰国中で、結局、学生1人の参加となった。


「桃花林」の入口には≪賓至如歸≫と毛筆で書かれた額が掛けられていた。


懐かしい「額」の前で記念写真。  筆者(左)、葛さん(中央)、大島先生(右)。

「夕食会」

「夕食会」    火鍋料理の2種類のスープ。

「夕食会」

「夕食会」

「夕食会」

「夕食会」

「夕食会」

ホテルのロビーに展示されていた雛人形の前で記念写真。

「夕食会」

「夕食会」

「夕食会」    ホテルの窓から見える万代橋と信濃川。



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No.45 「バレンタインデー」のお話。  

2014年02月14日 | 日記

    先日、私は久しぶりに新潟市中央区清五郎にある「新潟市食育・花育センター」を訪れた。1階のフロアに展示してある綺麗なチューリップと説明看板が目に入った。今日、2月14日は日本では女性が男性に愛の告白として「チョコレート」を贈る日となっている。これは日本独自の習慣であって他の国では見られないという。


当センターのフロアに設置してある説明看板によると、世界における「バレンタインデー」は≪男女がお互いの愛や感謝の気持ちを伝えあう日となっている≫という。そして≪欧米ではメッセージカードを交換したり、男性から女性に赤いバラを贈ることが最もポピュラーとなっている≫と解説している。また≪中国や台湾などでは男性から女性に花を贈る日として定着している≫という。


更に≪私からあなたへチョコレート、あなたから私にチューリップ≫と書かれたポスターも貼られていた。中には≪男性から女性に花を贈る日が「バレンタインデー」≫という文言も見られた。最近の日本では「チョコレート」にこだわらず、「お菓子」や「ネクタイ」、「マフラー」、「花」などを贈る人もいる。また、恋人まではいかないが、友人として、あるいはお世話になった上司などに贈る≪義理チョコ≫も多い。


女性の間で贈る≪友チョコ≫、男性が女性に渡す≪逆チョコ≫、自分で買って食べる≪自己チョコ≫というものあるそうである。いずれにしても日本の「バレンタインデー」はチョコレート会社の巧みな販売戦略に大きく影響された格好となっている。


世界における「バレンタインデー」は、男女がお互いの愛や感謝の気持ちを伝えあう日とのこと。

「バレンタインデー」

「バレンタインデー」

「新潟市食育・花育センター」に展示されている美しい花。

 

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