故郷≪新潟≫の日々

満65歳で中国・黒龍江大学を定年退職した後、生まれ故郷の新潟に戻り、日々の生活を写真とともに日記風に綴っていくもの。

No.882 「すいせん祭り」のお話。

2016年05月31日 | 日記

春から夏にかけての雪のない時期のスキー場の活性化を目的として始まった「すいせん祭り」に行ってきた。会場は群馬県利根郡みなかみ町にある「ノルン水上スキー場」のゲレンデ。


勿論、この時期は雪がないためスキーやスノーボードを楽しむことはできないが、リフトは動いていた。北関東最大級と言われている「すいせん祭り」のスキー場には≪90種類・100万株の“水仙”が植えられている。


今年は暖冬で水仙の開花時期が早く、リフト乗り場周辺の水仙の花は咲き終わっていた。係員のお話のとおり、リフトを降りた山腹には、今が見頃の水仙”を楽しむことができた。リフトを降りてから遠くの山々を眺めると、そこには素晴らしいパノラマ風景が広がっていた。


今の時期は「スキー場」が「フラワーガーデン」となっており水仙のほか“チューリップ“ムスカリ“マリンゴールドの花なども同時に咲いていた。驚いたことに、ここにも中国人観光客が訪れていた。



 


No.881 「中国を話そう」のお話。

2016年05月30日 | 日記

先日、私は“新潟・ハルビン友好市民の会”が主催する「中国を話そう」というイベントに参加してきた。この日の講師は中国・江蘇省無錫(むしゃく)市出身で27歳の許睿(Xu Rui)さん。


私は「無錫」と言えば、昔、歌手の尾形大作が歌った「無錫旅情」を思い出すが、許さんは日本へ来るまでこの歌は知らなかったという。“錫(すず)が無いと書いて「無錫」と読むが、実際は錫山があり、錫が産出されていた。


錫を採掘し尽して無くなったために「無錫」となったという説もあるという。無錫市の新区には約1.000社の日本企業が進出しており、日本語学習熱も高い。「無錫」には北京⇔杭州間を流れている2.500㎞の世界遺産の「京杭大運河」がある。


更に人気スポットとして“霊山聖境にある高さが88mの「灵山大仏」やスケールの大きな仏教寺院「梵宮」があり、毎年約200万人の観光客が訪れている。食べ物では淡水湖に生息している「太湖の三白⇒(銀魚・白蝦・白魚)」が美味しいという。


許さんから経済から観光まで、楽しいお話を聞かせていただいた。


許さんは「にいがた元気プロジェクト」の国際戦略特別大使として活躍中。


No.880 「またも引き分け」のお話。

2016年05月29日 | 日記

「またも引き分け」とは、私が熱心に応援を続けているサッカーJ1リーグの「アルビレックス新潟」のことである。この日の試合は≪YAMAZAKI NABISKO CUPの第6節、対戦相手はサッカーの名門「横浜Fマリノス」。


水曜日の午後7時の試合開始であったが、私は所要のため、開始15分過ぎに会場である「デンカ・ビッグスワンスタジアム」に到着した。歓声の中、最初に“電光掲示板を見たら≪1対0≫で新潟がリードしていた。


私がこれまで新潟を応援してきた経験からいうと、試合開始早々得点してもその後、無得点の時間が続くと追いつかれる試合が多い。この日もそんな予感が的中してしまった。


結局、後半72分にゴール前の混戦から同点にされ「引き分け」に終わった。ホームゲームでなかなか勝利することができない新潟。頑張れ!!「アルビレックス新潟」!!



No.879 「家庭菜園」のお話。

2016年05月28日 | 日記

毎年、この時期になると近くの“朝市で予約していた農家の方から野菜の苗を買ってくる。今年は「ナス」「ミニトマト」「ピーマン」を買ってきた。このほかに隣の家からもらった「食用菊」の苗を友人の畑に植えることにした。


この日の農作業は整地をした畑に、鍬(くわ)を使って畝(うね)を作ることから始める。これがなかなかの力仕事である。畝を作るとそこに雑草除けとして幅が1mほどの黒いビニールを張る。


次に畝の中央に10cmほどの穴をあけ、そこに追肥をした後「ナス」などの苗を植える。風で倒れないように支柱を立て「ナス」の茎に紐を縛り付けると完成となった。


苗が大きく育つことを祈って、水をタップリとかけた。今年はどのような出来栄えの作物ができるのだろうか? 趣味と実益を兼ねた「家庭菜園」が今年も始まった。


整地前の畑。






No.878 「敗戦」のお話。

2016年05月27日 | 日記

新潟市早起き野球大会が5月22日から開催された。1981年には≪944チーム≫が参加した日本一のマンモス野球大会も年々参加チームが減少し、今年は≪163チーム≫となった。


私が所属している「豆九クラブ」の第1回戦が先日、新潟鳥屋野球場で行われた。この日の対戦相手は2年前と3年前の大会でそれぞれ3位に入賞した強豪「新潟日立」チーム。


試合は両チームの投手が好投し、4回表まで無得点のまま試合が進んだ。4回の裏に「新潟日立」のクリーアップにタイムリーヒットを打たれ、2点を先取された。


その後「豆九クラブ」も得点圏にランナーを進めたが、あと一本が出ず、結局≪2対0≫で敗退してしまった。


好投した「豆九クラブ」のエース・島崎投手。

好リリーフをみせた宮川投手。

午前5時30分試合開始のため、4時30分に集合。ランニングやストレッチを行う。

この日は芝生の上に「朝露」が降りて、靴がビショビショに濡れた。

早朝、カラスも餌を探しにやってくる。



No.877 「懐かしい人」のお話。

2016年05月26日 | 日記

今回登場していただく「懐かしい人」とは、私が1993年(平成5年)から新潟県の国際経済交流事業を実施していく関係で、いろいろな面でご指導していただいた“ジェトロ(JETRO)新潟事務所”の赤津所長さんである


“ジェトロは日本貿易振興機構といい、貿易・海外投資相談、貿易実務講座の開催、海外市場調査などの業務を行っている。約20年ぶりの再会であったが、ヒゲの赤津さんはお元気で当時と風貌はほとんど変わっていなかった。


この日は赤津さんと一緒に中国やロシアなどに出張したり、仕事をされた新潟県庁と新潟市役所の職員が集まってくれた。歓迎会の会場はJR新潟駅に近い“越後の味処”割烹「大助」本店。


日本海でとれた新鮮な魚をつまみに“越乃寒梅”や“八海山”などの新潟の有名な地酒を飲みながら、赤津さんが長年赴任されていたハンガリーでのお話や昔話に花が咲いた。

 

ヒゲの赤津さんはお元気で、風貌は当時とほとんど変わっていなかった。

 

 

 


No.876 「早起き野球」のお話。

2016年05月25日 | 日記

先日、新潟市中央区にある“HARD OFF ECOスタジアム新潟”で第51回「新潟市早起き野球大会」の開会式に163チームが参加して盛大に開催された。


参加チームが4年前は204、3年前は197、2年前は185、昨年は176と年々減少しているのが心配の種。私も壮年の部に出場する「豆九クラブ」の一員として開会式に参加してきた。


1966年にスタートした第1回大会から出場している我がチームは昨年≪50年連続出場の偉業を果たし、表彰を受けた。そして51回目の今年も参加することができた。


生涯野球が私の目標であるが、それも「健康」でなければならない。元気!!、感動!!、感謝!!で早起き野球を楽しみたい。




No.875 「頑張れ!!アルビレックス新潟」のお話。

2016年05月24日 | 日記

サッカーJ1リーグでは上位チームとの対戦が続く「アルビレックス新潟」。最近では「ガンバ大阪」や「浦和レッズ」と対戦し、粘りを見せた「新潟」であったが、ともにスコアレス・ドローで≪勝点1しか取れない。


順位も18チーム中、15位で降格圏近くをさまよっている。この日の対戦相手は、J1リーグで首位を走る強敵「川崎フロンターレ」。試合は「川崎」の中村憲剛選手を中心に、パスを細かく繋いで攻撃してきた。

 

「川崎」のいくつかの猛攻をしのぎ、逆に「新潟」も何回かの「これは!!」というチャンスも作った。後半終盤にFW指宿選手を投入した直後、一対一の絶好機を迎えたが、指宿選手の蹴ったボールはゴールポストの上を超えていった。


この瞬間、スタジアム内のサポーターの歓声が大きなため息に変わった。今シーズン、J1リーグでホームゲームでは勝てない「新潟」。私達は更に熱い声援を送らなければならない。 頑張れ!!「アルビレックス新潟」。


この日の試合もスコアレス・ドローとなった。




No.874 「朝の散歩」のお話。

2016年05月23日 | 日記

私は旅行する時、大雨でもないかぎり「朝の散歩」を楽しむことにしている。この日は小雨がパラついていたが、早朝6時に“ホテル湯の陣”を出発した。昨晩、受付で朝の散歩コースをお聞きしたら「ここから徒歩15分位で“ゆびそ公園がある。」と教えてもらった。


人がいない静かな道を1人で歩いていると1台の小型トラックが走ってきた。なんとはなしに走る音を聞いていたら中国でも以前に流行した“春を愛する人は 心清き人♪と歌う、あの「四季の歌」のメロディーが聞こえてきた。


看板を見てこの道路は“メロディーラインであることが分かった。アスファルトの道路をよく見ると、深さ1㎝ほどの溝が約10㎝ごとの幅で数百mにわたって機械的に削られていた。これが道路からメロディーが出てくる仕掛けであった。


私は「四季の歌」を口ずさみながら、水墨画のような朝モヤに煙る山々と清流の音を聞きながら、朝の散歩を楽しむことができた。




No.873 「ゆびそ温泉」のお話。

2016年05月22日 | 日記

この日、私達が訪れた温泉は群馬県水上温泉郷にある「ゆびそ温泉」。関越高速自動車道の水上インターチェンジから車で約10分走るとすぐそばに清流が流れ、緑と山に囲まれた“ホテル湯の陣”に到着した。


途中、車窓から見る温泉街には閉鎖したホテルなどもあったほか、平日のためか多くの観光客の姿を目にすることができなかった。しかし、温泉街から離れたこの“ホテル湯の陣”の駐車場は、観光客の車でほぼ満車状態であった。


このホテルは1泊2食付きで7.800円(税別)の「飲み放題付きバイキングプラン」を実施している。食事は和食・洋食・中華料理、それに生ビール・日本酒・焼酎・ワインなどか食べ放題、飲み放題となっている。


この期間、女性は更に1.500円の特別割引を行っており、これが人気の秘密であった。また、ホテルには大きな岩が配置された天然温泉100%のゆったりとした大浴場があり、私は日頃溜まったストレスを汗と一緒にタップリと流すことができた。


 


No.872 「鑁阿寺(ばんなじ)」のお話。

2016年05月21日 | 日記

日本最古の学校である「足利学校」と隣接して真言宗大日派の本山である「鑁阿寺」というお寺がある。私にとっては初めて見るお寺の名前であった。難しい漢字であるが「鑁阿寺」と書いて“ばんなじ”と読む。


寺の周囲に土塁と堀をめぐらした寺の敷地はほぼ正方形で、約40.000㎡の広大な面積を持ち、鎌倉時代の武家屋敷の面影を残している。現在、国の史跡に指定されており、威風堂々とした「本堂」は≪国宝≫になっている。


また、鐘楼や経堂は≪国指定重要文化財≫で、境内には≪天然記念物の大きなイチョウの木が植えられていた。ここにあるトイレには男性用が「殿」、女性用が「姫」と書かれてあった。


誰が考えたのか「殿」や「姫」などのユーモアに富んだ表現が用いられていて感心した。私も「殿」になった気分でトイレに入ってみた。

 

(参考) 私の持っている電子辞書によると「“鑁阿とは平安時代末期から鎌倉時代初期の真言宗の僧で、高野法華房とも呼ばれ、高野山の勧進聖(かんじんひじり)として活躍した。」と説明されている。






 

 


No.871 「足利学校」のお話。

2016年05月20日 | 日記

栃木県足利市のB級グルメ「ポテト入り焼きそば」を腹いっぱい詰め込んだ後、私達は日本最古の学校で日本遺産に認定された「足利学校」の見学に出かけた。入口で入場料420円を払うと、大きな朱肉の印鑑が押された≪足利学校入学証≫を交付してくれる。


学校の入口には「中庸」を教える道具が設置されていた。名前を「宥座之器(ゆうざのき)」といい、水の入った四角い大きな枡の上に金属製のバケツのようなものがぶら下がっていた。


このバケツが空の時は傾いているが、そこにヒシャクで水をほどほどに流し込むと傾きが水平になってくる。更に水をいっぱい入れるとバケツがひっくりかえり、水が外に溢れ出る。


「論語」で有名な“孔子”は≪満ちて覆らないものはない≫と“腹八分目”を弟子達に教育したという。これが「中庸」の教えであった。




No.870 「焼きそば」のお話。

2016年05月19日 | 日記

今日のお話は「焼きそば」。場所は栃木県足利市錦町にある“足利B級グルメ≪ポテト入り焼きそば≫”で有名な「高田やきそば店」。午後2時近くに到着したため、店内にはお客さんが1人しかいなかった。


この店は4~5人掛けのテーブルが2つしかない小さなお店で、お母さんが一人で全てを切り盛りしていた。元気のいいお母さんのお話によると、昭和33年(1958年)創業の母からこの店を受け継いだという。


この周辺は昔からジャガイモの産地として知られており、地元に月星ソース会社があった関係で子供たちの「おやつ」として、ジャガイモに醤油ではなくソースをかけて食べていたという。


私はこの店で一番値段の高い≪550円≫のボリュームたっぷりの≪ポテト入り焼きそば≫を注文し、足利B級グルメを堪能させてもらった。




No.869 「芝桜」のお話。

2016年05月18日 | 日記

先日、新潟県魚沼市根小屋地区にある「魚沼芝桜まつり」を見学してきた。関越自動車道の堀之内インターチェンジを降りて車で5分ほど走ると会場に到着する。一面、薄いピンクや白い花などで絨毯を敷いたような光景が目に入ってきた。


芝桜広場は約1haの広さがあり、20万株の芝桜が植えられている。ここには「スカーレットフレーム」「マックダニエルクッション」といった横文字のものや日本語の「多摩の流れ」など、計6種類の芝桜が植えられているという。


会場全体が清流「魚野川」を優雅に泳ぐ魚をイメージし、異なった色の芝桜の花を巧みに植えながら描かれていた。また公園の小高い丘にある展望台から所々に白い雪をかぶった越後三山(八海山・中ノ岳・越後駒ケ岳)が美しい姿を見せていた。


自然に囲まれたこの場所は「公園内の毒蛇の“マムシに注意!!」との看板も立てられていた。人間だけではなく、蛇もこの場所が好きなようだ。



 


No.868 「藤の花」のお話。

2016年05月17日 | 日記

先日、我が家のすぐ近くの家の前に植えられている「藤の花」が薄い紫色の花を付けて立派に咲いていた。そこで思い出したのが新潟市中央区一番掘通りにある“白山公園”の「藤の花」であった。


私は青空の覗いた日に15分ほど自転車に乗り“白山公園”まで行ってみた。「ひょうたん池」には池の中央に架かっている曲橋の上の藤棚を含め、4か所に藤棚が設置されてある。


薄い紫色の「藤の花」は既に見頃を過ぎていたが、嬉しいことに白い「藤の花」は丁度、見頃を迎えていた。この池の隣りにある「蓮池」には2カ所に藤棚があるが、やはり紫色の「藤の花」は散っており、多くの花びらが地面に落ちていた。


池の中央付近にある藤棚にぶら下がるように咲いていた白い「藤の花」はなかなか見応えがあった。池の周囲には赤と白の「ツツジの花」やピンクや紫色の「牡丹の花」も咲いており、公園を訪れる人々の目を楽しませてくれていた。


“白山公園”の「藤の花」。

我が家の近くに咲いた「藤の花」。