故郷≪新潟≫の日々

満65歳で中国・黒龍江大学を定年退職した後、生まれ故郷の新潟に戻り、日々の生活を写真とともに日記風に綴っていくもの。

No.1.186 「最後の授業」のお話。

2017年03月31日 | 日記

「最後の授業」とは、私が所属している英会話教室「JDと話そう」の講師であるJD先生のお話しである。1年前に私達のクラスに赴任したJD先生はカナダで化学の先生をしており、その教育経験を生かした教え方には定評があった。

 

カナダのケベック州出身だけあって、英語とフランス語を流暢に話された。時々、英会話教室の中にフランス語の単語の解説も行われた。何回となく先生の故郷の動画などをプロジェクターを使い見せていただいた。

 

JD先生のご家族の様子なども楽しく画像で拝見した。JD先生の後任は、再度、イギリスから戻られたスティーブ先生となる。JD先生の「最後の授業」にスティーブ先生もイギリスのお土産を持参して教室に来ていただいた。

 

またこの日は若い男性会員も新たに入会され、同級生の温泉旅行のお土産も頂戴するなど、楽しい授業となった。今後、JD先生のご健康と益々のご活躍をお祈りしたい。


スティーブ先生から頂戴したイギリスのお土産。

同級生が持参したお土産。


No.1.185 「講演会」のお話。

2017年03月30日 | 日記

昨日、新潟市の「新潟グランドホテル」で健康食品を販売している総業山富株式会社が主催した橋幸夫先生の「講演会」に出席してきた。「一生健康 一生学習 人生は生きてこそ」がこの日の演題であった。


橋幸夫先生と言えば、私が若い頃、大ヒットした“潮来笠”で一躍スターの座に就いた超有名な歌手である。新曲「ちゃっきり茶太郎」の歌が会場に流れる中、マイクを片手に持ちサッソウと登場した。


現在73歳とのことであるが、年齢を少しも感じさせない若さを保っていた。認知症の母を介護した実例をもとに分かりやすく解説された。ボケには“人の名前が思い出せない“オシャレをしなくなった”など「大ボケ」「中ボケ」「小ボケ」の3段階があるという。


続いて「妄想」「幻覚」「徘徊」などの実例をユーモアを交えて話され、会場は拍手と笑いの渦に包まれた。最後に健康の重要性を説いたあと「私は死ぬまで生きていきます!!」と明言して講演を締めくくった。

 

橋幸夫先生が登壇時の写真撮影は禁止となったため、満員の会場内の様子だけ撮影。

 

 


No.1.184 「ユキヤナギ」のお話。

2017年03月29日 | 日記

私の持っている電子辞書で「ユキヤナギ」を調べると≪バラ科の落葉小低木。川辺に生える。枝は弓なりに垂れ、葉は柳のように細くて小さい。春、白い小花が枝上に並んで咲き、雪が積もったように見える。≫と説明されている。

 

この「ユキヤナギ」が信濃川河畔の“やすらぎ堤”に数キロにわたって植えられてある。ようやく暖かな陽気に誘われるように、小さな薄い緑色の葉が出てきた。また魚釣りを楽しむ人の姿も見られ、春到来を感じさせる。


よく観察すると一部ではあるが、日当たりのよい場所には「ユキヤナギ」の白い小花を見付けることができた。あと2週間ほど経過すれば、辞書に書いてあるように雪が積もったように花が咲くだろう。


この白い花が咲き出すと「ユキヤナギ」と並行して植えられた桜並木もピンク色の花を一斉に付けるようになる。新潟市も花見のシーズンまであと少しとなった。


咲き始めた「ユキヤナギ」の白い小花。

魚釣りを楽しむ人の姿も見られる。

チューリップの葉も伸びてきた。



No.1.183 「ライオン像」のお話。

2017年03月28日 | 日記

今日の私のブログに登場する「ライオン像」は東京・日本橋三越本店にあるブロンズ像が母型で、三越百貨店のシンボルとなっているもの。人に見られないでこの「ライオン像」の背に乗ると入学・就職試験に合格するなどの願いが叶うという。

 

先日、新潟市中央区西堀6の新潟三越の入口に設置してある「ライオン像」の首に黄色のタスキが掛けられていた。以前にもこの「ライオン像」はオレンジ色のタスキを掛け、サッカーJ1リーグの「アルビレックス新潟」を力強く応援してくれた。


今回、新潟中央警察署長がこの「ライオン像」を“交通安全大使”に任命したという。2体ある「ライオン像」のタスキには《チャイルドシート使用》と《シートベルト着用》の文字が書かれていた。


その像の前には額縁に入った警察署長から交付された“任命書”が置かれていた。この「ライオン像」のパワーを借りて、交通事故防止に繋がればいいのだが……。





No.1.182 「雪割草」のお話。

2017年03月27日 | 日記

「雪割草」の話については今年の3月20日付け第1.175号の私の「ブログ」に掲載させてもらった。この時は午後4時半過ぎで小雨がパラついていたため「雪割草」の“花びらが閉じたものが多かった。


今回は青空が顔を出し、穏やかな日和で午後1時半過ぎに「県庁の森」に到着した。5カ所ほどの場所に植えてある「雪割草」は白・赤・ピンク・紫・青など様々な色の花を付けていた。


よく観察すると“花びらの形や色も同じものがないほど個性に富んでおり、花がそよ風に揺れながら咲いていた。また「水仙」も黄色や白の花を付けていた。前回、誰もいなかった森には数組の女性グループが可憐な花を鑑賞していた。


突然、ブッシュの中から大きな「雉(きじ)」が飛び出してきたのには驚いた。こんな都会の一角にも「雉」に出会うことがある。また、中国黒龍江省ハルビン市の“市の花”である「ライラック」も若芽を付け始めていた。


「水仙」も黄色や白の花を付けていた。

ブッシュの中から「雉」が飛び出してきた。

ハルビン市の“市の花”である「ライラック」


 




No.1.181 「十日町そば」のお話。

2017年03月26日 | 日記

私が十日町市に行くと必ず立ち寄る場所のひとつが、千手温泉の「千年の湯」である。やや黒みがかった温泉に肩まで入り、湯気の中でゆっくりと汗を流す。この日はまだ1mほどの積雪があったため、私は露天風呂に行くのをあきらめた。

 

大浴場でリラックスしながら源泉垂れ流しの暖かい温泉を楽しんでいると、日頃溜まったストレスがどこかへ消えていく。風呂から上がると待っているのが名物の小嶋屋総本店の「へぎそば」である。

 

「千年の湯」のすぐ近くにある小嶋屋総本店から直接、出前してくれるシステムになっている。このそばは「皇室に過去5回献上した栄誉を賜っている。」と割り箸が入っているカバーに印刷されていた。

 

そばの“つなぎ”として「フノリ」を使っているため、ツルツルしたのどごし、シコシコした歯ごたえがある。私が至福の時間を感じるひと時でもある。


 

 



No.1.180 「残雪」のお話。

2017年03月25日 | 日記

先日、久しぶりに妻の実家がある新潟県十日町市に行って来た。長岡市までは雪も消え、春がそこまでという感じであったが、さすが豪雪地帯の十日町市内に入ると周囲には1mほどの雪があった。


雪の重みから庭にある樹木を守るため、木の板を使った三角形の囲いが威力を発揮していた。また早く雪を消すため、除雪機械を使って雪面に凹凸を付けている場所も見られた。


親戚の話では、今年は2回ほど屋根の雪下ろしをしたという。間もなく4月の声を聞くが、道路には雪がないものの田畑は雪に覆われ、本格的な春の到来にはもう少し時間がかかりそうである。


十日町市内の道路脇には1mほどの雪があった。

早く雪を消すため、除雪機械を使って雪面に凹凸を付けていた。




No.1.179 「理事会」のお話。

2017年03月24日 | 日記

先日、新潟市中央区笹口にあるアートホテル新潟で「新潟県還暦軟式野球連盟」の理事会が開催された。今年から理事になった私は、初めてこの会に出席させてもらった。


会場には新潟県内の還暦チーム≪22、古希チーム≪9の計31チームから代表者68人が集まった。戦後のベビーブーム世代が古希年齢に達していることから、年々古希チームが増加している。


今年は各チームに総勢≪62人の新規加入者があり、≪695人の選手が連盟に選手登録をした。今年も新潟県大会を始め全国大会、中部日本大会、東日本大会、北信越大会などで選手は汗を流すことになる。


私の所属している還暦野球部「新潟エージレス野球クラブ」も今年で設立20周年の節目の年を迎えた。毎年、野球のできる喜びを感じながら、グランドに立ちたいと思っている。


理事会の後、引き続き懇親会が開催された。

懇親会ではハーモニカの演奏も飛び出した。

一本締めでお開きとなった。



No.1.178 「誕生会」のお話。

2017年03月23日 | 日記

先日、例のメンバー7人が集まりで3月生まれの「誕生会」を開催した。7人のうち4人が3月生まれである。会場は新潟市中央区万代の繁華街にある「個室居酒屋 吞み処 蔵の間」。


事前にインターネットで予約したら、嬉しいことに≪1日3組限定の“ゆったりコース”に当選した。料理10品!!3時間飲み放題コースで4500円が3500円になるというお得なコースであった。


掘りごたつ式の個室に通され、和風サラダ・ポテトフライ・焼き鳥などが次から次へと運ばれてきた。中でも「ちゃんこ鍋」はポリゥームもあり、美味しく頂戴した。幹事が準備した花束が女性の主賓に、男性にはスポーツソックスが贈呈された。


「誕生会」の最後にお店のサプライズ企画が。それは大きな皿の上にチョコレートで「Happy Birthday」 と4人の名前の書かれたケーキのプレゼントであった。お店もいろいろと考えているものだ。


 

 


No.1.177 「12年後のわたし」のお話。

2017年03月22日 | 日記

先日、久しぶりに私の母校である新潟市立白山小学校を訪れた。6年生の教室には「12年後のわたし」というテーマで作文と粘土細工でできた立体作品が展示されていた。


将来「医師」「教師」「薬剤師」「保育士」「検事」などの国家資格などが必要な職業に就きたいという、堅実な考えを持っている児童が多い。また「宇宙飛行士」「画家」「プロのサーファー」などの職業もあった。


かわいいパンを焼いて、みんなを笑顔にする「パン屋」さんや、本場アメリカのバスケットボールの「NBAの選手」という大きな夢を持った作品も見られた。


私の子供が小学生の頃は「プロ野球の選手」という児童も多かった。12年後、82歳になる私は何をしているのだろうか? 元気で好きな「野球」でも楽しんでいられればよいのだが……。








 
 


 


No.1.176 「再び日本語教師」のお話。

2017年03月21日 | 日記

新潟市中央区礎町にある「クロスパルにいがた」で、私は久しぶりに日本語教師を開始した。生徒は中国黒龍江省ハルビン市出身の吉林省延辺大学の3年生の学生で、現在NSG専門学校に留学している勉強熱心な董红超さん。

 

毎週月曜日と木曜日の2回、教科書とパソコンとCDを使いながら、現在は発音を中心に教えている。この日は授業に変化をつけるため、新潟市出身の歌手・小林幸子さんの曲を聴きながら、歌詞を書き取る練習も試みた。

 

次回は少年時代、新潟市に住んでいた作曲家・遠藤実先生の名曲「北国の春」を日本語で聴くことになっている。この歌は日中友好交流の歌として、私が黒龍江大学で学生達と何回も中国語で歌った思い出の曲である。

 

因みにテキストは、私が黒龍江大学に勤務していた時、書かれた日本語の例文を残業しながら苦労して編集した教科書を使用している。4年後の今日、この教科書を新潟で使うことなど思いもよらなかった。感慨深いものがある。

 

在新潟市中央区础町crosspal新潟”,我隔了好久又开始教日语了。学生叫董红超现在在NSG专门学校留学。她出生在中国黑龙江省哈尔滨市,是延边大学三年级的学生。

每星期一和星期四,我们上两次课,我们使用课本电脑CD学习,在主要教日语音。有一天,我想改变一下课内容,就一边让学生听出生在新潟市的歌手小林幸子女士唱的歌儿,边写

下一堂课,我们预定听小时候住在新潟市的作曲家先生的著名歌曲《北国之》。这首歌象征中日友好交流,也是我在黑龙江大学工作时,经常和学生们一起用中文唱的歌,是让我怀念的一首歌曲。

顺便说一句,使用的课本是我在黑龙江大学工作时编辑的。当时,我一边加班,一边核对并修改日语例句。我没想到四年后的今天会在新潟使用。我非常感慨


授業に使用している教科書。


No.1.175 「雪割草と福寿草」のお話。

2017年03月20日 | 日記

新潟県庁の敷地の中にある「県庁の森」へは、昨年の夏休みに小学生の孫達と一緒に“セミ捕り”で訪れて以来、久しぶりに足を踏み入れた。午後4時過ぎのためか、森の中は人影もなくひっそりとしていた。


この時期の目当ては、2008年3月1日に「新潟県の草花」として制定された“雪割草”を鑑賞することであった。そこには枯草の中から“雪割草”が可憐な花を付けて顔を出していた。


しかし毎年訪れている場所であるが、新潟県雪割草愛好団体連合会が寄贈したという“雪割草”の数が、年々、少なくなってきているようで寂しく感じた。


また“雪割草”のすぐ近くには“福寿草も美しい黄色い花を付けていた。私はユックリと早春に咲く花を鑑賞させてもらった。


我が家の近所の家の庭に咲いていた「雪割草」。


No.1.174 「退会と入会」のお話。

2017年03月19日 | 日記

毎月、第2・第4金曜日の午前中、私が通っていたパソコン教室「パソコンさわろう会」を今月で退会した。理由は金曜日の同じ時間帯に、私の所属している「古希野球部」の練習があるためである。


4月からの金曜日は屋外のグランドへ出て、青空のもと野球仲間と一緒に汗をかくことになる。昨年は雨などで野球の練習が中止になった時だけ、このパソコン教室に顔を出していた。


当然のことではあるが、岩崎先生と三宮先生のご指導のもと、熱心に4年間も休まずパソコンの技能と知識の習得に励んできた会員と比較すると、大きな差がついてしまった。


幸いなことに、両先生が指導されている月曜日開催の「パソコン・マウスの会」を紹介してもらった。4月からは新しい教室で「認知症」の予防を兼ねて指先を定期的に動かし、パソコンと向き合うことになる。


「パソコンさわろう会」の授業風景。






No.1.173 「にいがた酒の陣」のお話。

2017年03月18日 | 日記

先日、新潟市中央区万代島の“朱鷺メッセ”で開催された「にいがた酒の陣 2017」に行って来た。午前11時前に会場へ到着したが、会場手前にある“柳都大橋”近くまで入場者が並んでいた。


「最後尾位置」という看板を持っていた係員にお聞きしたら、初日の方が混んでいたという。どのくらい並んでいたか尋ねたら、現在いる場所をUターンし、佐渡汽船側へ数百メートルいったところまで列が続いていたとのこと。


会場へ入ると新潟県内の≪80を超える酒蔵のブースが並んでおり、すごい人混みの中、会場いっぱいに酒の香りが漂っていた。私は糸魚川市の“猪又酒造”の社長さんのお薦めで「サビ猫ロック」という地酒を購入した。


この酒を飲む“お猪口”は燕市の“磨き屋一番館”のマイスターである高橋理事長さんが推薦した「酒の陣」特製の盃を買うことになった。このイベントは2日間で≪12万人≫を超え、過去最多の入場者を記録したという。


延々と続く入場者の列。

“猪又酒造”の社長さん(左)のお薦めで「サビ猫ロック」という地酒を購入。

新潟県は1人当たりのお酒の消費量が日本一。

燕市の“磨き屋一番館”の高橋理事長が推薦した「酒の陣」特製の盃。

糸魚川市の大火で全焼した「加賀の井酒造」のブース。

激励の寄せ書き。







No.1.172 「ムスタンへの旅立ち」のお話。

2017年03月17日 | 日記

先日、新潟市中央区礎町にある「クロスパルにいがた」で開催中の『近藤亨~ムスタンへの旅立ち~』展を見学してきた。新潟県出身の農業技術者である近藤さんはネパールの秘境“ムスタン”で20年以上、ボランティア活動を続けて来られた。


会場では現地での農業開発指導を始め、病院や学校建設なの活動を紹介したパネルなどが展示されていた。標高2.700mを超える厳しい自然条件の中、“ムスタン”に生きる農民のために全てを捧げて奉仕された。


私は近藤さんの生き方を、感動しながら拝見させてもらった。「人間はどう生きるべきなのか?」ということを私達に問いかけているようであった。愛称「ヒゲの近藤さん」は94歳で亡くなられた。


以前、近藤さんがネパールから帰国した際、私は“ムスタン”での活動を直接、お聞きしたことがある。心からご冥福をお祈りしたい。